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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
501:国重高暁 2004/08/31(火) 17:17 [takaaki@wb3.so-net.ne.jp] いかがでしたでしょうか。 僕としては約四ヶ月ぶりとなる学三小説、 今回のテーマは「于禁の最期」です。 年表に、彼女の転校は「夏侯淵のリタイアと 同時期」と記されていますが…… 正史でも曹操より後に死んでいますので、 これは年表を修正してしかるべきでしょう。 以上、国重でした。
502:★ぐっこ@管理人 2004/09/05(日) 22:32 ( ゚Д゚)! 曹丕たんのサディスティックな面が最も現れているエピソード! 降った于禁も于禁ならば、それを容赦なく辱める曹丕も曹丕と… この件、誰にとっても後味悪いことになったでしょうね… でも今回は、于禁が最後の意地を曹丕に返したと言うことで…救いには ならないけど、ちょっと溜飲下がったカンジ。
503:海月 亮 2004/12/17(金) 03:17 こちらでは初書き込みの海月です。 やっとこさSSが仕上がったんで、もってきました。何気に全六話。 しかも詰め込みすぎて一話一話がバカみたいに長いので…全部見せるのにスレッドをいくつ消費するのやら… というわけで今回は第一話のみを置いていきます。 「風を継ぐ者」 -第一部 鈴音の鎮魂歌- 「ええっ、叔武と義封が…!」 「はい…帰宅部連合の勢いは抑えがたく、早急に援軍を要するとの事です!」 揚州学園の中枢にして、長湖部の総本部がある建業棟に、その報がもたらされたのは孫桓出陣の二日目でのことだった。 その報を受け、まだ幼さの残る長湖部代表・孫権の表情が驚愕に染まる。集まった幹部達にも動揺は隠せない。 孫桓軍団の"三羽烏"こと李異、謝旌、譚雄のリタイア。 そして追い詰められた孫桓とお目付け役の朱然が夷陵棟に押し込められた格好で孤立しているという、最悪の戦況。前線からの報告から察するに、孫桓の類稀な指揮能力を百戦錬磨の朱然がサポートすることによって、辛うじて現状を維持しているという有様である。 そのとき、孫権の右側、廊下側の壁に腕組みしてもたれていた、ロングの黒髪をきちんと整えた眼鏡の少女…いや、年齢的には、女性というべきか…が、これ見よがしに溜め息をつく。 皆の注目を集めたその女性…既に学園から卒業したものの、いまだに長湖部の顧問を気取っているかつての功臣・張昭は孫権をたしなめるように、口を開く。 「言ったとおりでしょ、関羽を処断したことがどういうことを意味するかって」 「うぐっ…でも、でもあっちが悪いんだよ! ボクだけじゃなくて、お姉ちゃん達のことやみんなのことまでバカにするなんて…」 「………………」 その一言に、ロバの耳に見える特徴的な癖っ毛の少女−諸葛瑾は、バツが悪そうに視線を逸らした。先に関羽の元に使いにいって、その「暴言」を直に浴びせられ、せがむ孫権にそれを一言一句過たず伝えた張本人こそ、彼女であったからだ。 「確かにあの態度は頭に来るわね…あたしのことまで、散々馬鹿にしてくれたみたいだし。でも、荊州学区さえ手に入れれば十分にヤツの鼻もあかせるし、送還させたって勢力はこっちのほうが上になるから、仕返ししたくたって手出しできなくなるわよ」 「うう…でも、飛ばしておけば厄介事がひとつ減ると思ったから…」 「ええ、そりゃあひとつは減ったわよ、その意味では正解。その代わり、呂蒙は関羽軍団残党の闇討ちにあって飛ばされるし、今劉備の怒りも買っちゃった意味では、大失敗じゃない。収支はマイナスだわ」 「…うう…だってぇ…」 ほら見なさい、と言わんばかりの口調の張昭に、部長たる孫権は完全にやり込められ、半べそどころかもう完全に泣いている。張昭の言い方もどうか、と思う他の幹部達も、その言葉が正鵠を射ている以上フォローの言葉も出てこない。 一人息巻く張昭と、泣きべそをかいている孫権、いまだ視線を逸らしたままの諸葛瑾、そして現状の居辛さと事の深刻さに何の言葉も出てこない他の幹部達…普段は孫権以下和気藹々と進行していくはずの長湖部幹部会議は、ここ数日はそんな重苦しい空気に支配されていた。その理由は、既に学園を去りながらも、いまだにこうして首を突っ込んでくる"御意見番"張昭の存在だけでないことは、誰の目から見ても明らか…今、長湖部全体が置かれているのは、その存亡の危機だったからだ。 -------------------------------------------------------------------------------------------- 事の発端は、荊州・益州の二学区を支配下に治めた劉備が、その統合生徒会長(←正史で言えば漢中王)の座に就いた事にあった。 かつては幽州近辺の非公認報道組織の長として、様々な実力者の庇護を受けながら各地区を流れ歩いていただけの少女が、遂に蒼天学園を三分する大勢力の一角を担うまでになったのだ。 早くから蒼天会の中枢部にいて、学園を動かす立場にあった曹操にすれば、実に面白くない話である。かつては自分の庇護の元に居たクセに、妙な野望をもって自分に歯向かい続けた挙句、自分と対等の勢力と権力を得る…曹操の性格を考えれば、黙って見ている筈がない。 だが、敵は劉備率いる帰宅部連合だけではない。それと手を結び、赤壁島で曹操の学園制覇の野望を頓挫させたもうひとつの勢力の存在が、劉備との全面戦争を躊躇わせていた。その存在こそ、今や孫姉妹の三女である孫権に受け継がれた長湖部である。 