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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
506:海月 亮2004/12/17(金) 03:20
倒れ伏した甘寧の姿を見つめ、沙摩柯は何の感慨もなく、呟いた。
「まさか…本調子ではなかった…?」
切れ長の双眸には、長湖部軍の筆頭将を打ち破ったことへの歓喜はない。沙摩柯にも解っていたのだろう、もし甘寧の体調が万全であれば、あのアッパーで自分が飛ばされていたことを。
古武道の達人である彼女の実力であれば、徒手であっても並の剣士など物の数ではない。しかしながら、今打ち倒した相手は、剣術の心得はないものの、合肥で「学園最強剣士」として名高い張遼と互角に戦ったといわれる学園屈指の喧嘩屋なのだ。
何でもありの「喧嘩」ということであれば、その戦闘能力は帰宅部の誇る"五虎"とほぼ同等とまで言う者さえいる。それが誇張だとしても、明らかに今の自分より格上であったことは間違いないことは、現実に手合わせして思い知っていた。
「でも、此処は戦場…悪く思わないでください」
そう割り切った沙摩柯は、気を失った甘寧の階級章にゆっくりと手を伸ばす。その刹那。
「やらせるもんですかぁー!」
怒号と共に、頭上から降って来る一撃を、軽くいなす。
降って来たのは狐色の髪の少女。いなされてもバランスを崩すことなく着地すると、間髪いれずに横凪ぎの一撃を繰り出す。
「ふん…甘いッ!」
その少女−丁奉の一撃を見切った沙摩柯は、右手で難なく木刀を掴み取る。反撃の一撃を加えようとして引き寄せるが、予想外の"軽さ"に違和感を覚える。そこにあったのは木刀だけだったのだ。
「何…!」
気づいたときには、倒れていた甘寧の姿がない。丁奉は自分の木刀の一撃を囮に、甘寧の救出を第一義としたのである。てっきり自分に向かってくるはずだと思っていた沙摩柯は、完全に裏をかかれた格好になった。
加えて、甘寧との戦いで受けたダメージが、反応をわずかに鈍らせていた。
甘寧を背負って既に駆け出していた丁奉は、落ちていた覇海を空いている手で拾い上げ、前方の長湖軍に兵が集中したことで完全に手薄になった、帰宅部本営の方向へと疾走していた。
「興覇先輩は返してもらったよっ! この借りは、絶ッ対返してやるからねッ!」
「味なマネを…くっ…誰か奴等を追え! 逃すな!」
追いかけようとするが、甘寧からもらったローキックが激痛となって、彼女を阻む。駆けつけた来た古武道同好会の部員に追撃の指示を出しながら、沙摩柯は甘寧を連れて逃げ去る少女にも感嘆の意を禁じえなかった。
人一人を背負ってあれだけの速さで走るなどと言うのは尋常なことではない。それを、自分よりも頭一個小柄な少女がやってのけているのだ。
「あの娘、良い資質を持ってる…上手く逃げおおせたなら、手合わせする機会が楽しみだわ…」
自分の指示で数名が追いかけていくのを、足を抑えて座り込んだ沙摩柯はじっと眺めていた。その顔には、大魚を逸した悔しさではなく、期待に満ちた笑みを浮かべていた。
反射的に人手の薄い方へ駆け出してしまったものの、自軍本陣からは反対方向であることは丁奉も理解していた。前方への敵に集中していた連中が自分達に気づけば、本営に控える連中と一斉包囲されて一巻の終わりだ。
彼女は、進行方向を直角に曲げると、南側に広がる林の中へ駆け込む。比較的手薄な、長湖に続く支流周辺まで出れば、そこを辿って本営まで帰ることもできるかもしれない…丁奉はそう考えた。
しかし、沙摩柯子飼いの古武道同好会の部員が迫ってくるのを見て、その考えが甘いことを悟った。彼女等の対処に手間取れば、おそらく本隊も駆けつけてくるに違いない。
たとえ人一人抱えていても、水泳部のホープで、揚州学区から赤壁島までの遠泳を毎日の日課とする丁奉なら、安全な対岸へ泳いでいく事もできるのだが…。
(駄目っ…興覇先輩の体調を考えれば、この季節の渡河は命取りになっちゃう…!)
木々が疎らになり、目指す河岸にたどり着いた。だが、その先どう逃げるかの結論が出ない。河を渡ろうにも、船代わりになるものもない。
(どうしよう…このままじゃ…)
「…承淵、か? 俺は…一体…」
そのとき、気を失っていた甘寧が眼を覚ました。
「興覇先輩! 気がついたんですね!」
丁奉は甘寧をゆっくりと背中からおろすと、適当な樹にもたれさせる。
そのとき、はっとして甘寧の左腕を見た。あの時無我夢中で気づかなかったが、敵将は甘寧の階級章に手をかけていたことを思い出したのだ。
だが、その心配は杞憂に終わる。木々の中を無理に走ってきたせいで上着はボロボロだったが、それでも左側は幸運にも無傷で、彼女の殊勲に比べればあまりに低いのではないかと思える硬貨章も、そこに顕在だった。丁奉は、ほっと胸をなでおろす。
「…へへっ…俺様としたことが、あんな三下に遅れを、取るなんてな…」
「そんな日だってありますよ」
力なく笑う甘寧に、丁奉も精一杯の笑顔で応える。だが、来た道から無数の足音が近づくにつれて、丁奉の顔にも焦りの色が濃くなってくる。意を決したように、彼女は今来た方向へ向き直る。
「此処まで、か…ちょっと待っててくださいね。あんな奴等、すぐに蹴散らして…」
「止めておけ…タイマンならともかく、多勢に無勢ってヤツだ。ましてやお前、丸腰だろ」
「でも、足止めくらいになります…地の利もこっちにあるし…」
「時間が経てば、不利な状況は増える…奴等も、バカじゃない…おっつけ、こっちにも本隊が、来るだろうよ…大将を、ふたりも、飛ばせば、どうなるか…言わなくたって、解るだろ…?」
無鉄砲な性格で、暴れん坊として知られた甘寧を、「勇猛無策」と評するものもいる。だが、幾度となく死線を潜り抜け、学園にその悪名を轟かせた銀幡の首領の座を保ってきたのは、その状況観察能力に裏打ちされたところも大きい。
長期戦略の面においても、初期から周瑜同様、荊州から益州までの侵攻計画を献策したことで知られている。だからこそ、この危難の局面で防衛軍の総大将を任されたのだ。丁奉は今更ながらも、感嘆の息をついた。
「…だから俺様を置いて…お前だけでも、さっさと、泳いで逃げろ。お前一人なら、問題ねぇだろ?」
丁奉の腕をつかんだまま、甘寧が厳しい口調で言う。まるで先ほどまでの自分の思考を読み取られたようで、丁奉ははっとして甘寧の顔を見た。
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