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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★
972:北畠蒼陽 2006/10/19(木) 21:25 「貴様……何様のつもりだ!」 「貴女の上官様のつもりよ。異論があるのなら会議室から出ておいきなさい」 会議室は2人の少女のにらみ合いによって緊迫の空気を帯びていた。 しかし部下であるほうの少女が足音を荒くして部屋から出て行くことによってその空気も若干和らいだものになる。 しかし…… 「……よかったんですか?」 にらまれていた上官の傍らにいた少女、王基が呟くように尋ねる。 「まぁね……あれで十分」 それに答える声は獰猛な笑みを帯びていた。 「あなたや、文舒は近い将来、私に感謝することになるわよ……もっとも私は私の血筋が謀略の血筋だってことを思い知らされてへこむことになるんだけどね」 謀略の家系の、現段階でその頂点に立つ少女、王凌は自信に満ちた笑みを浮かべた。 謀の華 その月、長湖部におけるアンタッチャブル、陸遜が引退することになる。 同月、南津の橋の欄干の銅像が落雷により焼け落ちた。ちなみにこの銅像は『全裸の男が帽子だけかぶってサックスを吹きながら歩いている』というシロモノだったのでみんな銅像が焼け落ちたことを内心喜んだ。 その翌週にはおりからの大雨による床上浸水で長沙棟に通う学生たちが被害を受けた。 そんな不穏な空気の中、長湖部の1人の少女が唇をなめた。 「……じゃ、もっかい手はずを確認するわね?」 車座の中心の少女が周囲を見回す。 朱貞、虞欽、朱志…… なかなかのメンツが集まったもんだ、と自画自賛。 「私たちが狙うのは部長……いや、孫権が校内に入り、おつきの連中がまだ校門付近にいる、ってくらいの絶妙なタイミング」 うん、と中心の少女の言葉に3人が頷く。 「朱貞、あんたはそのタイミングで幹部連中を全員拘束。その間に私が孫権を……」 ぐしゃ、という音を立てて少女の手の中にあったジンジャーエールのアルミ缶が潰れた。 「……そのあとは校内に立てこもって時間を稼ぎながら生徒会の救援を待つ……成功すれば委員長クラスのポストも夢じゃないわよ?」 少女……九江棟長にして征西主将、馬茂は笑みを浮かべた。 決行の日、校門が見える茂みの中に馬茂は隠れていた。 生徒会に自分がいた当時の王凌のセリフが頭の中にリフレインされる。 私を小ばかにしたあの女狐は委員長として生徒会中枢におり、その妹……王昶とかいったか……も荊州校区に勢力を伸ばしているものの、今回、これを成功させればあいつらを見下すことが出来る。 どっちにしろ名主将、陸遜のいない長湖部などすぐに壊滅してしまうのだから、私の役に立ちながら潰れるといい……
973:北畠蒼陽 2006/10/19(木) 21:26 そんなことを考えていたから馬茂は後ろの気配にまったく気づかなかった。 「……いい気になるな、小者」 後頭部に竹刀で一撃をくらわせて昏倒させた馬茂の制服から蒼天章をはずし、嫌気がさしたように呟く全ソウ。 不意に足音に気づき顔を上げる。 「子山、終わった?」 「終わった終わった……まったくイヤになる」 肩をすくめながら現れた歩隲に全ソウは苦笑を浮かべた。 直前に情報が得られなければ本当に危ないところだった。もしかしたら…… いやなイメージを振り払うように全ソウは顔を振る。 「まったくね。おちおち引退も出来やしない」 「伯言がいなくなったタイミングでこれじゃ、わが身の不徳を嘆くことすら出来ないわ……っと、あんたの前じゃこれは禁句だっけね」 のうのうと言い放つ歩隲を一瞬険を帯びた目でにらみつけてから、にらみつけたところで無駄と悟ったか全ソウは『別に』と呟く。 