【1月18日】旭記念日創作発表スレッド【お祭りワッショイ】
157:海月 亮2006/01/19(木) 00:42
境内に所狭しと並ぶ屋台。そして行きかう人並みの中、ふたりはしばらく言葉もなく、本殿の参拝の列に混ざっていた。
「うちの妹の話…あなたはもう知ってるわよね?」
先に沈黙を破ったのは、諸葛瑾だった。
虞翻は無言で頷く。
諸葛亮の件については呂岱からの又聞きだが、大体の事情は解る。
そしてもうひとつ、彼女の妹たちといえば…
「このまま卒業したら…いったい恪や融がどうなるのか、やっぱり心配で仕方ないの」
虞翻には返す言葉が見当たらなかった。
諸葛恪と諸葛融。虞翻も虞レからその人となりを伝え聞き、また実際に逢った事もあるので知っている。
「こんなことを聞くのもどうかと思うけど…あなたはあの子達のこと、どう思う?」
確かに諸葛恪は頭の回転も速いし、言葉も巧みだ。しかし虞翻は…それが諸葛瑾の妹であることを考慮したとしても…どうしても良く評価できない点が見受けられる。
自信家で鼻に付く態度と、あまりにも些事に無頓着な大雑把さ。この二点により、恐らく諸葛恪は一身を完うできない…己が才知に身を誤るのではないか、と。我侭で騒がしいだけの諸葛融に至っては論外と言わざるを得ない。
しかし、自分が交州へ移ったあの日…自分の為に泣いてくれたこの少女の心を抉るようなその評価を、彼女はどうしても言い出せなかった。
「…他人のモノは良く見える、と言うけど…私はあなたが心底羨ましいわ」
「え…」
「あなたは私よりずっと優れた才能もある…そしてあなたの意思をついでくれるだろう子達にも恵まれている…知ってる?あなたって割と下級生に人気があるのよ。あなたの妹…世洪ちゃんだけじゃなく、幹部候補生となった子達の中には、あなたにその才能を見出された娘が、それだけいっぱいいたってことなのね」
寂しそうな表情のまま、諸葛瑾は軽く頭を降った。
「結局、私は何も長湖部に…楽しい思い出をいっぱいくれた場所に、何も残さずに去っていくような気がして…」
「そんな…そんなことないっ!」
自分でもびっくりするくらい、大きな声で叫んでしまったらしい。周囲の目がこちらに向いたことに驚き、虞翻は真っ赤になって慌てて口を押さえてしまった。
その様子が可笑しかったのか、諸葛瑾も少し笑った。彼女も釣られて、少し笑った。

少し時間を置いて、周囲の注目から開放されるのを見てから、虞翻は気持ちを落ち着かせ、
「それは違うよ…個人の意思だけを受け継いできただけなら、きっと長湖部はとっくの昔に無くなっていた…長湖部は、その活動に関わったみんなが担い手になって、次の世代にその人たち全員の思いを受け継いで、今の長湖部があるんだと思ってる」
一言ずつ、大切な宝物を扱うように、彼女はその想いを言葉にしていた。
「私たちの想いは、これからの長湖部を担っていく娘達みんなが受け継いでくれる…私は、そう思いたい…」
「…仲翔」
「だから…何も残せないなんて、そんな寂しいこと言わないでよ」
「うん…ありがとう」
その笑顔に吹っ切れたものを見出せたので、虞翻も精一杯の笑顔で応えた。
そうこうしているうちに、ふたりの参拝の番が回ってきた。
揃って袖の中から財布を取り出し、示し合わせたように五円玉を取り出し、賽銭箱へ投げ入れるふたり。
二回手を打ち、手をあわせて、彼女は願っていた。
(私達の思いを受け継いでくれる娘たちが、充実した学園生活を送れますように…)
(…私を受け入れてくれた仲間と、何時までも仲良く居られますように)
と。


本殿から離れ、見上げた空から粉雪が舞い降りてきた。
「…やっぱり降ってきたわね」
「予報では、今週いっぱいは雪なんか降らないって言ってたけど…?」
怪訝そうに諸葛瑾が言った。
「ちょっと占ってみたの。私も半信半疑だったけど」
ああ、と諸葛瑾が相の手を打つ。虞翻が占いの名手であると言うことは、部内でもそれなりに知られていた。
「あー! やっぱり来てたんですか先輩方」
本殿のほうからふたり走ってくるのが見える。髪形を普段とは違って、うなじの辺りで一本に括って、赤い袴の巫女装束に身を包んだそのふたりは敢沢・歩隲の長湖部苦学生コンビだった。
「何よあなた達、こんなところでバイトしてたの?」
「えーそうですよ。なにしろ看板娘は受験のため不在ってことで、今年は此処の枠が広かったんですよ」
虞翻の問いに、その上着の裾を引っ張って、その姿を主張するように応える歩隲。
「でも珍しいですね。仲翔さんと子瑜さんって組み合わせ」
「やっぱりそう思う?」
何気ない敢沢の一言に、悪戯っぽい笑顔の諸葛瑾。
不意に肩を抱き寄せられ、虞翻は思わず諸葛瑾の顔を見やる。
「でも、いいじゃない? 私たちは"同期の桜"なんですから」
満面の笑顔の諸葛瑾。
敢沢や歩隲のみでなく、虞翻までも呆気にとられてしまったが…。
「確かに、今の長湖部幹部では古株になっちゃったわね、お互いに」
「そうね」
お互いにそういって笑いあった。
舞い降りる雪が、会場に並ぶ松明の灯に照らされ、まるで冬の夜空に舞う桜のように、ふたりには思えた。


「…なんか悪いものでも喰ったのかな?」
「まぁいいじゃねぇか。なんにせよ、仲良きことは美しき…だろ?」
歩隲の物言いに苦笑する敢沢。
「え〜っと、ひたってるトコなんですけど…先輩方、良かったら本殿のほう来ません? 一応暖かいものとかありますよ」
敢沢の呼びかけにわれに返った虞翻。
「え? …大丈夫なの?」
「ええ。先輩達の話したら、神主さんが連れてきたらどうだって」
「だから抜け出てこれたんですけどね」
その言葉に、虞翻と諸葛瑾は顔を見合わせる。
「…行ってみる?」
「そうね、折角だからお邪魔しましょうか」
頷き、後輩ふたりに伴われ…やがて、その姿は本殿の中に消えていった。
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