★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
663:雑号将軍2005/06/15(水) 21:51AAS
 ■影の剣客 その三
  そして約二時間後・・・・・・
 時間は午後五時四〇分。沈み駆けた夕日のまばゆいばかりの光を背中に浴びながら、一人の少女が屋上からグランドを見下ろしていた。
 彼女の見える光景は、もはや挑発の語彙が尽き果て、ただ馬鹿騒ぎをして挑発している者と、することもないので、弁当を食べている者のいずれかであった。
 皇甫嵩は右目と上唇をつり上げ、そして、ニヤリと一流の殺し屋のような笑みを浮かべる。
そのニヒルな笑みが夕日のバックには面白いようにマッチする。
そして、皇甫嵩は決断した。
(今こそ攻める!)
 このときに備えて、皇甫嵩は二時間前から長社棟の倉庫にあった、百本近いロケット花火に爆竹と煙玉をセットし屋上に配置させていた。
 
屋上から戻った皇甫嵩は四人の部隊長を集めて作戦を発表した。
「まず、棟長は元々この長社棟にいた一〇名と共に屋上にセットしておいた、ロケット花火を遠慮無く賊軍の陣に打ち込んでくれ。打ち尽くした後は背後から敵の強襲を受けないように注意!では、棟長は直ちに準備にかかってくれ!」
 棟長は皇甫嵩に一礼すると、準備のため屋上に駆け上がっていった。
 それを見送った皇甫嵩は話を続ける。
「我らは賊軍が混乱を始めたと同時に敵陣に斬り込む!我らが『抜刀隊』の剣技を見せつけてやるぞ!我らは出撃まで昇降口で待機する」
 皇甫嵩は両手でバンと机を叩いて立ち上がると、そう言いはなった。

  午後六時
 長社棟周辺が轟音に包まれた。ついに皇甫嵩の反撃が開始されたのだ。
屋上からは無数のロケット花火が流星雨となり黄巾党の陣に降り注いだ。
 着地するたびにドーンという炸裂音が鳴り響く。
 黄巾の将・波才は仮眠を取っていた急造仕様の小屋から飛び出してきた。
 状況を確認しようにも煙のおかげで一メートル先も見えない。
 波才はとにかく、敵の襲撃に備えなければならないと考え、小屋においてあった木製の薙刀を掴むと、必死に声を張り上げて事態を収拾しようとする。
 しかし、彼女の声はロケット花火の轟音にかき消されて、味方の兵たちには届かなかった。

 そんな、黄巾の陣を静かに見守っているものたちがいた。皇甫嵩率いる四〇〇人の精鋭部隊である。
「伝令!ロケット花火は全弾打ち尽くしました!」
 屋上から一人の生徒が駆け下りて来るなり皇甫嵩に報告する。
 皇甫嵩はこくりとそれに頷くと、声を張り上げて言った。
「これより我らは敵陣に斬り込む!全員藍色の鉢巻きは巻いているな。間違っても同士討ちはするな。よし、打って出る!」
 皇甫嵩は竹刀を右手で握り直すと、四〇〇人の先頭を切って、走り出した。
 正面にいた門番役の黄巾の兵士の胴を薙ぎ払うと、皇甫嵩を始めとする四〇〇人は一斉に斬り込んだ。
 彼女らは目の前にいる黄巾の兵たちをばったばったと切り倒していく。
 なかには竹刀を振りかぶり打ち合ったのだが、その竹刀が自分の顔面に跳ね返って脳震盪を起こし気絶する者さえいた。
 皇甫嵩とその兵四〇〇人のだれもが黄巾党の兵三人を同時に相手にしていた。
 それから数分後、五〇人ばかりのマウンテンバイクに乗った軍勢が戦場に現れた。その指揮を執っていた小柄な少女が戦場の光景を見渡す。
彼女の見た光景は凄まじいものであった。
 脇腹を押さえてもがき苦しむもの。竹刀で滅多打ちにあっているもの。顔が腫れ上がっているもの、恐怖に泣き叫ぶもの。
 その中で暴れ回っているのが皇甫嵩を中心とする部隊だと、その少女は気がついた。
 少女はこの光景に足が震え、前に進むことができなかった。
「あ、圧倒的じゃない!こ、これが、皇甫嵩先輩の用兵・・・・・・」
 そう言った少女の目は視点が合っていなかった。一種の錯乱状態に陥っていたのかもしれない。
 そのとき、放たれた矢のような物体が凄まじいスピードで少女に迫ってきたのである。
 その少女がそれに気がついたとき、それはもう数メートルの所まで迫っていた。
 少女は身体が動かなかった・・・・・・いや動かせなかった。戦場にうごめく恐ろしいまでの気迫に少女は飲まれてしまっていた。
 流星が少女にぶつかるほんの一瞬だけ、ほんの一瞬だけ早く、後ろに控えていた長髪の少女がそれを自らの竹刀で弾き飛ばした。
「げ、元譲!」
「何ぼやっとしているんだ、孟徳!敵は乱れている。今が攻め時だろ?」
「そ、そうだよね!全軍攻撃!あたしたちの力見せつけてやるよ!」
 正気を取り戻した少女は一度深呼吸をすると、一斉攻撃を告げた。