曹操はまず、長湖部を唆して帰宅部連合に当たらせることを考えた。 長湖部にしても、勢力拡大の為に荊州学区の領有、ひいては、益州学区までを制圧する遠大な戦略構想を抱いていた。だが、後に言う「赤壁島の戦い」のどさくさに紛れて荊州学区を抑えた帰宅部連合の為に、その戦略も大きな見直しを余儀なくされた。 曹操の蒼天会に対抗するために、劉備と結んだことが今や大きな癌となって、長湖部幹部を悩ませていたのだ。 曹操の申し出に議論百出する長湖部にあって、その重鎮の一人・諸葛瑾が一策を案じる。すなわち、劉備の名代として、荊州学区の生徒会長代行の座に収まっている関羽に個人的な友誼関係を持ちかけ、荊州学区併呑の布石にし、蒼天会に対抗する力をつけてからその申し出を受けるというものだった。 もし関羽がこれを突っぱねたら、それを口実に帰宅部連合との同盟を破棄し、このとき荊州を伺うために出張ってきていた曹仁をぶつけ、その隙に荊州を狙う…という二段構えの策だ。 その案が通り、言い出しっぺの諸葛瑾は関羽の元へと赴くが、関羽はそれ突っぱねるどころか長湖部を挑発するかのような暴言を吐く有様だった。口を渋る諸葛瑾からその口上を聴きだした孫権は、普段の彼女からはとても想像出来ないくらい激怒し、完全に頭に血が上った孫権の剣幕に押される形で、諸葛瑾が示した第二の策は決行された。 果たして曹仁と関羽の激戦が繰り広げられ、戦線は関羽軍有利の状況で進んでいた。蒼天会が送り込んできた大援軍も、関羽の水攻めによって壊滅、総大将の于禁は関羽の虜囚となり、名将(ホウ)徳を筆頭に多くの将が処断された。 それで勢いに乗ったことが仇となり、荊州学区は完全に手薄の状況となる。その一因には、荊州学区との境目に当たる陸口棟の責任者が、名将で名高い呂蒙から、その呂蒙の策謀で、当時学園全体ではまったくの無名だった陸遜にかわったこともあった。呂蒙はこの機を逃さず、荊州学区諸棟の責任者の調略にかかる。 関羽の勘気を被って後方支援を任されていた傅士仁、糜芳を筆頭に、長湖部の威容を恐れた各棟の責任者は先を争って帰順し、関羽の退路を断つことに成功する。 さらに曹仁の援軍として現れた徐晃の活躍もあり、関羽は荊州学区の外れにある、廃棄寸前の麦棟へ敗走した。そして長湖の大軍勢に包囲された関羽は、脱出に失敗してとらわれ、件の暴言に対する怒りの覚めやらぬ孫権の独断で、その部下もろとも処断されてしまったのだ。 その後、この復讐の機を劉備と共に伺っていたその義妹・張飛が、自身の不始末によって引退を余儀なくされたことで焦りを覚えた劉備は、学園生活最後のこの時期に、長湖部への復讐を遂げるための大号令をかけたのである。 関羽・張飛縁故の者達と、連合の荊州学区系構成員の意気は凄まじく、それを迎撃するために孫権の妹分の一人・孫桓が勇んで出陣していったのだが…その顛末は、冒頭のとおりである。 -------------------------------------------------------------------------------------------- 「まぁ、過ぎたことを今更言っても仕方ないわ。向こうが烏合の衆でないことが解った以上、こちらも戦い慣れた古参の手練で対抗すれば良いだけの話でしょ」 「で…でも、ほとんどの人たちはもう、引退しちゃったんだよ?」 大学生にもなってこんなトコに顔出してるあなたを除いては、なんて言葉が喉まで出かかっていたが、孫権はぎりぎりのところでその言葉を飲み込んでいた。多少感情を乱していても、張昭を徒に刺激することの愚は承知していた。 後ろに控えた谷利から手渡されたハンカチで涙を拭うと、孫権はすがるような目で張昭を見つめた。 これまで部を支えてきた周瑜や魯粛、そして先に不慮の事故でリタイアした呂蒙といったメンバーが居ない以上、今この場にいるメンバーで一番頼りになるのは張昭しかいないこともまた、孫権は理解していた。 流石の張昭も、頼りにされるのは悪くないと見え、柄にもなくちょっと照れ臭そうに視線を逸らす。この甘え上手なところも、孫権の長所であり武器である。 「ん…まぁ、そうだけどさ。幸いにも韓当はまだ残っててくれてるし、周泰や凌統、徐盛だっているじゃないの。連中を駆り出して、当たらせるのが最善手ね。山越高や対蒼天会の護りは呂岱や賀斉で十分だし」 そこまで話し、急に普段どおりの真面目な顔に戻る。 「ただ、総指揮を任せるとなると適任は…」 「それだったら、俺様が引き受けるぜ」 そのとき、不意に会議室の扉が開け放たれ、全員の視線がそちらへ集まる。"御意見番"の完全な一人舞台状態に割って入ったのは、先に引退を表明したばかりの甘寧だった。
504:海月 亮 2004/12/17(金) 03:18 「甘寧…? 貴女、どうして此処に…?」 卒業生だから、という理由もあったが、呂蒙が不慮の事故で引退を余儀なくされた頃から、彼女も著しく体調を崩していた。 その理由については明らかではなかったが(その原因を聞いていたとしても、おそらく彼女のことだからそんなものをいちいち覚えてはいないだろう)、そのために風邪をこじらせていたのは事実である。 万全の状態なら誰も文句はつけないだろうが、今の甘寧はお世辞にも本調子とは言いがたい。 現に、甘寧はほんの数時間前まで病院のベッドの上にいたはずなのだ。顔は蒼白で、ほとんど気合だけで立っているふうに見え、今までの彼女を知るものから見れば、その姿にかつてのような覇気は感じ取れないだろう。だが…。 「公式にはまだ、俺の蒼天章も、階級章も返上されてないからな…それなら、問題ねぇハズだよな?」 