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460:岡本 2004/04/20(火) 18:43 ■ 邂逅 ■(9) 幸せに浸っている人間のいる一方で地獄の業火に焙られかけている人間もいた。 “…やばい、やばい。マジで翼徳にどやされるかも…。” 張飛に本気でどやされたら命に関わりかねない。 「.どーいうことだ、憲和ぁ!獲られないはずじゃなかったのかよぉ!!」 簡雍の前には、鐘の音を聞いて休憩を切り上げてすっ飛んできた張飛がいた。劉備をほっぽって全力で駆けてきたようで顔に血が上っており、中3にしてはかなり豊かな胸がオレンジ色のタンクトップの下で上下している。 「オレが姉貴のためにどれだけ手間暇かけてあれをつくったのか…」 怒りのあまり、知らないわけじゃないだろぉ、という後半のせりふは声にならなかった。 折角丹精込めて劉備のために用意した料理が反古になっただけでない。自分ほどに強いものなど学園全体ならいざ知らず、この校区程度なら絶対いないと思っていたプライドが傷ついたことも手伝って気が立っている。 「翼徳、ごめん!気持ちは分かるけど、まあ甘酒でも飲んで落ちついて。」 頭に血を上らせたまま状況を説明するのは危険だった。簡雍は持参のポットに入れてあった甘酒をコップに注いで張飛に渡す。これには落ち着かせる意味以外にも別のもくろみがあった。この甘酒は普通の甘酒ではない。中学生とはいえ呑み助の簡雍が普通の甘酒を飲むはずがない。 “翼徳は調理酒を料理の味見する低度しか飲んだことないはずだから、甘さにごまかされて多分分からないだろう。走ってきて息を切らしている今なら簡単に酔いが回って動けなくなるはず。” ゆっくり事情を話して酔いが回る時間を稼ぎ、動けなくなっている間に劉備を探してなんとかなだめてもらおう。そう考えたのだが展開は再び簡雍の甘い予想を裏切った。 確かに特製甘酒の効果はあり、コップ片手に事情を聞いている張飛の視線に変化が出てきた。だが、とろんと視線がさ迷うなんて甘いものではない、完全に目が据わり始めた。 「…頭下げて少しでも返してもらうように頼み込むなんてまどろっこしいことしてられねぇな。憲和、そいつ武道やってるようだっていってたな…。」 あろうことか、隣の肉料理屋台の暖簾の竿代わりにしていた六尺棒を降ろし始めた。義理の姉の劉備に、他人様に向けるなとたしなめられていた得物である。 “翼徳のやつ、酒乱の気があったのか…。” 飲ませてしまったものはもどってこない。策士策に溺れる。 「…あの、翼徳サン、どうなさるお積りなんでしょう?」 一縷の望みを託して尋ねるものの、むなしい希望は打ち砕かれた。 「決まってんだろ!勝負して獲られたもんは勝負して獲り返す!うだうだ言うようだったら、張り倒してでもな!!」 “やばい、血の雨が降る…。” 張飛は暴走寸前である。相手の女性が話の分かる人間であることを期待するしかないが、張飛より先にあの女性を掴まえて事情を説明し、少しでも返してもらうよう交渉するしかなかった。 「あたし先に行ってその人と…」 「憲和、お前も着いて来るんだ。オレはそいつの顔を知らねぇ。探すの手伝え。」 簡雍の台詞を聞きもせず、襟首を万力さながらの握力でむんずと捕まえる。得意の逃げ足を披露する暇もなかった。 “…天中殺だ、今日は….。” 目立つ人間であっただけに、件の女性の足取りはすぐに判明した。 「いた、翼徳。あそこ。」 簡雍の指差した先には、満開の桃の花の下に静かに佇み、花を見遣る佳人一人。 甘酒を慌てるでなくゆっくりと口に運び、東坡肉を少しずつ味わうように食べている。 其処だけ切り出せば一幅の絵になる。 “いい被写体ジャン。” 切迫した状況に関わらず暢気な思考が生じたが、張飛のほうは東坡肉が半分近く無くなっているのを見て形相が一気に険しくなる。問答無用で腕ずくに出られてはたまらない。 「翼徳、ちょっと待ってて。」 喧嘩腰で話を進めては、まとまるものもまとまらない。ましてや、景品にしたこちらのほうが立場が弱い。諦めろと言われても本来返す言葉は無いのである。仮に返してくれるとしても、代償に何を要求されるか分からないが、できるかぎり穏便に済ませたい。事件を起こして活動停止などたまったものではない。 花を眺めていた女性は近づいてくる簡雍に気づいて振り返った。 「…どうかしましたか。」 実に切り出しにくい用件だが仕様がない。 「いえ、あの、その東坡肉、ほんとに申し訳ないんですけど、返品願えませんでしょうか?」 簡雍の不躾と言える要望に、訝しげに柳眉を顰めて問い返してくる。 「…詳しく事情を聞かせていただけませんか。そう伺っただけではなんともご返事できませんが。」 もっともである。 「…あれはこいつがうちの大将に食べてもらおうと手間暇かけてつくったやつなんです。客引きしようと景品にしたのはあたしの手落ちです。ほんとに済みませんけど、かわりの景品用意しますから、残った分だけでも交換してもらえませんか。」 頭を下げ下げ頼み込む簡雍の姿に、関羽はしばし顎に手を当てて考えた。軽率な判断ではあったが、ここまで頭を下げに来たのである。顔は立てねばなるまい。幸い、自分はそれほど大食漢ではない。空腹は完全ではないが満たされている。 「….成程、あらましは伺いました。こちらはもう充分堪能させていただきました。半分ほどしか残っていませんが、それでもよろしければ。」 「….憲和、なに長々とくっちゃべってんだ。ぺこぺこ頭下げる必要ないぞ!」 何とか話が通じ、助かったと思ったところ不機嫌そうな大声が後ろから飛んできた。二人が振り返った先には目を怒らせた張飛がいた。
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