【1月18日】旭記念日創作発表スレッド【お祭りワッショイ】
56:★惟新2004/01/20(火) 21:09
☆★ 皇甫嵩 ★☆


 風が、少し砂っぽい。
 漢陽に降り立って、最初に感じたのはそれだった。
 ふいに圧迫感を覚え、思わず立ち止まる。
 そこへ、何かが投げ込まれた。
「何者!?」
 反射的に掴むと、それは竹刀。
「これは一体…」
 突如現れる“気”。
 すぐに構え、摺り足で周囲をぐるりと見渡す。
「……上か!」
 朝日を背に跳躍する肢体。その顔には覆面。
 地に落ちたかと思うと、それは驚異的な速さで迫って来た。
 気合を一閃。
「チェストオオ!!」
 ざっ。
 あと一歩踏み入れば打ち込む、というすんでのところで、覆面は後方へ跳んだ。
 しばしの睨み合い。そして。
「……恐れ入りました。さすがは、音に聞こえた剣の達人です」
 覆面は無防備だが、皇甫嵩は残心したまま。
「何ゆえの狼藉か」
「二の太刀要らずの剣」
 自らの覆面に手を掛け。
「その二の太刀とやらを、見てみたかったのです」
「……ほう」
 現れた姿は、まさに美丈夫だった。
 皇甫嵩自身もかなりの長身であり、密かに“ミスター蒼天”などと呼ばれていたりするが、
しかし、相手のそれは上回る感すらあった。
 その相手が、長躯を曲げて膝を折った。
「ご無礼の段、何卒お許しください。私は中等部3年、傅燮と申します」
 そこではじめて、皇甫嵩は竹刀を納めた。
「そうか、君が傅燮か。噂には聞いていたが、ずいぶんと無茶をする」
 仕事振りには定評があるが、なかなかの問題児。
 盧植からはそのように聞かされていた。
「それで、気は済んだのか?」
「はい。これで、心置きなくあなたの指揮に従うことが出来ます」
 そう言って、再び傅燮は長躯を折った。
 皇甫嵩は溜息をつき、
「小癪な物言いをする」
 竹刀を手渡し、苦く笑った。

 注文のイチゴを受け取っていたときだった。
「おや。あなたは、もしや皇甫嵩様では?」
 振り向くと、高等部の制服。
 しかし生憎と、皇甫嵩にはその顔に見覚えが無かった。
「失礼。どこかで、お目にかかりましたか」
「いえいえ、私が勝手に存じ上げているだけでございます」
 恭しく頭を下げる。
「私、韓遂、と申します。端役とは申せ、蒼天会でお役目を頂戴しております」
「ああ、そうでしたか。これは失礼申し上げた」
 皇甫嵩もまた恭しく頭を下げる。
「ときに…」
 韓遂。
「皇甫嵩様は、いかなるご用向きでこちらまで?」
「用向き、ですか」
 お使いでイチゴを買いに、なんて言いにくいことだが。
「イチゴを運んでおります」
 現場を見られてしまっては言い逃れも出来ない。
「そうですか、イチゴを」
「そうです、イチゴを」
 言って、不適に笑いあう二人。
 ふいに、韓遂の目が妖しく光った。
「皇甫嵩様ほどの大人物にイチゴを運ばせるとは、蒼天会も大したもので」
 ジリ…
 知らず、体が下がる。
 直感が叫んでいた。この女は危険だ、近寄ってはならない、と。
 皇甫嵩の異変に気付いたか、韓遂は和やかに笑って見せた。
「それでは、お気をつけて、イチゴをお運びください」
「ありがとう。私は気をつけて、イチゴを運ぶことにします」
 笑顔を交わし。韓遂は踵を返した。
 その背中、ウェーブのかかった長い黒髪を眺めつつ。
 皇甫嵩は、恐るべき時代の到来を、予感せずにはいられなかった。

 皇甫嵩、傅燮、韓遂。三人の運命は複雑に絡み合い、時代を創っていく。しかし、
それはまた別のお話である。
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