「確かにそうだし、そりゃあ貴女が往ってくれるなら心強いけど…でもあんた、風邪こじらせて入院してたはずでしょう? そんな身体で…」 「引退直後に古巣がなくなりました、じゃ、寝覚めが悪すぎらぁ。理由(ワケ)なんざ、知ったこっちゃねぇが、これ以上、あんな山猿共にキャンキャン騒がれるのも…ムカつくんでな」 息は荒く、言葉も途切れ途切れだったが、そう言い切った甘寧の眼は未だ死んでいない。合肥で蒼天会の本陣に数名で奇襲をかける、と言い出したときの、そのままの眼光を保っていた。 そんな眼をしている以上、例え「駄目」と言ってベッドに無理やり寝かせつけようとしても、彼女は這ってでも独りで戦線へ突っ込んでいくだろう。その気迫に呑まれ、流石の張昭にも反対すべき言葉が出てこない。一息ついて、孫権の方を見る。 「…と、彼女は言っているようですけど…どうする部長?」 孫権も迷ったが、他に頼れる者も思い当たらない。悲痛な面持ちのまま甘寧を見つめ、断を下す。 「……………解った。興覇さん、お願い」 「へっ、そうこなくっちゃ…な」 「どうして、どうしてアンタがここにいるのよ、興覇ッ!?」 「なんでぇ、公績…俺様が、ここにいるのが、まぁだ気に喰わねぇのか…?」 その姿を認めるなり、手前にいた黒髪をショートにした少女…凌統は、思わず大声をあげた。 凌統以下、救援軍の編成に当たっていた諸将にとっても、彼女がそこにいることが信じられなかった。ましてや凌統は、先刻病室で甘寧を見舞っているのだ。 かつて姉を飛ばされたことで甘寧を激しく憎悪していた凌統だったが、先の合肥戦のさなか、楽進・曹休のタッグからの攻撃から身を呈して救った挙句、孫権を護って逃げるための殿軍(しんがり)まで買って出てくれた甘寧の行為に、その憎悪は彼女に対する尊敬へと変わっていた。 一方の甘寧にしてみても、相手が恨んでいない以上こちらからも恨む理由はない、ということで、ふたりはこれまでとはうって変わって、良き戦友と呼べる仲になっていた。 「そんなんじゃないわよ! アンタ絶対の安静だって、医者に言われてるんでしょ!? そんな身体で…」 「公績先輩の言う通りですよ!」 凌統の隣りに居た丁奉も声を挙げる。ポニーテールにまとめた、生来のものである狐色の髪が特徴的なこの少女は、中等部入学直後の夏休みに孫権直々のスカウトを受けた逸材である。並み居るの先輩部員を差し置いて、将として認められていることからも、その実力は明らかだろう。 彼女は現在潘璋の副将という立場にあったが、かつては甘寧の部下に配され、こき使われながらも一方で非常に可愛がられ、今では一番の妹分と言っても過言ではない。言うまでもなく、彼女の甘寧に対する尊敬の情も、ひとしおだ。 「ここで無理をしたら、大変なことになりますよ! ここはあたし達が…」 「やかましいッ!」 甘寧の大喝に、気圧されて黙り込むふたり。 蒼白の顔に、脂汗まで滲ませているその容貌にかつての精彩はない。だからこそなのか、その貌(かお)には鬼気迫る何かがあった。その勢いに、まだ中学二年生の丁奉は半泣き状態になり、気丈な凌統も言葉を失った。他の一般部員の中には、腰を抜かしてへたり込んでしまったものもいた。 「俺は…俺も、失いたくないんだ…! はみ出し者だった俺を"仲間"として扱ってくれた長湖部を…」 「…興覇」 「興覇先輩…」 甘寧の表情は、悲痛で、真剣だった。その心底を洗い浚い吐き出すような言葉は、少女達の心を打った。 「俺は、こういうカタチでしか、恩義を返せない、人間だから…だから、最期まで戦わせてくれ…頼むッ!」 そのとき、甘寧の身体がよろめく。しかし、その身体はすぐに背後から現れた人物に支えられる。 艶のある黒髪をショートに切り揃えた、整った顔立ちの少女。その少女は甘寧同様に卒業を控えた、初期長湖部からの功臣・韓当だった。 「義公…さん」 「いろんな意味であなたのその性格は、死んでも治りそうにないわね。居残り組最古参の私を差し置いて総大将に名乗りをあげたことの文句のひとつでも言ってやろうかと思ってたけどね…」 私だって有終の美を飾りたかったのに、とか言わんばかりの口調だが、これも悲痛な空気を少しでも紛らわそうとする韓当流の言い回しである。そろそろ付き合いも長い甘寧達にも、それはよく解っていた。 ふぅ、とひと息ついて、韓当は続ける。 「まぁ、部長の命令も出たことだし、今のを聞かされた以上、もう何も言わないわ。その代わり、承淵を副将に連れときなさい。文珪や上層部(うえ)には、私が話しとくから」 「すんません…恩にきります」 苦笑を浮かべる韓当に、何時もより弱々しくも、苦笑で返す甘寧。 「あなた達もいいわね?」 「そう仰られるなら…異存はありません」 「…任せてください! 全力でお守りします、先輩!」 「へっ、こいつ…ナマ言いやがって…」 もはやふたりにも反対の言葉は出てこなかった。苦笑して返す凌統と、涙を拭って極力笑顔で返す丁奉を軽く小突く甘寧を見て、韓当は「よろしい」と軽く呟いた。 それから数刻のうちに、編成を終えた総勢500名弱の夷陵棟救援軍は甘寧を総大将に、先手を潘璋、左右に周泰と韓当、後詰めに凌統、そして中軍の副将に丁奉といった錚々たるメンバーとともに建業棟を進発した。
