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912:海月 亮 2006/04/13(木) 20:49 「あれが…関羽か」 棟を出て、彼女はひとりごちた。 「でもすごいよ伯言ちゃん。私だったらきっと卒倒してるわ」 ブラウンのロングヘアに、大きなリボンをあしらった少女がため息とともに言う。 「そういうあなた、全然余裕のある表情してたじゃないの、公緒」 「そう?」 公緒こと、烏傷の駱統。先ほどの会見席で、陸遜以外で唯一平然とした顔をしていた少女である。 陸遜の顔なじみであり、陸遜が特にといって自分の副官として求めた人物である。おとなしそうな顔をしているが、その穏やかで人懐こい性格とは裏腹に合気道の達人という長湖部の俊英だ。このおっとりした性格ゆえか、恐ろしく肝が据わっている。 「で、伯言ちゃんはどうみる? 関雲長を実際目の前にして」 「流石に学園の武神と言われるだけあるわ。個人としての威圧感もさることながら、その手足となるべき人物にも英傑ぞろい…正攻法じゃ、正直どうにもならないわね」 まさしく、それは陸遜が正直に抱いた感想である。 「でも…切り込む隙はありそうだよね?」 「ええ。関羽のあの尊大さ…足元を省みないあの性格は、致命傷になるわ」 陸遜は見逃していなかった。 油断なくこちらの一挙一動を見据えながらも、何処かこちらを食って掛かるような目の光を。 「子明先輩の計画では、関羽の"打ち捨てていったすべて"をすべて私たちの武器に変える…あとは、関羽が動くのを待つだけだわ」 陸遜の瞳は、江陵棟のただ一点…先ほどまで自分たちがいた執務室の辺りを見つめていた。 関羽が江陵棟・南郡棟に一部の兵力を残して進発したという報が陸遜の元にもたらされたのは、その翌日のことであった。 陸口の渡し場に続々と集結する長湖部主力部隊。 その喧騒からひとり、呂蒙は対岸の江陵棟を眺めて佇んでいた。 「いよいよやね、モーちゃん」 「あぁ」 孫皎はそのまま、呂蒙の隣、艫綱を結ぶ杭の上に腰掛けた。 「昨日の大雨で、蒼天会が送り込んできた援軍部隊は壊滅…今頃関羽はさらに図に乗って樊棟攻略に躍起になってることだろうな」 「せやけど…曹子考を護りの要とする樊棟はそう落とせるもんやない。今朝入った知らせやと徐晃を総大将とする軍が樊に向けて進発、戦況次第で合肥の張遼・夏候惇の投入もありうる、っちゅー話や」 「…もしかしたら、関羽の本当の狙いはそこにあるのかもな」 「え?」 まじまじと見つめる孫皎に振り返ることもなく、呂蒙は相変わらず一点…江陵棟を眺め続けている。 「まさか…自分ひとりで蒼天会の主だった主将の動きを釘付けにするん…?」 「んや、始末するつもりなんだろう。劉備の北伐の障害にならないように」 「そんな…」 あほな、と続けようとした孫皎の言葉を遮って、呂蒙はさらに続ける。 「このまま放っておけば、やりかねないな。あの関羽であれば…」 色を失う孫皎を他所に、呂蒙はその拳を強く握り締める。 「だから、その前に関羽を叩き潰す。あたしのすべてを賭けて」 「モーちゃん…」 その悲壮とも思える決意の宣言に、孫皎は言葉に詰まった。 もしかしたら、彼女も薄々は感づいていたのかもしれない。 呂蒙がその体の中に、もうその刻限が近づいている時限爆弾を抱えているのではないか、ということに。 (モーちゃん…なんで本当(ほんま)のこと話してくれへんのかは今は訊かんどくで) (うちも友達(あんた)のために、この命預けたるわ) 孫皎の瞳には、まるで呂蒙がその命の灯火を、最後の力で燃えさからせているかのように見えた。 「…うちらには、ただ勝利しか先にあらへん。そういうことやな?」 「あぁ」 ふたりの瞳は、江陵棟の先…今まさに天下の覇権を決めんとする樊棟の決戦場を見ているかのようだった。
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