★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
560:海月 亮2005/02/10(木) 21:58AAS
整然と片付けられた執務室。
部屋の壇上、曹操が卓に着き、その後ろには、ぼんやりした表情の許チョが立っている。
その左には夏候惇、張遼ら曹操幕下きっての猛将たちが揃い踏み、右には郭嘉、荀攸、程Gといった鬼謀の知者がずらりと並ぶ。その片隅には、先程揉め事を起こした辛(田比)の姿もあった。
壮観な風景である。この中央に立たせられ、曹操と面と向かい合って立つものの殆どは、その威風に居竦み、あるいはその名誉に打ち震え、あるいは己にもたらされる末路に恐怖する。
しかし、審配はそのどれにも当てはまらない。席を与えられ、腰掛けている彼女の表情は虚ろなままだ。
「っと、さっきのはごめんね。理由はどうあれ、あたしの監督不行き届きが招いたことだから」
気を取り直すように、曹操は努めて明るい口調でそう言った。
「いやぁ、この邯鄲棟を落とすのにそりゃあもう苦労させてもらったわよ。いくら棟内部を知り尽くしてるからって、あそこまで護りきれる人なんて滅多に居るもんじゃないよ」
「…何が…言いたいの?」
ようやく、沈黙を守っていた審配が口を開いた。相変わらず表情は無く、声に抑揚も無い。
学園で袁紹を見かけると、顔良や文醜といった輩に混じって、明るい笑顔を振り撒くこの少女の姿をよく見ていた曹操は、少し寂しい気持ちになった。しかし、それをおくびにも出さず、なおも明るい口調を崩さず、
「ようするにあたし、キミのこと気に入ったんだ…どうかな、蒼天会に協力してくれないかな?」
「…部下になれ、と?」
「ぶっちゃけて言えば、そういう事になるのかな。もちろん、ただでとは言わないよ。何か条件があれば…あ、もしかして袁尚たちのことが心配なら、可能な限りその立場は保障する。キミが彼女達を説得してくれるならそれでも…」
「ふざけた事言わないでッ!」
その瞬間、審配は怒声をあげ立ち上がった。ギョウ陥落以降、彼女が見せた初めての感情は、怒り。
「私は腐っても袁家の…ううん、袁本初の遺志に殉じる臣よ! そこの辛(田比)みたいな日和見主義者と一緒にされるなんて侮辱以外の何者でもないわ!」
その言葉に、辛(田比)の顔色が変わる。曹操は目配せをして、その両隣りに立たせていた徐晃と夏候淵に辛比を制させた。激昂する審配は、自分の階級章に手をかけると、それを無造作に引きちぎり…
「虚しく虜囚となった今、本初様に合わせる顔も無い…私の答えは、これだッ!」
「!」
ほんの一瞬前、曹操の顔があったあたりに何かが飛んできて、背後の黒板に当たって跳ねた。
床に落ちたそれは、審配のつけていた貨幣章だった。袁紹の寵を受けながら、富貴を求めず、ただ誠心誠意仕えたことを示す、その重責に似合わない低い階級章は、まこと彼女らしいといえる。
曹操の表情から、笑みが消えた。居並ぶ諸将の表情にも、緊張の色が浮かぶ。
「さぁ…放校だろうが、退学だろうが、好きになさい! もう、未練は無いわ!」
「そう…なら、キミに相応しい罰を受けてもらうよ…」
静かだが、内面に沸き起こる憤怒をこめた曹操の視線が、審配を射抜く。しかし、審配は気丈にも、それを睨み返していた。

どの位時間が経っただろうか。
あのあと審配は、最初に居た部屋に戻されていた。その手に、戒めはない。
(終わったのね…すべて)
彼女は、ジャージのズボンのポケットから何かを取り出し、手の上に載せた。それは小さなロザリオの着いた、銀のネックレス。
官渡公園での決戦が行われる直前、兵卒を預かる将の証として袁紹から下賜されたものだ。審配にとっては、敬愛する袁紹に認めてもらえた確かな証。殆どの袁氏生徒会役員達が自身の保身の為に打ち捨て、あるいは討たれて戦利品代わりに持ち去られていってしまった。
恐らくは、これを保持しているのは彼女のほかは、今なお戦い続けているであろう袁尚、袁熙姉妹か、高幹といった袁紹の身内連中くらい…いや、それも怪しい所だ。
(…申し訳ありません…私は、あなたの遺志を守ることは出来なかった…)
手の中のそれを、強く握り締めた。
彼女が見つめる窓の先には、リタイアしてのち、一般生徒として生活する袁紹が居るだろう学生寮が見えた。その瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
(私は学園を、あなたの元を去ります…これで、さよならです…二度と、お会いすることは…)
「お待たせ〜」
先程とはうって変わって、実に能天気な調子の曹操と、郭嘉のふたりが部屋に入ってきた。慌てて涙を払い、再び気丈な表情で、曹操と向き合う。
「まぁ…いろいろ考えさせてもらったんだけどね。やっぱりこれしかないと思ってわざわざ来て貰う事にしたんだ。入って」
「えっ…?」
曹操が促すと、ひとりの少女が部屋に入ってきた。その人物を見た瞬間、審配の表情が凍る。
山吹色のヘアバンドで留めた、流れるような光沢のあるストレートの黒髪。多少やつれてはいるが、目鼻の整った気品のある美貌と、制服の上からでも解るスタイルの良い長身。その雰囲気は、深窓の令嬢という表現以外に出て来そうに無い。
彼女こそ、袁紹そのひとだった。
「たっぷり、叱って貰うといいわ…後は、彼女にキミの処遇を任せるから…じゃあね」
それだけ言うと、曹操たちは二人を残し、部屋を後にした。
閉じた扉の音が、何よりも残酷なものに、審配には思えていた。
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