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529:海月 亮 2005/01/27(木) 00:01 -東興・冬の陣-(2) そのやり取りから三十分ほど後、丁奉率いる奇襲部隊は、東興棟を対岸に臨む地点へ到達した。遠目に、未だ東興守備を任された少女達の奮戦も見て取れる。 「間に合ったみたいです、主将!」 「お〜、流石は略ちゃんだよ〜。頑張ってるわね〜」 三十に満たない人数の先頭に立ち、丁奉は感心したようにそう言った。 「感心してる場合じゃないですよ主将。それに、この人数で奇襲をかけるってもどうするつもりなんですか? 向こう、少なく見積もってもうち等の十倍は居ますよ?」 彼女達長湖部員が本陣を置く揚州学区では、校舎の棟と棟の間は幾つものクリークに分断されており、普段の移動には船やボートを利用するのが普通である。 まぁ中には、泳いで棟移動するツワモノもいるにはいるのだが…今は二月である。はっきり言って、この時期の渡河は命がけだ。この先遣隊を率いる丁奉も、かつてこの時期の渡河で死にかけた事があった。 だが… 「決まってるじゃん、泳いで渡るんだよ」 「うげ……………やっぱり」 あっけらかんと言い放つ丁奉に、少女達はげんなりした様子でうなだれた。 「ボートなんかで渡ったら狙い撃ちだからね〜、水の中なら治外法権よ?」 「いや、それはそうですけど…主将アンタ、いっぺん死にかけたこと忘れたんですか?」 そう言った少女も、又聞きの話なので大袈裟な表現ではなかったか、とも思っていた。だが、冬だけは熱帯から寒帯に気候が激変する長湖周辺である。 現に今、気温は10℃を割っている。水に入ったときはいいとして、上がった途端に地獄を見るのは容易に想像できた。 「あのときはあのときだよ。それに何のために、下に水着着て来てって言ったと思ってるの? まさか、気合入れるためとかそんなことだと思ってた?」 いや、むしろそうであって欲しかった…それが少女達の正直な感想だった。 うなだれる少女達を見て、丁奉は怒気を露に言い放った。 「こうしている間にも略ちゃん達は追い詰められてるんだよ!? 皆だってあの娘を助ける為に決死隊に参加したんじゃない! …もういいよっ、あたし一人で行くから!」 言うが早いかジャージの上下を脱ぎ捨て、いわゆる"競スク"一枚になった彼女は、傍らの少女から愛用の大木刀を引っ手繰ると、凍るような河へ飛び込み対岸へ向けて泳ぎ始めた。 「あ〜あ、行っちゃったよ…どうする?」 「どうするも何も、主将一人で行かせる訳にもいかないでしょうが」 「仕方ないなぁ…あたし達も行くよ、主将に遅れるな!」 主将の姿を眺め、少女達も意を決したように頷くと、各々ジャージを脱ぎ捨て水着一枚になると、次々と獲物を手に河へと飛び込んでいった。 その頃、対岸では… 「主将、対岸に敵の応援部隊が現れました! 数はおよそ三十!」 「…は?」 その報告に、寄せ手の先鋒を任された韓綜は首を傾げた。 この韓綜、長湖部の立ち上げからその重鎮として名を馳せた烈女・韓当の実の妹であり、元々は彼女も長湖部の幹部候補として優遇されていた少女である。 だが、生真面目で礼儀正しい人格者の姉と異なり、この妹は放蕩に耽り品行も悪く、自分を常にかばってくれた姉の引退後、わが身に危険を感じて蒼天会に寝返りを打ち、以来隣接する長湖部の勢力範囲内で散々悪行を重ねていた。それゆえ、前部長・孫権を筆頭とする長湖部員全員から恨みを買っていた。 「うちらの十分の一にも満たないわね…てゆーか、どうやって渡ってくるつもりかしら?」 「えっと…物見の報告では、何でも河に次々飛び込んでるらしいんですよ」 「マジ? ……あ、ホントだ」 韓綜は双眼鏡を手にとると、その光景を確認して唖然とした。そして、心底呆れたように、 「どうしようもないアホも居るモンねぇ。冬の長湖で寒中水泳なんて、正気の沙汰じゃないわね」 「どうします主将? もし泳ぎ着けば、ここを強襲されそうですが…」 「…放っといていいんじゃない? あんな自殺行為して、もしここまで辿り着いてもマトモに動けないでしょうし…来たところで数も少ないし、せいぜい好きにやらせときなさいな」 「それもそうですね」 そうやって取り巻きと時々その様子を眺めては嘲笑し、その姿が水面から消えると、その侮蔑の笑い声はさらに大きくなった。 韓綜以下、これが命取りになろうとは、誰も想像できなかったに違いない。
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