★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
512:海月 亮2004/12/20(月) 21:51AAS
「部長…どうして、ここに?」
「…ボクも公瑾さんに、ちゃんと挨拶しときたかったから。子布さんを撒くのは大変だったけど」
必死に感情を抑えようとしているみたいだったが、眼と声は嘘をつけない。その声は、今にも泣きだしそうなくらい、震えていた。
「みんなには内緒だったんだよ…」
そう言って席につくと、孫権は懐から一枚の写真を取り出した。それを手にとった(カン)沢は怪訝な表情をして孫権に問い掛けた。
「これは…」
「ボク達が毎年、赤壁島でキャンプしてるの、知ってるよね? それが今年のヤツだよ。今年は、公瑾さんが入院中だったから、これは出発前に此処で撮ったんだけど」
その写真には、やや後ろで斜に構えた孫堅と、ベッドの傍らの椅子に座る孫権と、それぞれの両サイドに、ベッドから体を起こした笑顔の周瑜を孫策ともう一人、見覚えのある狐色の髪の少女が肩を組むように、ちょっとバランスを崩した真ん中の人物を抱き寄せている。
はにかみ笑顔のその人物は…。
「これは……どうして、伯言が…それに、この娘は承淵じゃないか? 何でこのふたりが」
そう、孫姉妹が身内だけで毎年の如く敢行している赤壁島キャンプに、孫策と義姉妹の関係である周瑜はともかく、陸遜や丁奉が参加しているのは意外なことであった。
ただ孫権と仲がいいだけの理由なら、ここに谷利と周泰が居てもおかしくないが、(カン)沢はちょうどその時期に、ふたりと揚州校区近くの繁華街でよく会っていたのだ。
谷利が「キャンプにまた連れてってもらえなかった」と、会うたびに愚痴っていたのを(カン)沢はよく覚えていた。
「……去年はね、一緒に過ごしてたのよ、ふたりと。だから、仲謀ちゃんが誘ったのよ」
俯いて肩を震わせていた周瑜が、少し落ち着いたと見えてかすかに、顔を上げる。その顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。
病院暮らしが長かったせいでやや、やせこけて見えたが、その顔はかつての美貌の面影をとどめている。
「…あの一件が子敬たちの悪戯だったってことは、合宿の後に直接、子敬から聞いたわ…そうでなかったら、少なくとも夏の間だけは、絶対あの娘と口なんか利いてやるもんか、って思ってた…我ながら、大人気ないとは、思ったけどね」
涙を拭って、周瑜はまるで、その日のことを思い返すかのように視線を中空へ投げた。目には相変わらず涙が溢れ、一言紡ぐたびに、とめどなく流れてくる。
「その次の日、だったかな。文台姉様から"今年もキャンプするぞ"って連絡があって。知っての通り、あの年は休み明けに蒼天生徒会との決戦があったでしょ? だから、最初は何とか取りやめてもらおうかと思ってた…まぁ、結局、押し切られちゃったけどね」
「……」
「次の日、だったかな。たまたま自主トレの遠泳にやってきていた承淵と出会って…そしたら、伯言ったら、途中でボートをひっくり返してね、溺れてたみたいなのよ…承淵が見つけてくれなかったら、あの娘本当に、長湖の藻屑になるトコだったわね…」
「そうだったね…たしかあゆみちゃんが、じゃれて伯言のボートをひっくり返したんだってね」
泣きながらも、周瑜は微かに微笑んだ。孫権も相槌を打つ。あゆみちゃん、というのは、一昨年のキャンプのときに赤壁島で孫権が孵した首長竜のことだ。長湖部幹部は皆その存在を知っており、誰が言い出したか、今では「長湖さん」の方がとおりがいい。(カン)沢も見た…もとい、「会った」ことがある。
「あの娘ね、ずうっと私に謝りたくて、追っかけてきたって言うの。真剣な顔してさ、泣きながらそう言うから…子敬に事の顛末を聞いてなくても、きっと許してたと思う。そのときはいつもどおり過酷で、でも賑やかで楽しいキャンプだった」
(カン)沢はこのときになってようやく、去年の夏明けに陸遜が恐ろしくやつれていたことの本当の理由を知った。
それまでは、ずっと周瑜との一件で大げさに悩みつづけてたんだろう、としか思っていなかったのだ。そのあとに紹介された丁奉はけろっとしていたが。
「そうだったよね…伯言と承淵が仲良くなったのも、あのキャンプがきっかけだったかも。それに…」
「私だってそう。でも、仲良くなって、あの娘の才能を知って、でもそれ以上にあの娘の優しいところを一杯知ったわ…だから」
そこで、聞き入っていた(カン)沢の方へ向き直った。悲痛な眼だった。
「私がリタイアするときに、あの娘に長湖の副部長になれ、なんて言えなかった…確かにあの娘の才能なら、申し分はない…だけど、あの真面目で優しい伯言に、そんな重荷を背負わせたくなかったのよっ!」
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