【1月18日】旭記念日創作発表スレッド【お祭りワッショイ】
22:★玉川雄一2004/01/17(土) 22:57
 吾粲の眼(6)

ステージ上では、チーム“錦帆”によるデモンストレーションが続いていた。
何に使うのか、特製と思われる大柄なラバーナイフで演武を行っており、
甘寧自ら鈴を鳴らしつつゴム製の刃を振るうその表情はすこぶる輝いていて、顕示欲の強さは相当なものとうかがえる。
そんな中、観客席の一角のざわめきのトーンが変わった。最初それと気付いたものは少なかったのだが、
席を抜けだして一人の少女がステージ上に現れるに至り、何事かと不審の波が広まっていった。
「あぁん?」
雰囲気を察して、演武を中断された甘寧が闖入者を睨み付ける。
彼女の風体と先程からの言動で誰もが容易に推測し得ただろうが、急速に気分を害していく様子がありありと見えた。
幹部の列からは、不穏な空気を察して数名の部員が進み出ようとしていたが、
それより先に闖入者の少女は一気に甘寧の前に詰め寄ると−
「姉さんの仇!」
「!!!」
誰もが予想し得なかったことに、その少女は一声叫ぶと素手ではあるが甘寧に飛びかかったのだ!
満座が息を飲む中で、だが甘寧の反応はまったく容赦がなかった。
少女の渾身の一撃を上半身を揺らしただけでかわすと怒りに表情を歪め、その身を掠めた右手首を無造作に掴み乱暴に引き寄せる。
そしてバランスを崩した少女に強烈な脚払いをかけ、そのまま片手で地面に叩きつけたのだった。

一瞬の空白の後、あちこちから悲鳴が上がる。狂騒を沈静化すべく長湖部員が各方面へと走り出した。
ステージ上では、投げ飛ばされた少女を烈火の如き形相で睨み付ける甘寧。
ラバーナイフを握り直した手は怒りに震えており、先程の一連の動作を見せつけられれば、
甘寧がそれを躊躇なく少女に振り下ろすであろう事は火を見るより明らかだった。
だが、その少女を庇うように飛び出たサイドポニーの部員がいた。
甘寧の発する殺気に怯える風もなく、却って押し返すように口火を切る。
「目を覚ませ興覇! 今がどんなときか忘れたとは言わせないよッ!」
「………………」
二人の視線は数十秒間絡み合い、やがて甘寧は大きく舌打ちするとナイフをうち捨てた。
一応は、危害を加える気がないことをアピールしたつもりなのだろう。
サイドポニーの少女はそれを素早く拾い上げると、再び倒れた少女の側に駆け戻った。
「わかったよ子明、もう手は出さねえ。だけどな、ソイツと少し話をさせてくれねえか?」
「部長、この場はどうします?」
“子明”と呼ばれた少女はまず、孫権の指示を仰いだ。当事者を相手にするよりは賢明な判断だろう。
「そうね… まずは中等部のみんなを落ち着かせて。それからその娘は… 怪我はない?
 大丈夫だったら、とりあえず話を聞いてみてちょうだい。甘寧さんも収まらないでしょうから。
 大変でしょうけど、呂蒙さん、それはあなたにお任せするね」
サイドポニーの少女は呂蒙というらしい。甘寧が“子明”と呼んだのは字だったのだろう。
孫権からステージ上の収拾を任されたその呂蒙が今度こそ促した。
「……いいわ。ただし、これ以上事を荒立てるようなら今度はアンタをはり倒すからね」
この呂蒙、見たところは普通の少女と変わりはないがなかなか度胸が据わっているようだ。
それでも、息を付く少女に「いい、立てる?」と手を貸す辺り気遣いも持ちあわせているのだろう。
そしてようやく立ち上がった少女はまだ気力を失ってはいないらしい。
傍らで見守る呂蒙に一礼すると再び甘寧へと向き直ったのだが、この時、吾粲にもその少女の顔がはっきりと見えたのだ。
「あれは… さっきの!」
そう、開会直前に見かけた、ショートカットの少女だった。名前は今でも思い出せないが、
あの顔には確かに見覚えがあった。ということは、あの憎しみを含んだつぶやきも…?

「さて、まずは名乗りな。俺様を甘寧と知ってこの場をぶち壊しにしてくれた度胸は認めてやるよ」
やはりまだ甘寧の苛立ちは収まっていないのだろう。しかし少女も一歩も引こうとはしない。
「私は凌統… 字を公績! 姉さんのために、お前は絶対に赦さない!」
だが、名前を聞いて驚きを見せたのは甘寧ではなかった。
「凌統!? あの娘が…?」
「これはまずいことになったわね…」
口々に何事か言い交わし始めたのは、長湖部の幹部連だった。何か知っているようだ。
「姉さん? そういやさっき、仇だとかぬかしていたよな… 生憎と俺様は買った恨みの数なんざ掃いて捨てるほどだ、
 悪いがいちいち覚えちゃいねえ。まあ、あきらめることだな−」
「忘れた、だと……!? 余杭の凌操の名、忘れたとは言わせない!」
背後のざわめきをよそに継がれた甘寧の言葉を、凌統と名乗った少女が遮る。
彼女は思わず制止しようとした呂蒙の腕を振り切ると甘寧に詰め寄った。
「凌操…? ああ、凌操な! ……わりぃ、さっきのは一部訂正な。…うん、アイツはいい腕だった。
 そうだ、久々にマジでやりあった相手だったぜ…」
“仇”の名を聞いて思い出したらしく、甘寧は一人でしきりにうんうんと頷いている。
先程までの張りつめたような空気が一瞬緩んだように感じられ、凌統もわずかに表情を緩めたが…
「だけどな、真剣勝負だからこそ、俺の勝ちは譲れねえ。中坊のお前にはまだ分からねえだろうけど、
 俺らの世界ってのはそういう所なんだよ。そこに殴り込む覚悟はあるんだろうな?」
甘寧の言葉がピシャリと凌統を打つ。だが、言葉こそ荒いが、一方通行の敵意は既に消えていた。
凌統も悟るところがあったのか、唇を噛んでうつむいていたが何事か決意したらしくキッと顔を上げる。
「ならば、私はお前を越えてみせる! いつの日かきっと、私自身の力で…!」
「わかった、いい度胸だ。できれば俺のチームに欲しかったが… まあ、せいぜい頑張りな」
けして“和解”したわけではない。憎しみの輪廻こそ断ち切られたかに見えはしたものの、
ライバルと呼ぶにはあまりに殺伐とした関係がここに幕を開けたのだった。

「部長、勝手な行動でお騒がせしてしまい、すみませんでした。この償いは、必ず活躍してお返しします」
一礼すると、凌統は退場していった。甘寧も苦笑して、孫権に詫びを入れる。
「済まねぇ、またやっちまったよ… この落とし前は必ず付ける。悪ぃが、この後は公瑾のギターでも演ってもう一回盛り上げてくれ」
軽く頭を下げ、チームの面々を引きつれて引き揚げる。盛大にドラを鳴らしていったのは、沈んだ雰囲気をせめて盛り返そうとしたのだろう。

最悪の事態は免れたということで孫権もこの場を収めてイベントの続行を指示し、甘寧のリクエストに応えて真打ちである周瑜の出番を繰り上げた。
周瑜はデモンストレーションのフィナーレを締めくくる予定でこの日のために作ったという曲を披露したのだが、
彼女の的確なパフォーマンスも手伝ってステージには熱気が舞い戻った。
その後も予定は消化され、波乱を含んだデモンストレーションは何とか終了したのだった。


 続く
1-AA