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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
607:北畠蒼陽 2005/03/11(金) 16:36 [nworo@hotmail.com] 王凌……あだ名は彦雲。 かの王允の従妹。後に各地の棟長を務め、曹丕によってエン州校区総代に任命された。その後は揚、予校区の総代を歴任し、いずれも生徒から好評を得る。揚州校区兵団長に転じ、校区総代を引き継いだ孫礼とともに長湖部の全Nの攻勢を撃退した。 現在は生徒会の生徒会執行本部本部長として辣腕を振るっている。 ……ちなみに王昶とプティスールの契りを交わしている。 また王基の才能を一番最初に見出したのも彼女であった。 王昶が公治と呼んだのは令狐愚。 王凌の姪であり、各地の棟長を勤めた令狐邵の妹。曹爽に才能を見出され現在はエン州校区総代を勤めている。 「で、どうしたんです、お姉さま?」 王昶の質問に王基も王凌のほうを見る。 「えぇ……その、そう。王基の復帰記念パーティってとこかな」 歯切れが悪そうに答える王凌。 令狐愚は一瞬なにかを言いたそうに口を開こうとしたが結局、なにも言わなかった。 「王基の! 復帰記念パーティ!」 くぎりながら王昶が叫ぶ。 「いいですね、伯輿パーティ! じゃ、あんたはここで公治と2人でパーティしてなさい! 私はお姉さまとどっかいってくるから!」 「……趣旨違うから、それ」 王昶のムチャクチャな言葉に王基は、しかしまんざら気分を悪くした風もなく言った。 そして4人は楽しいひと時を過ごした。 王凌は王昶と王基の掛け合いをずっと楽しそうに聞いていた。 王昶と王基が帰宅して…… 喫茶店に王凌と令狐愚だけが残る。 「彦雲姉、あの2人をなんで誘わなかったの?」 恨めしそうに令狐愚が王凌に言った。 「彦雲姉、このまま曹芳サマが蒼天会長にいたんじゃ司馬姉妹の思うつぼだ、って。だから曹彪サマを担ぐんだ、って言ってたじゃん。あの2人なら彦雲姉が誘えばついてきてくれたのに……」 「そうね、そのとおり。あの2人ならついてきてくれたかもね……でもね、少なくとも司馬懿は悪政をしてるわけじゃない。子師姉さまのときは董卓という絶対悪のために反乱、と位置づけられたけど今は少なくともそうじゃない。私は子師姉さまの亡霊に衝き動かされてるだけ」 王凌は力なく微笑む。 「そんな無意味なクーデターにあの前途有望な2人を巻き込むことは出来ない……公治、あなたもそろそろ私から離れたほうがいいわ」 「もう肩までどっぷり浸かっちゃったんだ。いまさら離れてももう遅いよ」 王凌の言葉に令狐愚は冷めた紅茶を不味そうに飲み干しながら吐き捨てた。
608:北畠蒼陽 2005/03/11(金) 16:43 [nworo@hotmail.com] わぁお、王允の話を書くつもりだったのにー! まぁ、王昶の話しもいずれ書きたかったので、その前準備と割り切りました。 ちなみに王昶&王基は玉川様イラストの外見とちょっと違うような性格ですが私の脳内ではあの外見でこういう性格です。 令狐愚は……もうちょっとバカのような気がします。 >海月 亮様 そんなシーズンですよ、いつの間にか。 本当はこの2人に許攸とかも絡ませられればいいんでしょうけど3人友情ストーリーってなかなかずるずると長くなるばっかりで書きにくいですからねぇ。 精進精進。
609:北畠蒼陽 2005/03/13(日) 21:10 [nworo@hotmail.com] -晋の系譜- 東晋ハイスクールの誕生…… それは落日の司馬蒼天会の意地、といっても過言ではないだろう。 生き残りのための共学化。 後漢市南部の荊、揚、廣、交をおさえるのみではあるが、しかしそれでもその誕生に多くの少女が期待を胸に抱いた。 そして東晋ハイスクール初代蒼天会長、司馬睿が就任したその日、そのブレーン、王導のもとを1人の少女が訪れた。 「な……!」 少女……いや、もう少女と呼べる年齢ではない。 毋丘倹、文欽の叛乱鎮圧で功績を挙げ、曹髦のクーデターに対し司馬昭の名を汚さぬよう自らすべての汚名を引き受け、また長湖部にとどめを刺す、その戦いの総指揮官であった女性。 すでに学園を卒業したが司馬蒼天会の基礎を築いた大元勲であり王導にとっては伝説、とも呼べるレベルにある女性。 ……賈充。 その言葉に王導は驚愕で口をパクパクとさせた。 「あなたは司馬睿……元サマの親友なんでしょ? だったら知っておかなければいけないわね」 賈充は……幾多の修羅場を真っ向からねじ伏せたその女性は顔色一つ変えることなく王導に諭すように語り掛ける。 「もう一度言うわ……元サマは司馬家の血を引いていない」 …… 「納得できねぇな」 つるつるに頭を剃りあげたスキンヘッドの少女が目の前の少女を睨みつけた。 後主将、牛金……もともとは曹仁指揮下の暴走族、『薔苦烈痛弾』の特攻隊だったが曹仁のチーム解散宣言により更正……だがスキンヘッドは変わらない……し、その後は司馬懿に属し馬岱や公孫淵と戦った。 今は自らが最前線に立つことはないとはいえ気の弱いものであればそれだけで失神するであろうほどの威圧を受け、それでもなおその目の前に立つ少女は不思議そうに小首をかしげた。 「敵対者を打ち倒して……なにが悪いの……?」 司馬懿……あだ名は仲達。 現蒼天会の最高権力者。 一時期、曹爽との政争に敗れたものの今、再び勢力を盛り返し……そして今まさしくその曹爽を捕らえる命令を牛金にくだしたところであった。
610:北畠蒼陽 2005/03/13(日) 21:11 [nworo@hotmail.com] 「確かに敵対者を叩き潰すのは反対しねぇ。だがそうなると曹仁の姉御から続くピンクパンサーズヘッドの……曹真の姉御の妹をトばす、ってことになる。アタシにゃあそんな義理を欠くようなまねはできねぇな」 力強く言い切る牛金に…… 司馬懿は再び少し考えるようにして……そして執務机から乗り出すようにして牛金の胸元の蒼天章をつまんだ。 司馬懿が少し力を入れれば簡単に蒼天章は牛金の胸元からはずされることだろう。 だが牛金は司馬懿を睨みつけたまま微動だにしない。 「……義理のために蒼天章を失っても……いいというの?」 「蒼天会はあんたにのっとられるかもしれない。だがそんな滅びていくものに殉じるバカがいても悪くない」 司馬懿の言葉に、しかし一片の感情すらも浮かべることなく牛金は言い切った。 「……牛金には確か、妹がいたよね?」 「? あぁ、まだ初等部だけどな」 突然の司馬懿の話題転換に牛金は不審そうな顔を浮かべる。 「剛毅なる猛将、牛金に最大限の敬意を。あなたの妹は私が引き取るわ……私にトばされた牛家の人間となれば世間の風当たりはきついかもしれないけど私の従妹、司馬覲の妹ぐらいに書類を書き換えてしまえばいいわ」 「好きにしろ」 司馬懿の言葉に牛金は苦笑にも似た笑みを浮かべる。 牛金の蒼天章は失われた。 …… 「……そ、そんなことって……」 「そんなこと。確かにバカな話よね」 絶句する王導に賈充は面白くもなさそうに応じた。 「でもあなたは元サマの親友として……またこの東晋ハイスクールの重鎮として知っておかなければならないの」 賈充の言葉に弱弱しそうに眉を寄せて王導は呟く。 「……このことが一般学生に知れたら……司馬一族の血を引いてない人間が蒼天会長になってることに不満を持ち、また『自分が』って思う生徒だって出てくるでしょう……」 「そうね。だからこのことが一般学生に知られたら他の誰でもない、私があなたを殺すわ」 賈充の明確な殺意。 それはあくまで自分への信頼である。 王導はそれを知って、なお呟かずにはいられなかった。 「……知らないほうが幸せなことって……あるんですね」
611:北畠蒼陽 2005/03/13(日) 21:12 [nworo@hotmail.com] えと、その…… 北魏正史の司馬睿伝で『司馬睿は牛金の子である』とか書かれてるんで想像を逞しくしてしまいました。 まぁ、ぶっちゃけ年齢的にありえない話ではあるんですけど、年齢の垣根が低いこの学三だったらやれるかのぁ〜、と。 とりあえず参考文献、というか早稲田大学三国志研究会による『三国志大研究』という本において以下のような仮説があるためそれに準じてみましたー。 以下、引用。 牛金は何らかの重大な原因により司馬仲達に粛清され、晋の人陳寿はその功績を記録することが許されなかった。《玄石図》は金徳の晋が土徳の魏に代わる権威付けとして作られたが、北魏に至り東晋を貶めるために牛金粛清事件ともからめて、司馬睿牛氏説が流された。――時期的に見て、仲達のクーデターと何らかの関連が想像できる。 以上! 連投ダイスキ(ぇー)北畠蒼陽でした!
