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517:海月 亮 2004/12/20(月) 22:05 「馬鹿なことを!」 解散の指示を出そうとした刹那、諸将から一斉に不満の声があがる。誰も皆、満面に怒気を浮かべ、もし後ろに立てかけてある大将旗が無ければ今にも飛び掛ってきそうな勢いである。突然のこの勢いにおろおろする駱統を他所に、卓に着いたままの陸遜は、何の表情も無くそれを眺めている。 怒気を露に不満をぶちまける諸将を制し、今まで事態を静観していた韓当が進み出た。 「伯言…あえて、こう呼ばせてもらうわ」 本来なら総司令ともなれば、「都督」の尊称で呼ばなくてはならない。いくら相手が下級生といえども、例外ではないはずで、まして韓当であればそのあたりの礼儀をきちんと弁えている。 それがあえて綽名を呼び捨てるという行為に及んでいるあたり、彼女もかなり腹に据えかねているものがあるとわかる。 「ここに居るのは、皆一様に長湖部の命運を賭け、一身を顧みない覚悟でやってきている娘たちよ。ましてや私や幼平、文珪なんかは、緒戦の恥を雪ぐため、玉砕も辞さない覚悟で居る。特に計略も無く、待機せよなんて言われて、収まりがつくと思う?」 「お気持ちは解りますが先輩、良くお考えになってください。ここで私達が無策のまま玉砕覚悟で決戦を挑み、僥倖にも勝利を得ればそれで良いかもしれませんし、そのほうが簡単でしょう。しかし、敗北は破滅に直結します。こちらで我々が持ちこたえ、その間に相手の破綻を見出し、そこを突く事が出来れば一戦にして、より安全に勝利を得ることが出来ます」 「しかし、その間に劉備たちが兵を引けば?」 「ありえないことだとは思いますが、そうなればこれ以上ない幸運です」 その一言に、場はどよめく。駄目だ、コイツはといわんばかりの嘲笑もあがる。陸遜の表情は相変わらずだったが、傍に立っていた駱統と、意見の為に正面に立っていた韓当はその変化に気付いた。 何かメモを取ろうとしていたのか、持っていたボールペンが…いやその根元、陸遜の両拳が震えていた。 次の瞬間、ボールペンは派手な音を立てて真っ二つに折れ、陸遜の形相は夜叉の如く豹変した。 「お黙りなさいッ!」 卓を叩いて立ち上がり、そう叫んで凄まじい形相で睨み付ける少女の迫力の前に、呆気に取られた諸将は思わずそちらを振り向いた。普段の彼女を知るものであれば、尚更にそのギャップで固まっている。 キャンプ以来、陸遜と親しくしている丁奉も、親友である駱統も、陸遜のそんな表情を見るのは初めてのことだった。 「私は一書生の身ながら、此度大命を拝して部長に代わって貴女方に令を下す立場にあります! これ以上の"異論"に対しては、何者であろうと、この大将旗の元に処断し軍律を明らかとします!」 凛とした良く通る声と、毅然とした態度には「虎の威を借る狐」なんて形容は出て来そうにない。その迫力に不覚にも怯んだ諸将は、未だ釈然としない表情をしながら、静かに退出していった。 ただ、陸遜当人と駱統、そして韓当の三名を除いて。 机に叩きつけていた右の掌からは、既に血が滲んできていた。慌てた駱統が薬箱を取りに部屋を飛び出したところで、ようやく韓当が口を開いた。 「…あなたにも、あんな表情(かお)が出来たのね」 「……まだ何か、御用ですか?」 昂ぶった感情がいまだに収まらないのか、陸遜の表情は険しい。陸遜の警戒はまだ解けない…そう感じた韓当は、不意に表情を緩めた。 「正直、納得がいかないのは確かよ。あなたが去年の夏合宿の一件以来、公瑾に嫌われていたのを知らないわけじゃない。でも、この局面においてあえてあなたの名前が出てきたことを考えれば…公覆も徳謀も、去年の赤壁の時にあえて公瑾に歯向かってみせて大略を成し遂げたことを思い出したのよ」 「えっ…?」 