ほい、と歩隲は全ソウに手を出し、その手に全ソウは馬茂から奪った蒼天章を乗せる。 「私はそんな高望みしてたっけかな〜、っと!」 歩隲が言葉とともに頭上に馬茂の蒼天章を放り投げた。全ソウは目でその軌跡を追うこともなくため息をつく。 「はえ〜ってタイミング」 「……小者は小者だったわね」 後日報せを受けた荊州校区で王昶と王基も頭を抱えた。 「なんで決行タイミングをこっちに知らせんかなぁ。そしたらこっちだってそのタイミングでフォローできるっつのに」 「……私たちが王凌様の息がかかってるから知らせたくなかったんでしょ」 王基の言葉に王昶は余計に頭を抱える。 「だったら公休でもいいじゃんよー!」 「……それを思いつかないのが小者の小者たる所以」 身も蓋もないことを呟きながら王基は肩をすくめる。 「……ま、確かに王凌様が1年以上前に言ってたとおり役には立ってくれたわ。つまり小者ですら孫権を狙える位置にいる、っていう事実を知らせてくれた、って意味でね」 「一石一鳥じゃ不満よ」 不貞腐れたように王昶が頬杖をつく。 「……ま、そこらへんはあなたのお姉さまの読みの甘さね」 「うわぁー! お姉さま、ツメが甘いよ! そんなんじゃダメだよ! でもマジラブ!」 王基の言葉に王昶は再び悶絶する。 悶絶といっていいのかどうかは微妙だが。 苦笑しながら王基は王昶を見、そして窓をあけ、その向こう、湖の彼方に視線を向けた。 「……熱いわね」 10月の冷たい風を浴びながら王基は呟いた。
974:北畠蒼陽 2006/10/19(木) 21:26 王家に関係あるっちゃあるんだけど、誰も見向きもしないような小者オブ小者。ベスト小者スト7年連続で受賞中の馬茂さんです。 誰だこいつ、って感じですよね。本当ですよまったく。 純粋シリアスも純粋ギャグも描きたくない、って中途半端なテンションで書いたらこうなりました。 う〜ん、どうにかならんもんか…… >全裸の男が帽子だけかぶってサックスを吹きながら歩いている銅像 実在します。私の実家のほうに。
975:韓芳 2006/10/22(日) 23:31 >北畠蒼陽様 謀の華、お疲れ様です〜。 小物って今も昔も変わらないですよね〜、散り方(ぉぃ 王基の様子も気になるところです。 >全裸の男が帽子だけかぶってサックスを吹きながら歩いている銅像 想像すると怖いんですけどw 夜とか絶対近寄れない…
976:北畠蒼陽 2006/10/23(月) 00:54 >韓芳様 まぁ、実際のとこ、そこまでいうほど小者じゃなかったと思うんですけどね。 ほら、ナニゴトもディフォルメって必要じゃないですやんか?(誰に言ってるのか) >王基の様子 ん? 王基? 王凌お姉さまのことかな? ん〜、こんな感じかと…… ------ 王凌「……ふ、ふん、予想通りね」 令孤愚「彦雲姉って、なんていうか……ほんと、負けず嫌いだよね」 ------ でも実際のとこ馬茂さんが魏の誰と連絡取り合って、行動起こしたのかは不明ですなぁ。多分王凌だとは思うのですけど。 >全裸の男が帽子だけかぶってサックスを吹きながら歩いている銅像 う〜ん、私が子供のころにできた銅像なんですけど、はじめて見たときは怖いとかいうより愕然とした記憶がありますね。
977:海月 亮 2006/10/28(土) 10:41 スパムなんて(゚з゚)キニシナイ!! とりあえず荊州事変の顛末とかどーぞ。 いち >>898-901 に >>909-912 さん >>924-927 し >>963-966