612:海月 亮 2005/03/16(水) 21:20 -銀幡流儀- そのいち 「夜襲、銀幡軍団」 「ええええ!? たった10人で曹操会長の本陣に〜!」 「ああ…やらせてくれ、部長」 濡須棟の棟長室、その机を蹴倒さんばかりに驚いて仰け反る孫権を目の前にして、甘寧は内心の怒りを最大限に抑えた表情で、そう告げた。 「悪いが俺は、あんな屈辱を喰らって、指咥えて済ませられるほど大人じゃねぇ。張遼がかましてくれた上等の礼をくれてやりたいんだよ…ッ!」 「で…でもでもっ、こないだ公績さんだって酷い目にあってきたばかり…」 「な〜に、なにも奴等を潰しにいくんじゃねぇ、からかってくるだけだ。もし一人でも飛ばされるようなことがあれば、好きなように処断してくれてかまわねぇ」 孫権は少し考えた。 この孫権という少女、普段は温和で大人しい少女なのだが、その根っこのほうはかなりの負けず嫌いだ。 本音を言うと先の合肥における学園無双において、長湖運動部の精鋭500が、合肥を護る張遼率いる僅か50足らずのMTB隊に蹴散らされ、自分も壊された橋の上をママチャリで跳んで危難を脱する羽目に陥ったことをとにかく悔しがっていたのだ。 それに、甘寧の言葉は一見すると無謀なものに聞こえるが、この甘寧という少女もまた、何の考えもなく無茶をやるような人間ではないことを、孫権は知っていた。 「…勝算は、あるの?」 「当っ然、必ず連中の鼻をあかしてやるさ」 「じゃあ、御願いしようかな。メンバーは、興覇さんの好きに決めていいよ」 「流石は部長、話がわかるぜ」 甘寧は不敵な笑みで応えると、背に飾った羽飾りを翻し、部屋を後にした。 「お〜い承淵、興覇さんが呼んでるぜ〜。あたし先行ってるからな〜」 「あ、は〜い、すぐ行きま〜すっ!」 髪の色を派手な金髪に染めたちょっと柄の悪い先輩に呼ばれ、承淵と呼ばれた狐色髪の少女はストレッチを済ませ、ぱたぱたと駆けだした。言葉使いは真面目そうだが、その明るい髪の色に木刀なんてモノを持っていたら、何処からどう見てもヤンキーの妹分にしか見えない。 いや、実際この少女−丁奉は、現時点では長湖部最凶の問題児・甘寧の妹分である。髪の色云々ではなく、この底抜けに人当たりのいい性格で、問題児集団である"銀幡"の先輩達から何気に可愛がられ、何の違和感もなく溶け込んでいる感がある。 やがて校庭の一角、甘寧の羽飾りを見つけた丁奉。よく見れば、"銀幡"軍団の何人かと軽くチューハイをあおってるらしい。先刻彼女を呼びつけた少女も、その中にいた。 「先輩っ、呼びました?」 「おぅ承淵、待ってたぜぇ。まぁ、お前も一杯やっとけや。あ、お前はまだ酒駄目だからこっちだけど」 そう言って甘寧はジュースの缶を投げて寄越す。見回せば、学区周辺の名店から取り寄せたオードブルが円陣の中を埋め尽くしている。 「え、いただいていいんですか?」 「もち、部長のおごりだ。いっちょパーッとやってくれや」 「わぁ…!」 円座の中に混じって、丁奉も並べられたご馳走に舌鼓を打った。 その後、何が起こるのか夢想だにもせずに…。 日も暮れ落ち、学園無双終了の規定時間が近づき、宴もたけなわになった頃、甘寧はおもむろにこう告げた。 「さぁ、景気良くやれよ! これからこの10人で、曹操の本陣に上等くれてくるんだからな!」 「!!」 その一言に、何人かが酒を吹いた。丁奉も鶏のから揚げを喉に詰まらせたらしく、目を白黒させている。その背中を叩いてやりながら、少女の一人が問い返した。 「ちょ…マジですかリーダー?」 「冗談でしょう? いくらなんでも10人ってアンタ」 「冗談でンなコト言うか。まぁ、酔狂ではあるだろうが」 何を今更、といった感じで返す甘寧に、他の9人は目を見合わせた。はっきり言って無茶もいいところである。これでは、無駄に飛ばされに行くだけじゃないか…。 そんな部下達の感情を読み取った甘寧、傍らに置いた愛用の大木刀"覇海"を掴んで立ち上がり、それを少女達に突きつけて、怒色を露に言い放った。 「てめぇら、甘えたこと言ってんじゃねぇ! 大体お前等悔しくないのか!? 張遼の野郎に我が物顔でうち等の目の前に上等くれられてよ! 俺等"銀幡"のモットーは何だ!」 その言葉に少女達は目の色を変えた。 「…そうよ、リーダーの言う通りだわ」 「あんな上等かまされて、泣き寝入りはアタシ等の流儀じゃないね…!」 「目には目を、だな。よ〜し、一丁やってやろうじゃねぇか」 「それでこそ"銀幡"特隊だぜ…ん、承淵どうした?」 満足げに少女達を見回す甘寧、傍らに座らせていた丁奉がなにやら不安と期待に満ちた目でこちらを見ているのに気がついた。 「あたしも、あたしも連れてってくれるんですか!?」 「何言ってやがる、その為に呼んだんだぜ?」 その言葉に満面の笑みをこぼす妹分の頭を、甘寧は乱雑に撫でてやった。
