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【1月18日】旭記念日創作発表スレッド【お祭りワッショイ】
20:★玉川雄一 2004/01/17(土) 22:54 吾粲の眼(4) イベント開始に向けて準備の追い込みに入るという顧雍と別れて、二人はいよいよ参加者集合場所へとたどり着いた。 「うわ、こんなに来てたのか…」 吾粲の想像も付かないような数の中等部生が集まっていた。もちろん全員が入部志望者のはずだ。 彼女らはこれから先輩達のデモンストレーションを見て、志望チームを決めることになる。 様々なウォータースポーツを中心とした運動部の連合体である長湖部には、それぞれの競技を行う数多くのチームがあった。 入部した生徒は基本的にそれらのいずれかに属して活動を行うことになる。 あるいは顧姉妹のようにマネージャーとして部の運営に携わる者もおり、著しく規模を拡大しつつある長湖部においては その方面でも力を発揮する道が開けていたのだった。 一方で現役部員としても来るべき新入生獲得に向けて今日のイベントには力を注いでいるとみえ、 控えの方からは打ち合わせの声やら威勢の良い掛け声やらが漏れ聞こえていた。 「うん、ここならよく見えるでしょう」 ようやく歩みを止めたところで顧邵が目の前を指し示す。確かに絶景。よくもまあこんな特等席が… というのも当然で、何せ顧邵は顔が利く。上級生相手ですらあの様子なのだから、同級生には言わずもがな、 会う人会う人から声をかけられてその都度挨拶を交わすハメになった。 そして彼女はその一人一人に、吾粲のことを紹介してくれたのだ。 吾粲にとってはそのほとんどが初対面であり、正直言って一度では覚えきれるものでもなかったが、 顧邵の紹介ということでおおむね好意的に迎えられたようだった。 わずか数十分間で、吾粲の中の人名録は不完全ながらも一気に数倍に膨れ上がったのだ。 −その中には、後に心強い仲間となる少女が数多く名を連ねていた。 やがて一年、二年と時が過ぎ、無二の親友が既に部を去った後も、 この時の出会いは吾粲にとって掛け替えのない宝となったのだった。 (あれ、さっきのは……?) そんな中、吾粲は珍しく知った顔を見つけた。 ダークパープルの髪をショートカットにしたその少女に声をかけてみようとしたのだが、 それより先にまたもや顧邵のもう何十人目かとなった“お見合い”が始まってしまい、 それきり声をかけるチャンスを逸してしまったのだった。 (でも、なんだか目つきがとても怖かった…) その少女とは特に親しいわけでもなかったが、確か同じ呉棟で何度か見かけた記憶がある。 元々鋭い目つきをしていたような気がするが、今のその瞳は明らかに殺気を宿していた。 (気のせいだといいんだけど…) 吾粲の胸に、微かな不安の灯がともった。 「ねえねえ孔休さん、こちらは張敦さんと卜静さんっておっしゃるんだけど… あら、そういえば同じ呉棟だったわね?」 彼女の密やかな心配をよそに、顧邵はますます絶好調だった。 人の波もそろそろ落ち着きを見せ始め、そろそろ開幕の時間を迎えようとしていた。 吾粲がふと視線をやった先には、長湖部の幹部連と思われる女生徒が整列している。 周囲もそれに気付いたようで、ヒソヒソとかわされる囁きが耳に入ってきた。 「ほら見て、周瑜先輩がいるわよ」 「四天王の皆さん、カッコいい…」 「何言ってるのよ、周泰さまが一番に決まってるじゃない!」 彼女らにとって憧れの先輩かはたまたアイドルか、数ヶ月後にはそれどころではない苛酷な日々が待ち受けているのだが、 今日の日は“夢”を大きく膨らませるためのイベントだからこれでも良いのだろう。 しばらくすると、その前に小柄な女生徒が姿を現した。マイクを片手に何事か周囲と打ち合わせを重ねていたが、 やがて最終確認を終えたのか、背後の幹部連に一声かけるとこちらを向き、それに合わせて一同が整列した。 ホスト席が姿勢を正したのを見て、観客席のざわめきも波が引いたように静まってゆく。 誰が音頭をとったわけでもないが、集団行動の素養は日頃から身に付いているのだろう。 