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617:海月 亮 2005/03/16(水) 21:23 「公績さんッ!」 抱えられていた凌統の姿を認めると、棟の昇降口で待っていたらしい孫権が泣き顔で駆け寄り、その傷ついた身体を抱き寄せた。 「ばかばかっ! なんでこんな無茶なことしたんだよっ! どれだけ、どれだけ心配したと思ってるんだよっ…!」 「…すいません、部長」 その様子を見ていた甘寧が呟いた。 「部長…差し出がましいことかも知れねぇけど、公績の気持ちも酌んでやってください。コイツはコイツなりに、必死に考えた末の事だと思いますから」 そして、しゃがみこんで凌統の肩を叩く。 「無茶をやらかすのは結構だが、せめて怪我してるときくらいは大人しくしてな。お前が万全なら、張遼のタコに負ける要素なんて何処にもねぇんだからな?」 「…うん。た…助けてくれて、ありがと…先輩」 恥ずかしそうに俯いて、呟くように言う凌統に、甘寧は苦笑した。 「ああ…でも先輩は止せ、そんなの承淵だけでたくさんだ」 「…わかったよ、興覇」 そうやって笑いあう二人には、もうこれまでのようなわだかまりはすっかり消え去っていた。 だが、異変が起きたのはそのときだった。 「っと、これで…俺様の……仕事、は…」 立ち上がろうとした甘寧の体が、突如力を失ったようによろめく。 動かない世界の中で、まるでスローモーションを見ているかのように、その体が大地に倒れた。 「興覇さんッ!?」 「先輩!?」 一瞬置いて、孫権と丁奉の悲鳴が上がる。 慌てて身体を抱き起こす少女達。 「ちょっと、リーダー! しっかりしてくださいっ!」 「先輩っ! 先輩っ!」 「ちぃっ、救急車だッ…誰か救急車呼んで来いッ!」 その騒ぎに、帰還してきた呂蒙、潘璋、徐盛も慌てて駆け寄ってきた。 「そんな……」 その光景を眺めていた凌統は、呆然と呟いた。 それから一週間の時が過ぎた。 合肥・濡須の攻防戦は、秋口からの風邪の流行のせいもあり、合肥棟と濡須棟の中間点を長湖部・蒼天生徒会双方の勢力境界線とすることで和議が成立し、束の間の平和が訪れた。 凌統の怪我も、彼女の強い自己治癒力のせいもあってかほぼ平癒し、日常生活には殆ど支障がなくなっていた。 しかし、甘寧の容態は予想以上に深刻で、未だに揚州学区の総合病院の集中治療室にいるらしい。 総大将不在という事もあり、丁奉を含めた"銀幡"軍団は臨時に潘璋預かりになった。 濡須棟の屋上で、孫権と凌統は互いに顔を合わせることなく、戦場となった大地を見下ろしていた。 「…肋骨を2本、折ってたんだって。内臓も少し傷つけてるって…全治六ヶ月って、お医者様は言ってた」 「そうですか…」 凌統には、その原因はわかっていた。 (もし、あれを受けたのがあたしなら…今頃は土の下か) 凌統は、甘寧が張遼の逆風の太刀を受けたシーンを思い返していた。 やはり、いくら技の威力を減殺したとはいえ、受けた場所が悪かったのだ。 それでも、やはり甘寧だったからこそ、こうして生き延びることが出来たのだろう。 「あたしは…あいつが、興覇がいなければ、今此処に居られなかったんですね」 「え?」 自嘲気味に呟く凌統に、初めて孫権は振り返った。 「もしかしたら、あたしがそれと気づいていないだけで…もっと何回も、興覇に助けられていたような、そんな気がします」 「…うん」 「あたしがもっと素直に彼女のことを理解することができていれば、こんな気持ちになる事だって…」 「公績さん…」 凌統の目から涙が溢れ、俯いたその頬を流れ落ちる。 「…まだ、決着だって…つけてないのに…」 「縁起でもない事言わないでくださいッ!」 その時、屋上のドアを勢いよく跳ね飛ばし、丁奉がそこから踊り出た。 「興覇先輩はあんな程度でまいるほどヤワな人じゃないです! そんな言い方、先輩に失礼ですよっ!」 そう言って、ぷーっと膨れてみせる。 呆気にとられた孫権と凌統だったが、そんな丁奉の様子がおかしかったのか、つい噴き出してしまった。 「う、うん、そうだよ。承淵の言う通りだよ」 「…そうだな…こんな程度でどうにかなるようなヤツじゃないよな、興覇は」 「そうですよ」 ふたりが笑顔に戻ったことを確認し、丁奉も少し笑った。 「そうそう、今日ようやく…先輩と面会ができるようになったんです」 「本当!?」 「ええ…そんな長い時間は無理だったんですけど…それで公績先輩に、届け物を預かってきたんです」 そうして差し出されたのは、一通の手紙だった。 凌統がそれを開くと、そこには、 -じきにこんなトコ抜け出て来てやるから、そうしたらお前との勝負、受けてやるから覚悟しとけ!- そう簡潔に、勢いの良い字で書かれている。 「有難いこった…今からちゃんと技を磨いて、今度こそあっと言わせてみせるさ…」 どこか吹っ切れたように、凌統は手紙を握り締め、何処までも蒼く広がる空を見上げる。 その先で、苦笑する甘寧の顔が見えたように、彼女には思えていた。 余談になるが、公式記録では、この戦いののちにあった荊州攻略戦の参加主将の中に、甘寧の名を見ることはない。甘寧の武を誰よりも評価し、彼女を活かしてきた呂蒙が指揮していたハズのこの戦いにおいて、その名が見られないのは不思議である。 そのため、合肥・濡須攻防戦において華々しい戦績を挙げた甘寧は、その理由も定かならぬまま突如引退したとも囁かれたが…ある記録によれば、長湖部存続の危機とも言われた夷陵回廊戦の前哨戦にて、病に冒された身で出陣し、激戦の中で散ったとも伝えられている…。 (終わり)
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