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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
955:北畠蒼陽 2006/09/20(水) 05:07 学園史を彩った猛獣、呂布がトんだというニュースは瞬く間に学園中を駆け巡った。 その存在の巨大さは誰もが知り、そして誰もが少なからず影響を受けた。 そえはもちろん彼女に近しかった者たちにも…… 猛獣の系譜 山中を3人の少女がこわごわと歩を勧めている。 「ね、ねぇ……ここはやばいって」 「う、うん……ねぇ、帰らない?」 後ろを歩く2人が前を進む1人に向かって声をかける。 後ろを行くのは宋憲、侯成。 前を行くのは魏続。 呂布を裏切った、という悪名の果てに彼女たちはこんな場所にいた。 こんな場所…… 青州校区、泰山…… 学内において神聖とされる山中に呂布亡き後、立てこもり頑強に抵抗する少女がいた。 少女は呂布の乱の際に呂布に味方し曹操に幾度となく痛い思いをさせ、乱終結後、曹操はその少女に賞金までかけ自分の前につれてくるよう命令した。 その少女を臧覇という。 「わ、私だって怖いんだからそんなこといわないでよ……」 泰山は臧覇のホームグラウンドであり、彼女は一時期この山を拠点とし暴れまわっていた。 自分たちがこの山中に侵入していることなどすでに察知されているだろうし、だとすればいつ何時どの瞬間に襲い掛かられても自分たちはなんの対処もできないだろう。 それでも…… 「でも……臧覇さんに会わなきゃいけないんだから……がんばろ?」 「う、うん」 気丈な魏続の言葉に頷く宋憲と侯成。 呂布軍団の中核にあって、その力が最大限に発揮させた少女たちにとっても、この臧覇のテリトリー……結界と言い換えてもいい……の中で出し切る自信はない。 「そうかい。臧覇さんに会いたいのか」 どこからともなく声……3人に緊張が走る。 聞かれていたッ!? そう認識する間もなく3人の周りを集団が取り囲んでいた。 集団の先頭にいるのは……見たことがある。臧覇の腹心である孫観や呉敦である。 「……すでに囲まれていた……?」 「そうとも、すでに囲んでいた。あんたたちは捕虜、ってわけだ……臧覇さんには合わせてやる。あの人が気に入ればキズモノにならずにすむだろーよ」 呉敦の言葉に呂布軍団時代とはまったく違う不気味な集団に3人は冷や汗を流した。
956:北畠蒼陽 2006/09/20(水) 05:07 「なんだ。誰かと思えばお前らか……」 くだらなさそうに臧覇が吐き捨てる。 3人はロープで縛られ、臧覇の前につれて来られていた。 臧覇は顔の前に指を組んで、あまりにも面白くなさそうに3人を見つめる。 「一応聞いてやる。なんの用だ?」 言外に『下らないことを言ったらぶっとばす』という言葉を滲ませつつ臧覇が問いかける。 黙りこくっているわけにもいかない。 「こ、降伏を薦めにきました。曹操さんは寛大な処置を約束してらっしゃいます」 宋憲が口を開く。 「あははははははははははははははははは!」 臧覇が言葉を聴いた瞬間、笑い始める。そしてたっぷり10秒笑い…… 「お前ら好きにしろ」 周りのガラの悪い連中に声をかけ、椅子から立ち上がる。 「わ、わー! ちょ、ちょっとまってください! 言葉が足りなかった! すごく足りなかったです! まーじーでー!」 一斉に立ち上がったガラの悪い連中を引き止めるように魏続が声を上げる。 「なんなんだ、お前ら。裏切り者のクセにのこのこやってきてんじゃねー。私に会っただけでもありがたいと思ってここで埋まってろ」 3人が一瞬目を交し合い、仕方なさそうに侯成が口を開く。 「確かに私たちは裏切り者って呼ばれても仕方ないです。というか実際そうですから……でももう一度同じ機会があったとしても、私は呂布を許さないです」 胡散臭そうに片眉を上げる臧覇。 「……でも信じてほしいのは……私は……私たちはみんな呂布軍団が最強だと信じて戦ってた、ってことです。