978:海月 亮 2006/10/28(土) 10:42 −武神に挑む者− 終節 ゆめのおわり 凛とした怒号とともに、変幻自在の杖捌きが関羽を襲う。 その突きの鋭さに、さしもの関羽も後退を余儀なくされた。 飛びのいて大きく間合いを取ると、二人は改めて向き合い、互いの姿を確認しあった。 「貴様は…?」 「…答える義理は無いわ」 にべも無い言葉とともに杖を構えるその姿に、達人特有の気配を感じ取った関羽も、構えを取り直す。 (…棒術…いや、これは杖術か…! …この娘、出来る…!) 一陣の風がふたりの間を駆け抜けていったその瞬間、その中間で剣と杖がぶつかり合った。 そのまま力で押し切ろうとする関羽の剣を受け流し、側面から少女は横薙ぎに杖を繰り出す。 紙一重でかわしたところへ、無拍子で直突きに切り替えてくるその一撃が、関羽の左肩を捉えた。 「…ぬ!」 当たる瞬間僅かに半歩引いてダメージをやわらげようとするも、さらに足元を掬い上げる強烈な一撃を喰らい、受身を取ってさらに後退させられる。 (………馬鹿な………甘寧なき長湖部に、まだこれほどの使い手がいるなど…!) 予想外の攻撃に当惑するのは関羽だけではなかった。 見守る長湖部員達にも、この状況でまさか関羽に一撃を加えられるほどの使い手がいることなど思いもしなかったのだ。 潘璋、蒋欽といったひとかどの猛将を悉く退けられ、戦意喪失していた部員達は、思わず歓声を上げた。 折りしもその場に到着した呂蒙も、どこかほっとした表情で呟いた。 「あいつめ…やっとその気になってくれたのかよ」 呆れてはいるようだが、こんな絶体絶命の状態になるまでその少女が出てこれなかったことを、少女が関羽に対する恐怖で逃げ回っていたというワケではないだろうことを、呂蒙は知っていた。 彼女が関羽の面前に立てなかった理由…そして、この局面において姿を現した理由は、ひとつしかなかったのだから。 その別の丘から、到着した孫権の軍団も姿を現していた。 関羽が巻き起こしたと一目でわかるその惨状の中心、暴威の如き武を振るう関羽を、単身食い止めている…いや、その見立てに誤りが無ければ…。 「…凄い…あの関羽を相手に、あそこまで戦える人が居たなんて…!」 目を輝かせて、感嘆の呟きを漏らす孫権。 傍らの周泰は、それを何処かやるせない思いで眺めていた。彼女も、眼下で死闘を繰り広げている少女の正体を知っていた…というか、一目見てその正体に気づいていた。 かつて共に孫策の元で共有した夢を実現するために戦ったその少女が、その不器用な性格ゆえに、周囲から浮いた存在になっていることも…それが孫権のことを大切に思うあまりにそうなってしまったことも。 (子瑜が髪形を変えてしまったときも気付いたほどなのに…お前の想いは、それほど伝わりにくいものだったのか…) 周泰には、そのことがたまらなく寂しいものに思えていた。 自分の疲労に気付いていないわけではなかったが、関羽は最後の最後まで、何処か"長湖部"という存在を甘く見ていた。 かつての呂布がそうだったように、己自身に敵なしとまでは思っていなかったが…少なくとも今の長湖部には、自分に比肩する武の持ち主など存在しえない、と思い込んでいた。 だから、信じられなかった。 …いや、認めるわけにはいかなかったのだ。 たとえ自分が万全の状態であっても…目の前の少女が、"武神"と呼ばれた自分をはるかに凌駕する武の持ち主であることを。 そしてその鋭い突きの一撃が、ついに武神の左肩を捕らえた。 「な…!?」 戸惑いの後、凄まじい衝撃が関羽の全身を襲う。 これが単なるまぐれ当たりではないことは、それまでの攻防で見せたその能力を鑑みれば解ることだった。彼女はインパクトの瞬間、一瞬の手首の返しと同時の強烈な踏み込みでその威力を倍化させ、その身体をさらに後方へと吹き飛ばした。 固唾を呑んで見守っていた長湖部員たちから、歓声が上がる。 関羽はその光景に、耐え難い不快感を味わっていた。