「最後の最後になって、やっと私にもそのお鉢が回ってきた、と受け取るべきなのかしらね」 韓当は自分のポケットからハンカチを取り出し、彼女の右手にそれを巻いた。戸惑う陸遜だったが、彼女の真意を察して、ようやく表情を緩めた。 目の端には僅かに涙も滲んでいたが、それは掌の痛みからではない。 「…ごめんなさい、です。私みたいな娘が来たことで…」 「そんなこと、言うものじゃないわ。で、私は…何をすればいい?」 「このままで構いません。私に対して諸将が不満を抱きつづけ、先輩を中心にしてまとまりを持っている状態を見れば、劉備さんの油断を確実に誘えます。その後は…」 「…勝算は、あるのね?」 小さく頷く。その目には、己のプランに対する絶対的な自信と、確信があった。 「かつて関羽さんが使おうとした発煙筒と、"風"を使います。この時期、必ず吹いてくる、春を呼ぶ嵐を」 陸遜の告げた一言に、韓当は納得のいった表情で頷く。 「!…そういう事…解ったわ。なら私は、あなたの思惑通りに動いてみる。このことはもちろん、口外無用よね?」 「はい…ご迷惑をお掛けします」 「いいのよ。けど、本当に"来る"の?」 韓当は、当然の疑問をぶつけた。微妙なずれはあるが、この時期にもお決まりの自然現象が起こる。それが長湖部にとって、確実な"春を呼ぶもの"になるだろう。 しかし、自然というものは気まぐれである。人間の小賢しい頭でコントロールできるようなものでないことは、ウォータースポーツに勤しむ彼女等にとってはわかりきったことであるが…。 「雲の流れ、長湖の波の動きを見る限り、間違いないと思います。流石にこればかりは、孔明さんといえども手出しできないと思いますから…期日は、来月の頭」 「一週間か…永いわねぇ」 冬と春の微妙な境目にあるこの時期の、まだ多分に寒々とした色を湛える茜空を眺めながら、韓当はそう呟いた。
518:海月 亮 2004/12/20(月) 22:07 「陸遜? 誰や、ソイツは」 長湖部の総大将が代わった、と言う報告は、夷陵に程近い馬鞍山に仮設テントを張る帰宅部連合の本陣にも届いていた。その総大将の名を聞き、帰宅部連合総帥・劉備は首をかしげた。 この局面において、わざわざ総大将に抜擢するほどなのだから、それなりに出来た人物だとは思うのだが…幕中の帰宅部連合幹部達も、誰一人として知らないようだった。 「まぁ、だぁれも名前知らへんようなヤツなら、どうせ大したモンやないやろなぁ」 「そんなことありません! 孫権さんは、思い切った人選をしてきたようです」 本陣の大きなテントの幕を開けて飛び込んできたのは、南郡の実力者達の調略に動いていた馬良であった。 「お、季常やんか。いつ戻ったん?」 「たった今です。長湖の司令官が代わったと聞いて、慌てて戻ってきたんですが」 「へぇ…あんたが慌てるくらいなら、相当なモンなんやろな。でも、まったくそんな名前、聞いたことあらへんけど」 「確かに陸遜さんは、今までは長湖部のいちマネージャーでしかありませんでした。どういう経緯からかは存じませんが、周瑜さんからは随分と嫌われていたようです。そのために、あまり重用はされなかったそうですが」 「ふ〜ん…あ、そや思い出した。もしかして、ウチが長湖部に遊び行ったとき、そんな名前のヤツが公瑾はんの傍をウロチョロしとったかも知れへん。確か…こんな感じの娘やなかったかな?」 劉備ははっと思い出したように、手を打った。周瑜の謀略で長湖部に招待されたときに見た、周瑜に睨まれて退散していた気の弱そうな少女の顔が、彼女の脳裏に浮かんだ。 置いてあった紙の裏に、彼女が3年間の同人生活で培った画力は、そこに正確な陸遜の似顔絵を描いていく。それを見た馬良は、何時もながらの劉備の腕に感服し、頷いた。 「ええ、その娘です。私が江陵で面会した人相と一致します」 「そないなヤツなら、尚更大したこっちゃないんやないか?」 「いいえ、早くから山越高校との折衝術において長湖幹部でも彼女に一目置くものは多いです。