505:海月 亮 2004/12/17(金) 03:19 夷陵棟に程近い(オウ)亭広場で、長湖部軍が帰宅部連合軍を迎撃する形で開かれたその戦況は、時間がたつにつれ長湖部にとって芳しくない状況になりつつあった。甘寧の想いとは裏腹に、帰宅部連合の勢いに押された長湖の精鋭たちはじりじりと後退を始めていた。 一説では、潘璋隊に帰宅部の"五虎(タイガー・ファイブ)"の一角として知られる黄忠が単騎で大立ち周りを演じ、自身は最終的に飛ばされてしまうものの、潘璋隊に壊滅的な打撃を与え、逃げる潘璋はその途上、関興に飛ばされた…などという説話もあったほどだ。 無論これは帰宅部寄りの誰かが言い出した俗説に過ぎず、黄忠はこのころ既に引退しており、潘璋が引退したのも夷陵回廊戦の翌年度である。しかしながらそんな俗説が飛び出るくらい、長湖部の孫桓救援軍が手痛い打撃を受けていた、ということなのだろう。 先に旗色悪しと見て、帰参を申し入れた傅士仁、糜芳の二人が、関興によって心ゆくまでぶちのめされた挙げくに処断されてしまったことも手伝い、荊州棟出身者で、関羽を裏切る形で長湖部についた者達は関興の姿を確認するや、その怒りを恐れて我先にと逃げ出す始末であった。 そのことが、長湖部軍全体に恐慌となって伝播し、さらには姉の復讐に燃える関興の働きもあって、先手は潘璋の奮戦空しく壊滅に近い状態となった。命からがら逃げてきた潘璋は、残存隊員をかき集めて既に退却を開始していた。 剛毅で無鉄砲な性格で知られる甘寧も、この状況にあっては流石に焦燥を隠せない。病状は会戦直前に飲んだ頓服薬のお陰で小康状態を保っていたが、今度はこの戦況のために顔色が変わる。 「くそっ…これじゃあ勝負にならねぇじゃねぇかよ!」 先鋒の潘璋隊壊滅の余波を受けて、恐慌は甘寧、凌統、丁奉のいる中軍にまで伝播してきていた。両翼に居た周泰や韓当の隊でも、副将を飛ばされて後退を始めている。勢いに乗った帰宅部期待の新星・関興、同じく張苞の隊が中軍に突っ込んでくるのも時間の問題だった。 「興覇先輩ッ、正面の敵本隊も進軍を開始しましたッ! このままじゃ三方向から挟み撃ちですよッ!?」 丁奉が悲痛な叫び声を挙げ、甘寧も舌打ちする。中軍の部隊も、外側では関興・張苞隊との戦闘が始まっていた。 「ええいッ、 引いて軍を整える! 俺らは後ろの凌統隊に合流し、来る連中を撃退しながら下がるぜ! 俺も戦闘に入る!」 「ええっ!? 大丈夫なんですか!?」 「そんなこと言ってる場合じゃねぇ! "覇海"を寄越せ、来るぞッ!」 傍らに居た甘寧子飼いの親衛隊−かつて彼女を首領とした不良集団・銀幡あがりの少女が、ひときわ大きな木刀を甘寧に手渡したのと、正面の布陣が割れたのはほぼ同時だった。崩れた一角から、怒号とともに帰宅部の精鋭たちがなだれ込み…。 「いたぞッ!」 「甘寧を狙え! ヤツさえ飛ばせば軍は崩せるッ!」 「ヤツは半病人だ! 囲めば確実にとれるぞ!」 他には目もくれず、混乱する少女達を尻目に、甘寧をめがけて殺到する。 「興覇先輩!」 「しゃらくせぇ、やれるもんならやって見やがれっ! 承淵、遅れをとるんじゃねぇぞ!」 言うが早いか、銀幡時代からの愛刀・覇海を一閃し、群がってきた数名を吹き飛ばした。いくら病に体を蝕まれていても、やすやすと飛ばされるほど衰えてはいない。まさに鬼神の如き働きで、一時は帰宅部軍を押し返していた。 しかし、そのために彼女は、何時しか敵軍の深みに入り込み、孤立した状態になってしまっていた。 深入りを認識し、血路を開いて後退しようとする甘寧の前に、ひとりの少女が立ちふさがった。青みがかった髪を無造作にショートで切り、春先だと言うのに夏服を着ているその腕には無数の傷があり、頬にもバンドエイドを貼り付けている。 猛禽を思わせる鋭い目つきと言い、その雰囲気からも只者ではない気配を漂わせていた。 「甘興覇先輩とお見受けします…お手合わせ願います!」 「け、上等だッ! 病院送りにする前に名前だけ聞いといてやらぁ。かかって来な!」 「益州学区古武道同好会主将、沙摩柯。参るッ!」 言葉と同時に、沙摩柯と名乗った少女が、一陣の疾風に変わった。3メートルほどの間合いが、一瞬にして0になる。古武道の達人が成せるその驚異的な踏み込みに、甘寧の顔から一瞬にして笑みが消えた。 (! コイツ…っ) 一瞬にして間合いの中に斬り込み放った必殺の掌を、甘寧は恐るべきカンでぎりぎりかわしていた。それと同時に、逆手に構えていた覇海を振り上げる。スウェーでかわした沙摩可が反撃に出ようとした瞬間、即座に手首を返して全体重をかけた返しの一太刀を振り下ろす。 はっとして、沙摩可は即座にバックステップで回避した。仕留めるつもりで放った一撃をかわされた甘寧だったが、間合いを離してにらみ合った相手に対して、再びニヒルな笑みを浮かべて見せた。 「ちっ…右か左にかわしてくれれば、ワキにヒザでもくれてやろうかって思ってたけどよ」 「流石です…合肥での風聞は、本物だったみたいですね。その剣…いえ、格闘術は我流ですね?」 「こちとら、生まれてこのかたキチンとした武道なんてのに手ぇ出したことがないんでね…暴走族(ゾク)仕込みの喧嘩殺法ってヤツだ、よ!」 言うや否や、鳩尾を狙っての独特な前蹴り…俗に「ヤクザキック」と呼ばれる蹴りを放つ。踏み込むと同時に、左拳と木刀の歪なワンツーが沙摩柯を襲う。 木刀をいなすことは出来ても、拳は辛うじてガードする。一撃の重さで彼女の全身に衝撃が走った。攻撃の隙を見出して反撃しようにも、衝撃に痺れた腕が上手く反応してくれない。 (くっ…一見出鱈目に見えて、思った以上に無駄がない…単純に喧嘩慣れしてるだけで、ここまで出来ると言うの…!?) 休むことない連続攻撃に、沙摩柯は防戦一方だった。しかも木刀だけでなく、単純な拳打の重さもハンパではない。ガードの上からでも、ダメージは蓄積されていく。 「そら、足元がお留守だぜッ!」 「あっ…!」 拳打を受けるのに精一杯で、足元から注意をそらしてしまったのが仇となった。強烈な左のローキックを軸足に受け、沙摩柯は大きくバランスを崩した。そこに、かつて甘寧が凌統の姉・凌操を飛ばしたときに使った、全力のアッパーがよろめく顔めがけて飛んできた。 (くっ…やられる!?) だが、その必殺の一撃を放とうとした瞬間、これまで小康状態を保っていた高熱が、強烈な眩暈となって甘寧を襲った。 自分の体調について決して無関心でなかった甘寧だったが、この一騎打ちは当人の予想以上にその体力を奪い取り、薬の効き目を打ち消していたのだ。アッパーを放つためにとった体制のまま、甘寧の体が大きくよろめいた。 (ちぃっ…こんな、時にッ!) 「もらった!」 体制の崩れたその一瞬を、沙摩柯は逃さなかった。バランスを失って前のめりになった甘寧の顎を、何とか踏み止まって放った右の掌底が捉える。甘寧の意識が、もぎとられるように吹き飛んだ。 「嘘ッ……興覇先輩ッ!」 ゆっくりと崩れ落ちる甘寧には既に、丁奉の叫びも届かなかった。
