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846:海月 亮 2006/01/09(月) 17:31 翌日の昼休み。 混雑しているだろう学食を避け、予め出掛けに買い込んでいた菓子パンを頬張りながら、再度名簿と睨みあってる呂蒙。 「なぁモーちゃん、文珪ちゃんとこのこの娘とか、どない思う?」 「ん?」 隣りでサンドイッチを食べながら、孫皎が指差したのはひとりの少女だった。 「あぁ、承淵か…確かにいい素質は持ってんだけどなぁ」 「あかんかなぁ…確かにまだ中学生やけど、こないだの無双でもいろいろ活躍しとったし」 「主将クラスは足りてんのさ。あたしが欲しいのは、スタンドアローンで動ける軍才を持った、それなりに無名の人間だ。関羽が油断して、江陵周辺をがら空きにしてくれるくらいで、その留守の短い間にその辺平定しちまうくらいの」 「うーん」 サンドイッチを口にくわえたまま、腕組みして考え込んでしまう孫皎。 実際に難しい人選である。というか、ほとんど無茶に近いといってもいい。要するに呂蒙が欲しい人材というのは、呂蒙と同等かそれ以上の能力を持ち、かつまったく名前の知られていないということ…。 「でもそれやと、興覇さんがおったとしてもあかんのやないの?」 「んや。その場合は誰か適当なヤツをあてがって、その隙にあたしと興覇が別々に動くことができる。興覇が入院中の今となっちゃ、それが厳しい状態だ。その代わりにあんたを使うことを考えても見たんだが…」 「うちを? でも…」 「実力的には申し分ない。けど、今あたしの軍団からあんたを欠くのはマジで痛いからな。編成している中では潘璋分隊の義封、蒋欽分隊の孔休を外すと途端に機能不全だ。同じことがあんたにもいえるからな」 自信なさ気な孫皎を気にかけるもなく、パンを飲み込みながら難しい顔の呂蒙。 「マネージャーとはどうなんかな?」 「マネージャー?」 「うん。マネージャーで、なんかすごそうな人。例えば、こないだの濡須とき、援軍を指揮してた緑髪の娘とか。あの娘確か公苗さんとこのマネージャーって」 「陸伯言か。そう言えばこないだ興覇とふたりで承淵をからかった時、話題は伯言の話だったな…」 数日前、呂蒙は甘寧の妹分であった丁奉を伴い、入院中の甘寧の見舞いに行った。 そのとき、去年の赤壁決戦前の夏合宿で調理実習をやったとき、同じ班に居た陸遜の話で話題が盛り上がったときのことを、呂蒙は思い出していた。 「はぁ? 伯言が公瑾のお墨付きだぁ?」 「あ…えっと、それは」 狐色の髪が特徴的なその少女は、ベッドから上体を起こした状態で呆気にとられた甘寧と、その傍らでぽかんとした呂蒙の視線を浴びて、明らかに動揺していた。 明らかに、いわでもなことを言ってしまった…そんな感じだ。 昨年の合宿では自分たちの悪戯のせいで周瑜に完全に目の仇にされ、ただおろおろしているだけの気の弱そうなヤツ…ふたりにとって陸伯言という少女はその程度の存在でしかない。朝錬の際甘寧と凌統が喧嘩したのに巻き込まれたときも、周瑜に命ぜられるまま律儀にふたりに付き合って罰ゲームを受けたり、失敗した料理の処理をまかされて保健室へ直行したり…まぁ流石のふたりも「悪いことしたなぁ」くらいは思っていたが。 「ということはなぁ…承淵の言葉が正しければあのあと、あいつらが仲直りしていたってことになるが」 「となると休み明けに伯言がやつれてたのそのせいか。あの赤壁キャンプを乗り越えたとなれば相当なもんだな、伯言のヤツ」 「あ、だからその、それはちょっとした…」 ひたすらおろおろと取り繕おうとする狐色髪の少女…丁奉の慌てる様子から、呂蒙と甘寧もその言葉の真なるところを覚った様子だ。中学生ながら、荒くれ悪たれ揃いの長湖部の中で一目置かれるこの少女だが、それだけにその少女の性格はよく知られていた。 すなわち、絶望的にウソをつくのがヘタな、素直で真面目な性格の持ち主であるということだ。 そして自分の尊敬する者に対して強く敬意を払う。彼女の普段の甘寧への接し方を見ていればよく解る。それが彼女らにとって取るに足りない存在だった陸遜に対して「周瑜が認めた天才」と言うのであれば…。 「まぁ能ある鷹はなんとやら、とも言うしな。長湖実働総括も伯言に任せりゃちったあ楽できるかね、あたしも?」 「だ、だめです! そんなことしたら公瑾先輩が…」 「なんで? いいじゃねぇか、公瑾が出し惜しむならあたしが伯言を活かしてやるまでさ」 「きっとその方があいつだって喜ぶだろうしなぁ」 「だからそうじゃないんです!」 必死にその言葉を取り消させようとする少女の姿が面白くて、呂蒙も甘寧も完全に悪乗り状態だ。陸遜に実力があるかどうかは別として、今はそのほうがふたりには面白かった。 「…解りました…でも、なるべくなら他の人には黙っててください…こんなことが知れたら、あたし長湖部に居れなくなってしまいますから…」 そうして、半泣きになった彼女は、ことの詳細をふたりに語って聞かせた。 その話を聞いてもなお、呂蒙は半信半疑だった。 丁奉は話し終えると、何度も何度も念を押す様に「このことは絶対に内緒にしてください」と取りすがるようにして懇願してきた。恐らくは相当の事情があるのだろうことは呂蒙にも理解できた。だから、以降はその話題に触れまいと思っていたのだが…。 「ここはひとつ、承淵の顔でも立ててみるかねぇ?」 遊び半分ではない。 彼女はそれがまだ見ぬダイアの原石であることを信じ、陸遜の元へと出向くことにした。
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