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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
911:海月 亮2006/04/13(木) 20:49
「まったく…仕方のない娘ねぇ」
その書面を受け取ったその少女の第一声が、それだった。
二年前の、董卓の専横に端を発する一連の騒動により、打ち捨てられ廃墟になっていたはずの洛陽棟。
司隷特別校区…即ちこの広大な学園都市の中心であり、長らく蒼天生徒会の本拠であった場所。
最早名目と成り果てた感のある蒼天会長を擁した曹操が、その手によって再建したその場所で、諸葛瑾は先ずその威容に呑まれた。
(これが…今の蒼天会…いえ、曹孟徳の力なの…?)
彼女もかつて、司隷校区に招かれるほどの"神童"として、初等部の頃はこの場所で過ごしていた。
一度破壊されつくしたものが、前の面影を失ってしまうのも仕方がないことだということも解ってはいた…だが、これはそういうレベルの問題ではないような気がしていた。
新旧の趣を取り入れながらも、若き才能を感じさせる内装、外観の妙。
すれ違う生徒達から見られる、革新の機運に満ちた校風。
(今の私たちに、これに抗う術があるのかしら…)
孫権から、荊州攻防戦への援助参戦という名目の書面を預けられるとともに、それとなく洛陽の様子を探ってくるよう命じられた諸葛瑾だったが、果たしてこの有様を感じたまま伝えてしまって良いものか、迷わせるほどだった。
そんな彼女の思索を打ち破ったのは、目の前に呆れ顔をしている赤い髪の少女の次なる一言だった。
「こんなものをわざわざ送って寄越したということは、多分"関羽に手を出すな"といったところで聞かないんでしょうね」
「恐らくは、仰せの通りかと」
赤髪の少女…その蒼天生徒会の覇者・曹操その人の問いに、諸葛瑾は内心の様々な感情を億尾にも出さない涼しい顔でそう応えた。
「…ふぅん…」
その受け答えに何かか感じるところがあったのか、曹操の瞳はにわかに輝いた。
「…ねぇ、この文章書いたのは君?」
「え?」
思ってもみない問いかけに、諸葛瑾は一瞬その問いの意味することを理解できなかった。
だが、すぐにあることに思い至る。
「…いえ、長湖文芸部が副部長・皇象の手によるものです」
曹操の瞳がさらに輝く。
「"湖南八絶"のひとりだよね」
「はい」
「ね、今度こっちに遊びに来るように伝えてくれないかな?」
一瞬呆気に取られ、諸葛瑾は苦笑を隠せなかった。
この才覚に対する貪欲さ…才能のあるものたちと少しでも交わりたいと思うその希求が、曹操という少女の本質であることは彼女にも解っていたが…それでも、彼女は苦笑せざるを得なかった。
「なんでしたら、八絶全員寄越せるよう、部長にお伝えしましょうか?」
「ううん、占いの四人は要らない。文芸の皇象、幾何学の天才趙達、絵画の曹不興、ボードゲームの達人厳武…それと学園都市のジオラマを作り上げた葛衡って娘がいたよね? その五人、今度来るときに一緒に連れて着てくれないかな!?」
「確と、孫権部長にお伝えいたしましょう」
拱手しながら、満面の笑みを浮かべる曹操を見て諸葛瑾は思わずにいられなかった。
(この部分は、恐らく仲謀さんでは一生敵わない部分なのかもしれないわ…)
人材を求め、優れたものに敬意を払う孫権だが、その一方で性格の合わない者を遠ざけようとする一面があることを、諸葛瑾は痛いほどよく知っていた。
今丹陽に追いやられた格好にある虞翻が、仮に曹操の元にいたらどうなるだろうか…
(多分この人なら、巧くその力を引き出せるのでしょうね。郭嘉、程G、賈栩といったそれぞれカラーの違う人たちを受け入れ、その力を十二分に発揮させてきたこの人であれば)
そのことを考えると、少し淋しくもあった。
江陵棟。
執務室の主席に座す長身で艶やかなロングヘアの美少女が、どこか気の弱そうな緑髪の少女を見据えている。
「あなたが新任の陸口棟長ね」
「は、はい…陸遜、字を伯言と言います…以後、お見知りおきを」
言うまでもなく、言葉の主はこの棟の主関羽その人。
その両翼には、左に関平、王甫、廖淳、趙累ら関羽軍団の武の要が、右には馬良、潘濬ら知の要が。
(流石は武神・関雲長というべきだわ…この威圧感、並じゃない)
会見を申し込み、相手の油断を誘うために必要以上に下手に出る陸遜だったが、それを抜きにしても"関羽の存在"が大きな圧迫感として彼女にのしかかってきた。
彼女について着ていた数人の少女達は、一人を除いて真っ青な顔をして震えているが…これほどの威圧感の中ではそれも仕方ないだろう…と思っていた。
「そちらも知っての通り、我々はこれから樊棟の曹仁・満寵を討つ無双の手続きに奔走している真っ最中…何しろ多忙なので十分なおもてなしが出来なくて恐縮だわ」
「いえ、このような席を設けていただいただけでも…その、恐縮です」
だがその最中でも陸遜はその笑み…特にその切れ長の瞳に宿る何かを、見逃してはいなかった。
「もしそちらに助力の要あらば、私たち長湖部も、協力は惜しみません」
「それには及ばないわ。軍備は十二分に整い、我らの力を天下に示すには十分。あなた方長湖部は、あくまで長湖部のためのみに動かせばいいわ。余計な気遣いは無用よ」
深々と頭を下げながら、その笑みの中に、陸遜は関羽の最大の欠点がそこにあることを完璧に見抜いていた。
(この態度…私たちを下風に見ていると言うより、それだけ自分の能力に自身があると言う証拠だわ)
陸遜は尚も冷静に分析する。
(付け入るべき隙は…十分すぎる)
気弱な瞳の中に、一瞬だけ狩人の光を見せる陸遜の変化に、気づくものは誰もいなかった。
「あの呂子明の後任というと、相当に苦労も多いのでしょう?」
「え、ええ…今こうしているのも、その、緊張に耐えません…」
おどおどしているのは芝居のつもりではあったが、陸遜はそれでも関羽の持つ威圧感に圧倒されることを否めずにいた。
「ふふ…そう硬くなることはないわ。私にしても、後方に位置するあなたたちと喧嘩するつもりはないから」
「え…えぇ、そうありたいものです」
精一杯の作り笑いを向け、陸遜は拱手し、退出した。
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