たとえ曹操さんが相手だろうと負けるなんて1%たりとも考えもしなかった」 あの人は結局器じゃなかったんですけどね、と首を振る。 「だから裏切りました。あの人は最強の座から自ら降りてしまったのだから……でもあの人を最強と思った気持ちは死んでない。それは私たちや、文遠や……そして臧覇さんの中にも生き続けているはずです」 「だから最強の遺伝子を……私たちが半ばで奪ってしまったあの人の、かつてまぎれもなく最強だった気持ちだけを残していきたい……この泰山にいたらそれを残すこともできないんです」 3人はかわるがわる臧覇に言葉を投げかける。 それは明らかに足りない言葉ではあったが、それでも臧覇の気持ちを動かすのに十分な力を持っていた。 「……曹操は最強を語るに足るか?」 「十分です」 臧覇の問いに魏続が即答する。 最強を夢見る遺伝子は生き延びていく。 彼女たちがいなくなっても、次の世代に伝わっていくだろう。 それは獣の遺伝子。 猛獣の系譜は伝説の中だけでなく語り継がれていく。
957:北畠蒼陽 2006/09/20(水) 05:07 韓芳様「咲かぬ花」終了記念リスペクト企画ですよー? 迷惑ですか。すいませんすいません。 ちなみにこの文章を書くのに1時間かかりました。うわぁ、文章力とかやたら落ちててびっくりデスよ。 あー、もう……
958:韓芳 2006/09/20(水) 23:23 >北畠蒼陽様 迷惑どころか、嬉しすぎて風邪気味です(謎 私は終章書くのに2時間近くかかってます・・・ しかも腕落ちてるって・・・格が違う・・・ orz 本当にありがとうございましたm(_ _)m
959:北畠蒼陽 2006/09/23(土) 21:22 「左回廊、弾幕薄いよ! なにやってんの!」 戦場に臧覇の声が響く。 戦場を見回した臧覇は近くに見知った顔を見つける。 「孫観、幸薄いよ! なにやってんの!」 「誰が不幸風味じゃー!?」 怒声をあげる孫観。だが同時に立ち上がった彼女の左足にどこからともなく誰かが投擲したのであろう、飛んできた木刀が直撃し、孫観はうずくまった。 「……やっぱ不幸じゃねぇか」 ぽつりと臧覇が呟く。 同門の人々のあれやこれや 孫観の左足は複雑骨折していた。それはそれは面白いくらい。 濡須口の戦いにおいて歴戦のツワモノである孫観が負傷したという報せはただちに曹操に届けられた。 「なっ!? 仲台ちゃんがぁ!?」 曹操は飛び上がってびっくりした。 報告した陳羣のほうがびっくりした。 まさかこの世に本当に『びっくりして椅子から飛び上がる人間』が存在するなんて…… 10cmくらいは浮いていた。だがとりあえずそれは置いておく。 「ん〜と……仲台ってだぁれ〜?」 「孫観のことっ! ……で、仲台ちゃんは大丈夫なのっ!?」 ぼや〜っとした許チョに名前を教えておいてから曹操は陳羣を振り返る。 「はい、入院中だそうです」 つまり大丈夫じゃないのであった。 病院で看護婦さんに面会を告げ、病室を聞くとやたらいやな顔をされた。 「なんだろうね……?」 「さぁ、わかりません」 陳羣にわかるわけはないが律儀に答える。 「それより……それはなんです?」 曹操が手に持っているのはちょっと大きめの包装紙に包まれた箱。 「ん、モデルガン。喜ぶと思って」 「……喜ぶかもしれませんけど見舞いには向かないですよね」 陳羣はため息をついた。 「わぁー、いいなぁ」 少なくとも許チョには効果バツグンだった。 「……」 「……」 病室に近づくにつれ陳羣と曹操が黙りこくる。 陳羣は眉間に深い皺を刻ませて。 曹操はこれからの予感に目をきらきらさせて。 なにが、というとめちゃめちゃ騒がしかったのである。 「わははははははははは!」 「ぎゃー! 書くなー! そんなとこに書くなー!」 「うはははは! おもしれー!」 「やめれー! お前らぜってぇ死なす! 必死と書いて必ず死な……ぎゃー!」 ……とかそんな感じ。 そしてその騒動の中心となった病室は予想通り孫観の病室だった。 こんな状況で病室という名詞が有効なのだとしたら、という話だが。 仏頂面の陳羣がそれでもノックする。 「やめれー!」 聞こえていないらしい。やめてほしいのはこっちだ。 「失礼しま……」 それでも一声かけてドアを開けた瞬間、なんかすごいもんが飛んできた。 すごいもん、というか病室備え付けのパイプ椅子。 「……ん」 陳羣の眼前でぴたりととまったパイプ椅子を横から受け取ったのは許チョ。陳羣はへなへなと腰を抜かした。
