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924:海月 亮 2006/06/04(日) 21:19 −武神に挑む者− 第一部 >>898-901 第二部 >>909-912 第三部 決戦への秒読み 呂蒙たちが陸口の渡し場から遠くの戦場を"観ている"丁度その頃…虞翻は手筈通り、公安津の留守居を命ぜられた士仁の元を訪ねていた。 (…成る程) 闖入者に対して何の警戒も払わないどころか、こちらを時折伺う視線も無関心そのもの。 その守備隊のかもし出す雰囲気からは、訪れるであろうに未来に絶望しているように虞翻には思えていた。 (……同情したくもなるわね) 天下分け目ともいえるこの機会に背後の守りを任されるのは良いとしても…恐らく此処に残されたものは、"前線にいても無用の長物"というレッテルを貼られて、切り捨てられた者たちであろう。 帰宅部連合がまだ弱小勢力のことから劉備や張飛らと艱難をともにし、奸雄曹操をも虜にした義の人・関雲長。 その裏に隠された関羽のもうひとつの顔を、虞翻は垣間見たような気がした。 (君義の落ち度は、此処まで酷い扱いを受けなければならないほどではないだろうに…ううん、厳粛に取りしまるとのは良いとしても) その返り咲きの機会すら与えない…そんな関羽の冷徹な一面を垣間見た気がして、彼女は何時しか不快感すら覚え始めていた。 いや。 彼女が関羽に抱いた嫌悪感は、既にこうなる前から、持ち合わせていたものだった。 長湖部側から持ち出した親睦の歓談を拒絶し、公式の場で孫権を貶める発言をした…そのときから。 執務室に通された虞翻は、半年振りくらいに会った旧友の表情の変化に、衝撃を受けずに居れなかった。 腕前はともかくとしても、発展途上だった同門の有望株は、少なくとも此処まで覇気のない表情はしていなかったはずだ。 快活で前向きだったその彼女の面影はすっかり消え去り…瞳には絶望と憎悪が渦を巻いているように見えた。 「…あなたの言葉…信じてもいいのね?」 「ええ。ただし、条件があるわ」 既に前もって、文書で双方の意思疎通は図られていたのだ。 「……江陵棟の糜芳、その懐柔が条件よ」 「問題はないわ」 その少女は、虞翻に一通の文書を手渡す。 「我ら二名、および公安津・江陵駐屯軍の末卒に到るまで、あの女に味方するものはないわ…!」 「そう」 虞翻は此処まで自分の思い通りに運ぶとは思いもよらず、苦笑を隠せずにいた。 それから30分後、虞翻の連絡を受けた長湖部の精鋭部隊は、樊で戦う関羽にその動きを悟られることなく公安津への上陸を果たした。 「あんたが士仁だな」 「はい」 呂蒙との面会を果たし、降伏者の礼を取る士仁。 「そんなに堅っ苦しいのは抜きで良いよ。立場が立場だから暫くは肩身狭いかもしれないけど…まぁひとつよろしく頼むわ。これからの戦列に加わって協力してもらってもいいかい?」 「無論。武神などと呼ばれ有頂天になっているあの女に、是非とも一泡吹かせる機会を!」 見つめ返す栗色の瞳の奥には、憎悪の炎が渦巻いているかのよう…呂蒙もまた、虞翻が抱いたのと同じ印象を受けた。 傍らの虞翻に目をやる呂蒙。 「…彼女は私と同流派の使い手よ。先鋒に加えて、彼女やひいては我が流派が蒙った汚辱を晴らす機会を与えてくれれば、私としても嬉しい」 その応答に満足げに頷く呂蒙。 「よし決まりだ。此処の連中もやる気満々のようだし、先ずは関羽攻略に一役買ってもらうとするかな」 「…ありがとうございます!」 初めて喜悦の表情を表し、深々と一礼し退出するその少女の姿を見送り、呂蒙は再び虞翻を見やる。 「…どんなに堅い胡桃の実にも虫が食っていることがあるが…まさにその通りだな」 「そうね」 呟く虞翻には何の表情も伺えない。 彼女としても複雑な気分であっただろう。志は違えたといえど、旧友の弱みに付け込んだ格好になったのだから。 「これで私の役目は…」 「んや、あんたにはもう一役買ってもらわなきゃならん」 「え?」 立ち去ろうとした虞翻だったが、呂蒙は更なる重責を彼女に負わせるべく考えていたらしい。 ふたりがそのあと、何を話していたのか知る者はいない。 唯、以降この陣中に虞翻の名をみることはない。 その後関羽攻略を記した記事の中に唯一つ、虞翻が孫権に問われるまま占いを立て、関羽が彼女の予見したとおりの時間に囚われたことを孫権が称揚した以外には…。
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