小柄な少女はそれを見て満足げに頷くと、一歩前に進み出る。 (あれ、あの娘って…?) 違和感を覚えたのは、少なくとも吾粲だけではなかったはずだ。 色素の薄そうな巻き毛と遠目にも分かる青みがかった瞳、何よりどう見ても高等部生とは思えない幼げな雰囲気。 訳知りらしい中等部生は周囲にヒソヒソと何事か説明していたようだが、 残念ながら事情通とは対極に位置する吾粲には事情が掴めない。さすがの顧邵も場を弁えてか、おとなしく黙っている。 しかしあれこれ思い悩む間もなく、くだんの女生徒がマイクを握りしめると大きく息を吸い込んだ。 いよいよ、長湖部主催体験入部イベントの始まりである。 続く
21:★玉川雄一 2004/01/17(土) 22:55 吾粲の眼(5) 「中等部のみんなー、おはよーーーーっ! 長湖部へようこそーっ!」 「おはようございまーーーーーす!」 外見から想像されるとおりの第一声が発せられると、体育会らしいノリで挨拶が交わされる。 「……って言っても、実はボクもみんなと同じ中等部の三年生なんだけどね」 てへっ、とやってみせると満場がドッと笑いに包まれた。これだけで既にペースを掴んでしまっていた。 「はーい、ほとんどの人には初めまして、だよね。ボクは長湖部の部長をやってる孫権、仲謀っていいます」 ペコリと頭を下げたのに応じて一斉に拍手が鳴り響く。ニコニコと笑顔を浮かべて、 大舞台でも動じたように見えないのはさすがだ。彼女もまた、場慣れしているのだろう。 (それにしても、中等部でもう部長をやってるのか…) そういえば、吾粲も昨年の夏休み明け頃にそんな噂を聞いたような気がする。 休み中に長湖部で人身事故が発生し、部長が病院に担ぎ込まれたとか云々… 確かに「大事件」ではあったが、中等部でもいっとき話題を席巻していたのは きっと彼女が後任に選ばれたこともあったのだろう。 年齢以上に小柄に見える彼女の後背に控える高等部の幹部連を見れば、誰もが一緒になって拍手を送っている。 後輩どころか中等部の生徒を部長と仰ぐなど前代未聞の事態なのだろうが、これほどまでの一体感を見せるとは 長湖部はよほど結束力が強いのか、孫権に破格のカリスマが備わっているのか、おそらくはその両方なのだろう。 −吾粲の目利きは間違ってはいなかった。 ……少なくとも、この時点では。 同年齢ということもあり相通じるものがあったのか孫権自らの司会は絶好調で、イベントは順調に進んだ。 デモンストレーションが開始され、各チームの趣向を凝らした演武に観客席も大盛況となる。 先頭を切るのは文字通りの斬り込み隊長にして四天王の一人、韓当率いる“海兵隊”。 水上を驀進する四隻の強襲揚陸艇『天馬(ペガサス)』、『駿馬(サラブレッド)』、 『木馬(トロイホース)』、『白対手(ブランリヴァル)』に分乗した『解煩』『敢死』の二隊による勇壮な模擬上陸戦で幕を開け、 続いてレガッタ部は一糸乱れぬストロークで水上を滑るがごとき競漕を披露し、 シンクロ部の凛々しさと優美さが融合した絶妙な演技は黄色い声援を巻き起こした。 水球部のミニゲームには手に汗を握り、日頃の鍛錬の成果が次々と中等部生の心を捉えてゆく。 一変して呂範、賀斉、潘璋らのチームによる観艦式もかくやという満艦飾のパレードが雰囲気を一層盛り上げ、 誰もがこのイベントの大成功を確信していたその時、事件は起こったのだった。 「さあ、パレードもいよいよ四チーム目、期待のニューフェイス、チーム“錦帆”だよっ!」 孫権の高らかなアナウンスをかき消すように盛大なドラの音が会場に響き渡る。 先の三チームも華々しさではいずれ劣らなかったが、今度の一団はまた群を抜いていた。 自らの威勢を誇示するかのように舟艇練習用の水路を往復すると、 接岸して上陸してきたメンバーの先頭に立つ少女の姿がまた実に個性的である。 金色に染めた髪を無造作に散らし、比較的暖かいとはいえ真冬のこの時期にもかかわらず サラシ巻きの胸にジャージを羽織っただけ、その背中には二旒の羽根飾りが揺れており、 腰のベルトにぶら下げたいくつもの巨大な鈴が一歩ごとに派手な音を立てるのだった。 続くメンバーもどこか異質な雰囲気を漂わせており、雰囲気に飲まれた中等部生にも 彼女らが何か“ワケアリ”な集団なのではないかと薄々感じ取った者は少なくなかっただろう。 