下
★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
925:海月 亮 2006/06/04(日) 21:19 陸遜達が夷陵棟に腰を落ち着けて間もなくのこと。 「伯言ちゃ…いやいや、主将、江陵から電報来ましたよ」 「思ったより早かったのね」 大仰に敬礼しなおして部屋に入ってくる駱統の姿に苦笑しながら、受け取った電報にさっと目を通す。幼馴染であったゆえか、陸遜は駱統にこういう茶目っ気があることを良く知っていた。 「ところで公緒、周辺の状況は?」 「とりあえず宜都、秭帰、巫の各地区に散在する小勢力の制圧は完了してるわ。此処も元々少人数しか残ってなかったからさしたる抵抗もなし。一先ず任務完了ってとこかな」 そう、と一言呟くと、 「じゃあ私も最後の仕上げにかかるとしますか…軍団のうち、300を率いて関羽包囲に加わるわ。暫定的な軍編成はここに書いたとおりに、あなたに一任するわ」 手元の書類を封筒にしまいこんで、駱統に手渡した。 「ねぇ、伯言ちゃん」 退出しようとする陸遜の背に、駱統は問いかける。 「伯言ちゃんは、これが終わったらまた、元のマネージャーさんに戻るの?」 「…そういう、約束だからね」 そのまま振り向こうともせず、陸遜は「後はよろしくね」と一言残して、その場を後にした。 その場に取り残された格好になった駱統は暫くその場に突っ立っていたが… 「……惜しいなぁー」 と一言呟き、主のいなくなった部屋のソファーにひっくり返った。 江陵陥落から間もなく、その陣中には長湖の精鋭軍を引き連れてきた孫権の姿があった。 江陵にて後方守備軍に睨みを利かせていた潘濬は、江陵をあっさりと占拠されたという事実を恥じ、寮の一室に閉じこもっていたが、孫権は呂蒙の進言にしたがって彼女と直接面談し、その協力を仰ぐことに成功した。 余談ではあるが、孫権はこのとき、布団から出たがらない彼女を、布団ごと担架に乗せて連れて来させたらしいという噂もあったという。孫権を快く思わないか、潘濬の節度を惜しんだか、あるいはその両方を持ち合わせている誰かが、そんなことを言い出したのだろう、ということだった。 それはさておき。 「ボクとしても本気で帰宅部連合と事を違えるつもりはない。そもそも荊州は長湖部が帰宅部連合に貸与したものであって、しかも境界線を犯して備品を強奪するということ事態が言語道断のはず」 執務室で、潘濬を前にして険しい表情の孫権。 潘濬はあくまで無言だった。備品強奪の件についてはまったく彼女の与り知らぬ事であり、そもそもそんな事実が存在したのかどうかすら知る術がなかったからだ。 実際、関羽は于禁率いる樊棟救援軍を壊滅させると、そこで軍備不足となったため、夷陵棟から追加兵力を導入する際に湘関にある長湖部カヌー部のカヌーを無断で使用し、挙句に戦場にまで持ち出したままになっている。 危急の事態とはいえ、あまりに言語道断な話である。仮に関羽の指示ではないとはいえ、その卒に至るまでが長湖部という存在を下風に見ていたという証左だ。 そのことを聞かされた潘濬も(あぁ、そのくらいは仕出かしているだろうな)くらいのことは考えついていた。 関羽の独断専行は今に始まったことではない。現実に関羽は荊州学区における裁量の総てを帰宅部連合の本部から一任されており…そもそも今回の樊攻めも関羽自身の判断において実行されたものである。そこに潘濬や馬良、趙累といった関羽軍団の頭脳集団にその実行の審議を求めた形跡もなく…あくまで彼女の裁定に従い、各々与えられた職務を全うすることだけが求められた。 現実、関羽の裁定に非の打ち所がなかったことも確かだ。蒼天会との戦線を開くには、蒼天会が漢中アスレチックを放棄したこのタイミングをおいて、他にない。唯一懸念があるとすれば、関羽の"馴れ合い拒絶"に心中穏やかならぬはずの長湖部の動向のみだが、その主力はあくまで合肥に釘付けになっているはず…。 