そして何より、呂蒙さんは彼女の才覚を見抜き、実は荊州学区攻略の際の戦略は呂蒙さんの立案というより、陸遜さんの知嚢から出たものといっても、決して過言ではないのです。私にとっても、不覚でした」 「なんやて…!」 いままで軽く聞き流していた劉備だったが、それを聞いたとたんに、わずかに眦を吊り上げた。 「せや何か、その陸遜こそが、関さん追い落とした真犯人とちゃうねんか!?」 「そう考えても、宜しいかも知れません」 「何で早よそれを言わんのや! せやったら、即座に出てヒネリ潰したるモンを…」 「それは早計です。彼女の才能は、決して周瑜さん、呂蒙さんに劣りません…いえむしろ、この二人以上の強敵です。軽々しく出ては…」 「ふん! いくら能力がおっても、実際他の連中に舐められて、統率出来てへんゆうやないか。そんなん恐れるに足らんわい!」 興奮して息巻く劉備の姿に、もはや馬良にも止めるべき言葉が出てこない。劉備は今までの経験からしっかり相手の陣に間諜を放っており、敵陣の様子をうかがわせていたようだが、今回はそれが見事に裏目に出ているようだった。 その翌日、劉備の号令の元、先陣は長湖部の先陣近くまで移動した。しかし、相手の陣があまりにも静か過ぎ、挑発にも乗ってこない。流石の劉備も、相手の異常な静けさに不気味なモノを感じたらしい。 「ち…そっちがそのつもりなら、こっちも持久戦や。思いっきり威圧してくれて、ビビッて出てきたところを粉砕してやろやないか…!」 しかし、長湖部の陣はまったく動きを見せない。いや、正確には周泰、潘璋などといった血の気の多い連中が、時折陸遜のもとへ駆け込んで、ひと悶着起こしているという報告が入ってきている。 それにすっかり安心したのか、劉備は諸将の言葉を容れ、まだ春の遠いことを示す冷たい風を避ける場所へ陣を動かすことを許可した。 なんとも言えぬ不安を抱いた馬良は、たまらず劉備に進言した。 「今の陣立てにしてしまっては、敵に何かしらの計があった場合反応が鈍くなるのでは?」 「敵も寒いんは一緒や。せやったらこっちはそれをなるべく避け、鋭気を養おってコトや」 「それも一理ありますが…なにか嫌な予感がしてなりません。今、孔明さんが漢中アスレチックに出張ってきているそうなので、現状に対する意見を聞いておこうと思うのですが」 劉備はふっと、溜め息をついた。 「心配性やな、季常は。まぁええわ、孔明が近くにおるなら、近況を教えてやっといてもええかもな」 「ありがとうございます」 一例をして退出した馬良は、地図に敵味方の陣立てを書き込み、なにやら一筆したためるとそれ一式を封筒に詰め、呼びつけた少女にそれを手渡した。 「一刻も早く、孔明に届けて。なんだか嫌な予感がする」 「はい」 そのやり取りは、まさに陸遜が決行を予言した、その当日の出来事であった。 風はないが、雲の流れは速い。同じ空を陸口の空から眺めていた陸遜は、力強く頷いた。 「公緒、皆を呼んで。かねてからの計画を実行にうつす時が来たわ」 傍らの駱統に振り向いたその表情は、自信に満ちながらも、微塵の油断もない。長湖部の命運を背負って立つ、総大将としての威厳が、そこにあった。
519:海月 亮 2004/12/20(月) 22:13 なんだかミョーな歌を大音響でたれ流しながら、漢中アスレチックの管理人棟の一室にソイツはいた。 目鼻の整った顔、軽くウェーブのかかったセミロングの髪、そして白衣をまとった上からでもわかる、高校生離れしたプロポーション。 黙ってさえいればほとんどの人間が「美人」と呼ぶだろうその人は、しかして蒼天学園"最凶"の名をほしいままにする奇人、帰宅部連合ナンバー2の鬼才・諸葛亮、綽名を孔明である。 彼女の趣味でその部屋に取り付けられた、部屋の殺風景さから見るとどう考えても不似合いな、豪華なダブル・ベッドに寝転びながら、その脇に山と積まれたアニメ雑誌、ゲーム雑誌の類を貪るように読んでいた。 恐らくは、次のイベントで描く同人誌のネタを、そこから探しているのだろう。