613:海月 亮 2005/03/16(水) 21:21 「てめぇら、準備はいいな?」 「オッケー、何時でも往けるぜ、リーダー」 目印に羽飾りをつけた鉢巻を身に付けた、"銀幡"軍団は合肥棟入り口正面の草陰に潜んでいる。 「よし…先ずお前、ブレーカーの位置はわかっているな?」 「もちろん、任せといて下さいよ!」 「おう…行けっ!」 甘寧の指示を受け、少女は物影から物影へ駆けていく。 「よぉしお前ら、電源が落ちたら…解ってるな?」 少女達が頷く。 「…あと、承淵」 「! あ、はいっ、なんですか先輩っ」 唐突に名を呼ばれ、ちょっと面食らった丁奉に、甘寧はなにやら耳打ちする。その内容に、少女は目を丸くした。 「えええ! 本当にやるんですか!?」 「たりめーだ、戦利品も必要だからな。それを奪われたとあっちゃ、奴等の面目丸つぶれだぜ? 奴等の目は俺たちでひきつけるから安心しな」 暗がりだが、他の少女達も「任せろ」と言わんばかりに親指を立てているのが解る。丁奉も、俄然やる気になった。 「…解りました、必ず取って来ます!」 「よし、いい返事だぜ…ん!」 その瞬間、合肥棟は暗闇に包まれ、少女達の悲鳴が上がる。 「行くぜ野郎共、目に物みせてやれッ!」 甘寧以下、"銀幡"選りすぐりの猛者たちは、怒号とともに合肥棟へ突っ込んでいった。 「敵だ! 敵が侵入ーッ!」 瞬く間に合肥棟内は大混乱に陥った。日もどっぷり暮れた午後七時半、終了間際のロスタイムを狙っての奇襲はまんまと図にあたり、合肥棟守備軍は次々に同士討ちを開始する。 執務室の曹操も大慌てだった。 「もうっ、何だよいったい!? いきなり停電ってどーゆーことだよっ!」 「…多分…ブレーカーを落とされてる…」 「んなこたぁわかってるっつーの!」 傍らに立っていた司馬懿の呟きに、鋭くツッコミをいれる曹操。気にした風もなく、何かの気配を敏感に感じ取った司馬懿はぼそっと呟く。 「会長…誰か、来る」 「無視すんなー…って、えっ?」 曹操も気付いた。執務室の前に、人の気配を感じる。 「誰? そこに居るのッ!」 「…いよぅ会長サン、気分はどうだい?」 「!」 扉の前に居たのは言うまでもなく甘寧。曹操は怒気を露に、かつ静かな語調で言う。 「なめた真似してくれるじゃん…どうせ執務室(このなか)が手薄だってコト、知っててやってるんでしょ?」 「さぁ…どうだかねぇ?」 お互い暗闇の中で、しかも扉越しだったが、お互いどんな顔をしているのかはよく解っていた。 そのまま、どの位経っただろうか。その雰囲気に場違いなくらいの軽い足音と、明るい声が響く。 「せんぱ〜い、例のモノ、手に入りましたよ〜! あと、残ってるのあたし達だけです!」 「おしッ、良くやった! じゃあな会長サン、俺たちゃこれでずらからせてもらうぜ!」 「…! ちょっと、待ちなさいよぅ!」 慌てて執務室を飛び出す曹操。開け放たれた窓から階下を覗けば、其処には既に走り去る少女達の姿しか見えない。良く見ると、一人の少女が何かを手に持っている。街頭の下、その正体が見えると曹操は絶句した。 「…んな!」 「…蒼天生徒会の生徒会旗…」 その時、電源が復旧する。時計は既に八時を指していた…。 甘寧が10名で奇襲を敢行した翌日。 「ほい、コイツは戦利品ですぜ。承淵!」 「はいっ、こちらですっ!」 「わぁ…!」 合肥棟から奪われてきた生徒会旗を手渡され、満面の笑みを浮かべる孫権。それを見ると居並ぶ長湖部幹部、主将達も感嘆の声を挙げた。ただ一人、隅っこで面白くない顔をしている凌統以外はだが。 「すごいっ、すごいよ興覇さん!」 「こういうことやらせると、やっぱアンタは一流だねぇ…」 この間の溜飲はすっかり下がって上機嫌の孫権、その隣りにいた長湖部実働部隊総括の呂蒙も、呆れ半分にそう言った。 「しかし10人、誰一人として飛ばさずに戻ってくるなんてね」 「本当だよ〜、承淵まで連れ出してるとは思わなかったけど…」 「あったりまえですよ。暗がりを利用して押しかけるなら、少人数のほうが却って安全なんですよ。それにコイツにも、どんどん経験を積ませてやらなきゃいけねぇし」 甘寧はそう言って、傍らの少女の背を軽く叩いた。 「まぁ、そういう事解ってそうだったから止めなかったんだけどね。とはいえ、お見事だわ」 「いやぁ…」 呂蒙の言葉に、普段は不遜な甘寧も少し照れたようだった。 だが、沸き立つ長湖部幹部・主将陣の片隅、それを眺めながら凌統が悔しそうに歯軋りをしていたのを、甘寧と孫権は見逃さなかった。 (続く)
614:海月 亮 2005/03/16(水) 21:21 -銀幡流儀- そのに 「混沌の中の純潔」 「…くっ!」 執務室から離れて一人、凌統は壁に拳を打ち付けた。 惨めだった。 蒼天生徒会が誇る"鬼姫"張遼が、その威名だけで戦場を引っ掻き回していたあの日。凌統はすべての部下を戦闘で失い、蒼天生徒会五主将の一角・楽進を破るもその階級章を手にしたわけでもない。 残ったのは、全治一ヶ月の大怪我で戦える状態にない自分自身と…尊敬する姉から課外活動の舞台を奪い去った怨敵・甘寧の功績に対する見苦しいまでの嫉妬心。 「ちくしょう…ちくしょぉぉッ!」 獣の如き雄叫び…いや、慟哭の叫び声とともに繰り出される拳が、壁に自身の血を染め付けていく。 