506:海月 亮 2004/12/17(金) 03:20 倒れ伏した甘寧の姿を見つめ、沙摩柯は何の感慨もなく、呟いた。 「まさか…本調子ではなかった…?」 切れ長の双眸には、長湖部軍の筆頭将を打ち破ったことへの歓喜はない。沙摩柯にも解っていたのだろう、もし甘寧の体調が万全であれば、あのアッパーで自分が飛ばされていたことを。 古武道の達人である彼女の実力であれば、徒手であっても並の剣士など物の数ではない。しかしながら、今打ち倒した相手は、剣術の心得はないものの、合肥で「学園最強剣士」として名高い張遼と互角に戦ったといわれる学園屈指の喧嘩屋なのだ。 何でもありの「喧嘩」ということであれば、その戦闘能力は帰宅部の誇る"五虎"とほぼ同等とまで言う者さえいる。それが誇張だとしても、明らかに今の自分より格上であったことは間違いないことは、現実に手合わせして思い知っていた。 「でも、此処は戦場…悪く思わないでください」 そう割り切った沙摩柯は、気を失った甘寧の階級章にゆっくりと手を伸ばす。その刹那。 「やらせるもんですかぁー!」 怒号と共に、頭上から降って来る一撃を、軽くいなす。 降って来たのは狐色の髪の少女。いなされてもバランスを崩すことなく着地すると、間髪いれずに横凪ぎの一撃を繰り出す。 「ふん…甘いッ!」 その少女−丁奉の一撃を見切った沙摩柯は、右手で難なく木刀を掴み取る。反撃の一撃を加えようとして引き寄せるが、予想外の"軽さ"に違和感を覚える。そこにあったのは木刀だけだったのだ。 「何…!」 気づいたときには、倒れていた甘寧の姿がない。丁奉は自分の木刀の一撃を囮に、甘寧の救出を第一義としたのである。てっきり自分に向かってくるはずだと思っていた沙摩柯は、完全に裏をかかれた格好になった。 加えて、甘寧との戦いで受けたダメージが、反応をわずかに鈍らせていた。 甘寧を背負って既に駆け出していた丁奉は、落ちていた覇海を空いている手で拾い上げ、前方の長湖軍に兵が集中したことで完全に手薄になった、帰宅部本営の方向へと疾走していた。 「興覇先輩は返してもらったよっ! この借りは、絶ッ対返してやるからねッ!」 「味なマネを…くっ…誰か奴等を追え! 逃すな!」 追いかけようとするが、甘寧からもらったローキックが激痛となって、彼女を阻む。駆けつけた来た古武道同好会の部員に追撃の指示を出しながら、沙摩柯は甘寧を連れて逃げ去る少女にも感嘆の意を禁じえなかった。 人一人を背負ってあれだけの速さで走るなどと言うのは尋常なことではない。それを、自分よりも頭一個小柄な少女がやってのけているのだ。 「あの娘、良い資質を持ってる…上手く逃げおおせたなら、手合わせする機会が楽しみだわ…」 自分の指示で数名が追いかけていくのを、足を抑えて座り込んだ沙摩柯はじっと眺めていた。その顔には、大魚を逸した悔しさではなく、期待に満ちた笑みを浮かべていた。 反射的に人手の薄い方へ駆け出してしまったものの、自軍本陣からは反対方向であることは丁奉も理解していた。前方への敵に集中していた連中が自分達に気づけば、本営に控える連中と一斉包囲されて一巻の終わりだ。 彼女は、進行方向を直角に曲げると、南側に広がる林の中へ駆け込む。比較的手薄な、長湖に続く支流周辺まで出れば、そこを辿って本営まで帰ることもできるかもしれない…丁奉はそう考えた。 しかし、沙摩柯子飼いの古武道同好会の部員が迫ってくるのを見て、その考えが甘いことを悟った。彼女等の対処に手間取れば、おそらく本隊も駆けつけてくるに違いない。 たとえ人一人抱えていても、水泳部のホープで、揚州学区から赤壁島までの遠泳を毎日の日課とする丁奉なら、安全な対岸へ泳いでいく事もできるのだが…。 (駄目っ…興覇先輩の体調を考えれば、この季節の渡河は命取りになっちゃう…!) 木々が疎らになり、目指す河岸にたどり着いた。だが、その先どう逃げるかの結論が出ない。河を渡ろうにも、船代わりになるものもない。 (どうしよう…このままじゃ…) 「…承淵、か? 俺は…一体…」 そのとき、気を失っていた甘寧が眼を覚ました。 「興覇先輩! 気がついたんですね!」 丁奉は甘寧をゆっくりと背中からおろすと、適当な樹にもたれさせる。 そのとき、はっとして甘寧の左腕を見た。あの時無我夢中で気づかなかったが、敵将は甘寧の階級章に手をかけていたことを思い出したのだ。 だが、その心配は杞憂に終わる。木々の中を無理に走ってきたせいで上着はボロボロだったが、それでも左側は幸運にも無傷で、彼女の殊勲に比べればあまりに低いのではないかと思える硬貨章も、そこに顕在だった。丁奉は、ほっと胸をなでおろす。 「…へへっ…俺様としたことが、あんな三下に遅れを、取るなんてな…」 「そんな日だってありますよ」 力なく笑う甘寧に、丁奉も精一杯の笑顔で応える。だが、来た道から無数の足音が近づくにつれて、丁奉の顔にも焦りの色が濃くなってくる。意を決したように、彼女は今来た方向へ向き直る。 