彼女にとっての大きな誤算は、やはり士仁や糜芳といった不平分子が予想外に多かったこと、そして、何よりもこの南郡という場所に対する長湖部の執念だろう。 彼女は孫権の表情から、単に関羽の言動に対する衝動的な感情だけで動いたのではないことに、気がついていた。 「貸主が借主の非礼に対し、相応の行動をとったということ…そのことを伝える使者に、キミに立ってもらおうと思う」 「…何故…私に?」 降伏組なら士仁や糜芳もいるし、使者として立つべき人物は長湖部員にも多くいるはず…特に士仁らの調略に関わった虞仲翔など、その際たるものであるのに…あるいは、やはり降伏者である自分への踏み絵とでも言うのだろうか。 その考えを読み取ったかどうか。 「…キミはここにいる中では、一番関雲長に対して敬意を払っている…そういう人になら、ボクの思うべきところをちゃんと彼女に伝えられると思ったからだよ」 そういって、孫権は微笑んだ。 その微笑みに、潘濬は関羽同様、孫仲謀という少女の器の大きさを見誤っていたことを思い知らされた。 (…そうか…最大の敗因は、私達の認識不足だったということか…) 彼女はこのとき初めて、決定的な敗北感を味あわされたような、そんな気がしていた。 その使者の命を拝領して、彼女が関羽の元へ出向いたのは間もなくのことだった。
926:海月 亮 2006/06/04(日) 21:20 「…実にいい風じゃないか」 戦場に近いクリークの上。 その行動開始時間を水上で待つ蒋欽は、遠くその"予定地点"を眺めながら、そう呟いた。 銀に染めた髪を無造作に束ね、腰にはジャージの上着と共に鉄パイプを括り付け、威風も堂々と立つその姿は…かつて湖南の学区を我が物顔に支配していたレディース"湖南海王"のヘッドを張っていた彼女そのままだった。 「これから何か起こるにしては、なんとも拍子抜けじゃねぇか?」 「あたしにゃそう思えませんけどねぇ」 答えるは、傍らに座る、どんぐり眼で赤髪の少女…吾粲。 舳先に座っている所為以上に、元々大柄の蒋欽と小柄な吾粲の身長差は40センチ以上あるため、吾粲の姿は余計に小さく見えた。 「これから始まるのは、まさしく学園勢力図の情勢を一変させる戦いですよ? むしろ、この静けさのは不気味でなりませんよ」 「…そうともいえるな」 吾粲の表情は硬い。蒋欽にも、その理由は良く解っていた。 彼女達がこれから相手にするのは、学園最強の武神と名高い関雲長。 夏に戦い、結局打ち倒すことの叶わなかった合肥の剣姫・張遼と比べても決して劣らない…いや、今の学園内において、下馬評によれば関羽の将器は張遼を大きく上回るとさえ言われている。 (そんなバケモノじみた相手に、果たして長湖部の力は何処まで通用するのか…?) 長湖幹部会でも危惧されてきたことだが、前線に立つ命知らずな長湖部の荒くれたちにも、その懸念がないわけではなかった。 いや、むしろ実際前線に立ち、数多の戦いを経てきた蒋欽らのほうが、むしろその思いを強く抱いていたに違いない。 「…なぁ、孔休」 不意に名を呼ばれ、自分の頭のはるか上にある蒋欽の顔を見上げる吾粲。 「あたしはこの戦いで飛ばされるかもしれない。飛ばされないかもしれない」 その表情は、一見普段とまったく変わらない様に見える。 しかし吾粲には…その黄昏の陽を背にしている所為だったのかどうか…何処か悲壮な決意に満ちたもののように感じられていた。 「どんな結末になろうとも…必ず関羽は叩き潰す。そのために必要な力が足りないというなら、その不足分はお前の脳味噌で補ってくれ」 「…言われるまでもないですよ」 それきり、ふたりが目を合わせることはなかった。 暮れ行く冬の夕陽を浴びながら、その眼はこれから赴く戦場…その一点だけを見据えていた。 日が暮れかけてきたころ。 