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【1月18日】旭記念日創作発表スレッド【お祭りワッショイ】
23:★玉川雄一2004/01/17(土) 22:59
吾粲の眼(7)
「ふぅ… 一時はどうなることかと思ったわねぇ」
「ああ。気付いていたら、ああなる前に止めてやれたかもしれなかったけど…」
休憩時間を挟んで、これからは各チームへの体験参加の時間が予定されている。
顧邵はやはりマネージャー志望で、姉の元に行くと言っていた。ここらで別行動ということになるのだろう。
「今日は本当にありがとう。色々と助かったよ。春になったら、また会えるといいな」
やはり、礼を言わねばなるまいと切り出すと、顧邵は何がおかしいのかクスクスと笑い出した。
「ふふっ、なに言ってるのよ。同じ呉棟じゃない、明日からでもすぐ会えるわよ」
「あ、そうか…ははっ、そうだな。うん、それじゃ、明日からまたよろしく」
「ええ。あなたとお友達になれて嬉しかったわ。またね」
ペコリと頭を下げると、顧邵は手を振って去っていった。
(半日前には、全く予想すらしなかったな…)
何が縁になるかなんて、その時になってみないと分からないものだ。
得難い友人に巡り会えたことは、感謝してし足りないということはない。
それに、彼女を通じて吾粲の世界は一挙に広がったし、新たな繋がりもたくさん生まれた。
目の前に開けた新しい世界のことを思うと、長湖部に入部するのが俄然楽しみにもなってこようものだった。
「よし、いっちょ見て回るとするか…」
足取りも軽く、人の波に飛び込んでゆく。
そうして、吾粲は興味の向くままにあちこちのチームを覗いて回った。
先程の一件の記憶も生々しい“チーム錦帆”にも足を運び、怖い者見たさで遠巻きにコソコソしている生徒を後目に
内心少々は怯えつつも操船のレクチャーを受けたりもした。
ちなみにこの時には甘寧の機嫌は全快しており、鈴を鳴らしながら例の調子で立ち回っていた。
吾粲の運動能力は基本的に水準を超えており、“体験”してみる分にはどの種目もそつなくこなしてみせた。
部員の方も来るべき新年度の部員勧誘に向けて多少の社交辞令を交えている感もないではなかったが、
彼女は確かにどこのチームでも絶賛され、入部したらぜひうちのチームに、と誘われたものである。
これまで無名で通してきただけに却って逸材として注目され始めたらしい。
顧譚が最初にかけてくれた言葉もまんざらではなく、さらに実力によって裏打ちされてゆくのだった。
そんな中、一息ついた吾粲を呼び止める者があった。
「失礼、吾粲さんよね? あ、よかった… 探したのよ」
「ん?」
まさか他人から声をかけられるとは思ってもおらず、意外に感じつつ振り向くと−
「あ、あんたは確か… 陸遜、だったかな」
「知っていてくれたのね。呉棟の陸伯言よ。直接お話しするのは初めてよね。よろしく」
ボブカットの少女が手を差し出した。呉棟でその名を聞いたことがある、陸遜だった。
彼女もまた“呉の四姓”のひとつ陸氏の出であり、直接の面識こそ無かったがその噂は耳に届いていた。
たしか、数少ないユース参加者であり、その才能は期待されるところが大だという。
「こちらこそ… それにしても、よく私のことが分かったね」
吾粲はもう何人目の相手か忘れたほどの握手を交わしながら、いつの間にか自分の名が知られていることに内心驚いていた。
「ええ、以前より人づてに噂を聞いて姿はお見かけしていたのだけれど… さっき、孝則にね」
あなたにぜひ会ってくれ、ってもうしつこいくらいに念を押されてしまったのよ、と苦笑した。
(そうか、孝則が…)
あの押しの強さは筋金入りだったということか。それでも、彼女の心遣いは嬉しく思えた。
「いや、私もあの娘にはとても世話になったよ。いったい、今日は何人と知り合いになったのやら」
「ふふっ、あの娘も世話好きよね。 …それで、私からももう一人ご紹介したいのだけれど、いいかしら?」
そう言うと、陸遜は今までにこやかな表情で隣に立っていた長身の少女を前に立たせた。
「吾粲さん、といったね。私は朱拠、字を子範という。お会いできて嬉しいよ」
「ありがとう。私は吾粲、字を孔休。そういえば… 確か君の名も呉棟で聞いたことがある」
お互い有名人になったものだね、と冗談を言い合って笑った。
聞けば彼女もまた“呉の四姓”朱氏の一員であり、従姉である朱桓先輩は新進気鋭の成長株だとか。
朱拠自身は吾粲と同じく進級後からの入部を予定しているそうだが、
従姉のつてもあってか既にあちこちのチームから声が掛かっているのだと陸遜が教えてくれた。
「お互い、頑張ろう。君もこれから、きっと素晴らしい選手になれるはずだよ」
顧邵に加えて、朱拠までもが太鼓判を押してくれた。二人の言葉が持つ言いしれぬ重みが嬉しかった。
続く
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