既存の人気作品にこだわらず、常に新しいところから読者のニーズに応える作品を生み出す…これが、彼女や劉備のポリシーでもある…と、考えているのは恐らく当人だけではなかろうか。 そんな彼女の一時をぶち壊しにしたのは、前線からやってきた一通の封筒だった。 「ふむふむ、これはまいすてでぃ・季常からのラブレターというわけだな。我輩との関係であれば、メールのひとつでも事足りるというのに…」 やれやれ、と肩を竦めて、少女から封筒を受け取る。先ずは、手紙に目を通す。手紙にいわく。 長湖部の総大将は陸遜が抜擢されている。 長湖諸将は弱輩の彼女を侮っており、我が総帥以下殆どの者がまるで無警戒の状態だ。 恐らくは、これこそが彼女の狙いだと思われる。 乞う、総帥は君の忠告にならば耳を貸すかもしれない。 あわせて、敵味方の現状の陣図も送る。 そのとき、諸葛亮の顔が一変する。封筒から乱暴に地図を引っ張り出し、広げ… 「……何よ、これ…っ」 諸葛亮の顔が、これとわかるくらいに青ざめた。 「マズい、これはマズすぎる! 一体何処のどいつよ、こんな陣立て献策した大馬鹿は!」 「え?…えっとこれは、総帥自らのご立案で…」 その言葉を聞いていたのかいないのか、諸葛亮は窓から劉備たちのいるあたりを眺めた。雲の流れが速い。その向きを見れば、長湖部の陣から劉備たちのいる陣に向けて流れている。その顔は何時になく真面目で、悲嘆の色が伺える。 「これでは…あぁ、我等の大望も、此処までなのかもしれない」 「え…あの、孔明さん…どうしてそんなコトを仰るんですか? 見たところ、相手は与し易く…」 「そこが大問題なのよ。私が長湖部に遊びに行ってたとき、あの娘に直に会って、その人となりはよく知ってるわ…確かに彼女は一見周瑜に詰られるだけのつまんない娘に見える…けど、あれは多分見せかけだわ。あの娘が山越折衝で開花させた能力は本物よ」 先程の諸葛亮の絶叫を耳にしたのか、彼女にくっついて漢中に来ていた楊儀が口をはさむ。 「あたしにはそんな、大騒ぎするような娘には思えませんけどねぇ…荊州の一件だって、ほとんどは呂蒙の手柄でしょ?」 「理由は知らないけど、そう見せかけているだけよ。あの娘はもう多分、行動を開始している。恐らくは一部の連中が陸遜の考えを読み取って、あえて陣内に不和を掻き立てているかもしれない。それに、この陣立て、相手がこれから来る"モノ"を戦略に練りこんでいたなら、多分一人として無事に戻ってこれない…今から止めに行っても、多分手遅れだわ」 そこまで言われて、楊儀も気付いた。 「まさか…今年の春一番」 「それに雲長さんが緊急連絡用に残した大量の発煙筒…多分、気づいてるでしょうね」 かつて関羽が荊州学区に君臨していた頃、彼女は陸口に詰めていた呂蒙の侵攻を警戒し、狼煙による連絡網を完備していた。その設備がそっくり、長湖部に接収されていることは、想像に難くない。 それに発煙筒の使い道は、連絡のためだけではない。数が集まれば、立派な目くらましになる。長湖部は風上から風下に攻めれば煙の影響を受けにくいので、有利になるのだ。 そこまでいわれ、連絡係を仰せつかった少女は、ようやく事の重大さに気付いた。 「…そんな…じゃあもし、私が戻ったときに本陣が崩れていたら」 「戻る必要はないわ…多分、今から戻っても無駄。あなたはすぐに江州棟の子龍のトコへいって、玄徳様を迎えに行くように指示して」 「で、でも、相手がそこまで追って来たら」 「大丈夫。多分、それ以上は踏み込んでこれない…それどころか、上手くいけば頭痛の種がひとつ消える」 「え? どうして?」 妙に確信に満ちた顔で、諸葛亮は笑みを浮かべる。その顔には、いつのまにか普段の表情が戻り…そしていかにも絵に描いたような、悪代官の笑みを浮かべていた。 「そのときが来れば解る…ニヤソ」 釈然としない少女だったが、不意にまた真面目な顔に戻った諸葛亮に命令書を託され、少女は自転車に飛び乗ると江州棟を目指した。