江陵からは孫権、呂蒙、孫皎を中心とした千名余の長湖部主力部隊が、夷陵からは陸遜率いる三百名が、臨沮には潘璋、朱然らの率いる五百名が、そして柴巣からは湘南海王の特隊を含む千名が、それぞれ行動を開始していた。 江陵陥落の報を受けた関羽が、漸くにして事態を確かめるために南下してきたのだ。その勢はおよそ五百、僅かに関平、趙累ら一部の旗本を引き連れて。 「こいつぁ大仰なことになってきたなー♪」 臨沮駐屯軍の先頭に立ちながら、ぼさぼさ頭を無理やりポニーテールにしている少女…潘璋が嬉々として言う。 「でも先…主将、いくらあの武神が相手とはいえ、相手五百に対してうちらその何倍で囲んでるんですか?」 それに併走しながら、狐色の髪をポニーテールに結った小柄な少女が問いかける。 少女…丁奉の言葉には、わざわざ関羽一人葬るために、長湖部の全力を傾ける必要があるのか、という不満も見え隠れしていた。 言い換えれば、関羽一人をそこまで恐れなければならない、その理由が理解できなかった。 潘璋は苦虫を噛み潰したような表情で「けっ!」と一言吐き捨てる。 「寝言は寝て言いな承淵! 相手は学園最強の武神サマだ、十倍投入してもお釣りなんか多分でねぇ!」 そして、なおも何か言おうとする丁奉の言葉を遮り、 「…確かに関羽を恐れないものはいねぇ。だがな、だからこそ今全力をかけて、ヤツを叩き潰さなきゃならない…! アイツは事もあろうに、公式の場で長湖部を…あたし達が背負ってきたものを侮辱したんだ。その落とし前もつけさせてやらなきゃなんねぇんだよッ!」 珍しく真面目な顔で言い切った。 これには丁奉も納得せざるをえない。いや、むしろ彼女にも痛いほどよく解った。 彼女達が守ってきた長湖部の名…それを背負う孫権を、わざわざ公的な場で「門前を守る犬にも劣る」と言い放った関羽。孫権に対する侮辱は、孫権に見出されて世に出た彼女達に対する侮辱でもある。 「今のあたし達には、武神に対する恐怖なんかねぇ…あの高慢ちき女に一泡吹かしてやろうってことしか頭にないんだよ!」 「…心得違いでした。あたしも、及ばずながら!」 「おうよ、期待してるぜぇ! あんたもなっ!」 その答えに、普段のふてぶてしい表情に戻って、口元を吊り上げる潘璋。その傍らにいたもう一人の少女も無言で頷いた。 それは紫のバンダナを銀髪の上に置き、そこからはみ出した前髪から、僅かに深い色の瞳が覗いている…不思議な雰囲気を持つ少女であった。 丁奉はその少女…といっても、恐らくは彼女よりもずっと年上なんだろうが…の姿に、ほんの数時間前初めてであったときのことを思い出していた。
927:海月 亮 2006/06/04(日) 21:20 ほんの十数分前、益州学区に程近い臨沮地区へ向かおうとする潘璋を呂蒙が呼び止めた。 「実はなぁ、この娘をあんたの軍団に加えて欲しいんだ」 「えー?」 呂蒙が連れてきた少女こそ、件の少女…馬忠である。 既に戦闘の段取りを組み終えたところで、逆に新たな人員を加えることは、組み上げた段取りを再構築しなければならないことを意味する。潘璋の不満げな反応も、至極当然のことだが…呂蒙の熱心な説得に潘璋が折れ、その少女は丁奉に指揮を一任されている銀幡軍団に預けられることと相成った。 話によればこの馬忠、どうも何らかのトラウマがあって、それ以来言葉を失ってしまったということだった。その代わりといってはなんだが、武術の達人であり、関羽に対してもかなり一方ならぬ感情を持っているという話だった。 挨拶を求めても、そっけない感じで会釈を返しただけで軍団の最後尾に引っ込んでしまったその少女を目で追いつつ、丁奉は呟いた。 「なんだか、とっつきにくそうな人ですね…」 「あぁ。しかも偶然とはいえ、あたしとまったく同姓同名だ。ちっと呼び分け考えてもらわんとなぁ」 「え?」 丁奉の傍に、少し柄の悪そうな金髪の少女が苦笑している。 彼女は銀幡軍団のナンバーツーにあたる、阿撞と呼ばれている少女だった。