960:北畠蒼陽 2006/09/23(土) 21:22 「あ、どもー」 ベッドに寝たまま何かを投げたであろうポーズの孫観が声をかける。いや、本当は孫観なのかどうかすらよくわからないのだが状況的に考えると間違いあるまい。 孫観(※不確定)の顔は真っ黒に塗りつぶされていた。あとギブスにも思う様落書きしてある。もう大変です。 しゃがんでいる臧覇。恐らく椅子をよけたのだろう。手にはマジック……油性か。 後ろでげらげら笑っている呉敦と尹礼。横で座ってにこにこしているのが孫観の双子の姉、孫康である。 泰山グループが勢ぞろいなのであった。 「やぁやぁ、諸君。私を抜かして騒ぐなんてひどくない?」 「お、曹操さん、書きます?」 「薦めんな、ボケー!」 臧覇の言葉に孫観(※不確定)がはしゃぐ。いや、はしゃぐのとはちょっと違うか。 「でも書くとこないねぇ」 油性マジックを受け取ったまま思案する曹操。 「大丈夫。脱がせばえぇんよ」 「そ、そうかっ!」 臧覇の囁きに天啓を得た曹操。 「だー! 脱がすってなんだ! お前、ぶっころ……お、おい、なんだよ、お前ら」 孫観(※不確定)が再びはしゃごうとして両脇を呉敦と尹礼にがっちり押さえつけられた。 「な、なぁ、冗談はやめようや?」 「はっはっは。冗談だったらもっとつけぬけたとこまでいってみようか」 呉敦が笑う。 「よ〜し、剥くぞう〜」 臧覇が指をわきわきさせ、曹操がきらきらした瞳で見つめる。 「ぎゃー! 姉ちゃん助けてー!」 唯一自由になる首を振って孫観(※不確定)が孫康に救いを求める。 「あらあら、相変わらず不幸な子」 にこにこ笑う。姉は役に立たなかった。 「待っててね、仲台ちゃん。仲台ちゃんがケガをしながらも勇敢に戦ったけど国のために今は休め、ってポエム書いたげるから。あと振威主将に昇進ね、やったぁ☆」 曹操が笑う。 「お、やったなぁ、エーシ♪」 「ちっともよくねぇー! やめろー!」 「んー?」 その音は許チョの耳にだけ届いた。 『うー』とかなんとか、そんな感じの音。 「んー……?」 何の音かとちょっと首を巡らせて……あとずさった。 そこには鬼が…… 「静かにしなさいっ!」 窓ガラスがびりびりと震えるほどの大音量で注意が入った。 みんな声の方向に注目した。孫観(※不確定)なんかは半脱ぎにさせられながらそっちのほうを見た。 天下の風紀委員長、陳羣。怒りの仁王立ちである。 「まったく!」 つかつかと輪の中心まで歩み寄って…… 「ここは病院ですよっ!」 手近にあったものに思い切り手を振り下ろした。 ビシ、といういやな感触が陳羣の手に伝わる。 「……?」 陳羣の手の下でギブスの石膏が割れ、孫観(※不確定)が悶絶していた。 孫観。あだ名は仲台。また一名をエーシ。 張角の乱のころから臧覇とつるみ、青州校区総代もつとめたことのある人間のあまりにもあっけない最後であった。 なむー。
961:北畠蒼陽 2006/09/23(土) 21:23 0時にベッドに入ったのに4時間くらい眠れなくてベッドの中でなにをするでもなくもんもんとしてました。どうも北畠です。 今日の会社、寝不足でつれぇつれぇ。寝るかと思った。寝なかったけど。眠気に耐えてよくがんばった! 感動した! というわけでチーム泰山の一員、孫観ちゃんです。 孫康ちゃんはチーム泰山とは一歩離れた位置に入るけど仲はいい、ってことでひとつ。 あと曹操はともかく陳羣と許チョはあれっすね、史実的にいえばイレギュラーですね。まぁ、そんな感じです。 いいんだ! 私のはいつもイレギュラーだから!