例の羽根飾りの少女はひとり孫権の前まで進み、マイクを受け取りこちらに向き直ると声を張り上げる。 「お前ら今日は俺のためによく来てくれたな! 俺様が甘寧だ! 根性あるヤツはいつでも待ってるぜ!」 まさに唯我独尊、居並ぶ幹部連も囃し立てる者がいる一方で、苦笑している者はまだマシな方、 中には今にも怒鳴り出すのではないかと思われるほどに顔を真っ赤にしている者もいた。 中等部生は声もない。その気勢に辛うじて追随できる剛の者もいるにはいたが、 大部分はザワザワと戸惑いの声を上げるのみだったのだ。 「あいつか……!」 その時ふと、吾粲の耳に短く押し殺したような声が響いた。 けして大きな声ではなく、誰かに呼びかけたわけでもなかったはずだが、耳に残って離れない。 気になって辺りを見回すと、一人分のスペースが空いている。 誰かがいたような気がしたが、吾粲には思い出せなかった。 続く
22:★玉川雄一 2004/01/17(土) 22:57 吾粲の眼(6) ステージ上では、チーム“錦帆”によるデモンストレーションが続いていた。 何に使うのか、特製と思われる大柄なラバーナイフで演武を行っており、 甘寧自ら鈴を鳴らしつつゴム製の刃を振るうその表情はすこぶる輝いていて、顕示欲の強さは相当なものとうかがえる。 そんな中、観客席の一角のざわめきのトーンが変わった。最初それと気付いたものは少なかったのだが、 席を抜けだして一人の少女がステージ上に現れるに至り、何事かと不審の波が広まっていった。 「あぁん?」 雰囲気を察して、演武を中断された甘寧が闖入者を睨み付ける。 彼女の風体と先程からの言動で誰もが容易に推測し得ただろうが、急速に気分を害していく様子がありありと見えた。 幹部の列からは、不穏な空気を察して数名の部員が進み出ようとしていたが、 それより先に闖入者の少女は一気に甘寧の前に詰め寄ると− 「姉さんの仇!」 「!!!」 誰もが予想し得なかったことに、その少女は一声叫ぶと素手ではあるが甘寧に飛びかかったのだ! 満座が息を飲む中で、だが甘寧の反応はまったく容赦がなかった。 少女の渾身の一撃を上半身を揺らしただけでかわすと怒りに表情を歪め、その身を掠めた右手首を無造作に掴み乱暴に引き寄せる。 そしてバランスを崩した少女に強烈な脚払いをかけ、そのまま片手で地面に叩きつけたのだった。 一瞬の空白の後、あちこちから悲鳴が上がる。狂騒を沈静化すべく長湖部員が各方面へと走り出した。 ステージ上では、投げ飛ばされた少女を烈火の如き形相で睨み付ける甘寧。 ラバーナイフを握り直した手は怒りに震えており、先程の一連の動作を見せつけられれば、 甘寧がそれを躊躇なく少女に振り下ろすであろう事は火を見るより明らかだった。 だが、その少女を庇うように飛び出たサイドポニーの部員がいた。 甘寧の発する殺気に怯える風もなく、却って押し返すように口火を切る。 「目を覚ませ興覇! 今がどんなときか忘れたとは言わせないよッ!」 「………………」 二人の視線は数十秒間絡み合い、やがて甘寧は大きく舌打ちするとナイフをうち捨てた。 一応は、危害を加える気がないことをアピールしたつもりなのだろう。 サイドポニーの少女はそれを素早く拾い上げると、再び倒れた少女の側に駆け戻った。 「わかったよ子明、もう手は出さねえ。だけどな、ソイツと少し話をさせてくれねえか?」 「部長、この場はどうします?」 “子明”と呼ばれた少女はまず、孫権の指示を仰いだ。当事者を相手にするよりは賢明な判断だろう。 「そうね… まずは中等部のみんなを落ち着かせて。それからその娘は… 怪我はない? 大丈夫だったら、とりあえず話を聞いてみてちょうだい。甘寧さんも収まらないでしょうから。 大変でしょうけど、呂蒙さん、それはあなたにお任せするね」 サイドポニーの少女は呂蒙というらしい。甘寧が“子明”と呼んだのは字だったのだろう。 孫権からステージ上の収拾を任されたその呂蒙が今度こそ促した。 「……いいわ。ただし、これ以上事を荒立てるようなら今度はアンタをはり倒すからね」 この呂蒙、見たところは普通の少女と変わりはないがなかなか度胸が据わっているようだ。 