日は大きく西に傾いている。 ふと、劉備の陣の方向を見ると、うっすらと黒煙があがっているのが見える。事態の異常さを再確認した少女は、自転車をこぐスピードをあげていた。皮肉なことに、吹き始めた強烈な春一番が、彼女の助けとなった。 -------------------------------------------------------------- ここまでが、現時点で推敲が終わった部分です。六部構成の前半部分が丁度終わってますね。 何気にここから玉川様の「春の嵐」へ読み継いで貰った方が無難かも… 実は三部の主役は、陸遜と見せかけて韓当とかいうウワサ(w
520:北畠蒼陽 2005/01/21(金) 21:30 [nworo@hotmail.com] -覇者と英雄(1/4)- 「あら、おいしい」 袁紹が少し驚いたように箸を止めた。 世界有数の名門、袁ファミリーお抱えの料理人の手によるものである。不味いわけがない。ないのだが…… 「なかなか上質の和牛が手に入りましたもので……」 慇懃に料理人が頭を下げる。 袁ファミリーの厨房を預かる人間をして『上質』と言わしめるその素材の味はいかばかりか。 もちろん値段も庶民的なものではないであろう。 「ふ、ん」 袁紹は少し感心したように皿の上の料理を見た。 料理人のセンスをうかがわせる上品なもりつけに袁紹好みの薄味。 不意に袁紹は箸を置いて立ち上がった。 「え、袁紹様。なにかお気に召さないことでも……?」 狼狽する料理人に袁紹は大輪の笑顔を見せる。 「その逆。すごくおいしい。すごくおいしいから……」 袁紹は言葉を切り、傍らに控える張コウに声をかけた。 「車を出してちょうだい。曹操にこれを食べさせてやりたくなったから」 曹操と袁紹が対立を始めて久しい。 学園最大手新聞『蒼天通信』を掌握した曹操と冀州校区の覇者でありまさに最強の勢力を誇る袁紹。 その対立こそ学園の事実上の最高峰へと登る道であった。
521:北畠蒼陽 2005/01/21(金) 21:31 [nworo@hotmail.com] -覇者と英雄(2/4)- 「も、孟徳ッ!」 「……う、にゃあ!?」 夢の中で泣きながら電子レンジの塩焼きを食べることを強制されていた曹操はその慌てたような声に叩き起こされた。 時計を見る。 ……布団にはいってから1時間ほどである。 曹操は恨めしげに自分を叩き起こした隻眼の少女……夏侯惇にいった。 「いい夢見てたのに……それに寝てから1時間って起こされると一番つらいんだけど……」 本当に『いい夢』だったのかはよく思い出せないが。 「ばッ……! それどころじゃない! 袁紹が今、本陣のすぐそばまでやってきてるんだッ!」 「……ふぇ?」 曹操はぼ〜っと瞬きをした。 「久しぶり」 夜闇を照らす月明かりの中の袁紹の笑顔に曹操は苦笑する。 袁紹が今、いるのは自分の陣の前だ。 今、自分が『かかれ』と一言言えばいかに袁紹といえどもひとたまりもないだろう。 現に曹操側の面々は曹操のその『ヒトコト』を待ってじりじりしている様子が見て取れる。 今は敵味方に別れてはいるが曹操と袁紹は幼馴染だった。袁紹のその口調はまったくその当時のままだった。 今のこんな現状でも昔のままでいる袁紹を曹操はほんのちょっとだけすごいと思った。 「今日はうちの料理人がいい素材、手に入れたんでね。おすそ分け」 曹操は不審を顔に浮かべた。 「まさか電子レンジ?」 「……は?」 「いや、なんでもない。忘れて」 袁紹はなにを言っているのかわからない、という顔をしばらくしていたがすぐに肩をすくめてぱちん、と指を鳴らす。 曹操側の面々が『おぉ〜』と控えめな歓声を上げた。 「おすそ分け……昔はよくやったでしょ」 袁紹はくすり、と笑う。