甘寧療養中の銀幡軍団の実質的なまとめ役であり、丁奉のサポート役でもある。 「なんだ承淵? まさか"阿撞"ってのがあたしの本名だと思ってたんじゃないだろうな?」 「あ…いえ、その」 年季の入った百戦錬磨のガンに、慌てる丁奉。 「そりゃあんた、まったく本名の話してなかったくせにそれはないやろ」 流暢な関西弁を喋る少女が助け舟を入れる。銀幡のナンバースリー、暴走した甘寧を止められる数少ない存在の一人である蘇飛である。 「そういううちも、話してなかったしな。堪忍な」 「ち、阿飛、あんたばっかいい方に廻るな」 固まったままの後輩の肩を叩きながら蘇飛が笑い、つられる様にして阿撞…馬忠も笑う。 「阿撞ってのは、あたしがピンでやんちゃやってたころの通り名でね…リーダーに拾われたあとも、面倒くさいからそのまま通してるのさ。まぁ名札なんてのも普段付けねーし、クラスどころか学年も違うから知らなくて当然だよな」 はぁ…とあっけにとられた感じの丁奉。 「まぁ別にええんやないの? あの娘は馬忠でええやろし、あんた呼ぶときは阿撞せぇばええわけやし」 「てきとーいってくれるなオイ…一応親からもらった名前だぞ?」 けらけらと楽しそうに笑う蘇飛と、苦笑する馬忠。 そんな先輩ふたりのやり取りを他所に、丁奉は何故か"もうひとりの"馬忠が気になっているようだった。 その容姿、仕草…そしてその雰囲気は、何処か自分の知っている人物に酷似している様に思えたからだ。後に近い将来、共に長湖部を支えていくことになるある少女…いや、正確に言えば、それと縁のある人物に。 「どうかしたのか?」 「あ…いえ、別に。行きましょうか」 自分よりはるかに年上のヤンキー軍団と、その寡黙な少女を促して、移動を始めた潘璋軍団の後尾につきながら、 (…まさか…ね) 彼女は頭を振り、その考えを否定した。 彼女の記憶にあるその人物は、決して戦陣に立つイメージは思い浮かばなかったからだ。 丁奉の思索を打ち破ったのは、突如耳に飛び込んできた怒号。 時刻にして五時半を少し周っていたが、冬という季節がら既に日は落ち、彼女達の目指す先には明かりが見て取れる。 街灯の明かりばかりではなく、この時間の戦闘になることを見越して持ち込まれた照明機材の光で、そこだけ昼間の如く明るくなっていた。その燭光で、暗がりからの攻撃をカモフラージュする意味もあった。 言うまでもなく、そこが関羽包囲網の最終ポイント。少女達が目指す場所でもあった。 「…よし、大魚は罠にかかった! 承淵、あんたは銀幡軍団とその無口ねーさん引き連れて義封と後詰めにつきな!」 そして、目指した最終戦場を見渡せる高台に軍団を展開させる潘璋。 「先輩は!?」 「このまま公奕ねーさんの軍と挟撃かける! あんたたちは包囲を完璧にして、アリの子一匹通すなよ!」 「はいっ!」 その丘に帰宅部勢と長湖部勢の激突を、そして丘の対岸に蒋欽の姿を見て取った彼女は、思い思いの獲物を手にして戦闘準備を整えた子飼いの軍団に檄を飛ばす。 「決死鋭鋒隊、あたしに続けッ!!」 潘璋を戦闘に、怒号と共に雪崩を打って駆け下りる鋭鋒隊。 時を同じくして、対岸から戦場へ雪崩れ込む蒋欽軍団。 そして、関羽の正面から姿を現す呂蒙率いる長湖部本隊。 (多勢に無勢…どう考えても逃げ道はない…でも…) その光景を、彼女は取り残されたその場から遠く眺めながら。 丁奉は、戦場の中央で沈黙を守る関羽の姿に、形容しがたい不吉ものを感じていた。
928:海月 亮 2006/06/04(日) 21:27 実に一ヵ月半ぶりだぜイエー!\(^0^)/ そして振り返ってみたら関羽サイドの話がまったくありません>< 次の話はそこら辺少し触れることになるでしょうけど、そんなに深くは突っ込まないかもしれません。 >弐師様 罠キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!(何 結末を知っているとはいえ、そこにいったいどんなドラマが待ち受けておるのか楽しみなおいらがいます^^^ くそうもっと早く読んでおけばよかったぜ…><