それでも、彼女はその行為を止めようとしない。拳は既に血にまみれ、一振りするごとに鮮血が舞う。 不意に、その手が掴まれた。 「………止めとけ」 「…ッ!」 振り向くと、其処には甘寧が居た。 振り解こうとするが、怪我の為に身体に巧く力が入らない。もっとも、万全の状態でも凌統が甘寧の力でねじ伏せられた場合抜け出すことはほぼ不可能だった。 「離せッ!」 もう片方の拳で甘寧の顔を殴りつけようとするが、それもあっさり止められてしまう。 そんな凌統を見つめる甘寧の眼は、何時ものそれではなく…酷く、哀しい眼だった。 その眼が、まるで自分を哀れんでいるように思えた。 その眼差しに、心の中を満たした悔しさと嫉妬が、暴れ狂うのがわかった。 「ちくしょう…さぞかし気分がいいだろうな! あたしはこの有様で、貴様は立派に面目を躍如して見せた! どうせこの負け犬みたいなあたしを嘲笑いに来たんだろうが!」 甘寧は無言だ。普段なら嫌味のひとつでも返してきそうな彼女がそんな態度をみせているのが、激昂した凌統をさらに苛立たせていた。 「何とか云えよッ!」 「なぁ凌…いや、公績」 不意に、自分のことを字で呼ばれ、凌統は驚いた。 本名でなく、字で呼ぶのは一種の礼儀である。自分のことを煙たがっていると思っていた甘寧が、自分に対して礼儀を払ってくれたことが、凌統には意外なことだった。 「お前が俺の行動に対して何思おうが勝手だ。確かに何時も何時もお前が突っかかってくるのは面倒じゃあったが…本音、嬉しくもあった」 「…え?」 「知っての通り、俺は不良上がりのはみ出し者だ。チームの頃からの仲間ならともかく、どいつもこいつも俺のことを怖がりこそすれ、親しく付き合ってくれるヤツなんて殆ど居なかったし、俺が不良上がりってことで馬鹿にするヤツだっていた」 甘寧の眼差しは、変わらない。凌統も、こんな甘寧を見るのは初めてのことだ。 「俺も俺で、そうやって意味なく怖がったり馬鹿にしたりするヤツ…お前のことだってうぜぇと思ってたのは確かだよ。だがな、思い返してみれば、それでも俺をかまってくれたのは子明さんと子敬と承淵、あとはお前くらいだって、気づいたんだ」 そう言って、寂しそうに微笑んでみせる甘寧。何時しか、凌統の心を満たしていたはずの負の感情は消え失せ、その一言一言に聞き入っていた。 「公績…お前が俺のことを嫌いだというなら、それでも構わない。でも、お前にもしものことがあって、俺に突っかかってこれなくなったら…やっぱり寂しいんだ」 甘寧は掴んでいた凌統の両腕を解放する。凌統は、自身の血で濡れた拳を、所在無さ気に下ろした。 「…言いたい事は以上だ。その怪我、ちゃんと診て貰えよ。じゃな」 それだけ言うと、甘寧は羽飾りを翻し、その場を立ち去っていった。 凌統には、その背中が、何時もよりずっと弱々しいものに見えていた。 「…公績さん」 はっとして振り返ると、そこには孫権の姿があった。どうやら、孫権も凌統の様子にただならぬものを感じ取って後を追ってきたようだった。 「公績さんの気持ちも、よく解るよ…でもね、興覇さんの気持ちも、すこし考えてあげて…」 泣きそうな顔でそう告げる孫権に、凌統は俯いたまま、無言でその場を立ち去っていった。 あの後、凌統は部屋の中で、今日あったことをずっと思い返していた。 姉の仇。不倶戴天の敵。打ち倒すべき相手。今日、自暴自棄になっていた自分を止めてくれた甘寧は、それまで自分が抱いていたどんな甘寧のイメージにも当てはまらないものだった。 (あいつは…あたしのことを純粋に心配してくれていた) 一番遠いところに居たと思っていた存在が、実は一番近いところに居たことを知って、正直、凌統は戸惑っていた。包帯の巻かれた両拳を見つめると、甘寧と孫権の言葉が、頭の中で繰り返される。 -お前にもしものことがあって、俺に突っかかってこれなくなったら…やっぱり寂しいんだ- -興覇さんの気持ちも、少し考えてあげて- 何時もなら、顔を思い浮かべるたびに不快感を覚えるというのに。 (あいつの力なら、何時でもあたし一人潰すくらいわけないのに…あいつが、あんなふうに考えてたなんて…なのに、あたしは…!) 初めて相対した舞台は、去年の年明けにあった長湖部体験入部。その大舞台で、"銀幡"の演舞に踊りこんだ自分が、衆人環視の前で敵対宣言したのが初め。それ以来、凌統は甘寧を敵視し、逆もまた然りだった…はずだった。 何時から、甘寧の中でそれが違ってきたんだろう。 自分は、変わることがなかったというのに… (違う…あたしは、最初はそんなこと、思ってなかった) (あたしは…彼女を…甘興覇を超えようと、そう思ったんじゃないか…) 凌統は、そんな自分の愚かしさに、ただ涙を流すのだった。 翌日。 「こぉの恥知らずの外道どもがぁぁ! あたし達の怒り、思い知れぇぇ!」 先鋒軍の先頭に、普段はバットを持つ手で竹刀をぶん回しながら、長湖部の軍勢に突っ込んでいくのは満寵。何時ものぽやんとした温和そのものの表情は何処にもなく、こめかみに青筋すら浮かばせ、憤怒を露に次々と長湖部員を薙ぎ払っていく。 