「此処まで、か…ちょっと待っててくださいね。あんな奴等、すぐに蹴散らして…」 「止めておけ…タイマンならともかく、多勢に無勢ってヤツだ。ましてやお前、丸腰だろ」 「でも、足止めくらいになります…地の利もこっちにあるし…」 「時間が経てば、不利な状況は増える…奴等も、バカじゃない…おっつけ、こっちにも本隊が、来るだろうよ…大将を、ふたりも、飛ばせば、どうなるか…言わなくたって、解るだろ…?」 無鉄砲な性格で、暴れん坊として知られた甘寧を、「勇猛無策」と評するものもいる。だが、幾度となく死線を潜り抜け、学園にその悪名を轟かせた銀幡の首領の座を保ってきたのは、その状況観察能力に裏打ちされたところも大きい。 長期戦略の面においても、初期から周瑜同様、荊州から益州までの侵攻計画を献策したことで知られている。だからこそ、この危難の局面で防衛軍の総大将を任されたのだ。丁奉は今更ながらも、感嘆の息をついた。 「…だから俺様を置いて…お前だけでも、さっさと、泳いで逃げろ。お前一人なら、問題ねぇだろ?」 丁奉の腕をつかんだまま、甘寧が厳しい口調で言う。まるで先ほどまでの自分の思考を読み取られたようで、丁奉ははっとして甘寧の顔を見た。
507:海月 亮 2004/12/17(金) 03:20 本来の病状に加え、先ほどのダメージの為に顔色は目に見えて悪く、息も荒い。触れた手からは、明らかに高熱を発していることも理解できた。表情には出さないが、今こうしていることも、甘寧にとっては辛いことなのかもしれない。 「でも…先輩を置いていくなんて…ッ」 「バカヤロウ、此処でお前までっ、飛ばされたら…お前のことを任された、部長に、申し訳たたねぇんだ!」 その一喝に、丁奉は二の句が告げない。泣きそうな表情の丁奉に、甘寧は不意に表情を緩めた。 「俺が…お前のこと、任されたとき…将来長湖部に、とって、必要な人材になるから、大切にしてあげて、って…部長が、言ってたよ。俺なんかの、せいで…そんなヤツを、さっさと、飛ばされるわけに…いかねぇ。ここは、逃げ延びるんだ…部長の、ためにも…俺の、ためにも…」 「でも…」 「俺のことなら、心配ない…奴らも…俺が、病人だと、わかれば…そう悪くは、扱わないだろ…ましてや、既に……飛ばされて、いるので、あれば…っ!」 「え!?」 言うが早いか、甘寧は自らの階級章に手を伸ばし、無造作に引きちぎった。そして、呆気に取られる丁奉の手に、それを握らせる。 「これで、文句は、ねぇだろ…さ、解ったら、さっさと…逃げろ」 「そんな…先輩!」 「…いいから…行けっつってんだよ!」 甘寧は最期の気力を振り絞って立ち上がると、小柄な丁奉の身体を河へと突き飛ばす。大きな水音と共に、丁奉の身体は河へと投げ出された。 不意の一撃で頭から突っ込んでしまった丁奉は、河の流れに一瞬抵抗できずそのまま流される。しかし流石に水泳部のホープとまで言われただけあって、すぐに体制を立て直して顔を出す。そして、突き飛ばされた岸へ戻ろうとする。 「せ…先輩、どうして…」 「この、バカ…戻るんじゃ、ねぇッ! 行けッ! 行くんだッ!」 「興覇…先輩」 「後は、頼んだぜ…コイツは、俺様からの…餞別だ」 岸から甘寧が投げてきたものを、丁奉は反射的に掴み取る。それは、逃げるときに一緒に掴んできた、甘寧の愛刀・覇海。それには何時の間に付けたのか、甘寧の腰につけられていた鈴飾りも括り付けられていた。 「大切に、使ってくれよ…じゃあな、承淵」 「…うぐぅ…っ…先輩…」 まだ春から遠いことを知らせる冷え切った流れに身を任せながら、その冷たさも忘れたように丁奉は何時までも、岸辺に残った甘寧のほうを見ていた。流れ落ちる涙を拭うこともせずに。 そして、意を決したかのように顔だけで小さく会釈すると、覇海を抱いたまま流れに乗って、下流へと泳いでいった。本隊が集結しているであろう、陸口の本営に向けて。 (そうだ…それでいい…絶対、逃げ切るんだぜ…) それを見て、甘寧は満足げに、普段とは違う穏やかな笑みを浮かべた。その姿が視界から消え、甘寧が樹にもたれたとき、木々の間から帰宅部の追っ手が姿をあらわす。 「ふふ、遅かった、じゃ、ねぇか…」 「長湖部の甘寧先輩とお見受けします」 その言葉を気にした風もなく、その中の小隊長と思しき少女が、問い掛けてきた。 「上意により、階級章を貰い受けに参りました。観念してください」 「だから、遅ぇっての…よく見な、俺はもう、飛んでるんだ…からよ」 「え!?」 そういう甘寧の左腕には、確かにあるべきものが存在していなかった。呆気に取られる少女達。一体どうしたのか、の誰何の声を上げる前に、甘寧はつぶやく。 「理由は、どうあれ…これで、俺も"戦死"扱いの、脱落者だ…囲むだけ無駄、だぜ。だがもし…慈悲が、あるなら…早く搬送して、くれると…助かる……」 「あっ!?」 崩れ落ちた甘寧を反射的に抱きとめてしまった少女は、その事実に驚愕せざるを得なかった。 「すごい熱……ま、まさかこの人、こんな体調で沙摩柯さんをあそこまで追い詰めたって言うの!?」 「なんて人なの…」 その事実に、もう一人の少女が既に安全圏まで逃げおおせたことなど、彼女等には気づけるはずもなかった。眠りに落ちた甘寧の寝顔は…その息づかいこそ苦しげだったものの…満足げに微笑んでいた。 (第二部へ続く)
508:海月 亮 2004/12/17(金) 03:26 と、此処までで第一話終了です。 後の文章量もさほど、変わらんのですが…外見描写とか余計なんだろうか…。 史実どころか演義と比べてもなにやら無理のあるキャストになってます。 甘寧最期のシーン、実は横光三国志のオマージュなんですが… …てか、承淵ちゃん活躍しすぎ?