義理人情に篤く、戦いに関しても常に敬意を忘れない彼女も、「武神」と持て囃させたことでそれを見失っていたのだろうか…あるいは、そのプライドから来る、今の自分に対する怒りからなのか。 (おのれ…長湖の狗如きに!) 眼前の少女に対して、このとき関羽が抱いていたのは、紛れもない憎悪だった。 大きく体制を崩した関羽めがけ、杖を脇に構えた少女が引導を渡すべく加速する。 関羽の目はなおも眼前の少女を見据えていた。 木刀を腰に構え、抜刀術の体勢をとる。そしてその闘気が一気に消えてゆく。 「…光栄に思え。まさか長湖部員相手如きに、これを使うとは思いもしなかった」 少女が異変に気づいた時には既に遅かった。 次の瞬間、少女の身体は血飛沫と共に中空を舞った。 直前まで歓喜の声をあげていた長湖部員たちから、その瞬間、総ての声が消えた。 少女の頭を覆っていた布が解け、その正体を示す銀の髪が中空で揺らめいた。 そしてその瞬間、その少女の正体を孫権もまた知ることとなった。 「…嘘…なんで、あのひとが…?」 呆然と呟くその問いに、応えるもののないまま。
979:海月 亮 2006/10/28(土) 10:42 大地に倒れ付した少女を一瞥すると、関羽はゆっくりとした動作で孫権を見据えた。 「…これで私の道を遮るものは無い」 関羽の放つ鬼気にあてられ、少女たちは思わず後ずさっていた。 ただ一人、孫権を庇うようにその前に立つ周泰を除いては。 「此処で長湖部の命運は尽きる。身の程を弁えず、私の留守を狙ったことはその存在そのもので贖ってもらおう」 「勝手なことを…!」 しかし、周泰の言葉はそこで途切れていた。 何時の間にか振るわれた鋭い横薙ぎの一撃が、次の瞬間にその身体を数メートルも吹き飛ばしていたのだ。 「幼平っ!」 「幼平さんっ!」 呂蒙と孫皎が駆け寄ろうとするが、既に関羽の第二撃が、呆然とへたり込んでいる孫権の頭上に狙いを定めている。 「…終わりだ」 抑揚のない言葉と共に、その無慈悲な一撃は振り下ろされた。 総てがスローモーションに見えるその刹那の時間の中で、孫権は再度想像もつかないものを見ていた。 振り下ろされる刃と自分の間に割って入る、銀色の影。 それは常日頃から自分の傍にあって、あらゆる危難から守ってくれた存在とは別のものであったことに、彼女はすぐに気付いた。 「…どうして」 その剛剣を杖で受け止め、その身を盾に庇う少女に、孫権は問いかけた。 「…なんで…なんであなたは…そうまでして…」 彼女は振り返らない。 服に滲む赤い染みが、彼女の受けたダメージの大きさを何よりも如実に物語っている。本来は、立っていることさえ出来ない状態のように思えた。 しかし彼女はしっかりと両方の足で大地に立ち、身じろぎひとつせずその剛剣を受け止めていた。 守るべき、少女の為に。 「私は…私にとっても、あなたが…大切な人だから」 その姿は何よりも確かに、彼女の言葉が偽らざる真実であることを物語っている。 「私は、あなたを貶めたこの女がどうしても許せない…そして、あなたに嫌われることしか出来なかった自分自身も…」 その声が震えていたのは、そのダメージの所為ではないだろうことにも。 彼女は漸くにして、この少女がどんな思いで過ごしてきたのかを知るとともに…そのあまりにも哀しい心に気付けなかった自分の不甲斐なさを痛感した。 「だから…私はこの総てを…私の身を引き換えにしてでも…ここでその落とし前をつけます…!」 そのとき、ただ一度だけ、少女は背後の孫権の方に振り向き…微笑んだ。 寂しそうな笑顔だった。 胸が詰まって、声を出そうとすれば涙が出そうな気がした。 少女は再度、視線を前へ戻す。 「…この一撃で、尊大なる武神を仕留める!」 瞬間、少女の闘気が弾けた。 