962:海月 亮 2006/10/08(日) 00:09 いち >>898-901 に >>909-912 さん >>924-927 というわけで漸く続きですよコンチクショウ('A`)
963:海月 亮 2006/10/08(日) 00:10 −武神に挑む者− 第四部 悔悟と覚悟 (何故だ…) 黄昏に染まる冬の空を眺めながら、彼女は何度目か、そう思った。 自分に残された学園生活はあとわずか。 そのギリギリのタイミングで、ようやく光明が射してきた学園統一への道。 義姉妹が三年の長きを経て、ようやく磐石なものにしたその道は、思いもよらぬところから切り崩された。 長湖部の背信。 留守居の不手際。 (…否、責められるべきは……私の不明だ) 彼女は頭を振る。 それが憎悪すべき事由であるなら、その大元の原因が自分自身にある…関羽の聡明すぎる頭脳は、その答えをはじき出すのに時間がかからなかった。 遡る事二時間前。 先だって激闘を繰り広げ、自分と殺し合い寸前の立ち回りをやってのけたその少女が姿を現したとき、関羽もただ事ではないことを理解せざるを得なかった。 流れるような黒髪に、猫の鬚のようなクセ毛を突き出しているその少女の顔が、普段の明朗すぎる表情の面影のない顔で、単身陣門に現れたからだ。 「…降伏の申し出に来た…と言うわけではなさそうだな、姉御」 どんよりと分厚い雲に覆われ、冷たい風が吹き抜けていく寒空の下で、ふたりは向かい合っていた。 「……雲長、もう帰宅部連合に、帰る場所が荊州になくなったお……」 「…何…!?」 彼女は、予想だにしないその事態に、耳を疑った。 しかし、彼女はそれが自分たちを陥れるための方便であろうということなど、欠片も思わなかった。 何故ならその少女は彼女の幼馴染であり、中学時代は剣道部で互いの武を磨きあってきたことで、その性格は良く知っている。 この学園で志を違えたとはいえ、その大元となる部分はまったく変わっていない…それがこうして単身やってきたことで、関羽も事の重大さを思い知らずに居れなかった。 「で…出鱈目な! 何の根拠があって!」 傍に侍していた妹が、激昂の余り相手へ飛びつきになるのを、すっと手で制しながら、視線でその先を促した。 少女は、懐から一枚の紙を取り出し、差し出してきた。 それを一瞥し、関羽は彼女が言ったことが真実であることを確認した。 「そんな…長湖部が裏切るなんて…」 「承明は…江陵はどうなったのよ…」 その文書の内容に愕然とする関羽の側近達。 彼女らも、その少女の言葉が嘘偽りない真実であることを思い知らされた。 しかし関羽は、何の表情も見せずに目の前の少女と対峙したままだ。 「…姉御、これを私に知らせて…いったい私にどうしろと言うんだ…?」 「それはあたしの知るところじゃないお」 少女は頭を振る。 「だけど、これを知らせずにいたら、あたしが後悔すると思っただけだお…」 「そうか…済まない」 そのまま翻り、関羽は側近達に静かな口調で告げた。 「……全軍、現時点を持って撤退だ」 「姉さん!?」 「そんな…!」 少女達は言葉を失った。 そして、彼女が思うことをすぐに理解した。 対峙していた少女も、何かに打たれるかのように飛び出そうとする。 「雲長!」 「来るな、姉御っ!」 振り向かずとも、関羽には解っていた。 彼女であれば、恐らくはともに戦うと言ってくれるだろうという事を。 その気持ちは嬉しかった。だが、それゆえに彼女はこの言葉を告げなければならないと思っていた。 「姉御…いや、蒼天会平西主将徐晃。江陵平定ののち…改めて先日の決着、つけさせてもらうぞ」 そのまま、振り返ることなく立ち去っていく関羽の姿を見送りながら。 少女…徐晃には、これが学園で最後に見る関羽の姿のように思えてならなかった。 付き従う少女達にも言葉はない。 気丈な妹・関平も、気さくな趙累、廖淳の輩も、終始無言だった。 無理もない。現状は彼女達にとって、余りにも重い。 馬良は益州への連絡係として軍を離れて久しく、王甫は奪取した襄陽棟で蒼天会の追撃を抑える役目を請け負って此処には随行していない。 