509:海月 亮 2004/12/20(月) 21:49 第一部 >>503〜>>507 風を継ぐ者」 -第二章 その涙は誰が為に- 「…そう…興覇のヤツ、最後の最後までカッコつけて…もうっ…」 すっかり落ち込んで、何時もの調子がない丁奉を慰めるかのように、凌統はそんな軽口を叩いた。その眼にも、かすかに涙が滲んでいる。 完全な濡れ鼠になって、陸口にある長湖軍の本営に丁奉がたどり着いたのはすっかり日が落ちてからだった。甘寧と沙摩柯の一騎打ちの決着から既に5時間以上が経過し、何とか敗走する本隊をまとめながら、凌統や韓当たちは此処まで退却して来ていた。 凍りつくような河の流れの中で、半ば意識を失いかけていたところを、ライフセーバーの卵である凌統が見つけてくれなければ、丁奉の身もただでは済まなかっただろう。 意識を失いながらも、丁奉は甘寧の階級章と、覇海をずっと離さなかった。 それから丸一日眠りつづけた彼女は、目を覚まして凌統の姿を認めるや否や、大声をあげて泣き出した。 何度も何度も、甘寧の綽名を呼びながら。 その様子から、凌統も甘寧の身に何が起きたかを悟った。かつては恨み骨髄の相手ではあったが、わだかまりを解いた今は、大切な仲間であり、尊敬できる先輩だ。それを思い、彼女も泣いた。 そして今、ようやく落ち着きを取り戻したところだった。揚州学区のはずれにある学生寮の丁奉の部屋には、凌統の連絡を受けた周泰と潘璋もやってきていた。 「さっき荊州学区の病院から連絡があったんだ、峠を越えたってさ。てことは、帰宅部の奴等もその辺のことは、ちゃんとわきまえててくれたんだな」 「まぁ、キミが無事だったのは、不幸中の幸いだったわね。興覇だけじゃなくて、キミまで飛ばされてたらどうしようかって思ったけど」 普段は寡黙な周泰や、口の悪い潘璋も、そう言って励まそうとする。しかし、そのことが責任感の強い丁奉にとっては、かえって耐えられないことだったに違いない。潘璋が甘寧の綽名を言ったあたりで、丁奉の眼には再び涙が溢れる。 「でも…でもっ…あたしは先輩を護ることが出来なかった…っ」 「……承淵」 居合わせた諸将に、返す言葉もない。 甘寧を護る事が出来なかったと言うなら、中軍を無防備に晒した左翼の周泰、先鋒軍の潘璋、そしてその危機を救うことを出来なかった後詰めの凌統にも共通した無念の感情である。 だが危地から上手く逃げおおせたとはいえ、最後の最後で結果的に甘寧を見捨てる形になった丁奉の心痛とは比べるべくもない。 赤壁後の南軍攻略戦以後、ずっと副将として付き従い、妹分として可愛がられた彼女を知る諸将にも、その気持ちは痛いほど伝わってきていた。 「そうね、確かにあなたは、副将としての役目を完遂できなかった」 「!」 沈黙を切り裂いたのは、部屋に入ってきた韓当だった。 総大将・甘寧リタイアの報を受け、最高学年生として臨時に軍の総指揮に当たっていた彼女も、丁奉回復の報告を受け駆けつけてきたのだ。 彼女自身も乱戦の中無数の傷を受け、手足や額に巻いた包帯にはわずかに血が滲んでいる。 「私の副将はね、私を護るため身代わりになって張苞に飛ばされたわ。もうすぐ卒業する私をかばって、これからも長湖部の一員として働かなきゃいけないあの娘が」 そう言って丁奉を見つめる韓当の表情は、一見普段と変わらない様に見えた。 しかし、その瞳はどこまでも深い哀惜を湛えている。 「あの娘は確かに副将の役目を果たしたわ…でも、あたら若い才能を潰してしまった私の気持ちはどうなるのよ…あの娘を目の前で飛ばされてしまった、私の気持ちは!」 「…先輩」 長湖部設立から部を支えつづけてきた、その少女の双眸からは何時しかとめどなく涙が零れていた。流れる涙を拭おうともせず、韓当はなおも続ける。 「あなたも興覇も幸せ者よ…あなたは彼女の意思を、継ぐことが出来た。何時までもめそめそしてるヒマがあるなら、これから何をなすべきか、それを考えなさい…彼女のことを思うなら、尚更のことよ…!」 「…………はい」 何時しか、居合わせた全員の目から、涙が流れ落ちていた。 だが、最初に泣き出した少女の表情に明るさが戻ったのを見ると、韓当も満足そうに頷いた。 その一方で、彼女の心の片隅で、これからの展望への不安は依然渦巻いていた。 (でも…興覇やあたし達総出でも支えきれなかったあの勢いを止めるなんて…せめて、せめて公瑾や子明…あるいは、それに匹敵する将帥がいてくれれば…) 敗戦に沈む少女の涙は晴れても、長湖部にかかる暗雲は、未だ晴れ間を見せる事はなかった…。
510:海月 亮 2004/12/20(月) 21:50 (や〜れやれ…まさか、興覇までやられちゃうなんてねぇ…) この日…甘寧脱落の報を受け、さらに沈み込んだ長湖部本営の会議室を一番最初に出てきたのは、ボリュームのある色素の薄い髪を、無造作に二つ括りにした少女だった。 どこか人を食ったような細いタレ眼が特徴的なその少女の名は(カン)沢、綽名を徳潤という。 苦学生であったが、記憶力に優れた明晰な頭脳と、かつて赤壁島戦役において曹操に黄蓋の偽降を信じ込ませたといわれるほどの能弁を認められ、長湖部の重鎮に登りつめた一人である。 実家が寺であったことから仏教関係の事跡に特に詳しく、のちに揚州学区の外れにある古寺を改修した際、一言一句過たずに書き上げられた経典を奉納したことで知られることとなる…それは、さておき。 (カン)沢の明晰な頭脳は、先ほどの会議のあらましを正確にリピードしていた。 喧喧囂囂と意見のまとまらない幹部達。中には、先に協力関係を結んだ蒼天会に援助を求めるべき、などという意見を吐くものもいる。 (どいつもこいつも、わかってねぇよなぁ…表面上は友好関係にあるたぁはいえ、曹丕のやることなんざ信用できねぇだろ…そんなことを申し入れれば、どんな無理難題を吹っかけてくることか…でももし、このまま何もせずにいて、義公先輩達まで崩される事になれば…) 「…ぱい、徳潤先輩!」 考えながら歩く(カン)沢は、はっとして自分を呼ぶ少女に振り向いた。 光のあたり具合では緑がかって見える髪をショートボブに切り揃えた、利発そうな少女だ。制服の着こなしからも、その真面目な性格が読み取れる。 「あ…なんだ、伯言か」 「なんだ、とは酷いですよ。考え事しながら歩いていると、階段から落ちますよ? ただでさえ、徳潤先輩は熱中すると周りが見えなくなるんだから」 大げさなくらいぷーっとむくれてみせるその少女−陸遜をなだめるように、(カン)沢は笑った。「伯言」は陸遜の綽名である。 「悪ぃ悪ぃ…オマケに待ち合わせの時間もオーバーしちまったしな」 「…仕方ないです…こんな状況ですからね…」 「こんな時に転院だなんて、公瑾さんも複雑だろうなぁ。課外活動から退いたうえ、病院暮らしも長ぇのに、ずっと部長のこと、気にかけていたからなぁ」 公瑾こと、元長湖部副部長・周瑜は、かつて長湖部二代目部長・孫策の親友として、孫策のリタイア後も現部長・孫権を補佐し、圧倒的不利といわれた蒼天会の攻勢を赤壁島で撃退してのけた知将だ。 才色兼備の人物だったが、激情家としての一面があり、それゆえに南郡攻略戦で回復不能に近い大怪我を負い、今なお病院暮らしを余儀なくされている。 その周瑜は此度、現在入院中の揚州学区の病院から、より設備の整った司隷特別校区の大病院へと転院することになった。彼女の才能を惜しんだ学校側の配慮により、個人授業などで卒業単位を稼げるように配慮し、それを受けた周瑜の両親の勧めに従ったものである。 しかし、それは同じ学園に居ながらにして、場合によっては永劫の別れになる可能性があることも示している。司隷特別校区は、現在曹丕が支配する「蒼天生徒会」の本拠地…課外活動に参加できないリタイア組はともかく、現長湖部員がおいそれと踏み込める場所ではなかった。 そのことを鑑みて、陸遜の発案と呼びかけにより、周瑜の歓送パーティを開催することになった。もっとも、時期が時期だけに、幹部のほとんどは不参加で、参加者は後輩だらけになってしまったが。 不意に、その眼差しが真剣な光を帯びる。 「情けない話さ…これから部をどうこうしていくってヤツが雁首そろえて、なんの役にも立てねぇときてやがる。あたしにそんな力があれば、こんな気持ちになることもないのに」 この現状に際して、何も出来ないことに対する悔しさが、言葉に満ちていた。握り締めた拳が、まるで泣いているかのように、震えていた。 「…それは私だって、同じです。伯符先輩や公瑾先輩、そして部長やみんなの思い出が詰まった場所ですから…失いたくない気持ちは一緒ですよ」 陸遜の笑顔は、ひどく悲しげな笑顔だ。本当は泣きたいのだろうが、その感情を無理に押し込んでいるような、そんな悲しい笑顔だった。 「何も出来ないでいる自分が、悔しいです…赤壁島で蒼天会を打ち破った公瑾先輩のように、なれない自分が」 不意にその笑顔が、悲痛なものに変わった。これから行うことを考えて、その気持ちを解きほぐそうとしたのか、(カン)沢はあえて茶化すように言った。 「まぁ、なんつーか…あんたも健気だねぇ…あれだけあしらわれてても、その公瑾さんのこととなると真っ先に気を使ってさ。今回の件の為に、ヒマな連中をかき集めたり、プレゼントとか用意したり、病院に便宜を図ってもらうよう動いたのはあんたらしいじゃん」 「え…え〜と…」 「こんなときだからこそ、余計な心配をかけさせまいとするあんたの心がけは立派だよ。どーして公瑾さんは、そういうところを解ってくれないのかねぇ」 「………」 陸遜はちょっと困った表情で、俯いてしまった。 周瑜の陸遜に対する風当たりは厳しい、というのが長湖部構成員、特に幹部クラスの人間にとってはほぼ常識といって良かった。 周瑜が対応にてこずっていた山越高校の荒くれを手なづけて、協定を結んで後背の憂いを絶ち、しかもそのときに作った対応マニュアルは賀斉や鍾離牧といった後任者に「これじゃああたし達が新しい方策をわざわざ考える必要ないわよね〜」と絶賛される出来だった。 この完ぺきな仕事振りに、周瑜が嫉妬している…というのが、表向きの評判だった。 だが実際は、赤壁直前に行われた強化合宿の朝に起きた出来事が原因となって、周瑜が陸遜を一方的に嫌っているのだが…この事は、長湖部の幹部級の者たちで、そこに居合わせた者と孫権しか知らない。 (カン)沢も、その数少ない一人である。 「まぁ、そんなこと言ってても仕方ないか。早く行かないと、それを理由にまたどやされるかもしれないな…行くぜ、伯言っ」 「あ…待ってくださいよ〜」 困ったように黙り込んだ陸遜の様子に「余計なこと言ったかな?」と思った(カン)沢は、陸遜の肩を軽く叩くと、視界に映りこんだ病院の建物に向かって駆け出し、陸遜も慌ててそれに続いた。
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