929:北畠蒼陽 2006/06/11(日) 23:49 「これは……渡すわけにはいかへんのですえ」 「貴女の想いに関わらず、それは失われるわ」 ある一室に2人の少女が対峙する。 ドアを背にした白髪の少女が『それを渡せ』とでもいうように左手を前にして一歩近寄る。 窓を背にした黒髪の少女が自分の胸元の……その手の中にある蒼天章をかばうように二歩後ろに下がった。 罪と云う名の物語を背負って 廊下を1人の長身の少女が全速力で走っていた。 走るごとにポニーテールが上下に揺れ、流れる汗も視界を妨げる。 それでも彼女は走っていた。 そして…… 「皇甫嵩さん! 廊下は歩いてください!」 目的である部屋にようやくたどり着く、そのときに少女を……皇甫嵩を妨げた少女。 この年齢の少女にしては平均身長をはるかに下回るだろう。長身の皇甫嵩からは見下ろすほどに小さい…… しかしその両の腕を横に伸ばし、ここから先には進ませないという気迫を放つ。 「……っ!」 皇甫嵩は足を止め憎憎しげにその小柄な少女……士孫瑞を睨みつけた。 「なんで貴女は……そうやって……」 黒髪の少女が白髪の少女に声をかける。 その声に滲み出るのは悲しみの感情。 白髪の少女は……なにも答えない。 「士孫瑞……貴様ら、自分がなにをやっているのかわかっているのか」 額を流れる汗を手の甲でぬぐい皇甫嵩は士孫瑞に憎悪すらこもった視線を向ける。 「貴様らがやろうと思っていることが……どんな影響を及ぼすか考えたことがあるのかッ!」 怒声。 それでも士孫瑞は腕を大きく横に広げたまま、皇甫嵩を睨みつける。 「私はあの人に救われたことがある。今度は私があの人を救う番だ。ここは通してもらうぞ」 皇甫嵩の気が膨れる。 戦場を長らく駆け回ったものだけが発する闘気ともいうべき波動。 士孫瑞はそのあまりのプレッシャーに眉を歪め…… 眉を歪め……それでも2歩だけ後ろに下がって……まだ両の腕を大きく横に広げていた。 「ここは……通しません……」 皇甫嵩は鼻で大きく息を吐く。 「……死にたいのか、貴様」 澄み渡る皇甫嵩の闘気に……士孫瑞はもう下がらない。 「そんな……貴女1人が罪を被る必要はないはずや……それなのに……なんで……」 黒髪の少女は自分の制服の胸元を握り締める。 その拳の中にあるものを渡してしまったら……そのときは…… 「?」 皇甫嵩がきょとんとした顔でたたらを踏んだ。 「士孫……瑞?」 冷や汗すら流し、ずっと歯を食いしばって耐えていた士孫瑞が…… 皇甫嵩を平手で打った。 もちろん皇甫嵩にとってその一打で判断が鈍る、ということはない。 だが…… 「なめるなよ、戦争屋ッ! こちとら蒼天会の中枢で官僚を務めてんだッ!」 ずっとあの女の腰巾着だと思っていた小柄な少女の反駁に…… 皇甫嵩はわかってしまった。
930:北畠蒼陽 2006/06/11(日) 23:50 「うちはトぶのが怖いんちゃいますえ……貴女が失われるのが、その覚悟がなにより怖いんや! そうでしょう……答えてや、子師はん!」 子師……王允に呼びかけるその声。 「蔡ヨウさん、貴女の蒼天章を奪うことはあなたに対して悪いと思う。でも私にはそれしか思いつかなかった」 王允は黒髪の少女、蔡ヨウの名を呼び、また一歩近寄る。 「呂布は……学園史に残したくもない、ただの猛獣だ。私はあの魔王、董卓を排除するためとはいえあのような者と手を組んでしまったのです」 私の手は汚れている、と自嘲する風すらなく言い放つ王允。 「さらに私がここで貴女を……名図書委員たる貴女をトばせばさらに私の悪名は高まる。そのときこそ……悪逆非道たる私と呂布をトばした人間を英雄として学園史は迎えてくれることだろう」 自分が悪名を高めれば高めるほど、それを倒すものは祝福とともに迎えられる。 