関羽が王甫を残したのも、先の出立の折に参謀役の趙累が「江陵には潘濬だけでなく王甫も残すべき」という献策を思い起こしていたからだ。関羽もその言葉を是と思ったものの、長湖部等の後背の防備に疑いを持っていなかった関羽は、王甫を奪い取った重要拠点の守りに据えるつもりでその献策を敢えて退けたのだ。 だから、今回は最も信頼の置ける腹心の一人である彼女を、押さえに残してきたのだ。彼女であれば、余程のことがなければ与えられたその地を守りきってくれるであろう…とは思っていたが。 関羽は嘆息し、自嘲する様に微笑む。 果たして、再び江陵を取り戻し、襄陽の戦線へ引き返すことが果たしてできるのか、と。 灰色の雲に覆われた冬空の行軍、ふと関羽は歩を止め、続く少女達に振り向いて呟いた。 「私の不明ゆえ、皆にもその落とし前をつけさせる様になった…赦せとは言えん…」 少女達は返す言葉もなかった。 この無念の気持ち、恐らくは最も辛いのは関羽自身であろうことは、彼女達にも痛いほど解っていた。 それなのにこうして、自分たちを気遣ってくれる関羽に、彼女達のほうが申し訳ない気持ちになっていただろう。 「…い、いえ! 捕られた物は取り返せば済むことです!」 「我ら一丸となれば、長湖部など恐れるに及びません!」 趙累と廖淳が、ありったけの気を振り絞り、それに応えてみせた。 「それに徐…姉御の話によれば、孫権のヤツが出張ってきてるんでしょう? いっそ、我々の手で孫権諸共長湖部を滅ぼしてしまいましょうよ!」 関平の言葉に、それまで重く沈んでいた少女達も、歓声で応えた。 「そうだ、長湖部ごときに!」 「この不始末は、孫権の階級章で贖わせてやる!」 「我ら関羽軍団の恐ろしさ、思い知らせてやりましょう!」 強がりであることは解っていた。 だが、ここまで来た以上は最早引き下がることは許されないのだ。だからこそ、この意気は関羽にも好ましいものに映っていたかも知れない。 孫権の親書を携えた潘濬が姿を現したのは、丁度そんな折だった。
964:海月 亮 2006/10/08(日) 00:11 鈍色の雲に赤みが射す黄昏の空の下、潘濬はその場に座していた。 「承明!」 「無事だったか!」 その姿に歓喜の声を上げる少女達。 しかし、当の潘濬は俯いたままだ。 「…御免なさい…」 その呟きに、責任感の強い彼女のこと、恐らくはこの不始末を関羽自らに裁かせるために現れたということだろう、少女達はそう思っていた。 趙累は駆け寄ってその手をとると、 「あんたが無事に逃げ延びてきたなら話は早い! 何、あんたなら必ず戻ってくると信じてたわ。大丈夫、この失敗は取り返すくらいわけない」 そう言って彼女を元気付けようとした。 元々頑固なこの少女は、度々関羽と衝突することも多かったが、それでもその強い意志と優れた内政手腕を高く評価していた関羽が江陵の守将として残したものだ。 その責務を完う出来なかったとはいえ、情状酌量の余地はいくらでもあるだろうし、こうしてやってきたということは敵の内情もすべて把握した上で来ているのだろう…趙累は、そこに一縷の期待をかけた。 しかし、彼女の期待はあっさりと打ち破られた。 「私がここに現れたのは……孫仲謀の代弁者としてなのよ…!」 「なん…だって…?」 その手を振り解かれたことよりも、趙累はむしろその言葉に大きなショックを受けた。 「貴様…ッ」 これほどまでないほどの赫怒の表情を浮かべ、関平がその獲物を手に歩み出る。 「江陵を手放したのみならず…あろうことか長湖部の使い走りか!」 「…待て」 飛び掛ろうとする妹を関羽が手で制する。 「姉さま!? 何故です!」 呆気にとられたのは何も関平だけではない。居並ぶ将士たちも、正面に立った潘濬ですらも、その関羽の行動を訝るかのようだった。 士仁、糜芳の例もあるように、関羽は軍の進退に関わるような失策を犯したものは決して許さない。 本来なら、潘濬が孫権の代理人として現れた時点でその剛拳で殴り飛ばしているだろう。趙累が先に飛び出してきたのも、先に飛び出して関羽の感情を和らげる意図もあったのだ。 だが、関羽はその気配も見せず…その表情は厳しいものであったが、奇妙に思えるほど静かでもあった。 