★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
456:岡本2004/04/20(火) 18:39
■ 邂逅 ■(5)

外野の雑音を気にした風もなく、件の人物は稽古を続けている。ビュッ、ビュッと短い風切り音が聞こえるが、力任せに振っているようには見えない。つまり得物の重心を把握した上で無理なく全身運動で振るっているため、動きの途切れがなく“きれ”が非常によい。よほどこの得物を使いこなしているのであろう。
一つ一つの型の終わりでは血振りしての納刀が入るのだが、その血振りと納刀がまた一風変わっていた。通常の血振りと納刀は右手のみで握った刀を頭上を通るように斜めに振り、そのまま鞘の鯉口に当てた左手の親指と人差し指の又に刀の棟を載せて切っ先を誘導して納める。この人物の場合、諸手の残心の構えから右手を離し鍔のすぐ上の棟のところを握り拳にした右手で音を立てて叩くのである。そして逆手で握りなおした右手のみで柄を握り、そのまま下から刀身を半回転させて左の二の腕と少し抜いた鞘の鯉口に当てた左手の親指と人差し指の又に載せ、切っ先を誘導して納めるという見慣れない血振りと納刀の仕方をするのである。実際にやってみようと思うと少々ややこしい動きであるが、これもまたよほど遣り込んでいるらしく滑らかな動きである。
「あれは多分、香取神道流です。」
納刀を見て首をかしげていた陳到の疑問に答えるかのように趙雲が口を開いた。
「あの棟を右手でたたく血振りと持ち替えて刀身を回転させる納刀は香取神道流独特のものと聞いたことがあります。」
香取神道流の特徴は常に戦国時代さながらの実戦を念頭に置き、相手の攻撃に対し一瞬早い攻撃により必ず倒すという、全ての技に一撃必殺の工夫がなされていることにある。稽古では木刀を使い防具はつけず常に怪我、最悪死と隣合わせる厳しいものであるが、その一方で“試合は死に合い”、“兵法は平法なり”として戦うこと厳しく戒めている。事実、鹿島の本拠では開祖・飯篠長威斎以来600年もの間、他流試合が行われたことない。すなわち兵法は平和のための法であって、戦わずして勝利を得ることが最上であると教えている。門流に“無手勝流”の塚原卜伝がいることも無縁ではない。一撃必殺の技術の習得と平法の順守という一見矛盾したところにこの流派が600年もの間失われることなく昔の型を継承した答えがあるのかもしれない。

「あれで血振りができるのでしょうか?時代劇や先輩方の居合いですと片手でブンって振るものですし、握りは変えずに素早く納刀する人もいますが…。」
陳到の疑問も当然である。
「血振りのことを言うのなら、どのやり方も本当に血はぬぐい取れません。懐紙でぬぐわねば駄目だったそうです。居合いでの血振りの動作は敵を倒して所作の終了を示す合図に過ぎませんから。それに居合いで納刀するとき、古流では相手を既に倒しているわけですから早く納刀する必要はどこにもありません。却って指を切ったり鞘内にぶつけて刃を痛めたりことがあったそうです。抜くときは文字通り抜く手も見せないくらい早く行いますが。」
事実、抜き打ちを見せたが、居合腰で右手の甲を柄に当てそれが翻ったと思ったときにはビュッと短い風きり音とともに白い光が水平に走っていた。
一度見せた型などは、片膝立てて座った状態から瞬時に1mも飛び上がって抜き打ちを放ち着地時に間髪をいれず拝み打ちを切り下ろすとんでもないものであった(抜附の剣)。
居合、立合の抜刀術の後は、刀を改めたのち、太刀術の稽古を始めた。相手(打手)が居ることを想定して型を遣っていることは分かるのだが、1つ1つの型が他流派の数個分ほどに長い。
「しっかし、古流剣術っていったらいろいろ“奥義”とかがあったりする訳だろ。今日はたまたまとはいえ人前で見せていいものなんかね?」
「…普段の稽古では見学に来た他流の武芸者に技を盗まれないようにいろいろ工夫していると聞きます。たとえば、今遣っている太刀術でも一つの型が非常に長いのは、実戦なら打ち合わせず相手の動きに応じて変化して仕留めるところをわざと相手の太刀を受けて次の動きにつなげているからだと聞きました。」
それを表の型、相手の動きに応じて変化する技を裏の型という。それを抜きにしても、型が長いのは鎧武者による剣術(介者剣術)を想定して、長時間の行動に耐えうるだけの体力をつけるためという理由もある。また、鎧をつけない素肌剣術を想定した系統の技も存在する。

3人の持ってきた急須の茶が冷めるころまで件の女性は型を遣ったのち、稽古をやめて近くにあった笹の茂みの方へ歩いていった。
常山神社裏手にはここそこに七夕祭りで学園生が切りに来る笹が生い茂っている。その1つの前に居合刀を構えてしばらく佇んでいたかと思うと、3度大きく鋭く太刀を振るった。
ビュッ ビュッ ビュッっと連続した音が届いてくる。
しばらく残心したのち、よしとばかりに頷くや、血振りをくれて納刀し腰から居合刀を鞘ごと抜いた。これでおしまいということだろう。首筋の汗をぬぐってコートを羽織り、風呂敷包みの上においていた刀袋に居合刀を納めて本殿に一礼した後、荷物をまとめてスタスタと常山神社の大鳥居の方へ歩み去っていった。その際、律儀に“お邪魔しました”と三人に挨拶をするのも忘れていなかった。

「最後、何やってたんだろうあの人?」
「さぁ?」
「…ひょっとしてこれじゃ…。」
田豫の指差した先には小指ほどの大きさの笹の葉があった。何の変哲もない笹の葉である。他の葉と違い、同じ長さで縦に4等分されていたことを除けば。
3人は思わず顔を見合わせた。
「…出来る?」
「…アタシの得物は拳だよ…。」
「…無理ね…。」
3名とも武道や格闘と戦闘系の分野では中等部で期待の人材と目され自身でもそれなりの自負はあったのであるが、こと蒼天学園においてはいろいろな分野でいそうもない人物が集うという事実を改めて突きつけられた気がした。
「…練習に戻ろっか…。」
「…そうね、私も…。」
「…宮司さん、そろそろ探しにくるだろうしな…。」
しばらく無言でいた三人は誰からともなく練習再開を口にした。あたかも、衝撃から気をそらそうとするように。

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