蔡ヨウはいやいやするように首を振る。 「子師はんがその猛獣を御せばえぇ! 貴女にはそれだけの力がある!」 「残念ながら……」 王允は蔡ヨウの言葉に……初めて自嘲の笑みを浮かべた。 「私の器はあの魔王よりも下だよ。魔王すら御し切れなかった猛獣は私の手には余る」 「あんたたちは……王允もあんたもそれでいいのか!」 10年も20年も…… ずっと学園史の闇の部分を背負って…… 生きていくというのか。 皇甫嵩は震えながら口を開く。 歴史に残る消せない汚名……それは死ぬよりも苦しいことなんじゃないだろうか。 「正直ね、怖いよ。いやだよ、私だって」 皇甫嵩の頬を打った右手が痛むのだろう、左手で押さえながら士孫瑞はそれでも皇甫嵩から視線をそらさずに言い放つ。 「でもね、嫌われるから官僚なんだ! 嫌われない官僚になんの価値がある!」 「……なにか私にできることは?」 皇甫嵩の言葉に鼻で笑い飛ばす士孫瑞。 「ここは官僚の戦場だ。戦争屋はすっこんでろ」 士孫瑞の言葉に……皇甫嵩はその小柄な体を強く抱きしめた。 「……あんたも……王允も本当にバカヤロウだ」 士孫瑞はその言葉に微笑みすら浮かべる。 「皇甫嵩さん、貴女は朱儁さんや丁原さんや盧植さんと一緒に卒業するって、そう約束してるんでしょう? 私たちにとってね、それが守られることがなによりも嬉しいことなのよ……私たちは卒業式に出ることはできないけど……約束して。ちゃんと4人そろって……私たちのかわりに卒業してくれる、って」 「約束する。約束するさ……」 「蔡ヨウさん、別にあなたにはなんの恨みがあるわけじゃない。ただ正義という名前の旗印として適当だったというだけ。だからとばっちりで蒼天章を奪う私のことをどれだけ恨んでくれてもかまわない」 「恨めるわけ……あらしませんやんか……」 王允は蔡ヨウの胸元に……蒼天章に手を伸ばす。 蔡ヨウは抵抗をするが……それはもはや形だけのものに過ぎない。 「本当に……ごめん」 王允の言葉とともに蔡ヨウは蒼天章を失った。
931:北畠蒼陽 2006/06/11(日) 23:50 あらぁー? 何ヶ月ぶりでしょう? 何ヶ月ぶりでしょう! ごめんなさい。さぼってました。うひぃ。 ってわけで王允話です。うひぃ。 ……なんだこの話。 >教授様 あふん、萌えが書けない私にとっての癒しは他の方々の書かれる物語です。あふんあふん。諸葛亮えぇわぁ(笑 >弐師様 おぉ〜ぅ、戦場の緊迫感とか、いいじゃないすかいいじゃないすか〜。 続きー続きー。楽しみにしてますねん。 >海月 亮様 ぬぬ……虞翻さんが動いておるよ?(笑 関羽が神になっちゃっただけに呉ビジョンでの征関ってあんまないと思うんで純粋に楽しませてもらってますよん。 たーのしみー。
932:冷霊 2006/07/25(火) 15:20 壱:885 弐:895 参:896 葭萌の夜〜白水陥落・肆〜 夕刻・白水門にて。 「ったくあの馬鹿!大事なときに限っていっつもアイツは……!」 「お、落ち着いて下さい!まだそうと決まったワケじゃ……」 「わかってる!そんなことあってたまるかっ!」 ガンと門柱を殴りつける。 「……っとゴメン。劉闡に当たっても仕方ないか……」 約束の時刻、白水門に楊懐の姿はなかった。 あたりにいた生徒の話だと、楊懐らしき人物が葭萌へと向かったらしい。 一人で行くということが何を意味するかよくわかっているつもりである。 「あたし行ってくる!」 「こ、高沛さん!? 行ってくるって……白水門はどうするんですか!?」 「劉闡!後は任せたっ!」 「はいっ!……ってええっ!!」 驚き顔の劉闡を尻目に、高沛は駆け出していた。 後ろを振り返りもせずに。 「高沛さん……ちょ、わ!私も行きますっ!」 劉闡も慌てて棒を握り締め、高沛の後を追う。 血の滲んだ門柱を夕日が照らしていた。 