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963:海月 亮 2006/10/08(日) 00:10 −武神に挑む者− 第四部 悔悟と覚悟 (何故だ…) 黄昏に染まる冬の空を眺めながら、彼女は何度目か、そう思った。 自分に残された学園生活はあとわずか。 そのギリギリのタイミングで、ようやく光明が射してきた学園統一への道。 義姉妹が三年の長きを経て、ようやく磐石なものにしたその道は、思いもよらぬところから切り崩された。 長湖部の背信。 留守居の不手際。 (…否、責められるべきは……私の不明だ) 彼女は頭を振る。 それが憎悪すべき事由であるなら、その大元の原因が自分自身にある…関羽の聡明すぎる頭脳は、その答えをはじき出すのに時間がかからなかった。 遡る事二時間前。 先だって激闘を繰り広げ、自分と殺し合い寸前の立ち回りをやってのけたその少女が姿を現したとき、関羽もただ事ではないことを理解せざるを得なかった。 流れるような黒髪に、猫の鬚のようなクセ毛を突き出しているその少女の顔が、普段の明朗すぎる表情の面影のない顔で、単身陣門に現れたからだ。 「…降伏の申し出に来た…と言うわけではなさそうだな、姉御」 どんよりと分厚い雲に覆われ、冷たい風が吹き抜けていく寒空の下で、ふたりは向かい合っていた。 「……雲長、もう帰宅部連合に、帰る場所が荊州になくなったお……」 「…何…!?」 彼女は、予想だにしないその事態に、耳を疑った。 しかし、彼女はそれが自分たちを陥れるための方便であろうということなど、欠片も思わなかった。 何故ならその少女は彼女の幼馴染であり、中学時代は剣道部で互いの武を磨きあってきたことで、その性格は良く知っている。 この学園で志を違えたとはいえ、その大元となる部分はまったく変わっていない…それがこうして単身やってきたことで、関羽も事の重大さを思い知らずに居れなかった。 「で…出鱈目な! 何の根拠があって!」 傍に侍していた妹が、激昂の余り相手へ飛びつきになるのを、すっと手で制しながら、視線でその先を促した。 少女は、懐から一枚の紙を取り出し、差し出してきた。 それを一瞥し、関羽は彼女が言ったことが真実であることを確認した。 「そんな…長湖部が裏切るなんて…」 「承明は…江陵はどうなったのよ…」 その文書の内容に愕然とする関羽の側近達。 彼女らも、その少女の言葉が嘘偽りない真実であることを思い知らされた。 しかし関羽は、何の表情も見せずに目の前の少女と対峙したままだ。 「…姉御、これを私に知らせて…いったい私にどうしろと言うんだ…?」 「それはあたしの知るところじゃないお」 少女は頭を振る。 「だけど、これを知らせずにいたら、あたしが後悔すると思っただけだお…」 「そうか…済まない」 そのまま翻り、関羽は側近達に静かな口調で告げた。 「……全軍、現時点を持って撤退だ」 「姉さん!?」 「そんな…!」 少女達は言葉を失った。 そして、彼女が思うことをすぐに理解した。 対峙していた少女も、何かに打たれるかのように飛び出そうとする。 「雲長!」 「来るな、姉御っ!」 振り向かずとも、関羽には解っていた。 彼女であれば、恐らくはともに戦うと言ってくれるだろうという事を。 その気持ちは嬉しかった。だが、それゆえに彼女はこの言葉を告げなければならないと思っていた。 「姉御…いや、蒼天会平西主将徐晃。江陵平定ののち…改めて先日の決着、つけさせてもらうぞ」 そのまま、振り返ることなく立ち去っていく関羽の姿を見送りながら。 少女…徐晃には、これが学園で最後に見る関羽の姿のように思えてならなかった。 付き従う少女達にも言葉はない。 気丈な妹・関平も、気さくな趙累、廖淳の輩も、終始無言だった。 無理もない。現状は彼女達にとって、余りにも重い。 馬良は益州への連絡係として軍を離れて久しく、王甫は奪取した襄陽棟で蒼天会の追撃を抑える役目を請け負って此処には随行していない。 関羽が王甫を残したのも、先の出立の折に参謀役の趙累が「江陵には潘濬だけでなく王甫も残すべき」という献策を思い起こしていたからだ。関羽もその言葉を是と思ったものの、長湖部等の後背の防備に疑いを持っていなかった関羽は、王甫を奪い取った重要拠点の守りに据えるつもりでその献策を敢えて退けたのだ。 だから、今回は最も信頼の置ける腹心の一人である彼女を、押さえに残してきたのだ。彼女であれば、余程のことがなければ与えられたその地を守りきってくれるであろう…とは思っていたが。 関羽は嘆息し、自嘲する様に微笑む。 果たして、再び江陵を取り戻し、襄陽の戦線へ引き返すことが果たしてできるのか、と。 灰色の雲に覆われた冬空の行軍、ふと関羽は歩を止め、続く少女達に振り向いて呟いた。 「私の不明ゆえ、皆にもその落とし前をつけさせる様になった…赦せとは言えん…」 少女達は返す言葉もなかった。 この無念の気持ち、恐らくは最も辛いのは関羽自身であろうことは、彼女達にも痛いほど解っていた。 それなのにこうして、自分たちを気遣ってくれる関羽に、彼女達のほうが申し訳ない気持ちになっていただろう。 「…い、いえ! 捕られた物は取り返せば済むことです!」 「我ら一丸となれば、長湖部など恐れるに及びません!」 趙累と廖淳が、ありったけの気を振り絞り、それに応えてみせた。 「それに徐…姉御の話によれば、孫権のヤツが出張ってきてるんでしょう? いっそ、我々の手で孫権諸共長湖部を滅ぼしてしまいましょうよ!」 関平の言葉に、それまで重く沈んでいた少女達も、歓声で応えた。 「そうだ、長湖部ごときに!」 「この不始末は、孫権の階級章で贖わせてやる!」 「我ら関羽軍団の恐ろしさ、思い知らせてやりましょう!」 強がりであることは解っていた。 だが、ここまで来た以上は最早引き下がることは許されないのだ。だからこそ、この意気は関羽にも好ましいものに映っていたかも知れない。 孫権の親書を携えた潘濬が姿を現したのは、丁度そんな折だった。
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