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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
466:岡本2004/04/20(火) 18:49AAS
■ 邂逅 ■(15)
関羽としては最初はごたごたが済めばこれ以上関わるつもりはなかった。だから無礼を承知で仲裁にたったこの人物に名を告げるつもりは無かったのであるが、この人物との縁をこれで終わらせるのも惜しい気がした。この人となら蒼天学園でやっていけると感じた瞬間かも知れなかった。それに一見して乱暴者の張飛がこの劉備の妹分であるあたり、張飛自身もこの劉備と共感しあうものがあるのだろう。この姉貴分のために手間暇かけて美味い東坡肉を作ったあたり、ただの喧嘩屋ではない。
関羽は東坡肉の大皿を取り上げ、劉備と張飛のほうへ差し出した。
「….お受けください、迷惑料です。」
「…いや、それは姐さんがとったもんで…。」
劉備に東坡肉を振舞って喜ぶ顔を見れないのは残念である。しかし、落ち着いて考えれば、事情はともあれ自分は景品にすることを承諾したのである。騒動を劉備に預かってもらったこともある。こだわってこれ以上姉貴分に迷惑をかけるわけにはいかない。
だが…、
「ここまで手塩にかけたものを、おいそれといただくわけには参りません。」
背景を知り、劉備が気に入ってしまった以上、景品としてとったとはいえ、関羽としても黙って受け取るわけにも行かない。
このままでは意地の張り合いでまた押し問答になりそうであった。
膠着しかけたところ、救いの手が文字通り伸ばされた。
関羽の持った皿に劉備の手がすっと伸ばされて、東坡肉を一切れ摘み上げる。二人が反応するまもなくむしゃむしゃと頬張った。ほうっ、見張った目がとくりくりと愛嬌たっぷりに眼鏡の奥で動いた。
「翼徳、腕上げたやないか。美味いでぇ。」
張飛が状況を飲み込めないうちに畳み掛ける。
「昨日からじっくり煮込んでくれててんやろ、ごっつう嬉しいわぁ。おーきになぁ。」
関羽もまた劉備の意図を読んで動いた。
「ええ、私も美味しくいただきました。もう少しいただくことにしましょうか。…絶品ですよ。」
自分もまた一切れ口にし、張飛に微笑みかける。
流石に張飛にも分かった。再び収拾が着かなくなりそうなところを劉備が収め、そして関羽が折れてくれたと。二人が自分を許してくれたと。
ぶわっと両の眼に光るものが溢れる。
「姉貴、ごめんな…。…姐さん、ありがと…。」
「こらこら、なに泣いとんねん。あんたも食べえや。美味いもんはみんなで分け合う、そうすりゃもっと美味くなるってもんや。なぁ、関羽さん。あんさんもそう思うでっしゃろ。」
「ええ、そうですね。甘酒もまだ大分残っておりますし、いかがです。」
「ほう、こりゃええですなぁ。ちょっとした宴ですなぁ。翼徳、あんたもお流れ頂戴しぃや。」
「う、うん。姐さん、ごめんな、ホントに…。」
先ほどまでいきり立っていた張飛が今はやけにしおらしく関羽の杯を受けているのがなんとなく微笑ましい。
「関羽さんか…。なんか呼びづらいなぁ、“関さん”で構いませんやろか?年上の人には無礼かも知れまへんけど…。」
「いえ、お構いなく。私も貴女方と同じく新高1ですから…。」
「え゛っ、そうなんや…。」
流石の劉備もこのときだけは絶句したという…。
誕生日は劉備が関羽より一ヶ月早く、関羽は張飛より4ヶ月ほど早かった。
以後新学期までの2,3ヶ月で、彼女ら3名の縁は深まり、いつしか劉備を長姉、関羽を次姉、張飛を末妹とした“ピーチガーデン3姉妹”として知られることになる。
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「…で、そのときの桃の花見をとった写真がこれってわけよ。私が昔っから歴史の観察者だってことがよく分かったぁ?こんなお宝画像撮ってたんだから。」
「…ええ、よく分かったわ。昔っから騒動の根源はあんただったって。張飛さんのそもそもの暴走の原因があんたの都合と酒にあって、起こした騒動が手がつけられないほど大きくなったことに慌てて、関羽さんと部長が沈静化させるまで逃げて部外者の顔してたから結局“3姉妹”に入れなかったってことが。」
表では如何に喧伝された歴史でも、その裏側など所詮こんなものなのかもしれない。
「うぅ〜、孝直ちゃん、お姉さんは悲しいよぉ〜。こんなひねた娘になっちゃってぇ〜。」
「多少ひねてるのは昔から。それに自業自得も少しは入ってるんじゃないの?大体、撮ったときはあの3人があれほどビッグネームになるなんていくら憲和でも夢にも思わなかったことはこの写真の存在自体忘れて保存が悪くてネガも処分していたことが何よりの証拠じゃない!!」
現在、この写真の焼き増しを持っている可能性があるのは当事者の3姉妹のみである。当然、非売品である。
「…いや、まだ遅くない最後の大もうけにはまだ…。」
「お生憎様。私たち階級章返却したから課外活動行為は退学処分よ。」
「…そうね、最期くらい後輩に土産やっとくか….。」
翌日、色褪せたこの写真は小さな額に入れられて帰宅部連合写真部の壁に歴史の瞬間として掛けられた。後、帰宅部連合が解体されたとき、その直後の騒乱で行方不明になったとの話があるが、司州校区洛陽棟の蒼天学園記念館の倉庫の片隅に眠っているという説もある。
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