★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
465:岡本2004/04/20(火) 18:48
■ 邂逅 ■(14)

「こらっ、翼徳!あれほど他人様にその道具むけたらあかんてゆぅたやないかぁ!!」
赤パーカーの生徒からは、先ほどまで続いていた剣戟に負けないほどの叱責の声が上がっていた。伴奏にスパコーン、スパコーンといっそ気持ちがいいまでに張り扇の乱れ打ちが続く。打たれるほうの相手もこれまでの勢いはどこへ行ったのか、両膝を折って、頭を守るかのように合わせた両手を持ち上げて平謝りの体勢に入っている。先ほどの瞬間にアルコールが全て飛んでしまったようである。
「うぅっ、姉貴ィ〜〜、相手が歯ごたえありそうだったんでつい熱くなっちまったんだよぅ〜!ごめんよう〜〜。」
どうやらこの眼鏡の人物が、簡雍の言う“うちの大将”らしい。
「皆さん、お騒がせしてすんませんでしたなぁ。さぁさぁ、見世物はお開きでっせぇ。」
どうやらこの人物はこのあたりでかなりの顔役らしい。ギャラリーにもこの人物の素性は知れ渡っているようで、口々に勝手な感想は言っているものの素直に場を離れていった。
血の雨が降るか、という状況を強引ではあったがあっさりかたを付けてしまったのだ。
“…たいした御仁のようですね。”
これで事は済んだもの、と鞘と刀袋を拾い模造刀を納め、甘酒の瓶と大皿の東坡肉は迷惑料に残してこの場を離れようとした。が、そうは行かなかった。
「そこのお人。すんませんなぁ、ウチのアホがご迷惑おかけしたようで。うちは新高1の劉備っちゅうけちな同人屋ですわ。親しいのは玄徳って呼んでくれますけど。こいつ、翼徳の姉貴分やってますんや。」
いかにもお気楽そうだが、いったんつかんだら離しそうに無い。なかなかの曲者だ。巧みにペースに乗せられそうである。
「大事に至らずにまとめられたのはお見事ですが、少々危険でしたよ。」
「いやなぁ〜、最初はちょっとやばいかって思うたけど、結局あんさん棟返したやないですか。それなら痛いで済むし。」
“!…この御仁、傍から見ていたとはいえ私が棟を返すのを見て取ったのか…。”

“棟打ち”というのは時代劇のように相手の見ているところで棟を返して打つことを言うのではない。真剣で切ると見せて振りかぶった一瞬で相手に判らないように握りを変えて切り下ろすのである。相手は棟で打たれた衝撃を真剣で切られたものと勘違いして戦意を喪失もしくは失神するのである。同様に、時代劇における剣術の誤用例として、握りを変えたときにチャッと音が入る“鍔鳴り”がある。効果音としては格好がいいが、実際のところ、鍔の上下を切羽という矩形の金具(切羽詰まるの語源)で挟みつけ、これを柄できっちり押さえて目釘という芯で刀身に固定する日本刀の構造から考えると、“鍔鳴り”がするというのは切羽が緩々になっていて手入れの悪い刀(酷いときは振ったときにガタついた振動で目釘が抜け落ちて刀身が柄からすっぽ抜ける)のことを示すものなので、実は非常に恥ずかしいことである。また“鍔鳴り”がするようだと手入れ云々を抜きに相手に握りを変えたことを悟らせる可能性があるので関羽の模造刀ではそのようなことがないように手入れはしてある。

関羽の選択は“棟打ちで張飛を当て落とす”ことであり、当然、当事者である張飛には棟を返したのは悟らせなかった。闘争の場では相手は一人とは限らないので棟を返すのは一瞬であるし、またすぐに元へ戻す。棟打ちによる無力化は時代劇ほど単純なものではない。張飛の横へ回り込んだ一瞬で握りを変えたので、岡目八目とはいえ、見物していた者でもそれを見て取れたものはいないはずである。それに刃を止めたときも、そのとき刃がどちらを向いていたかは正面にいたこの女生徒にはわからない。第一、これまでの剣戟の激しさから考えると、寸止めになると予想した見物人はほとんどいないため、剣が止まったことにのみ気がいったはずである。関羽自身がすぐ刀をひいて元の握りに戻したこともあり、そのとき刃がどちらを向いていたかは後でゆっくり思い返してもわかるかどうかは不明である。
となると、この女生徒は関羽が勝負どころで多分棟を返すと思って刀身を注視していたことになる。
「こら翼徳!どうせあんたが先に手ぇ出したんやろ!途中から見てたら、このお人、どうやら、極力あんたを痛めつけんようにことを納めようとしてたようやないかぁ!!」
お見通しである。関羽のほうを向いて続ける。
「…それに翼徳相手にして棟返すような優しいお人やったらうちが飛び込んでも多分寸止めくらいはしてくれるやろ思いましたしなぁ。」
あけっぴろげな人物ではあるが、そこまで自分の観察眼を信じられるものなのであろうか。それに、
“…私が、優しい…。”
面と向かって言われると面映いものである。関羽自身の持つ超然とした雰囲気もあいまって、ほとんどの相手は相対する際には良いにつけ悪いにつけ何らかのフィルターがかかっていた。このようなストレートな対応に関羽は弱いところがある。
「…だからといって、私が刃を止めるとは限りませんでしたよ。」
「でもあんさんは止めれたし実際止めてくれはった。それならええやないですか。」
裏表のないカラッとした笑顔でそういわれると反論に困る。こちらの弱いところというかツボを無意識であろうがついてくる。だが、それに付け込むという風もない。
ええでっか、とばかりに指を立てて、二カッと笑って続ける。
「なぁあんさん、“付き合い”ちゅうんはな、ウチの思うところ、心と心の“ドツキあい”ですねん。真剣になればなるほど相手の本音っちゅうか本質が見えてきますわ。ウチはけちな同人屋ですけど、そこらへんはちっとは分かってるつもりですわ。簡単に手ぇ出すようなこいつみたいな奴はまだ心が弱い。まぁ強い人はなかなか手は出さへんけど出すときは凄いんですけどな。あんさんは強いし優しいお人や。それは一件見てただけでもよう判りましたわ。」
不思議な人物である。こちらの心を意図せずに開かせるような懐の広さを感じる。争闘の直後ということで、張り詰めていた神経がほぐされるのを感じる。思わず表情が緩んだ。
それを見て、“おっ、笑いはった”と当人も嬉しそうに微笑んで、予期せぬ、いや内心期待していたかもしれない言葉を口にした。
「なぁ、あんさんお一人でっか?よかったら喧嘩の詫びというのもなんやけど、うちらと一緒に花見の続きでもやりまへんか?」
「…よろしいのですか?」
「折角ここまで足運んでもらいましたのに、このアホとの喧嘩でわやになったままお返しするのは気がひけますしなぁ。それに“袖摺りあうも多少の縁”言いますやろ。そうそう、あんさんのお名前聞いてへんかったなぁ、お聞かせ願えませんやろか?」
「…誠に失礼しました。申し遅れましたが、私、関羽と申します。皆は雲長と呼びます。」
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