それでも、息を付く少女に「いい、立てる?」と手を貸す辺り気遣いも持ちあわせているのだろう。 そしてようやく立ち上がった少女はまだ気力を失ってはいないらしい。 傍らで見守る呂蒙に一礼すると再び甘寧へと向き直ったのだが、この時、吾粲にもその少女の顔がはっきりと見えたのだ。 「あれは… さっきの!」 そう、開会直前に見かけた、ショートカットの少女だった。名前は今でも思い出せないが、 あの顔には確かに見覚えがあった。ということは、あの憎しみを含んだつぶやきも…? 「さて、まずは名乗りな。俺様を甘寧と知ってこの場をぶち壊しにしてくれた度胸は認めてやるよ」 やはりまだ甘寧の苛立ちは収まっていないのだろう。しかし少女も一歩も引こうとはしない。 「私は凌統… 字を公績! 姉さんのために、お前は絶対に赦さない!」 だが、名前を聞いて驚きを見せたのは甘寧ではなかった。 「凌統!? あの娘が…?」 「これはまずいことになったわね…」 口々に何事か言い交わし始めたのは、長湖部の幹部連だった。何か知っているようだ。 「姉さん? そういやさっき、仇だとかぬかしていたよな… 生憎と俺様は買った恨みの数なんざ掃いて捨てるほどだ、 悪いがいちいち覚えちゃいねえ。まあ、あきらめることだな−」 「忘れた、だと……!? 余杭の凌操の名、忘れたとは言わせない!」 背後のざわめきをよそに継がれた甘寧の言葉を、凌統と名乗った少女が遮る。 彼女は思わず制止しようとした呂蒙の腕を振り切ると甘寧に詰め寄った。 「凌操…? ああ、凌操な! ……わりぃ、さっきのは一部訂正な。…うん、アイツはいい腕だった。 そうだ、久々にマジでやりあった相手だったぜ…」 “仇”の名を聞いて思い出したらしく、甘寧は一人でしきりにうんうんと頷いている。 先程までの張りつめたような空気が一瞬緩んだように感じられ、凌統もわずかに表情を緩めたが… 「だけどな、真剣勝負だからこそ、俺の勝ちは譲れねえ。中坊のお前にはまだ分からねえだろうけど、 俺らの世界ってのはそういう所なんだよ。そこに殴り込む覚悟はあるんだろうな?」 甘寧の言葉がピシャリと凌統を打つ。だが、言葉こそ荒いが、一方通行の敵意は既に消えていた。 凌統も悟るところがあったのか、唇を噛んでうつむいていたが何事か決意したらしくキッと顔を上げる。 「ならば、私はお前を越えてみせる! いつの日かきっと、私自身の力で…!」 「わかった、いい度胸だ。できれば俺のチームに欲しかったが… まあ、せいぜい頑張りな」 けして“和解”したわけではない。憎しみの輪廻こそ断ち切られたかに見えはしたものの、 ライバルと呼ぶにはあまりに殺伐とした関係がここに幕を開けたのだった。 「部長、勝手な行動でお騒がせしてしまい、すみませんでした。この償いは、必ず活躍してお返しします」 一礼すると、凌統は退場していった。甘寧も苦笑して、孫権に詫びを入れる。 「済まねぇ、またやっちまったよ… この落とし前は必ず付ける。悪ぃが、この後は公瑾のギターでも演ってもう一回盛り上げてくれ」 軽く頭を下げ、チームの面々を引きつれて引き揚げる。盛大にドラを鳴らしていったのは、沈んだ雰囲気をせめて盛り返そうとしたのだろう。 最悪の事態は免れたということで孫権もこの場を収めてイベントの続行を指示し、甘寧のリクエストに応えて真打ちである周瑜の出番を繰り上げた。 周瑜はデモンストレーションのフィナーレを締めくくる予定でこの日のために作ったという曲を披露したのだが、 彼女の的確なパフォーマンスも手伝ってステージには熱気が舞い戻った。 その後も予定は消化され、波乱を含んだデモンストレーションは何とか終了したのだった。 続く
