☆熱帯夜を吹っ飛ばせ! 納涼中華市祭!☆
39:海月 亮2005/08/09(火) 23:24
「あ、やっぱり思奥だ!」
「おね〜ちゃ〜ん、思奥いたよ〜!」
天幕にとびこんできた双子の後から、半べその虞忠と慌てた様子の虞レも入ってきた。
「お姉ちゃん!」
それまで虞翻の膝の上にちょこんと腰掛けていた虞譚は、姉たちの姿を認めてぱたぱたとそちらに駆け寄る。
末妹を抱き寄せ、虞忠はその場にへたり込んでしまった。
「良かったわね、あんたたち」
「わ、伯言先輩に義封先輩! もしかして先輩たちがこの娘見つけてくださったんですか!?」
想いもがけぬ人物に出会って、虞レも目を丸くした。
「ああ、あたしが人混みからみつけてやらなかったら今ごろは人波の藻屑だ。感謝しろ娘共」
ふんぞり返ってみせる朱然に、もう苦笑するしかない虞レ。
「あはは…恩にきります。あれ、そちらの方は?」
そう言って虞翻の方に視線を送る。陸遜が簡単に、自分たちが孫権たちとの待ち合わせに間に合わなかったこと、その時、ちょっとしたピンチを救ってくれた彼女に出会い、折角だから祭観覧の同行者に誘ったこと、虞譚の面倒をみてくれたことを説明した。
「そうだったんですか…申し訳ありません、ご迷惑をおかけしました」
やはりというか、虞レも他の妹たちも、自分が彼女らの長姉であることなど気がついている風はない。
「いえ。それよりこの娘はまだちいさいんだから、ちゃんと気をつけてやらなきゃダメよ」
「はい…気をつけます…え?」
頭を上げて一瞬怪訝な表情をする虞レ。
それを読み取った虞翻も「まさか」と思ったが、
「どうかした?」
「あ…い、いえなんでもないです。先輩方も、本当にありがとうございました」
再度、深々と頭をさげる虞姉妹一同に、「気をつけてね」と残すと、虞翻たちもその場を後にした。
その際、虞翻は時計の針が既に九時半を少し回っていることに…即ち、自分が帰るためのタイムリミットが近づいていることに気がついた。

「今日は楽しかったわ。あなたたちのおかげで、この地を発つ前のいい思い出ができた…本当にありがとう」
「いいえ、お誘いしたのも私たちだから、そう言っていただければ幸いです」
「なんだか名残惜しいけど…もしまたこちらに遊びにきたときには連絡くださいな。長湖の周辺であれば、いくらでもご案内しますよ」
そう言って、朱然は自分たちの連絡先を書き込んだメモを押し付けてきた。どうやら自分が虞翻であることに、彼女たちは最後の最後まで気が付いていないようだった。
「うん…じゃあ、君たちも元気でね」
それだけ残すと、虞翻は帰路に着く人混みにまぎれた。
二人の影が見えなくなると、彼女は足早に人混みから離れようとする。
思わぬハプニングのために、彼女は予定外に時間を浪費していた。先ほどから時折視界がぶれる感覚に何度か襲われていたが、どうやらそれが時間切れが迫っていることを示すサインであるのだろう。そして、その間隔は短くなっている。
「あっ!」
やはりというか、バスも相当に混んでいる。現在時刻は十時五分前。薬を飲んだのが七時ちょっとすぎだから、その正確な時間は解らないものの、もう猶予がないことは良く解っていた。
(いけない…もしあの中で変身が解けたら、地方紙の珍事件枠確定だわ…どうしよう…!)
困惑する彼女を眩暈が襲ってきた。
虞翻は数時間前の、諸葛亮の言っていた言葉を思い出していた。
−その薬を一度に飲んでしまうと、変身が解けるときに意識を失うことがあるようです。変身が解ける直前くらいから動悸や眩暈に見舞われるでしょう。時間に余裕を持って行動されることをお勧めしますよ…−
いくら薬の時間切れだからって、ここまで大げさな副作用を用意することもないだろうに…自分が選んだ結果とはいえ、それでも虞翻は諸葛亮を恨まずにはいれなかった。
まさかここまで、前後不覚になるような症状が出るとは考えていなかったのだ。ウマい話には必ず裏がある、ということを今更のように思い知らされていた。
(まだ…意識が途切れる前に…人影の少ないほうへ…)
彼女は気力を振り絞り、人の目を巧みに避けて林の奥深くへと入っていく。
まだ止まぬ祭囃子が遠く聞こえるのは、単にその場から距離を離しているだけではないのだろう。
ふらつく足で、密集する木にもたれながら更に奥へと進んでいくが…俯いていた彼女は気づかなかったが、林は途切れようとしていた。次の瞬間。
「…あ…!」
彼女の視界に飛び込んできたのは、深く沈みこんだ、夜闇で底の見えない涸れた用水路だった。気づいた時、茂みの草に足をとられて彼女は思い切りバランスを崩していた。
「姉さんっ!」
夢か現か、その意識の狭間で彼女は妹の叫び声が聞こえた気がした。
そして、虞翻の視界は暗転する…。
1-AA