 援軍が到着した頃、皇甫嵩は敵陣深くまで斬り込んでいた。理由はもちろんこの軍勢の指揮を執っている波才を飛ばすためだ。
 皇甫嵩はただただ奥へ奥へと進んでいると、視界に数人の生徒を従え、薙刀を構える少女が飛び込んできた。
「貴様が波才か!?」
「そうよ!この計略は見事だった。けどね・・・・・・まだ終わったわけじゃないわよ!」
 波才がそう言うと、小屋の中から数十人の生徒が飛び出してきたのである。
 そうして、皇甫嵩の周囲は瞬く間に黄色の集団に囲まれてしまった。
「ふふふ・・・・・・。形勢逆転ね。冥土のみやげにその名前を聞いておくわ」
 腕を組んだ波才が不敵にそう言う。
「私か・・・私は皇甫嵩。貴様ら悪しきものを破るために生まれてきた剣だ」
「なによ。かっこつけちゃって!みんな、やってしまいなさい!」
 波才が断を下すと、まず三人の少女が皇甫嵩に斬りかかってきた。
皇甫嵩は大上段から斬りかかってきた少女の竹刀に合わせるようにして、下段から竹刀を振り上げた。
 すると少女の竹刀は根本から砕け散ったのである。次に少女が目にした光景は皇甫嵩の竹刀がめり込んでいる自分の胴だった。
 さらに体勢を立て直した皇甫嵩は右肩に向かって振り下ろされた竹刀を持ち前の見切りでかわすと、前のめりになった少女の首に皇甫嵩は手刀を見舞った。
そして左からの浮かび上がってくる竹刀は左手で持った竹刀を振り下ろして叩き折ると、間髪容れずに少女の脇腹に回し蹴りを決めた。
ここまでわずか6秒。皇甫嵩を囲んでいた少女たちは恐怖に顔をゆがめた。
「どうした。もうお終いか・・・・・・。貴様らにはもう、うんざりしていてな・・・・・・決めさせて貰うぞ!」
 皇甫嵩はそう言うと、正面に突っ立ていた少女を逆袈裟に切り上げると、同時に横にいた少女の腹に蹴りを入れた。
 そうして、皇甫嵩は流れた竹刀を引き戻すと、右手で自然に振り上げた形に左手を添えるようにして、上段に構えた。
 辺りにぴりぴりとした緊張感が漂っている。竹刀を上段に構えた皇甫嵩の頬からついに汗が流れた。
(どうする・・・・・・。敵はざっと見て二〇人。周りに味方はない。多勢に無勢というやつだな・・・・・・。まったく、あの将軍様はいつもどうやってこの修羅場をくぐり抜けているのか問い詰めてやりたいところだ・・・・・・)
 皇甫嵩が頭の中で皮肉を漏らす。
確かに今、皇甫嵩が置かれた立場は某時代劇番組に出てくる将軍様によく似ている。悪代官の屋敷で多数の手下に囲まれた将軍様・・・・・・敵将の陣近くでその配下に囲まれた皇甫嵩。そっくりである。
 皇甫嵩が考えていると、ついに前後から二人の少女が斬りかかってきた。
 前から向かってきた少女めがけて、皇甫嵩は竹刀を振り下ろす。少女は慌てて受けをとろうとしたのだが、気がついたときには右肩に重い衝撃を受けて、地面に叩きつけられていた。
 そうして後ろから迫ってきていた少女の胴を振り返る際の回転力を利用して薙ぎ払おうとした。
 しかし、皇甫嵩の竹刀は大きく空を斬った。なんと皇甫嵩は向かってきた少女は腰を曲げ、皇甫嵩の両足を掴もうとしていたのだ。
 皇甫嵩は体勢が崩されていたので両足を掴むのは容易であった。両足を掴まれた皇甫嵩は、そのまま地面へ押し倒されてしまう。
 そして、少女が皇甫嵩の階級章に手を伸ばした。
 そのとき・・・・・・
 少女は首に衝撃を受けて皇甫嵩に倒れ込むようにして気絶した。
 皇甫嵩がその少女をどかして、顔を上げる。飛び込んできたのは真っ赤な髪の少女。さらに髪のひとふさが逆立っている。
 こんな少女は皇甫嵩の知り合いに一人しかいなかった。
「助かったぞ、公偉!」
 朱儁だった。朱儁は皇甫嵩に気さくに笑いかける。
「なんの、なんの。義真、立てる?」
 差し出された朱儁の手につかまるようにして、皇甫嵩は立ち上がった。
 皇甫嵩が辺りを見渡すと、皇甫嵩を囲んでいた少女たちがばたばたと倒されていく。
 戦っているのは朱儁が連れてきた援軍だった。
「ごめんね。義真。遅くなって。兵を集めてたら時間かかっちゃったっ!」
 そう言って朱儁が舌を出す。
「構わんよ。さすが公偉だ。私の作戦に間に合うように来てくれたのだから・・・・・・」
「残念でした〜!義真の作戦に気がついたのはあたしじゃないのよね」
「なに!・・・・・・そうか、蒼天学園もまだまだ捨てたものではないようだ」
 皇甫嵩は朱儁の答えを聞くと一瞬驚いたような仕草を見せたが、すぐに微笑を浮かべてそう言った。
「義真、あたしたちも行こっ!まだ敵は残ってるんだから」
「そうだな。よし!行くぞ!」
 皇甫嵩はさっきの揉み合いで手放してしまった、愛用の竹刀を拾い上げると朱儁と共に地面を蹴って走り出した。

 この戦いで皇甫嵩軍は大将の波才こそ討ちもらしたものの、七〇〇人あまりの黄巾党員を飛ばすことに成功し、その半数以上が骨折などで入院生活を余儀なくされた。
 そして戦場には根本から折れた一〇〇〇本近い竹刀が残されていたという・・・・・・。
1-AA