「旗なんて飾りに過ぎねぇけどなぁぁ! ヤツらの奪ったのはあたし達の魂だぁぁ!」 「このあたしがついていながら! このザマは何事だぁぁ!」 その左翼から曹仁、右翼から夏候惇も怒号とともに突撃をかける。 蒼天会旗を奪われたことは、やはりというか、蒼天会の主将たちにも大きな衝撃を与えていた。もっとも彼女達の怒りは、「会旗を奪われた」と言うことではなく、むしろ「会旗の近くにいた曹操を危険に晒してしまった」ことによるものである。 更に言えば、曹操に危害らしい危害を与えず、自分達を小馬鹿にするかのような、そんな行為に対する怒りでもあった。 「あ〜むっかつく〜! 大体ブレーカー周りを無防備にさらしすぎだっつーの!」 蒼天会本陣・合肥棟の屋上で戦況を眺める曹操も、悔しそうに地団駄を踏んだ。後ろに侍した劉曄がぼんやりした表情で呟く。 「…今回の件が帰宅部連合へ知られれば、彼女達も何処かの局面で使ってくるかもしれません」 「解ってるわよそんなことっ。ねぇ子揚、何か対策とかできない?」 「前々から申し上げていると思いますが…やはり本来の電源とは別に存在する、各棟の予備電源の復旧作業を早めるべきでしょう」 「そ〜ね〜…」 曹操はふと、怪訝そうな表情で劉曄のほうを振り向いた。 「…ちょっと待て…何時言ったんだよ、そんなコト? てかそんなのあったの?」 「…………ごめんなさい、知ってると思ってました」 ぼんやりした顔のまま、劉曄は悪びれることなくさらっと言った。 実は蒼天学園の各学区には、棟ごとに緊急時の予備電源が存在するのだが…黄巾党蜂起のドサクサで学園全体にある八割以上の棟で予備電源が壊され、二年以上経った現在もそのままである。メイン電源の安全性が良過ぎる為にほとんど支障は出ず、それゆえに直されもせず放っておかれたのだ。 そんな説明を受けた曹操は、 「そんなの初めて聞いたよ…つーか何で誰もそんなこと言わなかったのよぅ?」 「さぁ…」 同じ表情のまま小首を傾げる劉曄に、曹操も呆れ顔になる。 「まぁいいや、知ったからにはどうにかしなきゃなんないわね。次の生徒会会議で優先事項として審議にかけないと…とりあえず勢力境界線にある合肥や襄陽、長安あたりのを速攻で直しておきたいわね〜」 なにやら懐からメモ帳を取り出し、メモをとりだした曹操の姿を見ながら、劉曄は相も変わらずぼんやりと突っ立っていた。
615:海月 亮 2005/03/16(水) 21:22 曹操と劉曄がなにやらやり取りしていた、同じ頃。 「ええ!? ちゃんと探したの!?」 「すいませんッ! あたし達がちょっと目を離した隙に…」 狼狽した表情で濡須棟執務室から飛び出した孫権。その後ろ、数人の少女達が後を追って出てくる。 「公績さん、絶対安静の大怪我なんだよ? …それに、武器だって壊れちゃったんでしょ?」 「え、ええ…確かに凌統先輩愛用の"波涛"は前の戦闘で壊れましたが…」 「…じ、実は凌操先輩の"怒涛"を持ち出したみたいで…」 「嘘ッ!?」 少女の言葉に、孫権は狼狽の表情を強める。 "波涛"とは、凌統の愛用していた両節棍(ヌンチャク)の名前で、先に凌統が楽進と戦った際、最後の一撃を繰り出した時に破壊されたモノだ。"怒涛"は凌統の姉・凌操が愛用していたもので、"波涛"よりも重く、棍の部分も長めなので、取りまわしが難しい。 凌統は、それゆえこれまでに参加した戦闘で一度も"怒涛"を使ったことがなかったのだ。 「無茶だよ! 普段だって使わなかったものなのに…」 「部長!」 正面から駆けて来たのは甘寧と、数人の"銀幡"の少女達だった。 「興覇さん! 公績さんが…!」 「解ってる、承淵のヤツが一度止めたらしいんだが…今あいつに後を追わせてる。俺もヤツを連れ戻しに出るが…」 どうやら甘寧も甘寧で、丁奉らに凌統の様子を見張らせていた様である。待機命令の出ている甘寧のことなので、恐らくここへは出撃許可を取りにきたというところであろう。 「御願い! 早く、早く連れ戻して!」 「承知ッ!」 言うが早いか、甘寧は窓を開け放つと、そこから一気に一階へと飛び降りた。 「はぁ…はぁ…」 戦場の一角、小さな林の中に、彼女はいた。 年季の入った大振りの両節棍をしっかりと掴んだ手の包帯は、紅い染みをつけている。 「やっぱり…まだあたしには早かった…かな?」 肩で息をしながら、自嘲気味に呟く。 顔は蒼白で、体中の包帯や湿布の存在が痛々しい。この満身創痍の状態のまま、凌統はこっそりと寮部屋を抜け出し、合肥と濡須の間にある戦場へと舞い戻ってきていた。 壊れた"波涛"の代わりに持ち出してきた"怒涛"の重さと長さは、傷ついた彼女の身体に予想以上の負担を強いていた。数人を薙ぎ払うだけで、かえって自分の体力を大きく奪われていったのだ。 「公績先輩っ!」 林の中に人影が飛び込んできて、凌統は弱った身体を叱咤して身構える。それが丁奉であることに気づくと、凌統は再び背後の木にもたれかかった。 「承淵か…」 「先輩、御願いですから戻ってくださいっ! 皆さん、先輩のこと心配してるんですよ! 部長だって…それに…興覇先輩だって!」 