三年前、益州校区に来たばっかのあの頃、あたし等は南陽から流れてきた連中の面倒を任されていた。 あたしは特別な腕が立つわけでも、優れているわけでもなかった。 けど、君郎さんはそれでもあたし等に益州校区のことを任せてくれた。 君郎さんの考えは今でもわからない。でも、楊懐と決めたんだ。 君郎さん……いや、益州校区の皆を一つにしようって。 皆で楽しめる何かを見つけようって……。 ふっと考えが途切れる。 目の前に見えてきたのは葭萌関、その傍らには幾人かの姿があった。 「劉備……」 足を緩め、ゆっくりと立ち止まる。 「高沛はんに劉闡はん、三分遅刻やでー?」 劉備が妙に明るい声で声をかける。 「は?劉闡?」 高沛が訝しげに後ろを振り返る。 するとそこには…… 「遅刻のことは……申し訳……ありません……」 劉闡がいた。 いつもより少しだけ険しい表情で。 「楊懐さんは……楊懐さんは何処ですか!?」 「劉闡……ついて来ちゃったかー……」 高沛の横を通り過ぎ、劉闡はよろよろと劉備へと歩み寄ろうとする。 「劉備さん!答えて下さ……い?」 尚も進もうとする劉闡を、高沛は片手で静止した。 「ああ、そのことに関してなんやけどちと困ったことがあってなぁ……」 劉備が少し眉をひそめる。 「困ったこと?」 「そうさね」 ホウ統が小さく頷いた。 「先程、楊懐さんが劉備さんに挨拶に来たんだけど、話の途中で武器を持ち出しちまってねぇ……」 軽くホウ統が頭を掻く。 「よ、楊懐さんが!?楊懐さんがそんなこと……」 「おっと、話はまだ終わっちゃあいないよ」 劉闡の言葉を遮り、ホウ統は言葉を続ける。 「それでウチの劉備さんも仕方なく応戦したんだけど、結果として楊懐さんの階級章を奪っちまう形になっちまったんだよ」 傍らの劉封が持っていた包みを開けた。 そこにあったのは階級章と対の短杖。 高沛には一目でそれが楊懐の物だとわかった。 「そこでだ。この事をウチが不問にする代わりに……」 「白水門の軍を寄越せっていうんでしょ?」 高沛が口を開いた。 「寄越せだなんて言い方が悪いねぇ。張魯対策に人が足りないから貸して欲しいだけさね」 「一緒のことです!高沛さん、何としても楊懐さんのもごっ!」 劉闡の口を手で塞ぐ。 「劉闡……自分がタマの妹ってこと、忘れないで」 高沛はぐっと一歩だけ前に踏み出した。 「劉闡。タマにこのことを伝えて」 「え?で、でも私も……」 「くどいっ!急いでっ!」 高沛が叫ぶ。 「……わかりました。高沛さん……どうか御無事で」 「りょーかい!」 劉闡の声に高沛はいつもの明るい声で答えた。 「いいのかい?行かせちまって」 「構わへん、元々頭数は負けとるんや。それにウチにはあんさんがおるやないか」 「へえ、評価してくれるとは嬉しい限りだね」 ホウ統がニッと笑い、そして高沛へと向き直る。 「劉備。アンタがタマを裏切ろうが益州校区を狙おうがしったこっちゃない。大体タマったら周りの意見に左右されるわ、競争心の欠片も無いわ……はぁ〜」 眉を顰め、大きく溜息を付く。 「ははは、せやろな。一月も滞在しとったらわかるわ、そんくらい」 劉備も笑い飛ばす。 「それでもあたしの友達なんだよね。タマも楊懐も」 高沛がぐっと拳を握り締める。 「だからあたしから喧嘩売らせて。買ってくんない?」 「ああ、ええで」 劉備が深く頷いた。 その口元から笑みが消える。 「りょーかい。ふぅ……」 高沛が息を吸う。 「益州校区が主、劉季玉が臣にして友!高沛参る!」 朗々とした、それでいて真っ直ぐな声が響く。 高沛は劉備に向かって駆け出した。 少しだけ高い聞き慣れた声。 何度も聞いた声。 劉闡はその声を背に受けつつ、只管に駆けていた。
