【1月18日】旭記念日創作発表スレッド【お祭りワッショイ】
21:★玉川雄一2004/01/17(土) 22:55
 吾粲の眼(5)

「中等部のみんなー、おはよーーーーっ! 長湖部へようこそーっ!」
「おはようございまーーーーーす!」
外見から想像されるとおりの第一声が発せられると、体育会らしいノリで挨拶が交わされる。
「……って言っても、実はボクもみんなと同じ中等部の三年生なんだけどね」
てへっ、とやってみせると満場がドッと笑いに包まれた。これだけで既にペースを掴んでしまっていた。
「はーい、ほとんどの人には初めまして、だよね。ボクは長湖部の部長をやってる孫権、仲謀っていいます」
ペコリと頭を下げたのに応じて一斉に拍手が鳴り響く。ニコニコと笑顔を浮かべて、
大舞台でも動じたように見えないのはさすがだ。彼女もまた、場慣れしているのだろう。
(それにしても、中等部でもう部長をやってるのか…)
そういえば、吾粲も昨年の夏休み明け頃にそんな噂を聞いたような気がする。
休み中に長湖部で人身事故が発生し、部長が病院に担ぎ込まれたとか云々…
確かに「大事件」ではあったが、中等部でもいっとき話題を席巻していたのは
きっと彼女が後任に選ばれたこともあったのだろう。
年齢以上に小柄に見える彼女の後背に控える高等部の幹部連を見れば、誰もが一緒になって拍手を送っている。
後輩どころか中等部の生徒を部長と仰ぐなど前代未聞の事態なのだろうが、これほどまでの一体感を見せるとは
長湖部はよほど結束力が強いのか、孫権に破格のカリスマが備わっているのか、おそらくはその両方なのだろう。

 −吾粲の目利きは間違ってはいなかった。 ……少なくとも、この時点では。



同年齢ということもあり相通じるものがあったのか孫権自らの司会は絶好調で、イベントは順調に進んだ。
デモンストレーションが開始され、各チームの趣向を凝らした演武に観客席も大盛況となる。
先頭を切るのは文字通りの斬り込み隊長にして四天王の一人、韓当率いる“海兵隊”。
水上を驀進する四隻の強襲揚陸艇『天馬(ペガサス)』、『駿馬(サラブレッド)』、
『木馬(トロイホース)』、『白対手(ブランリヴァル)』に分乗した『解煩』『敢死』の二隊による勇壮な模擬上陸戦で幕を開け、
続いてレガッタ部は一糸乱れぬストロークで水上を滑るがごとき競漕を披露し、
シンクロ部の凛々しさと優美さが融合した絶妙な演技は黄色い声援を巻き起こした。
水球部のミニゲームには手に汗を握り、日頃の鍛錬の成果が次々と中等部生の心を捉えてゆく。
一変して呂範、賀斉、潘璋らのチームによる観艦式もかくやという満艦飾のパレードが雰囲気を一層盛り上げ、
誰もがこのイベントの大成功を確信していたその時、事件は起こったのだった。

「さあ、パレードもいよいよ四チーム目、期待のニューフェイス、チーム“錦帆”だよっ!」
孫権の高らかなアナウンスをかき消すように盛大なドラの音が会場に響き渡る。
先の三チームも華々しさではいずれ劣らなかったが、今度の一団はまた群を抜いていた。
自らの威勢を誇示するかのように舟艇練習用の水路を往復すると、
接岸して上陸してきたメンバーの先頭に立つ少女の姿がまた実に個性的である。
金色に染めた髪を無造作に散らし、比較的暖かいとはいえ真冬のこの時期にもかかわらず
サラシ巻きの胸にジャージを羽織っただけ、その背中には二旒の羽根飾りが揺れており、
腰のベルトにぶら下げたいくつもの巨大な鈴が一歩ごとに派手な音を立てるのだった。
続くメンバーもどこか異質な雰囲気を漂わせており、雰囲気に飲まれた中等部生にも
彼女らが何か“ワケアリ”な集団なのではないかと薄々感じ取った者は少なくなかっただろう。
例の羽根飾りの少女はひとり孫権の前まで進み、マイクを受け取りこちらに向き直ると声を張り上げる。
「お前ら今日は俺のためによく来てくれたな! 俺様が甘寧だ! 根性あるヤツはいつでも待ってるぜ!」
まさに唯我独尊、居並ぶ幹部連も囃し立てる者がいる一方で、苦笑している者はまだマシな方、
中には今にも怒鳴り出すのではないかと思われるほどに顔を真っ赤にしている者もいた。
中等部生は声もない。その気勢に辛うじて追随できる剛の者もいるにはいたが、
大部分はザワザワと戸惑いの声を上げるのみだったのだ。

「あいつか……!」
その時ふと、吾粲の耳に短く押し殺したような声が響いた。
けして大きな声ではなく、誰かに呼びかけたわけでもなかったはずだが、耳に残って離れない。
気になって辺りを見回すと、一人分のスペースが空いている。
誰かがいたような気がしたが、吾粲には思い出せなかった。


 続く
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