522:北畠蒼陽 2005/01/21(金) 21:32 [nworo@hotmail.com] -覇者と英雄(3/4)- 運び込まれる肉の塊をちら、と横目で見て曹操は袁紹になんとなく、の疑問をぶつけた。 「袁紹は私が憎くないの?」 月が雲に隠れ、完全な闇があたりを包み込む。 一瞬の無言。 そして…… 「……ぷっ」 袁紹の吹き出すような声。 「なッ……まじめに聞いたんだぞー!」 「ごめんごめん」 そう言いながらも袁紹はおかしそうに目じりをぬぐいながら…… 「バカね、孟徳。あなたのことが憎いわけなんかない」 曹操はその言葉に衝撃を受けたように黙り込む。 その様子に気付いているのか気付いていないのか、袁紹は微笑みながら言葉を継いだ。 「私は次期蒼天会長になる。そして孟徳、あなたは私が誤ったらそれを正しい方向へと導く大事な人間。憎むはずがないじゃない」 「じゃあ……今は……」 呆然と声を震わせながら曹操が問いを口に乗せる。 「そうね……」 袁紹が少し考えこみ……そして悪戯っぽく微笑んだ。 「かわいい部下との武力を使ったレクリエーション、ってところかしら」 曹操は完全に黙り込んだ。 そして袁紹がその場を立ち去るまで身動き一つしなかった。
523:北畠蒼陽 2005/01/21(金) 21:35 [nworo@hotmail.com] -覇者と英雄(4/4)- 曹操は夜闇の中、立ち尽くす。 「孟徳……夜風は体に悪い。風邪を引くぞ」 夏侯惇の言葉に……曹操は火がついたように…… 苛烈に地団太を踏んだ。 「う、うああああああああッ!」 獣のような声を上げ、あたりかまわず殴りつけようとする曹操を…… 「やめろ、孟徳!」 少し驚いたように、しかし慌てずに夏侯惇が曹操を背中から抱きすくめ止める。 曹操は……人目をはばからずに泣いていた。 泣き、わめいても発散できないストレスを押さえつけるように暴れた。 「元譲……私、いったん許に帰るから……蒼天会長にいろいろ報告もあるし」 曹操は夏侯惇に抱きかかえられたまましゃくりあげながらそれでもしっかりと言葉を刻んだ。 「再び私がカントに帰ってきたとき、本初お姉ちゃんを全力でつぶす」 「袁紹様、よかったのですか?」 張コウが車内で袁紹に声をかけた。 袁紹は、曹操とあったことで明らかに憔悴していた。 (無理もない) 張コウは心の中でそう思う。 袁紹が生まれついての『覇者』なら曹操も生まれついての『英雄』だ。 むしろあの曹操を相手に内心はともかくまったく表情を変えなかった自分の主君を誇りに思った。 「……張コウ」 袁紹は目を閉じながらがぐったりと口を開く。 「私は孟徳との勝負に勝つかもしれない。負けるかもしれない」 張コウが口を開こうとするのを手で制し、袁紹はそのまま言葉を紡ぐ。 「もし私が負けたら蒼天学園は孟徳のものよ……でも長湖部をはじめとしてまだまだたくさん敵はいる」 張コウは黙って袁紹の言葉を聴く。 「あなたは顔良、文醜すらがリタイアしたこの戦いで生き残っている。これからも生き残りなさい。そして孟徳軍の要になりなさい」 目を閉じ、月明かりに身を任す。 張コウはその主君の横顔を見つめ、そしてハンドルを握りなおした。 ----------------------------------------------------------------- というわけではじめてこういう形式のbbsにカキコして、しかもはじめてのSS投稿です。 泣きそうです。泣きませんけど(ぇー 大目に見ながら宍道湖くらい広い気持ち(中途半端)で読んでやってください。 お目汚し失礼いたしました。
524:★惟新 2005/01/26(水) 07:34 むしろ田沢湖並の深さでキュンキュンしてしまいました(;´Д`)ハァハァ 軽妙な流れの中、グッと引き締まる、宿敵となった幼馴染同士! 二人とも優れていればこその複雑な心境…くぅ! それにしても袁紹さまの大物っぷりにやられました〜(=´∇`=)
525:北畠蒼陽 2005/01/26(水) 14:49 [nworo@hotmail.com] >惟新様 ぇ〜、こんなモノに過大な評価、光栄の至りです。 またなんか思いついたら投下しますねー。