933:冷霊 2006/07/25(火) 15:30 うは、気が付けば四ヶ月ぶりですね。 御無沙汰しておりました冷霊です。 さーて、就活頑張らねばー(苦笑) 迷った挙句、こういう形となりました。 ホウ統の評では楊懐は名将、高沛は配下が強兵とされてましたので、こんなカンジだったのかなと。 まあ、策を弄するよりは真っ直ぐ突っ込む方が高沛らしいかなと思いまして。 劉闡については、一緒に捕らわれたのか脱出したのか結局わからずぼかしました…… 何処かに表記ありましたかねぇ?(w; でも、一緒くたにされがちな楊懐と高沛が、それぞれ少しでも生き生きと表現出来てたらなと嬉しく思います。 さて、一段落付いたら溜まってる分を一気に読んでしまいたいなぁと思っております。 葭萌関やフ水の攻防も書いてみたいなぁと思いますし。 それでは暑さにお気をつけてー。 冷霊でした。
934:弐師 2006/07/29(土) 20:08 その報告を聞いたのは、あらかたの仕事を片づけて、もう休もうかとしているときだった。 越ちゃんが、飛ばされた。 すぐに私は、伯珪姉のいる棟長室へ向かった。途中で同じく報告を聞いたという単経ちゃん、田揩ちゃんと合流することが出来た。 棟長室の前へ辿り着く。少し息が上がっている、それほどまでに焦っていたのか。 少しためらいつつもドアを開く。いつもと変わらない部屋の中、ただその部屋の主だけが常ではない。 手を組み、目を堅くつぶり、近寄りがたいほどの怒気を発している。 背筋がぞくっとする。こんな伯珪姉は今までに見たことがない。 伯珪姉が口を開く、いつもより声のトーンが低い。 「来たか・・・では、行くぞ」 え? 行く? 何処に? 誰が? 何のために? ・・・思考回路が上手く働かない。自分自身焦っていることもあるが、あまりにも言葉に脈絡がない。 だが、唖然としている私達を置き去りに、伯珪姉は棟長室を出ていった。私は急いでその後を追いかける。 「い、行くって何処へですか!?」 「範、あまり愚かなことを聞くな、袁紹の元に決まっているだろう?」 そう答えながらも歩く速度はゆるめない、私の方など見ようともしない。その長く美しい髪をたなびかせながらどんどん歩いていく。 止めようと、袖をつかみ、言葉をかける だけど、私では止められない・・・今の彼女の視界に、私は入っていない。 今の伯珪姉は、袁紹しか見えていない。 その時、廊下の向こうに一人の少女の姿が見えた。廊下の真ん中に、伯珪姉の行く手を遮るように立っている。 ――――――――厳綱ちゃん・・・! 「おや・・・棟長、何処に行かれるのです?」 言葉自体は丁寧だが、厳綱ちゃんの声はどこか挑発しているようだった。 そんな彼女を、伯珪姉は押しのけようとする。 「どけ、邪魔だ」 「ふふ・・・ずいぶんと冷たいじゃないですか」 そう言い返しながら、彼女は決して道をあけようとしない。 見てるこっちがひやひやさせられる。伯珪姉はかなり苛立っているようだ。 「聞こえなかったか?邪魔だと言っている」 「何と言われようと此処を退くわけには行きませんね。越のためにも・・ね」・ 「そう言うなら、何故邪魔をする?私はこれから袁紹を討ちに行こうとしているのだが・・・」 「・・・復讐は、完全に行われなければならない。それが私の持論です」 「・・・」 「あの袁紹を、完全に、完膚無きまでに、徹底的に撃ち破り、屈辱の底にたたき込んだその時に、私は復讐が完遂されると思っています。今は、まだ機が熟していない・・・私はそう思いますが」 無言。 二人の視線がぶつかり合い、火花を散らす。 どちらも退かない、真っ直ぐに相手を見据える。 暫く続いた沈黙は、伯珪姉によって破られた―――――――― 「――――――――ついてこい、厳綱。これから棟長室で会議だ、お前も出ろ」
上
前
次
1-
新
書
写
板
AA
設
索
★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★ http://gukko.net/i0ch/test/read.cgi/gaksan2/1013010064/l50