23:★玉川雄一 2004/01/17(土) 22:59 吾粲の眼(7) 「ふぅ… 一時はどうなることかと思ったわねぇ」 「ああ。気付いていたら、ああなる前に止めてやれたかもしれなかったけど…」 休憩時間を挟んで、これからは各チームへの体験参加の時間が予定されている。 顧邵はやはりマネージャー志望で、姉の元に行くと言っていた。ここらで別行動ということになるのだろう。 「今日は本当にありがとう。色々と助かったよ。春になったら、また会えるといいな」 やはり、礼を言わねばなるまいと切り出すと、顧邵は何がおかしいのかクスクスと笑い出した。 「ふふっ、なに言ってるのよ。同じ呉棟じゃない、明日からでもすぐ会えるわよ」 「あ、そうか…ははっ、そうだな。うん、それじゃ、明日からまたよろしく」 「ええ。あなたとお友達になれて嬉しかったわ。またね」 ペコリと頭を下げると、顧邵は手を振って去っていった。 (半日前には、全く予想すらしなかったな…) 何が縁になるかなんて、その時になってみないと分からないものだ。 得難い友人に巡り会えたことは、感謝してし足りないということはない。 それに、彼女を通じて吾粲の世界は一挙に広がったし、新たな繋がりもたくさん生まれた。 目の前に開けた新しい世界のことを思うと、長湖部に入部するのが俄然楽しみにもなってこようものだった。 「よし、いっちょ見て回るとするか…」 足取りも軽く、人の波に飛び込んでゆく。 そうして、吾粲は興味の向くままにあちこちのチームを覗いて回った。 先程の一件の記憶も生々しい“チーム錦帆”にも足を運び、怖い者見たさで遠巻きにコソコソしている生徒を後目に 内心少々は怯えつつも操船のレクチャーを受けたりもした。 ちなみにこの時には甘寧の機嫌は全快しており、鈴を鳴らしながら例の調子で立ち回っていた。 吾粲の運動能力は基本的に水準を超えており、“体験”してみる分にはどの種目もそつなくこなしてみせた。 部員の方も来るべき新年度の部員勧誘に向けて多少の社交辞令を交えている感もないではなかったが、 彼女は確かにどこのチームでも絶賛され、入部したらぜひうちのチームに、と誘われたものである。 これまで無名で通してきただけに却って逸材として注目され始めたらしい。 顧譚が最初にかけてくれた言葉もまんざらではなく、さらに実力によって裏打ちされてゆくのだった。 そんな中、一息ついた吾粲を呼び止める者があった。 「失礼、吾粲さんよね? あ、よかった… 探したのよ」 「ん?」 まさか他人から声をかけられるとは思ってもおらず、意外に感じつつ振り向くと− 「あ、あんたは確か… 陸遜、だったかな」 「知っていてくれたのね。呉棟の陸伯言よ。直接お話しするのは初めてよね。よろしく」 ボブカットの少女が手を差し出した。呉棟でその名を聞いたことがある、陸遜だった。 彼女もまた“呉の四姓”のひとつ陸氏の出であり、直接の面識こそ無かったがその噂は耳に届いていた。 たしか、数少ないユース参加者であり、その才能は期待されるところが大だという。 「こちらこそ… それにしても、よく私のことが分かったね」 吾粲はもう何人目の相手か忘れたほどの握手を交わしながら、いつの間にか自分の名が知られていることに内心驚いていた。 「ええ、以前より人づてに噂を聞いて姿はお見かけしていたのだけれど… さっき、孝則にね」 あなたにぜひ会ってくれ、ってもうしつこいくらいに念を押されてしまったのよ、と苦笑した。 (そうか、孝則が…) あの押しの強さは筋金入りだったということか。それでも、彼女の心遣いは嬉しく思えた。 「いや、私もあの娘にはとても世話になったよ。いったい、今日は何人と知り合いになったのやら」 「ふふっ、あの娘も世話好きよね。 …それで、私からももう一人ご紹介したいのだけれど、いいかしら?」 そう言うと、陸遜は今までにこやかな表情で隣に立っていた長身の少女を前に立たせた。 「吾粲さん、といったね。私は朱拠、字を子範という。お会いできて嬉しいよ」 「ありがとう。私は吾粲、字を孔休。そういえば… 確か君の名も呉棟で聞いたことがある」 お互い有名人になったものだね、と冗談を言い合って笑った。 聞けば彼女もまた“呉の四姓”朱氏の一員であり、従姉である朱桓先輩は新進気鋭の成長株だとか。 朱拠自身は吾粲と同じく進級後からの入部を予定しているそうだが、 従姉のつてもあってか既にあちこちのチームから声が掛かっているのだと陸遜が教えてくれた。 「お互い、頑張ろう。君もこれから、きっと素晴らしい選手になれるはずだよ」 顧邵に加えて、朱拠までもが太鼓判を押してくれた。二人の言葉が持つ言いしれぬ重みが嬉しかった。 続く