杖を返し、力の均衡が崩れて体勢を乱したその手から木刀をかちあげた。 強制的に諸手を挙げさせられ、がら空きになった胴に一撃、立て続けに背、鳩尾、大腿、左腕、右肩と乱調子の攻撃が武神と呼ばれた少女の体躯を打ち据え、限界を超えていたはずのその体から容赦なく体力を奪い取ってゆく。 よろめくその身体から距離を置き、再度脇構えに杖を構えた。 「…我が力の総てをかけ…唸れ天狼の刃よ!」 銀色の閃光が駆け抜けていく。 そして断末魔の悲鳴もなく、その身体は力なく大地に倒れた。 この乱世の始まりから学園を駆け抜け、「武神」と呼ばれた少女の、最期だった。
980:海月 亮 2006/10/28(土) 10:44 「関羽が討たれた」 その報告は間もなく学園中を駆け巡ることとなる。 情報封鎖によって丸三日、それを知らされずじまいだった帰宅部連合を除いて。 王甫が防衛していた襄陽も、突如侵入した長湖部勢によって瞬く間に制圧された。 王甫は辛くも脱出に成功し、血路を開いて益州学区へ帰還することが出来たが…その道中において漸く、関羽が飛ばされたということを知る事となった。 あの死闘の最中、唯一逃げ切ることが出来た廖化と合流したことで。 その報告を受けた曹操にも、何の言葉も思い浮かばなかった。 長湖部から送って寄越されたのは、紛れもない関羽の階級章。しかし関羽の行方は、戦後処理を待たずに杳として知れないとのことだった。 関羽が何処へ去ったのか…この時点で知る者は誰もいなかった。 一通りの報告を受け、曹操は訝る蒼天会幹部に「…悪いけど、ひとりにして」と言い残し、覚束ない足取りで執務室を後にしていた。 彼女は、洛陽棟の屋上…丁度荊州学区が見渡せる場所を眺めていた。 「…とりあえず、当面の危機は去った…んじゃないのか?」 その声にも振り向こうとせず、曹操はただ、遠くに映る荊州学区のほうをぼんやりと眺めていた。 声の主…夏候惇はその隣に、手すりに寄りかかるような形でついた。 「まぁ…おまえは大分あいつのことを気に入ってたみたいだから…」 「…そんなんじゃないよ」 曹操は手すりに預けたその腕の中に、自身の顔を埋める。 「ちょっとだけ…雲長のことが羨ましいと思った」 「羨ましい?」 思ってもみなかったその一言に、夏候惇は鸚鵡返しに聞き返した。 「形はどうあれ、雲長は自分のあるべきところで学園生活を終えることが出来た…その間いったい、あたしはなにやってたんだろうな、って」 そのとき初めて振り向いて見せたその表情は、ひどく哀しげなものに見えた。 劉備や関羽が長きに渡って学園の動乱時代を、自らの足で駆けずり回ってきたように…曹操もまた、この動乱時代を先頭きって駆け抜けてきた少女である。 学園組織でその身が重きを成すようになっても尚、彼女は自らの足で戦場に赴き、常に飛ぶか飛ばされるかの危難に遭いながら、その総てを乗り越えてきた。 しかし「魏の君」という肩書きに縛られ、彼女の課外活動における行動範囲はこれまでの比でもなく狭められてしまっている。 それが彼女の行動の結果だとは言え、それが本当に彼女の望むものだったのか…。 その「羨ましい」の一言が、その思いの総てを物語っているように夏候惇には思えた。 「…そろそろ、あたし達も潮時なんじゃないかな?」 「え?」 夏候惇の言葉に、今度は曹操が驚いて聞き返す番だった。 「あまり忙しいと忘れがちになるけど…あたし達もそろそろ学園に別れを告げなきゃならない時だ。ここまできたら、もう十分やったんじゃないかな?」 夏候惇もまた、その責任の重さから既に戦場へと赴かなくて久しい。 単に従姉妹同士という以上に、常に曹操と最も近しい位置にいた彼女にも、その思うところは初めから手に取るように解っていたのかもしれない。 「まぁしばらくは大騒ぎになるかも知れんが…事後処理の面倒なところは、あたしや子考(曹仁)、子廉(曹洪)でしばらくどうにかしてやるから…残り3ヶ月の間くらいは、好きに学園生活を送ってみたらどうだ?」 「…うん」 少しだけ微笑んだ彼女の脇を、晩秋のそよ風が吹きぬけた。 こうしてまたひとり、学園史を彩った風雲児が、その歴史上から姿を消そうとしていた。 この一週間後、曹操の引退宣言でまたしても学園中は上へ下への大騒ぎとなるのだが…その影で、ひとつの悲劇がまた進行しつつあった。
