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771:海月 亮 2005/07/23(土) 23:30 ベッドから身を起こし、彼女は衣服を整えた。 ふと、目をやった先には一着の水着が架けてある。 もっともかつての彼女であれば、例え今が真冬であろうとも、すぐに水着に着替えて部屋を飛びだすところであるのだが…今ではそれを着る回数もめっきり減ってしまっていた。 「…今の私に、そんなお遊びをやっている暇などない…な」 そうひとりごちて、彼女は部屋を後にした。 部屋の机の上には、倒されたままの写真立てがひとつ、残されていた。 「こんな朝早くに呼び出したからには、相当の理由があるんだろうな…?」 呉郡寮からそう離れていない河原に、その少女たちはいた。 安物の釣竿で釣りに興じている跳ね髪の少女…現長湖部の副部長である陸凱は、かつての親友が吐きつけた言葉に溜息を吐き、大仰に頭を振って見せた。 「随分な言い草じゃないか。棟が違うから滅多に会えない旧友に対する久闊の言葉もないとは」 「無礼はお互い様だ、敬風。互いに暇もない身、用件なら手短に済ませて欲しい」 その抑揚のない口調と、何の感慨もない無表情。 任務によって離れ離れになった僅かな間に、こうも丁奉が変わってしまったことに少なからずショックを受けたが、それでも表面上はこれまでと同じよう接していた。 「嫌味を言うつもりはないが、暇なしはお前にも原因がある。お前と張布が結託してつまらん事をしてくれて以来、あたしも子賤もロクに寝てない有様だ」 その一言に、丁奉はその鉄面皮の表情を、僅かに曇らせた。 「…あの娘は…孫皓は、部長の器ではなかったか」 「ああ。あんたは見事に張布のアホに丸め込まれたわけだ。結局張布は擁立した相手に粛清されてやがるし、その尻馬に乗っかった濮陽興には同情の言葉もないね」 引き上げた釣竿の先には、餌どころか針すらついていない。その妙な釣竿を仕舞うと、彼女は丁奉と向き合った。 その表情は、険しい。 「勿論あんたにもだ、承淵」 きっぱりと言い放ったその瞳には、強い非難の視線があった。 しばしの沈黙のあと、口火を切ったのは丁奉のほうだった。 「…私に、何をしろ、と?」 陸凱は表情を緩め、普段どおりの皮肉めいた笑みを浮かべる。 「別に責任とって階級章返上しろ、と言うつもりはない。あんたの一友として、汚名返上の機会を与えてやろうかと思ってね」 「…御託は良い。本題は?」 「孫皓を部長職から引き摺り下ろす。そのためにはどう考えても、あんたの存在が鍵になる」 「何…!?」 丁奉は二の句を失った。 目の前の少女が、よもやそんなことを言い出すとは夢想だにしていなかった。 「馬鹿な…敬風、お前何を言っているのか、解っているのか!?」 「何も孫チンみたいに部を引っかき回すつもりはないし、張布の真似する気もない。ヤツを活かそうと必死の努力してきたつもりだが…肝心の本尊が足を引っ張っている有様なのは、お前にも良く解ってるはずだ」 「だが、やろうとしていることに変わりはないだろう! 何で好んで悪名を残すこと…」 目の前の少女は、その言葉を遮り、つかみかかって来た手を払いのける。 「ならば、お前にどんな良策がある?」 「え…」 その一瞬の出来事に戸惑う丁奉を睨む瞳には、涙を浮かべていた。 「孫皓の排斥を抜きにして…長湖部を立て直す方策が、これを見てもお前には思いつくのかよっ!」 怒声と共に、紙の束を叩きつけるように押し付けた。 それは、孫皓が部長に就任して以来の、長湖部の様々な事務文書だった。武闘派を束ねる丁奉には縁の薄いものではあったが、それでも、そこに記録されるデータから、最早長湖部がその組織を維持することが不可能な状態にあることは理解できた。 そして、それが総て孫皓の行動によってなされていることも。 「…もう、どうにもならないところまで来ているんだよ…あたしや子賤、恭武のやれる所はここで限界なんだ…! 孫皓をこのまま野放しにしていたら、長湖部は…あたしたちの代で終わるかもしれないんだよっ…」 その瞳から流れ落ちる涙を、言葉の端から漏れる嗚咽を隠すように、陸凱は丁奉の体にしがみついた。 「…伯姉達との約束を、破ることに…だから、今しか…」 「聞かせて…あたしは…何をすればいいのか」 そっと肩を抱かれ、陸凱は丁奉の顔を見上げた。 その瞳には、既に失われたと思われていた…かつての親友の面影を取り戻していた。
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