24:★玉川雄一 2004/01/17(土) 23:01 吾粲の眼(8) 陸遜も含めて三人でまたいくつかのチームに顔を出してみたが、互いにその力量には感じ入るところがあったようだ。 普段は温厚そうな表情をしていながら、朱拠はここ一番で人が変わったような集中力を発揮する。 吾粲は日頃のトレーニングによって培われた基礎体力に加えて、飲み込みの早さが称賛を受けた。 陸遜はといえば既にユースでの活躍が知れ渡っており、三人は今や呉棟の期待の星として話題をさらっていたのだった。 「まったく、今からこれじゃいくら何でも気が重いよ」 一通り見学を終えて休息をとりつつ吾粲がこぼすと、朱拠がクスリと笑った。 「まあ、いざ本活動が始まったらちやほやするどころじゃなくなるだろう。今の内はありがたく受け取っておこうよ」 「そうね、本番は実力第一だから、名前だけじゃとてもじゃないけどやっていけないわよ。特に最近は、そういう風潮が高まっているみたい」 一足先に荒波に揉まれているであろう陸遜がしみじみと付け加えた。 なんでも、七光りやコネだけで実力不相応な地位にある者が、次々とその座を逐われているという。 長湖部自体が、そういった階層を打倒することで今の勢力を築いたのだそうだ。 「そういや、甘寧先輩もああ見えてその辺はよく分かってたから、あんな事を言ったんだろうなあ」 デモンストレーションの際の一件で、姉の敵討ちに逸る凌統に啖呵を切った光景は今でも鮮明に記憶に焼き付いている。 思わず頷いた吾粲だが、陸遜は実に微妙な表情で苦笑した。 「まあ、あの言葉に関しては正しいわ。でも気を付けてね、甘寧先輩は相当付き合いづらい方だから」 色々とワケアリでね、と声を潜めて付け加えた。 「…ああ、何となく分かる気がしたよ。しかし部長もよくコントロールしているな」 朱拠が視線をやった先には、長湖に繋がる水路を出てゆく船団の姿が映っている。 大漁旗もかくや、と見まがうばかりの豪奢なセイルを翻し、ドラを乱打しながら疾走してゆくのはまさしくかのチーム“錦帆”だった。 「彼女の場合は、むしろ呂蒙先輩が一番の押さえ役でね。ほら、あの時もいたでしょう?」 陸遜が言っているのは、あのサイドポニーの先輩のことだろう。外見からは想像も付かない度胸の良さが印象的だった。 あの人も色々あったみたいだから、と陸遜。人は見かけに寄らないということらしい、 「でも、みんな個性的で楽しい所よ。早くあなたたちとも一緒に活動したいわね」 吾粲と朱拠は視線をかわして頷きあう。心強い仲間を得て、期待に胸は膨らむばかりである。 −と、そこへ今日のイベントの終了を告げるアナウンスが鳴り響いた。 『本日は皆さんのご参加ありがとうございました。新年度にまたお会いしましょう!』 その言葉で締めくくられると、誰からともなく拍手がわき起こった。 少々のハプニングは起こったが、全体的には大成功と評して差し支えないだろう。 招いた側、訪れた側のどちらにおいても、その多くが確かな手応えを感じていた。 そしてここにもまた一人。たった半日で数え切れないほどの出会いを重ねた吾粲は、今では参加したことに心の底から満足していた。 願わくは顧邵にあってもう一度お礼を述べたかったが、帰路についた生徒の大移動が始まっており、今から探し出すのは相当困難に思われる。 (そういえば、同じ棟なんだからまた会える、って言っていたよな) そう考えると、陸遜や朱拠ともまた然り。ユース参加者の招集がかかった陸遜と、 従姉の朱桓のもとに顔を出してゆくという朱拠とはそれぞれ再会を約して別れたが、 これからの日々を考えると俄然やる気が満ちてくるのだった。 ……私にも、こんな学園生活が送れるんだ。 今までの自分に不満があったわけではない。でも、今にして思えば刺激のない平板な日々の繰り返し。 望んでそれを求めるほど性格が変わったとも思わないが、谷もあれば山もあるという密度の濃い一日も 過ぎ去ってしまえば良い思い出になりそうだ。これからの三年間、新しい仲間とならばきっとやってゆける… 今は夕陽に照らされたあの堤防を駆けながら、吾粲の眼は活き活きとした輝きを放つのだった。 