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901:海月 亮 2006/03/26(日) 00:01 それから数刻の後。 普段は利用することすらない豫州丹陽棟の地下食堂に、ふたりの少女がやってきていた。 放課後、暇をもてあました生徒の何人かや、あるいはマネージャーたちが活動計画の話し合いに利用するなど普段は賑わっている場所にもかかわらず、そのときはそのふたりしかいなかった。 ひとりは呂蒙。 もうひとりは緑色の髪をショートボブに切り揃えた、少々気弱そうな印象を与える少女…彼女こそが、探し人の陸遜、字を伯言その人であった。 「…あの…何の御用ですか?」 「あー、急に呼び出して悪かったな。うん、用事といえば用事。だが少しその前にあんたと話をしておきたくてね」 恐る恐るといった感じの陸遜をこれ以上警戒させないよう、呂蒙は勤めて自然に振舞った。 「…お話」 鸚鵡返しに聞き返す。 ここまで来る間にも呂蒙は、それとなく陸遜の一挙一動をそれとなく見ていた。 確かに一見、何処にでもいるごく普通の少女。 そして何より、かつて自分や甘寧から散々な目に遭わされたというトラウマがあるような様子も、今のおどおどした態度を見れば疑いようがなく見える。 しかし、呂蒙は確かに、その仕草の諸所に違和感を感じ取っていた。 陸遜がかつて自分の考えるような少女であったなら、恐らくどんな手を使ってでもこの場から早く逃げたいと思っても、結局自分の気の弱さ故最後まで引きずられてしまうだろう。 だが、呂蒙は陸遜が、今この場から如何に自然に切り抜け、やり過ごしてしまおうと考えているような余裕がどこかにあるような気がした。 確信があったわけではない。 だが、こわばっているその顔の中でただ一点…彼女の瞳だけが、冷徹な光を宿しているように、呂蒙には思えていた。 呂蒙は一筋縄ではいかないと考え、その日はとりとめもない話をして切り上げることにした。 そんなことが一週間ほど続いていた。 そのころになると、呂蒙はわざわざ丹陽まで出向き、陸遜を誘い出して昼食にまで出るようになっていた。 最初のころの警戒心もだいぶ和らいできたことを見計らい、彼女はそれとなく今の状況を話してみることにした。 「…そういうわけでな。仮に相手の龍馬を攻略するにしても、どうも二、三手足りないのさ。何処かでいきなりと金をぶち込んで一気に勝負を決めるとしたら…お前ならどう考える?」 「うーん…そうですねぇ。私は将棋のことはあまり詳しくないですけど…」 「見たまんま言ってくれていいよ。参考までに、あまり詳しくないって人間がどう考えるか興味があってな」 陸遜は、その言葉の真に意味するところを気づいていない…正確に言えば、今呂蒙が問おうとしていることの趣旨に気づいていないように見える…。 呂蒙は息を呑んだ。 陸遜はその手を指し示そうとして… 一瞬…ほんの一瞬、その表情を強張らせた。 「…すいません、やっぱりいい手は思い浮かびませ…」 「場所が悪いなら、変えても一向に構わないよ」 再び困ったように作り笑いに戻る陸遜に、呂蒙は初めて、その笑顔の下に隠された素顔を垣間見た気がしていた。 恐らくは、彼女も気づいたであろう。 何故相手の王ではなく、龍馬を狙っているのかが。 盤面の龍馬は関羽。 それを守るように囲う半壊状態の美濃囲いは現在の荊州学区。 そして何故呂蒙側がわざわざ飛角落ちなのか。 それはまさに、今の長湖部を意味しているものなのだから。 「…謀ったんですか…私を」 「ああ」 互いの強い視線が交錯する。 「あんたを試した非礼は詫びる。あんたがこういう資質をまったく見せないか…むしろ持っていないのであれば、あたしは公瑾や部長を裏切らずにすんだかもしれない」 陸遜の表情は変わらない。 だがその表情は、今まで呂蒙が見たこともない、陸遜自身の激しい怒りを感じた。 「…何処で、その事を…?」 「聞かないでくれ…それを教えてくれた奴も、悪気があったわけじゃない…けど今そいつの名を告げれば、そいつにも迷惑がかかることになる」 校舎からやや離れたその広場には人はいない。 呂蒙は始めから、この場で本心を明かすつもりでいたのだ。 「あたしは公瑾や子敬から請け負った荊州奪取を成し遂げたい…そのためにはお前の力が必要なんだ! この一戦だけで構わない…だから伯言、この一戦…この一戦だけでいい! 力を貸してくれ…っ!」 呂蒙は反射的に、大地に手をついていた。 どれほど時間がたっただろうか。 自分に愛想を尽かし、その少女は自分を置いて立ち去っていたかもしれない…と呂蒙は思っていた。 だが、自分はそうされても仕方ないことをしていたことも、重々承知していた。そしてそうなってしまえば、荊州を落とす機会は二度とはやってこないだろう。 関羽が蒼天会を攻めようとしている、今をおいてその機会はないかもしれないのだ。 そうなれば、自分はどうするだろう。 やはり周瑜と魯粛の後釜として不十分、というレッテルを貼られたまま、空しく部を去るのであろうか。 それとも、それを良しとせず玉砕して終わるのか。 「先輩…顔を上げてください」 ふと見上げると、ここ数日では、恐らくはもっとも自然な微笑を浮かべる陸遜の顔があった。 「先輩のお覚悟、確かに…私如きがどれほどお役に立てるか解りませんが…この一戦、全力を尽くさせていただきます」 呂蒙もまた、自分の至誠がようやく目の前の少女を動かすことができたことを知り、笑みを返す。 「…ありがとう…これでようやく、あいつらの顔を汚さずにすむかも知れない」 ふたりはしっかりと、その手を取り合っていた。
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