【1月18日】旭記念日創作発表スレッド【お祭りワッショイ】
65:★ぐっこ@管理人2004/01/21(水) 23:59AAS
■秘め事

 蒼天会・内務局長執務室。
 この広大な部屋の主である、麗しの李膺さまは、壁に掛けられた蒼天の旌旗を背に、静
かに佇んでいた。
 腕を組んだまま呉匡の報告を黙って聞いていたけど、ふと呟くように言った。

「――そう。大変だったわね」

 相変わらず抑揚に乏しい、低い声。無機質で、無感情。
 でも。

 あぅ…李膺さま、怒ってる…怒ってるよ!

 呉匡には解ってしまうのだった。
 紅珊瑚で造られた小さなタツノオトシゴが、李膺さまの指にはじかれ、胸元でちりんと
音を立てた。
 身を飾ることにとんと無頓着だった李膺さまが、たった一つだけ所有しているアクセサ
リー。
 その贈り主である呉匡は、首をすくめて「お姉さま」の叱言に身構えていた。
 でも――
「痛かったでしょう? 片足?両足?」
「えと、…右足です」
 呉匡の答えを聞きながら、李膺さまは立ち上がり、部屋の隅のラックから鞄を下ろした。
 しばらくごそごそしていたかと思うと、中からスプレーを取り出してきた。
「まっすぐここに来たんでしょう?医療棟へ寄ってきたらいいのに」
「はあ…でも」
 それだと、李膺さまに知らせるのが遅れてしまう。
 李膺さまはどうか知らないけど、少なくとも呉匡は楽しみに待っていた創立祭最終日。
 一月も前から、李膺さまと踊ることだけを夢見て、この日のためにソシアル・ダンスを特
訓してきた。下級書記、しかも中等部の自分がパーティに参加できるよう、色んな方から
アドバイスと有形無形のサポートを頂いて、嫌がる李膺さまを粘り強くダンスにお誘いし
て――ようやくOKを頂いたのが、先週のことだった。
 そして今日、多忙なスケジュールを都合して貰って、夕方から時間を空けてもらってい
たというのに――
 何もかもが…当日になって無駄になってしまった。
 それも誘った方の呉匡が原因で。
 なんて無様なんだろう。
 だからせめて、一秒でも早く、李膺さまに直接お知らせして、謝らないと。
 呉匡は朝一番、痛い足を引き摺って、李膺さまの執務室に直行したのだった。

「それにしても、間が悪い子ね」
「…すみません」
 ここに掛けて、と出して頂いたパイプ椅子に座ると、李膺さまはいきなり呉匡の脚もと
にしゃがんだ。
「炎症を起こすといけないから、今すこし冷やすわよ。後できちんと冷湿布を貼って貰い
なさい」 
 言うや、李膺さまは呉匡の素足をちょっと持ち上げてソックスを足首まで下ろし、、ス
ポーツ選手なんかがよく使う冷却スプレーを、ふくらはぎの所に吹き付けた。
「☆○@■★※!?」
「なんて声出すの」
「だって…!」
 普通びっくりしますってば!
呆然となすがままにされていたけど、いま呉匡の手当てをしてくださっているのは、高等
部三年生の大先輩。畏れ多くも先の司隷校区総代、そして学園都市六万のナンバー4たる“
八俊”筆頭さまなのだ。
 その李膺さまが、出来の悪い中等部の後輩の足元に屈みこんで、甲斐甲斐しく手当てを
なさっている!
 “司州の秩序”と全校生徒から畏怖され、「李膺さまが見てる」と学園中の悪党が竦み
上がり、呉匡など恐ろしくて顔さえまともに仰ぎ見ることができなかった、あの李膺さま
が。
 今でも関心の無い人の顔を覚えるのが極端に苦手で、全般的に人間嫌いで、その逆に動
物好きなのは変わってないけど…。それでも、少し呉匡に対して笑ってくださるようにな
ったと思う。
 まあ、呉匡を「愛玩動物」の一種として認識してるだけかもしれないけど…
「で、今日のパーティーはどうするの?」
「――李膺さまは、どうなさるんですか?」
「ダンスはやめておく。勿論パーティーには参加するけどね。会長が出られるのだし。出
ないわけにはいかない」
「私は――」
 どうしよう。踊れないのに、高等部のお姉さまや、招待客のお偉いさんばかりが何百人
と集るパーティーに顔を出していいわけがない。
 と――
 重々しい音を立てて、執務室の扉が開かれた。
 すらりとした、長身の「王子様」が、美しい「姫君」を連れて入ってきた。
「――と、失礼。お取り込み中だったか」
 開口一番、王子様――いや、男装の麗人(男装して無いけど)のほうが、男装歌劇団のト
ップスターのような声で言った。
(――お取り込み中?)
 と、呉匡は、自分の膝と膝のあいだから顔をのぞかせている李膺さまと目を見合わせて、
二人して小首をかしげた。
 どちらが先に気づいたかは解らない。
 呉匡はのけぞるように、李膺さまは飛び退るように、二人は慌てて体を離した。
 二人きりの部屋で、なんという体勢だったのだろう! 遠目にはとんでもない光景に見え
たかもしれない。
 ああああ…顔が火照る…と、見れば李膺さまも、何か耳まで真っ赤だった。

「もう…可顒さま。お二人とも真面目なんですから、からかわないでください」
 うしろで抗議の声を上げた「姫君」は、張?さん。
 この一見フワフワのお人形みたいな張邈さんと、ダンディズム溢れる美青年顔の女剣士・
可?さまの組み合わせは、本当に絵になる。かたや中等部三年生にして“八厨”のひとり、
かたや高等部一年生にして今年度“ミスター蒼天”。今日もダンスでペアを組むというか
ら、ほとんど公認カップルのノリだった。
「休日登校ご苦労様。で、何の用?」 
 照れ隠しか、李膺さまはいつにましてツンツンした口調だった。
「パーティまで時間つぶしにブラブラしようと思いまして。――袁紹から聞いたよ。大変
だったみたいだね、呉匡さん。」

「はい…すみません。折角お手数おかけして頂いたのに、当日になってこんな…」
「ま、こういうこともあるよ。パーティには出るんでしょう?」
「それは…」
 答えかけたとき、ふいに校内放送が呉匡の声を遮った。

――中等部三年、呉匡さん、至急、雲台正面玄関までお越しください。
――中等部三年、呉匡さん、至急、雲台正面玄関までお越しください。

 一同は顔を見合わせた。
 放送部員の美声はもう一度、三連休の真ん中で、人気のない校区に響き渡った。
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