出会いの場所を、いま一人の少女が歩いてゆく。傍らには最愛の姉。 「でね姉さん、今朝ここで、孔休さんと出会ったのよ」 「……そう」 「やっぱり、何かに真剣に打ち込む眼って素敵よね。私、すぐに分かったわ。彼女はきっと大きくなれる、って」 「…孝則なら、きっとそう言うと思った。あの娘、いい眼をしていたもの…」 「あはっ、姉さんのお墨付き!? ふふっ、早速明日教えてあげなくっちゃ!」 自身に残されたそう長くはない時間を駆け抜けるように、顧邵は彼女らしいステップを踏んでゆく。 その姿を見守っていた姉は夕陽に染まった長湖に視線を転じると、 随分先まで行ってしまった妹が呼ぶまでの間、寄せては返す波を無言で見つめていた。 続く
25:★玉川雄一 2004/01/17(土) 23:02 吾粲の眼(9) −明けて1月19日。 今日からまた、いよいよ中等部三年間のゴールが見え始めた授業が再開される。 一応は進級試験もあることゆえ卒業気分で浮かれているわけにはいかないのだが、やはり昨日の出来事は吾粲の気分をガラリと変えていた。 卒業という区切りが見え始め、惰性という文字がちらつきかけていたのは昨日の朝までのこと。 新しい仲間との来るべき日々を思い描いて無駄に早起きなどしてみたりした次第。 「……まあ、それでも登校時間は大して変わらないのな」 一夜にして熱血に転じるというほど単純な質でもなく、まして続々と登校してくる生徒の顔ぶれに変わりがあるでもない。 朝から早速肩透かしかと思い始めたところに、突然肩を叩かれた。 「おはよう」 「えっ…… 子範!? おはよう」 振り向けば目の前には長身の少女。低血圧の気があるのか、それとも地であったか少々ローテンション気味だが、 吾粲自身が前日比150%程度には盛り上がっているのでそのギャップもあるのだろう。 挨拶を交わした二人は昇降口に向けて歩き出す。クラスメイトとこうして一緒になることは今までにもあったが、 やはり昨日の今日ということもあり自然と心が躍る。 「あ…… 隣のクラスだったんだ」 下駄箱まで来て初めて、朱拠が隣のクラスの生徒だったということに気がついた。 「どうりで、昨日会ったときに見覚えがあると思ったよ」 「まあ、そんなものだよ。今から知ったって別に遅くはない」 自分たちには未来が開けている… 口には出さないがその思いは通じ合っていた。 特に気分を害した風でもなく、朱拠は上履きに履き替える。吾粲も慌てて後を追い、廊下に出たところで− 「おっはよう、お二人さん! うんうん、私の目に間違いはなかった、ってことね」 「はは、孝則… そうか、君も」 「ね、子範。なんたって元歎姉さんもお墨付きをくれたんだもの。あなたもそう思うでしょう?」 「まったくだ。孝則はいつも大袈裟だけど、ウソだけは言わないな」 「ちょっと、その言い方は何よぅ。孔休さん、ひどいと思わない?」 「ええっ? いや、その……」 朝から改めて思い知ったがこの顧邵、見た目に反して相当なバイタリティの持ち主らしい。 これからわずか数ヶ月後に訪れる予想もしなかった別れの日まで、吾粲は日々そのことを再認識し続けることになる。 「ほらほら三人とも、ここまで来て道草しないの。遅刻するわよ!」 「おはよう、伯言!」 朝練あがりの締まった声が眠気の欠片を吹き飛ばす。負けじと一日の始まりを告げる予鈴が響いた。 「ああもう、廊下は走らないの! でも急ぎましょう!」 やはり昨日までとは違う日々が待っているというのは心躍るものだと、吾粲は喜びを噛みしめていた。 広大な学園のどこででも見られるそんな光景の一つ一つに、昨日までと違う新しい何かが光を放っている。 今日からは、どんな小さな輝きでも逃しはしない。 −吾粲の眼は、そのために大きく見開かれているのだから。 吾粲の眼・完