981:海月 亮 2006/10/28(土) 10:44 「…どうして」 揚州学区の病院の一室に、彼女は眠っていた。 頭には包帯を巻き、その身体には所々計器が取り付けられている。静かな病室の中、無機質な電子音だけが響いている。 「どうしてこんな目に、遭わなきゃならないの…子明さん…」 孫権は呂蒙の手をとると、力なくそう呟いた。 俯いたその瞳からは、とめどなく涙が流れ続けていた。 長湖部内での論功行賞は既に済み、作戦の総指揮をとった呂蒙はもちろん、生き残った者達にはそれこそ莫大な恩賞が与えられ、今回飛ばされたもの達についても十分すぎるほどの見舞金が出されていた。 そして、丹陽に半ば放逐状態だった虞翻もまた、此度の江陵陥落の立役者としての功績が認められ、再び幹部会の会計総括として中央に戻されることとなった。 そして陸遜はというと…流石に功績の大きさから何の扱いも出来ないということはできず、名目として鎮西主将の称号を与えられ、そのまま陸口に留まっていた。 ただしそこにどのような思惑が働いていたのか…彼女はしばらくの間、これまでどおりいちマネージャーとして過ごすこととなる。 そして呂蒙。 「…そういうわけで、問題もひと段落つきましたので…勝手ながら少しの間療養の時間を頂きたいのです」 呂蒙はこの日初めて、自分の体調のことを孫権に打ち明けていた。 呂蒙は戦後処理の直後、宛がわれた自室で倒れているのが発見された。既に限界寸前まで酷使していた身体が、大仕事を成し遂げた安堵感からかその力を一気に失ってしまったようでもあった。 その後数日間病院のベッドで過ごし、この日正式に暇乞いをするために許可を得て病院を出てきていたのだ。 「後任人事は、こちらに総てあるとおりです」 提出されたその表文の中には潘璋、朱然ら現長湖部の武の要といえるものたちの名はあったが…陸遜の名はなかった。 呂蒙は病院にいた間、これまでの部員たちの行動を鑑み、かつ孫権や陸遜当人との約束を守り、その人事案を完成させたのだ。 「…うん…でもまた、帰ってこれるんだよね…?」 孫権は勤めて普段通りの口調で、そう問いかけた。 元気そうに見えたが、呂蒙の顔からもその病状の深刻さが伺えた。孫権にももしかしたら、それが叶わぬ希望とは解っていたのかも知れないが…それでも、そう言わずにいれなかった。 それを解っていたからこそ…また、自分にもそう言い聞かせるように、呂蒙も応えた。 「…ええ。ですから、まだ階級章はお返ししませんから」 「うん…じゃあ、しっかり休んできてね」 そこには涙はなかった。 建業棟を退出し、無言のまま隣り合って歩く呂蒙と孫皎。 「…悪かったな、黙っていて」 先に沈黙を破ったのは呂蒙だった。 「ええんや。今ちゃんと教えてくれたんやから」 頭を振る孫皎。 彼女にも、この戦いに賭けた呂蒙の思いを…自分を心配することで気を遣わせまいとしたその気持ちを解っていた。だから彼女は、自分を"友達"と言ってくれた呂蒙の為に、その疑問を口に出さずひたすらそのサポートに徹していた。 「ゆっくり休んで、また元気に帰ってきてくれれば、それでええねん…」 「…ああ」 寂しそうに笑う孫皎の気持ちを紛らわせるかのように、呂蒙も笑って見せた。 悲劇は、そのとき起こった。 