【1月18日】旭記念日創作発表スレッド【お祭りワッショイ】
68:★ぐっこ@管理人2004/01/22(木) 00:01AAS

■夜の夢

 ――舞う。
 みんなが、思い思いに、楽しそうに、幸せそうに、舞っている。
 スポットライトが、ホール中央にさっと集中し、ひと組ひと組を代わる代わる照らし出
す。そのたびに、大きな拍手が会場内にひろがる。
 さすがは、この日の席に呼ばれるだけあって、皆途方もなく上手だった。
 男性パートのリードにあわせて、女性パートの方が、それこそ胡蝶のように軽やかに舞
う。めまぐるしく位置を変えながら、他のペアとぶつからないように、お互いに足を踏ま
ないように、細心の注意を払い、かつ舞う。男性パートの方は、ゆとりを持って微笑みを
絶やさず、女性パートの方は視線を四囲に配り、笑顔を振りまいている。

 …なんて、上手なんだろう。

 呉匡の知らない先輩方だったけど、それでもこれだけの踊りができるのだ。
(…出なくてよかったかも)
 さすがに赤面する思いだった。
 
 スポットライトが別のペアを照らし出す。
 ――あ、可顒さまと張邈さんだ。
 マニッシュタイプの式典服に身を包んだ可顒さまは、正直怖いくらいに似合っていた。 
ペアである張邈さんも、いつにも増してお姫様ぶりを上げ、周囲を圧倒するように舞ってい
た。
 すごい。
 お二人のダンスは、どちらも武闘派なだけあって、なんというか、ほとんど剣舞だった。
 先ほどのペアに比べて、たとえば技術的な洗練は少々劣るかもしれないけど、代わりに
恋人同士が白刃で戯れ合っているような――なんというか、研ぎ澄まされた気を感じるほ
どだ。
 周りの人も、みんな感じるのだろう。ほう、という感嘆のつぶやきが聞こえた。

 その後も、知ってる顔、知らない顔が入れ替わり立ち替わり、ライトを浴びた。
 どうやら最初のペアと、次の何?さまたちが特別だったようで、続きのペアは、いわば普
通の踊り手であるらしかった(それでも呉匡なんかよりずっと上手だけど)。
 連合生徒会会長の竇武さまと、蒼天会顧問の陳蕃さまのダンスは、陳蕃さまらしい几帳
面さで、きっちりと基礎のステップをはずさない。それでいて、ややストリート風に踊る
竇武さまを、流れるようにエスコートし、なんだか新しいダンスを見ているような気がし
たものだ。

 さらに何組かが過ぎたとき――。
 呉匡はごく自然と、ライトに照らし出された李膺さまの姿を認めた。
 李膺さまは…

「ドレス!?」

 呉匡は素っ頓狂な声を上げた。
 李膺さまはたいていの方より長身だから、まず間違いなく男性パートであると思ってい
た。そもそも呉匡と踊るのだって、その予定だったはずだ。
 しかし、いま李膺さまが身にまとっているのは、体にぴったりとフィットした、黒に近
い深赤のドレスだった。
 その李膺さまの手を引いて、白い光の中に登場したのは――

「お母さん!?」

 呉匡はさっきよりもさらに大きな声を出した。
 さすがに集中する視線に気づきもせず、わなわなと震える。

(なんで――なんで――!?)

 お母さんこと、後期蒼天会の初代格技部連総帥・学園公安弾圧委員長・通称“死神”“
ミス・ブラック”“皆殺しの黒”呉漢さまは。
 真っ黒なタキシードを隙無く着こなし、その長身を翻しつつ、ホールの中央へ李膺さま
をエスコートしていた。
 長い髪を一つにくくり、紳士の余裕で微笑むさまは、なんというか、あの何?さまよりも
遙かにダンディだった。
 そして。
 あっという間もなく、いきなり李膺さまを抱きすくめた。

 きゃああああ! と会場からいっせいに悲鳴とも歓声ともとれる声があがる。呉匡は、
ただただ震えているだけだ。

 一瞬の間が、のろのろと通り過ぎ――。
 
 荘重な曲が始まったとたん、二人は、舞いだした――。
 




 李膺さまの執務室。
 今夜は、本当に観客でしかなかった呉匡は、お疲れの李膺さまのために、せめて美味し
いお茶を淹れているところだ。

 さっきから、二人はなんとなく無言。
 そもそも李膺さまの様子が、おかしい。
 妙によそよそしい。そして、ちょっと不機嫌そうだった。

 …そもそも、この日の始まりは、呉匡のこむら返りからだった。
 もしアレがなければ、今頃呉匡は、李膺さまと今日一緒に踊ったダンスについて、パー
ティーについて、楽しくまくし立てていたに違いないのに。
 願わくば、今日一日が夜の夢でありますように…

 呉匡は、またも暗澹たる気持ちにともすれば転落しかける心を励まして、何とか話題を
探そうとしていた。
 と。

「――今日はお疲れさま」

 李膺さまが、ぽつりと、不意に言った。
「あ、とんでもないです! 李膺さまこそ、お疲れさまでした!」
 あわてて呉匡は返答した。――お茶をお出ししながら、笑顔で言おうと思ってたのに。
「ううん、私は踊っただけだったけど。呉匡はいろいろあったみたいだから」
「はあ…」
 色々あったといえばそうだけど、そうすごいことがあった訳ではない。だいいち、一番
すごかったのは、李膺さまのダンスだったわけだし。
「――ええと、李膺さま」
「何?」
「その――母と、踊られてたところ拝見して――びっくりしました」
「ああ…」
 李膺さまは、いつもの冷たい声で相槌をうった。
「てっきり男性パートを踊られると思っていたものですから」
「あれは――呉漢さまに、持ちかけられたの」
「…だと思います。でも、どうして受けられたのですか?」
「うん…ちょっと」
 李膺さまは、珍しく口調を濁すと、視線を逸らした。
 ――激しく気になる。
 でも、気になると言えば、今日の李膺さまの見事なダンスだ。
 授業で習うとはいえ、これまで李膺さまが女性パートを踊る回数は、ずっと少なかった
はずだ。
 でも、今日の李膺さまのダンスは、他の誰よりも美しくかった。贔屓目なしに、そう断
言できるほど。
「密かに特訓を?」
「してない。それどころか、あのステップは、授業で一度習ったきりだった」
「え…!?」
「呉漢さまのエスコートね。気が付いたら、勝手にああいう風に身体が動いているの」
 へええ…。お母さん、そんな特技があったのか…
「凄いわよね」
 李膺さまは、ようやく微笑んでくれた。
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