「…話してくれ、長湖部長の口上を」 「………承知しました」 関羽に促されるまま、潘濬は持参した書状を広げると、その内容を堂々とした口調で読み上げ始めた。 関雲長に告ぐ 貴女は長湖・帰宅部連合の盟において定められた約定を、己の一存のみにおいて破り、我々の管理する備品を無断で持ち出し、あろうことかその貴重な品を使い捨ての如く放置するなど言語道断。 先の傲慢なる宣言と合わせ、帰宅部連合に対する南郡諸棟の貸与を無効とし、我らの領有に戻すものとする。 但し、このまま襄陽・樊を奪取するため蒼天会との戦闘を継続するとあらば、同盟修復の意思ありとみなし、我らは後方より帰宅部連合を支援する… 関羽は無言だった。 しかしその瞳は、遠く漢中の方向を向いている。 「…雲長様」 潘濬の言葉にも、関羽は動かない。 しかし彼女は、なおも言葉を続ける。 「江陵には尚、貴女の帰りを待ちわびている子達が、長湖部に人質として囚われているのです。彼女達も、貴女がこのまま襄陽へ戻られるということであれば、彼女らを解放して随行を許すとのこと」 趙累たちも、何故彼女がこの場に送られてきたのかを漸くにして悟った。 恐らく長湖部はそういう不穏分子を宥めるため、その中心的な人物である潘濬に関羽を説得させるために差し向けてきたのだろう。 潘濬は胆も座っており、弁も立つ。そして、何より… 「お願いです! 彼女らのために、何卒長湖部の申し出に応じていただきますように!!」 額を叩き割らんかの勢いで叩頭する潘濬に、少女達にもその苦衷を窺い知らずにいれなかった。 恐らくは潘濬も、命がけの覚悟で此処に現れたのだろう。 責任感の強い彼女であれば、此処で関羽の一身を救うことが叶うのなら、あとは全責任をとって学園を離れるつもりなのかも知れない。 直前まで怒りのあまり、目の前の少女を八つ裂きにしてやろうかというほどの気を放っていた少女達も、その姿をやるせない思いで眺めていた。 そしてそれと同時に、参謀格の趙累には、江陵を奪い取った長湖部の軍勢のシルエットが浮かび上がってきた。 いくら不安要素があったとて、あるいは長湖部側にどれほどの準備があったといえ、これほどの短時間のうちに堅牢で知られた江陵が完全に制圧されている…恐らくは、既に夷陵周辺も。 甘寧、朱治といった"仕事人"を欠く長湖の主力部隊に、呂蒙以外でこれほどの仕事をやってのける人間がいたことも驚愕すべき事実だが…さらに言えばこれは、それほど長湖部が本気であることを示唆していた。 「…姉さま」 関平の言葉にも、関羽は応えようとしない。 しばしの重苦しい沈黙を破ったのは、関羽の呟きだった。 「…我が主、漢中の君劉玄徳よ」 関羽は漢中の方へ向き直ると、その空に向けて拱手する。 「関雲長、義姉上の裁可を仰がず、我が一存にて孫権に断を下すことを…お許し下さい」 「…っ!」 その言葉に、潘濬は驚愕し…その意図を悟った。 次の瞬間、関羽はこれまで通りの覇気と威厳に満ちた表情で、全軍に号令する。 「行くぞ、目指すは長湖部長孫権の打倒、それひとつだ!」 「雲長様!」 取りすがろうとする潘濬を手で制する関羽。 振り向いた関羽は、一転してその表情を和らげる。 「…承明、貴女はなんとしてでも生き延びなさい…そして、江陵のことは貴女に託すわ。どのような結果になろうと、最後まで江陵の子たちのために尽くしなさい。それが私が貴女に与える刑罰」 「…雲長様…」 「此処からは、私が私自身に落とし前をつける戦い。貴女には関係のないことよ」 そのまま振り向きもせず、関羽は再び行軍を開始する。 あとに続く少女達もまた、無言でそのあとに続いていく。そこにどんな死地が待ち受けているかも知らず…いや、例え其処に破滅の結末しか見えていなかったとしても、彼女たちは関羽に付き従うことこそ本懐として、何も言わず従って行くことだろう。 潘濬もその姿を、振り向いて見ることは出来なかった。 そのかつての主の姿を見やることもなく、彼女は溢れる涙を拭う事もせず、天に向けて拱手する。 「雲長様…どうか、御武運を…!」 彼女は、ただそれを祈らずに居れなかった。
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