突如黒い影が何かを振りかざし、その視界に現れた。 「…叔朗!」 その叫びよりも早く、鈍い音がして、孫皎の身体が横にふっとばされた。 「奸賊、覚悟ッ!」 殺気を感じ、呂蒙がその場を飛びのくと、それまで彼女がいた場所に何かが通り抜けて地面に突き刺さった。 それが鉄パイプであるということを呂蒙が理解するより前に、四方から立て続けに第二撃、第三撃が襲ってくる。 「ちっ…正当な学園無双で敗れた腹癒せの闇討ちが、てめぇらの流儀なのかよ!」 「黙れッ!留守居を狙ったこそ泥の分際で!」 呂蒙は紙一重でかわしながら、何とか倒れ付した孫皎を回収しての逃げ道を模索する。 しかし、無常にも彼女の体調が、それを強烈な激痛として阻んだ。 直後、凄まじい衝撃が彼女を襲った。 この下手人たちは、たまたま近くを通りかかった水泳部員達によって悉く取り押さえられたものの、そのときの惨状は筆舌に尽くしがたく、被害者たる呂蒙が一命を取りとめていたことが奇跡に近い状況であった。 全身を滅多に打ち据えられ、特に頭への一撃はほとんど致命傷といっても差し支えなかったという。 元々呂蒙は水泳部を中心に様々な運動系クラブを掛け持ちしていたことで、小柄ながら体つきがしっかりしており、その鍛え抜かれた体があったからこそ一命を取りとめることが出来た、とのことだった。 孫皎は比較的軽傷で済んだものの、こちらは目の前で親友たる呂蒙を失ったことでショックを受けて心神喪失状態となり、課外活動を続けることが困難と判断されてドクターストップがかけられてしまった。 今回の謀主でありながら、幸いにも危難を逃れた陸遜はというと。 陸口で「呂蒙闇討ちに遭う」の報を聞きつけた陸遜も、流石にショックを隠しきれずにいた。 彼女はとるものもとりあえず病院へと駆けつけ、目覚めぬ呂蒙と、その手をとって嘆き悲しむ孫権の姿を、ただ呆然と眺めることしか出来ずにいた。 (…これが…こんなことが、このひとの末路でなくてはならなかったと言うの…?) 自身の身体に埋まった時限爆弾の刻限を知り、その時間内に大望を成し遂げるために最大限の人事を尽くしたその姿を、陸遜もよく知っていた。 「この一戦だけ」と、悲壮な覚悟で自分に懇願してきた呂蒙の姿を、陸遜は思い出していた。 それが、昨年の秋口にあった事件のあるシーンと、重なって見えた。 南郡攻略に進発する周瑜を見送った、そのときと。 いずれも、ふたりと言葉を交わした、最後の瞬間だったからだ。 (どうして…どうしてふたりとも、こんな目に遭わなきゃならないの…?) 彼女の目からも涙が溢れ、流れ落ちた。 周瑜と呂蒙…このふたりのやろうとしたことの何処が、理不尽ともいえる"天罰"に触れなければならなかったのかと思い、彼女は天を呪わずにいれなかった。 そしてその場に姿を現さなかったものの…虞翻もまた、呂蒙の末路を聞き及び、一人涙した。 孫策が刺客に襲われたあの日も、そして今回も…彼女はその場に居合わせず、それが取り返せぬ時間と場所で結末のみを知る形となってしまったのだ。 (私は…また大切な人を…守ることが出来なかった…) どうしようもない運命のなせる業であることも、彼女はその聡い頭脳で理解はしていた。 しかし、その感情は…その場に居合わせることすら出来なかった自分自身をただ責め続けていた。 この数日後、呂蒙を失ったことによる人事再編が長湖幹部内で施行された。 しかしながら、呂蒙を失った穴を埋めるには到底及ばない状態であり…長湖部は暫しの間、その中枢を担うべき将帥のない状態となる。 そしてそれゆえ、数ヵ月後に、その存亡に関わる大事件へと巻き込まれてゆくこととなる…。
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