★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
505:海月 亮2004/12/17(金) 03:19
夷陵棟に程近い(オウ)亭広場で、長湖部軍が帰宅部連合軍を迎撃する形で開かれたその戦況は、時間がたつにつれ長湖部にとって芳しくない状況になりつつあった。甘寧の想いとは裏腹に、帰宅部連合の勢いに押された長湖の精鋭たちはじりじりと後退を始めていた。
一説では、潘璋隊に帰宅部の"五虎(タイガー・ファイブ)"の一角として知られる黄忠が単騎で大立ち周りを演じ、自身は最終的に飛ばされてしまうものの、潘璋隊に壊滅的な打撃を与え、逃げる潘璋はその途上、関興に飛ばされた…などという説話もあったほどだ。
無論これは帰宅部寄りの誰かが言い出した俗説に過ぎず、黄忠はこのころ既に引退しており、潘璋が引退したのも夷陵回廊戦の翌年度である。しかしながらそんな俗説が飛び出るくらい、長湖部の孫桓救援軍が手痛い打撃を受けていた、ということなのだろう。
先に旗色悪しと見て、帰参を申し入れた傅士仁、糜芳の二人が、関興によって心ゆくまでぶちのめされた挙げくに処断されてしまったことも手伝い、荊州棟出身者で、関羽を裏切る形で長湖部についた者達は関興の姿を確認するや、その怒りを恐れて我先にと逃げ出す始末であった。
そのことが、長湖部軍全体に恐慌となって伝播し、さらには姉の復讐に燃える関興の働きもあって、先手は潘璋の奮戦空しく壊滅に近い状態となった。命からがら逃げてきた潘璋は、残存隊員をかき集めて既に退却を開始していた。
剛毅で無鉄砲な性格で知られる甘寧も、この状況にあっては流石に焦燥を隠せない。病状は会戦直前に飲んだ頓服薬のお陰で小康状態を保っていたが、今度はこの戦況のために顔色が変わる。
「くそっ…これじゃあ勝負にならねぇじゃねぇかよ!」
先鋒の潘璋隊壊滅の余波を受けて、恐慌は甘寧、凌統、丁奉のいる中軍にまで伝播してきていた。両翼に居た周泰や韓当の隊でも、副将を飛ばされて後退を始めている。勢いに乗った帰宅部期待の新星・関興、同じく張苞の隊が中軍に突っ込んでくるのも時間の問題だった。
「興覇先輩ッ、正面の敵本隊も進軍を開始しましたッ! このままじゃ三方向から挟み撃ちですよッ!?」
丁奉が悲痛な叫び声を挙げ、甘寧も舌打ちする。中軍の部隊も、外側では関興・張苞隊との戦闘が始まっていた。
「ええいッ、 引いて軍を整える! 俺らは後ろの凌統隊に合流し、来る連中を撃退しながら下がるぜ! 俺も戦闘に入る!」
「ええっ!? 大丈夫なんですか!?」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇ! "覇海"を寄越せ、来るぞッ!」
傍らに居た甘寧子飼いの親衛隊−かつて彼女を首領とした不良集団・銀幡あがりの少女が、ひときわ大きな木刀を甘寧に手渡したのと、正面の布陣が割れたのはほぼ同時だった。崩れた一角から、怒号とともに帰宅部の精鋭たちがなだれ込み…。
「いたぞッ!」
「甘寧を狙え! ヤツさえ飛ばせば軍は崩せるッ!」
「ヤツは半病人だ! 囲めば確実にとれるぞ!」
他には目もくれず、混乱する少女達を尻目に、甘寧をめがけて殺到する。
「興覇先輩!」
「しゃらくせぇ、やれるもんならやって見やがれっ! 承淵、遅れをとるんじゃねぇぞ!」
言うが早いか、銀幡時代からの愛刀・覇海を一閃し、群がってきた数名を吹き飛ばした。いくら病に体を蝕まれていても、やすやすと飛ばされるほど衰えてはいない。まさに鬼神の如き働きで、一時は帰宅部軍を押し返していた。
