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676:海月 亮 2005/06/17(金) 00:50 一息ついて、寮玄関の花壇に腰掛ける虞翻。羽織った自前のコートを汚すのを厭わず、呂岱はその近くに腰掛けた。。 「しかし勿体無い事ですね。それほどの腕をお持ちなら、部隊の主将としても申し分ないでしょうに」 「どうも荒事には向いてないみたいでね。本来は護身術兼息抜きとして始めたものだったんだけど」 「知ってますよ。前部長が孤立したとき、先輩が傘一本で血路を切り開いたって話」 「大げさな…まぁ確かに、相手の獲物を奪った最初のときだけ使ったんだけどね」 苦笑しながら彼女はそう言った。 「え、本当なんですか?」 「一発でダメになったわ。流石に相手が木刀だとコンビニ傘じゃ荷が重過ぎるわよ。相手が一人だった事も幸運だったかもね」 「へ〜え」 なんともウソっぽく聞こえる話だが、呂岱は虞翻が、弁が立つくせに冗談を言うのが苦手なことを良く知っていた。ましてやあの見事な演舞を日常的に見ていると、ウソには聞こえないだろう。だからこそ、素直に感心した。 会稽寮から程近い山中。 虞翻は道なき道、草の生い茂った獣道を遮二無二突っ込んでいく。彼女の制服は所々土で汚れ、手には一本の木刀を持っている。普段も寡黙で気難しそうにしている顔を一層険しくし、彼女は何か…いや、誰かを探していた。 「部長っ、何処ですか! 孫策部長!」 「おう、仲翔じゃねぇか」 不意に彼女の左手の草陰から、ひとりの少女が姿を現した。明るい色の髪を散切りにし、真っ赤なバンダナを巻いている、少年のような風体の少女だ。その少女こそ、虞翻が探していた長湖部の部長・孫策である。 「大声出さなくたって聞こえてるって。てか、何をそんな慌ててんのさ?」 あまりに能天気なその応えに、虞翻は一瞬眩暈すら覚えた。 無理もない、このとき彼女らは、活動再開して間もない長湖部の利権を守るため、学園都市で不祥事を起こす隣町の山越高校の不良たちの取締りと摘発の真っ最中なのだ。 「…何を、じゃないですよまったく…部長の腕が立つのは良く存じてますが、こんな時にこんなところでひとりで居るなんて正気の沙汰じゃありませんよっ! おまけに親衛隊まで全部散らしてしまって! あなたの身にもしものことがあったら…っ!」 大声でまくし立てる虞翻。どうやら彼女、何時の間にかはぐれてしまった孫策が心配で追って来た様子。激昂のあまり、そのまま泣きわめきそうな勢いだ。 「解った解った。それ以上言うなって。それにあんたが来てくれただけでも十分だよ」 孫策がそういってなだめると、虞翻は一瞬目をぱちくりさせた。 「そ…そんなことっ……と、とにかく此処も危険です。私が先導しますから、皆と合流しましょう」 そして気恥ずかしくなったのか、そっぽを向いてしまった。声の調子も少し上ずっていて、孫策も思わず苦笑した。 そのとき、ふと孫策は気づいた。 「そういや仲翔、その木刀どうしたんだ?」 「え?…あ、これは…その、此処へくる途中でひとり捕縛したのですが…彼が持っていたモノを拝借して…」 「え、まさか素手でか!?」 「あ、い、いえ。実は私、杖術の道場に通っておりまして…ビニール傘で応対したんです。結局、傘は壊れちゃったんですけど…」 「へぇ…」 先導する虞翻が丈の長い草を掻き分け、その後に続きながら孫策は感心したようにそう呟いた。 「ああ、じゃあその手のタコはそのせいだったんだな」 「え?」 孫策が納得したようにそう言ったのに驚き、虞翻は思わず足をとめてしまった。そして虞翻が振り向いた瞬間、歩みを止めていなかった孫策と見事に額を衝突させ、獣道の中にひっくり返ってしまう。ふたりの背丈が丁度、同じくらいなのが災いした。 「痛ぁっ…急に振り返んなよ…」 「うぐ…ごめんなさい…」 そして、お互い額を真っ赤にし、涙目になってるのが可笑しくて、同時に噴出してしまった。 一息ついて、虞翻は上目遣いに孫策を見る。 「…気づいて、いらしたんですね」 「ああ。初めて会ったとき、会計担当って言うわりに随分身のこなしに隙がなかったしな。それに、可愛らしい顔してるくせに、握手したらえらくごっつい手だと思った」 孫策の一言に、虞翻は顔を真っ赤にして、俯いてしまった。 こんな時にというのもあったが、こんな真顔で“可愛い”なんて言われた事、自分の体に女の子らしからぬ表現をされてしまった事、そのどちらも恥ずかしかったからだ。 流石に悪いこと言ったかと、孫策も気づいたようだ。 「ま、気にすんなよ。別にそんなこと気にすることないって。徳謀さんとか義公さんだって、あの顔で結構ガタイいいし…それに比べりゃあんたはルックスもいいし、スタイルだって十分…」 「も、もういいかげんにしてくださいよっ…行きましょう」 うつむいたまま立ち上がり、虞翻は足早に再度前進し始めた。 「あはは…解ったもう言わないよ。てか置いてくなってよ〜」 「知りませんっ」 そのあとを、さして慌てた様子もなく孫策が続いていった…。 ほんの僅かな間、虞翻は当時のことを思い返していた。ふと我に帰った彼女は、傍らの呂岱に問い掛けた。 「ああ、そういえばあの頃、君はまだ中等部に入ったばかりだったっけ?」 「ええ。運良くというか悪くと言うか…中等部志願枠に入ってすぐですよ。次の日にいきなり、部長がリタイアですからね。お陰でまた一般生徒に逆戻りで…」 「それもすごい話ね」 「部長も、一日しか参加していなかったあたしのこと、すっかり忘れてたみたいだったし」 呂岱はそう言って苦笑する。 「どうかな…仲謀部長のことだから、わざと知らないふりをして、君のことを試したのかもね」 「そうですかね?」 「あの娘はよく気のつくいい娘だよ…あ、今や平部員の私がそんな言い方をしたら、いけないか」 虞翻はそう言って、少し寂しそうに微笑んだ。 でも、呂岱はそれを咎め立てる気にはならなかった。彼女は十分理解していたのだ…目の前の少女が、その風説とは裏腹に、孫権とは深い信頼関係で結ばれていると言うことを。 そして、その身を案じてやまないからこそ、虞翻が今の立場を受け入れていることを。
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