凌統の服に取りすがって、丁奉はなおも叫ぶ。 「先輩…先輩は御存知ないかもしれませんけど…興覇先輩、ずっと公績先輩のこと心配していて…今回、あえて出撃を辞退して待機しているのだって、公績先輩が戦えないって事を知ってたから…公績先輩と一緒に戦えないのが嫌だ、って言って…」 「解ってる…解ってるんだ、そんなコトは」 「…え」 丁奉はきょとんとした表情で、凌統を見た。 「つまらないことに固執して…あの人を…興覇のことを解ろうともしなかったのは、あたしのほうだったんだ…あたしは興覇を越えたい…そのために、この程度の怪我で寝てるワケにいかない…」 よろめきながら、凌統は再び立ち上がった。その表情からは、鬼気さえ漂い始めていた。 「…あたしの命に代えても…張遼を飛ばしてみせる!」 「いい心がけだ」 ふたりが振り向くと、そこにはひとりの少女が立っていた。 口元にはわずかに笑みがあるが、その瞳はあくまで冷たい。冷たいながらも、その瞳の奥には確かに憤怒の炎が燃え盛っているように思えた。 その正体に気づいた瞬間、丁奉の表情が恐怖に凍る。 (張遼さん! そんな…こんなところで…!) ふたりはまるで金縛りにあったかのように、微動だにせずその少女−張遼を見つめていた。 「ここで討つのは惜しい気がするが、文謙を倒すほどの力量を持った貴様をただで帰すつもりはない…手負いといえど加減は無いぞ!」 突きつけた竹刀を八相に構えると、張遼の周囲の木々が、僅かに揺れて音を立てた。まるで、その鬼気から逃れるかのように。 「…願ってもない相手だ」 「先輩!?」 震える足を、よろめく身体になんとか気合を入れなおして、凌統は構えをとった。 「承淵…あんたは逃げろ。張遼の狙いもあたしだ。あんたには関係ない」 そんな凌統に触発されたのか、丁奉も持っていた木刀を正眼に構える。恐怖のためか顔は強張っているが、それでも何とか、腹を括って踏ん張ってみせた…そんな感じだ。 「先輩を、置いてはいけません…それが、あたしの役目ですから」 「バカっ! そんなことはどうだって…」 「それに、ふたりがかりでも…あたしも、挑戦してみたい」 「承淵…あんた」 「いい根性だ…張文遠、参る!」 一瞬笑みを浮かべた張遼の形相は、次の瞬間、鬼のそれに変わった。 「くそっ…あいつら、いったい何処まで行きやがったんだよ…!」 甘寧は数名の“銀幡”メンバーとともに戦場を駆けていた。その表情には焦りの色も見える。 「多分ですけど、あいつ蒼天会の本陣にでも向かってるかもしれませんよ? あいつがリーダーに対抗意識を燃やしてること考えれば…」 「ちっ…他の奴等ならいざ知らず、公績なら十分有り得る! だが、承淵のヤツが何処で食いついたかさえ解れば…」 そして、数分前まで凌統たちがいたあたりに辿り着く。 そこには凄まじい戦闘の跡があった。細い木は悉く折れ、太い木の幹にも何かで抉り取られたような痕が生々しく残っている。折れた木の様子から、そうたいした時間が経っていない事も読み取れた。 「な、何これ…!」 「いったい…ここで何が…」 その時、木々の折れる音が聞こえる。その中にはかすかに…。 「居た! あいつ等だ!」 「って、ちょっと待って、まさか戦ってるの…」 その相手を類推し、少女達の顔から笑みが消えた。 「は…ははは…マジか、オイ」 甘寧も流石に苦笑するしかない。手負いの凌統と、素質はあってもまだまだ発展途上の丁奉の二人が、どのくらいの時間かは知らないが、あの張遼を相手に戦っているらしいことなど、考えもつかないことだった。 「…どうします? 向こうもひとりだと思うんですが…」 「どうしますもこうしますもねぇだろ…俺が張遼を食い止めるから、おまえ等は公績と承淵を抱えて逃げろ、いいな?」 少女達は一度、互いの顔を見合わせて、頷いた。 傍らの少女から愛用の大木刀“覇海”を受け取り、一振りする甘寧。 「いくぞおまえ等! 目的履き違えるなよ!」 「応ッ!」 甘寧が林の奥へと飛び込むとともに、少女達も次々と藪の中へ突っ込んでいった。 何度目だろうか。 張遼の鋭い一撃が、一瞬前まで自分の頭があったあたりを掠め、大木の幹に痕をつける。エモノが竹刀であるにもかかわらず、「学園最強剣士」の名をほしいままにする張遼が繰り出す一撃は、まるで鋼鉄の棒で殴りつけたような衝撃を生むものらしい。 ふたりは、その恐怖の一撃をカンと偶然だけでかわしていた。林という地の利が無ければ、恐らく一番最初に放ってきた一撃だけでふたりは飛ばされていたかもしれない。凌統も丁奉も、相手の力量と自分達の力量の差を読み違えていた愚を悟り、何時しか逃げることに専念していた。 走っているうち、不意に目の前が開けた。合肥棟の裏山、その反対側であるのだが、凌統たちにはそんなコトは解るはずも無い。しかし、自分達が絶体絶命の窮地に追い込まれたことは理解できた。 「…鬼ごっこは終わりだ。ここなら、遮るものは何も無いぞ」 振り返った先に姿をあらわした張遼は、まったく息を切らしている様子は無い。満身創痍の凌統は言わずもがな、その凌統を庇いつつ逃げてきた丁奉も完全に息が上がっている。 「覚悟しろ…貴様等の健闘に免じて、痛いと思う前に意識を飛ばしてやる」 踏み込みとともに剣閃が飛んでくるのが見えた。 ふたりは無意識のうちに、互いを庇いあうようにして目を閉じた。 (続く)