しかし、そのために彼女は、何時しか敵軍の深みに入り込み、孤立した状態になってしまっていた。
深入りを認識し、血路を開いて後退しようとする甘寧の前に、ひとりの少女が立ちふさがった。青みがかった髪を無造作にショートで切り、春先だと言うのに夏服を着ているその腕には無数の傷があり、頬にもバンドエイドを貼り付けている。
猛禽を思わせる鋭い目つきと言い、その雰囲気からも只者ではない気配を漂わせていた。
「甘興覇先輩とお見受けします…お手合わせ願います!」
「け、上等だッ! 病院送りにする前に名前だけ聞いといてやらぁ。かかって来な!」
「益州学区古武道同好会主将、沙摩柯。参るッ!」
言葉と同時に、沙摩柯と名乗った少女が、一陣の疾風に変わった。3メートルほどの間合いが、一瞬にして0になる。古武道の達人が成せるその驚異的な踏み込みに、甘寧の顔から一瞬にして笑みが消えた。
(! コイツ…っ)
一瞬にして間合いの中に斬り込み放った必殺の掌を、甘寧は恐るべきカンでぎりぎりかわしていた。それと同時に、逆手に構えていた覇海を振り上げる。スウェーでかわした沙摩可が反撃に出ようとした瞬間、即座に手首を返して全体重をかけた返しの一太刀を振り下ろす。
はっとして、沙摩可は即座にバックステップで回避した。仕留めるつもりで放った一撃をかわされた甘寧だったが、間合いを離してにらみ合った相手に対して、再びニヒルな笑みを浮かべて見せた。
「ちっ…右か左にかわしてくれれば、ワキにヒザでもくれてやろうかって思ってたけどよ」
「流石です…合肥での風聞は、本物だったみたいですね。その剣…いえ、格闘術は我流ですね?」
「こちとら、生まれてこのかたキチンとした武道なんてのに手ぇ出したことがないんでね…暴走族(ゾク)仕込みの喧嘩殺法ってヤツだ、よ!」
言うや否や、鳩尾を狙っての独特な前蹴り…俗に「ヤクザキック」と呼ばれる蹴りを放つ。踏み込むと同時に、左拳と木刀の歪なワンツーが沙摩柯を襲う。
木刀をいなすことは出来ても、拳は辛うじてガードする。一撃の重さで彼女の全身に衝撃が走った。攻撃の隙を見出して反撃しようにも、衝撃に痺れた腕が上手く反応してくれない。
(くっ…一見出鱈目に見えて、思った以上に無駄がない…単純に喧嘩慣れしてるだけで、ここまで出来ると言うの…!?)
休むことない連続攻撃に、沙摩柯は防戦一方だった。しかも木刀だけでなく、単純な拳打の重さもハンパではない。ガードの上からでも、ダメージは蓄積されていく。
「そら、足元がお留守だぜッ!」
「あっ…!」
拳打を受けるのに精一杯で、足元から注意をそらしてしまったのが仇となった。強烈な左のローキックを軸足に受け、沙摩柯は大きくバランスを崩した。そこに、かつて甘寧が凌統の姉・凌操を飛ばしたときに使った、全力のアッパーがよろめく顔めがけて飛んできた。
(くっ…やられる!?)
だが、その必殺の一撃を放とうとした瞬間、これまで小康状態を保っていた高熱が、強烈な眩暈となって甘寧を襲った。
自分の体調について決して無関心でなかった甘寧だったが、この一騎打ちは当人の予想以上にその体力を奪い取り、薬の効き目を打ち消していたのだ。アッパーを放つためにとった体制のまま、甘寧の体が大きくよろめいた。
(ちぃっ…こんな、時にッ!)
「もらった!」
体制の崩れたその一瞬を、沙摩柯は逃さなかった。バランスを失って前のめりになった甘寧の顎を、何とか踏み止まって放った右の掌底が捉える。甘寧の意識が、もぎとられるように吹き飛んだ。
「嘘ッ……興覇先輩ッ!」
ゆっくりと崩れ落ちる甘寧には既に、丁奉の叫びも届かなかった。
1-AA