26:★玉川雄一 2004/01/17(土) 23:10 はい、お粗末様でした<(_ _)> これ書くに当たっては『マリみて』が少なからず影響しているワケですが、 (読んだことある方には)雰囲気が伝わるかしら? なんかもう妙ちきりんなお話でして、祭りにそぐわぬ修羅場もあったりして。 トータルではまあ吾粲が主人公なのですが。登場人物がみな微妙ですね。 ちなみに顧雍姉さんですけど、キャラ元ネタの“セリフ復唱→こくり”は廃しました。 あれって端から見るとわざとらしいし、ネタとしてくどすぎると思いまして。 あ、そうだ。 俺設定としては、この日は長湖部の体験入部イベントということで。 学園暦30年(29年度)の1月で、いわゆる「二年目」年度の出来事。 史実で言うと、205年前後? 甘寧が長湖部に移籍した直後と設定しています。 那御さんの周瑜ギター曲ネタもちゃっかり拝借しちゃいました(^_^;)ゞ 実は、続編というか後日談みたいなのもできるかもしれません。 今度こそ修羅場オンリーで、3年後の「二宮の変」が舞台に。 お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、今回のメインキャラは その多くが二宮の変で悲劇的な結末を迎えることになります。 今回の作品が伏線になったりして… とか思っていたのですが 郭攸長若さんの年表だと「二宮の変」って夏頃のお話になるんですよ。 だから、この記念日には関係なくなってしまう模様。 どっちみち救いのないお話っぽいので今回の祭りとは無縁でございます。 では、私の作品を乗り越えて皆様の力作が続きますように!
27:那御 2004/01/17(土) 23:32 玉川様、抜け駆けグッジョブ! 登場人物は呉ファンが狂喜する陣容ですね〜。 吾粲が主人公のSSが、今だかつてあったでしょうかw 長湖部のシステムっていうのがよくわかる一作でした。 大衆を前にしての甘寧と凌統のバチバチも、臨場感出てましたし。 『マリみて』は1冊しか読んだこと無いので何ともいえないですが・・・ >後日談 ぉ。期待してよろしいですか!
28:★玉川雄一 2004/01/17(土) 23:50 那御さん、早速どうもです。周瑜ネタ頂きました<(_ _)> 甘寧対凌統のネタ(これも後付け)ともども、よいスパイスになりました。 あ、でも周瑜はギターだけ披露したワケじゃないと思います。 ちゃんと実技の方もそりゃあ華麗に! 『マリみて』に関しましては、ことさらに似た展開に…とまで トレースしたつもりはありませんが、 以前雑談スレで書いた「先輩を仰ぎ見る雰囲気」と 「新しい友との出会い」をイメージしているのは確かです。 続編は… もう少し構想を練ってみますね。 当初は、『恒例となった体験入部イベントの開催を直前に控え、 次期部長後継者として並立していた孫和と孫覇の序列を巡って 吾粲や朱拠、陸遜以下の孫和派が鳩首会議を行っていた。 少々荒療治ではあるが、このイベントを利用してでも孫権の目を覚まさねば、 と決意を新たにした彼女らに、楊竺らの陰謀が降りかかる…』 という流れをイメージしていました。 もっとも、タイムテーブルが大きくずれることが判明しまして、 旭記念日絡みのお話ではなくなってしまいましたけど… いずれ、書き上げてみたいものです。
29:★惟新 2004/01/17(土) 23:54 一番槍キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!! まさに長大作! 乙です! 内容盛りだくさんのバラエティギフト・呉。 長湖部のユースがいっぱい登場する、本当に欲張りな一品。 思わず一気に読破してしまいました。 吾粲の視点というのも面白いですが、顧邵タンがまたイイ(・∀・)!! 修羅場の緊張感に、吾粲を中心とした出会い、ふれあい。 そして、部長や先輩たちの輝く姿。 これほどの内容がありながらもしっかりとまとまっていて、 本当に楽しく読ませていただきました。 マリみてを消化吸収、さらにぐぐーんと世界の広がった玉ワールド。 後日談が拝見出来る日を楽しみしております。吾粲…(つД`) >那御様 おお、一冊読まれてましたか。 もしお気に召されましたらぜひ全巻読破を…!
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【1月18日】旭記念日創作発表スレッド【お祭りワッショイ】 http://gukko.net/i0ch/test/read.cgi/gaksan2/1074230785/l50