616:海月 亮 2005/03/16(水) 21:23 -銀幡流儀- そのさん 「果てしない青空に誓う」 まるで雷鳴のような音がした。 しかし、痛みのようなものは何処にもない。目を開けたふたりが見たのは、鮮やかな一対の羽飾り。 「…間一髪、だな」 「興覇先輩!」 甘寧は振り向いてふたりの無事な姿を確認し、口元を緩めた。次の瞬間、猛獣のような咆哮とともに、力任せに張遼の身体を後方へ突き飛ばした。 「…ぐ…!」 不意を突かれた張遼は大きく間合いを離されたが、それでも難なく踏ん張ってみせていた。 間髪いれず、茂みの中から飛び出してきた"銀幡"の少女達が、凌統と丁奉のふたりを護るように集まってきた。 「よし、そのまま行けッ!」 「おのれッ…!」 甘寧の合図とともに少女達が凌統と丁奉を抱えて逃げ出すのと、体制を立て直した張遼が再び踏み込んできたのはほぼ同時だった。 甘寧はその前に立ち塞がるように滑り込むと、再び覇海を縦に構えてその剣を受け止めた。 「そうはいかねぇぜ大将、ここからは俺様が相手だ」 「ふ…そう言えば貴様にも、蒼天会旗奪取の屈辱の件で、叩きのめす理由があったな…甘寧!」 「報恩と報復、それが俺達"銀幡"のモットーだ…てめぇがかましてくれた上等の礼、気にいったか?」 「ほざいてくれる…」 膂力は互角。少女同士の立ち合いとは思えない鍔迫り合いは、張遼が不意に力を緩めて後方へ飛びのいたことで均衡が崩れた。 「…!?」 勢い余ってバランスを失った甘寧。 その隙を逃すことなく、張遼は踏み込みと同時に袈裟懸けの一撃を繰り出してきた。 茂みの中でその様子を見た丁奉が堪らずに叫んだ。 「先輩!」 「ちっ…甘ぇんだよ!」 驚異的なバランス感覚で踏み止まった甘寧は辛うじてその一撃を払い返した。 しかし張遼は怯むことなく、その刹那の間に剣を柳生天に構え直す。 (!) 甘寧の背筋に一瞬、悪寒が走った。 先に放った"仏捨刀"はオトリ。本命は、この構えから繰り出される"逆風の太刀"。 「これで、終わりだッ!」 火の点くような速度と勢いで、逆風に切り上げられた竹刀の一撃が、甘寧のがら空きになった左脇腹へと吸い込まれていった。 かしゃん、と音をたてて、グラスが床で砕けた。 「わ! 仲謀様っ、大丈夫ですか!?」 「あ…う、ううん」 谷利が慌てて箒と塵取りを持ってきて、破片を手際よく片付ける。 「ダメですよぼーっとして…仲謀様、どうかなさったんですか? 顔色、良くないです」 孫権のただならぬ様子に気づいた谷利が、心配そうに主の顔を覗き込む。 「あ、えと…大丈夫だよ…ごめんね阿利」 「…そうです、大丈夫ですよ…興覇さんだったら、きっと巧くやってくださいますよ」 あわてて取り繕ってみせる孫権の心中を悟ったのか、谷利はそう言って元気付けようとする。 「うん…」 しかし、孫権の胸騒ぎは収まる気配を見せようとしない。 窓の外を眺める孫権の表情は、今にも泣き出しそうなくらい、不安に満ちていた。 ふたりは技の極まった体制で、ピクリとも動かない。 少女達も茂みの中で立ち止まり、その光景に釘付けにされている。 「…捕まえたぜ」 「な…!」 見れば、甘寧は技を極められた状態で、脇腹と肘で竹刀を受け止めている。 甘寧は技の極まる一瞬、僅かに前へ踏み込んで、鍔元を受けたことでダメージを減殺したのだ。 「今度は、こっちの番だ…喰らえッ!」 甘寧は張遼が見せた隙を逃さず、その肩口を掴んで思いっきり頭突きを食らわせた。 「ぐあ…!」 直接、脳へダイレクトに伝わった強烈な衝撃に、さしもの張遼も大きく体制を崩した。 軽い脳震盪を起こした彼女の膝が地に付く。 「よし、今のうちにずらかるぞ!」 「くっ…待てッ!」 「待てと言われて待つバカはいねぇよ! あばよ、張遼!」 甘寧が茂みに飛び込み、少女達とともに逃げ去るのを、張遼はただ眺めていることしか出来なかった。 それから数刻、凌統と丁奉の救出に成功した甘寧ら"銀幡"軍団は、引き上げにかかっていた周泰の軍団と合流し、誰一人欠けることなく濡須棟へ帰還してきた。その際、甘寧は帰路に立ちふさがった蒼天会の一軍を散々なまでに討ち散らし、その将と思しき少女を負傷させるという活躍を見せた。 その討ち漏らした少女が何者だったかなどと言うことは、甘寧以下誰も知ることはなかった。ただこの日の一戦で、蒼天会でも夙に名の知られた良将・李典が帰還中の長湖部軍と遭遇し、それとの戦闘によって受けた怪我が元で引退を余儀なくされたという記録が残っている。 この二つの記録に整合性があるのか否か、はっきりはしていない…何しろ、その記録もいわゆる風説の類であり、その根拠として信用できる史料がないのだから。
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