526:北畠蒼陽 2005/01/26(水) 23:16 [nworo@hotmail.com] -或る少女の最後の日- 「うふふっふ〜♪」 少女はうかれていた。 子供の頃からずっといじめられてきた自分が今、この場に立っていることが信じられなかった。 自分は一生、地虫のようにはいつくばって生きていかなければならないのだと思っていた。 それが…… 今の状態はどうだ! これだけの戦功を打ちたて! あの才能の塊のような少女を出し抜いた! この自分が、だ! それがなによりも嬉しく、だからこそ少女は有頂天になっていた。 「や、やっと荊州校区に錦が飾れるかな」 少女の名前は昜士載。漢中アスレチック攻略戦の最大の功労者であり…… ……そしてこれから悲惨な末路をたどる、そんな少女。 「おきろ、田舎モノ」 「……へ?」 いつの間にか寝入ってしまったのだろう、昜を起こしたのは冷たい声だった。 「え……? 鍾会、さん?」 冷たく自分を見下ろすその少女と少女が引き連れる部下たちに周りを囲まれている状況に昜は目を白黒させた。 鐘会士季。 生徒会の大功労者、鍾ヨウ元常の実の妹にして生徒会の次代を担う、と期待される逸材。 子供の頃からずっといじめられてきた昜とは正反対の陽光のあたる場所をずっと歩いてきた才能の塊。 そしてともに漢中アスレチック攻略戦を任された戦友…… だったはずだった…… パシッ! 鋭い音が室内に響く。 昜はなにが起こったのか理解できないような顔をする。 事実、彼女にはなにが起こったのかわからなかった。 いや、なにが起こったのかはわかったがなぜそうなったのかがわからなかった。 鐘会が昜の頬を打ったのだ。 「え……あ、え? 鐘会、さん?」 「うるさいぞ、田舎モノ。私の名前を呼ぶな、汚らわしい」 鐘会の冷たい言葉に昜は魂が抜けたように黙り込む。 なぜこんなことになったのか…… 少なくとも攻略に挑む前はこんなことは言われなかった。 昜の言葉も認めてくれたし、だから昜も彼女のことが嫌いではなかった。 なのに、なぜ…… 「昜士載、生徒会からの辞令だ。あんたのどもりはうざいから階級章剥奪とする」 鐘会が昜の目の前に紙を突きつける。 確かにそれは昜の階級章剥奪の辞令だった。 もっとも反乱を企てたことによる命令であり、決してどもりが理由ではなかったが。 「そ、そ、そんなこと考えてません! 鐘会さん、お、お願いです! 生徒会に抗弁の機会をください!」 しかし鐘会はその昜を鼻で笑う。 「バカか、あんたは。抗弁なんかさせたらあんたが反乱を企ててないことがばれるだろうが」 なにを言われたのかわからなかった。 わかりたくなかったのかもしれない。 「い、今、なんと……?」 「田舎モノは理解も遅いなぁ」 鐘会が酷薄な笑みを浮かべる。 普段は小悪魔的な少女であるだけに凄みがある。 「つまり、ね」 鐘会が昜の階級章に指をかけながら優しく諭すように言う。 「私よりも才能のある人間は許さない!」 昜はもう疲れたような表情をして鐘会のほうを見ることしか出来なかった。 「鐘会さん、わ、私は……あなたのこと、ダイスキだったんですよ……」 「奇遇ね、昜。私もあなたのこと好きだったわ。この漢中アスレチックであなたがそんな煌くものをひけらかさなければもっと好きでいられたのにね」 ぴっ…… 音を立てて昜の胸から階級章がはずされた。 ------------------------------------------------------- 完全に救われない話を書いてみました。 いや、鐘会・イン・ザ・ダークはこんな感じじゃないかな〜、と。 鐘会ファンのみなさん、ごめんなさい >< でも頭の中で考えてた段階では昜のこと足蹴にしてたんです ><
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