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☆熱帯夜を吹っ飛ばせ! 納涼中華市祭!☆
32:★教授2005/08/09(火) 22:56AAS
◆In the Moonlight -REGRET SIDE-◆
「中々似合うでしょ」
「へぇ…意外と似合うもんだね」
「漢升さんも決まってますよ」
法正と黄忠はお互いの浴衣を褒め合う。最も法正は禁止ワードの類を避けて会話しているので若干の間が空いているのだが。
その横では趙雲が厳顔の浴衣を着付けしている。慣れた手付きで帯を腰に巻きつけて結ぶ匠の手腕の前に浴衣は型崩れする事なく厳顔の引き締まった体に纏われた。白地に桔梗柄の浴衣は精悍な厳顔にとてもよく映えている。
「え、もう終わったのか?」
あっという間に終わった着付けに自分の体を見回す厳顔ににこりと微笑みかける趙雲。ちなみに法正と黄忠の着付けも彼女が手掛けた。赤地に紫陽花柄の浴衣が法正、ベージュ地に笹柄のモダン風味溢れる浴衣が黄忠である。
「ごめんね、助けてもらっちゃった上に着付けまでしてもらって」
法正、黄忠、厳顔の三人がぺこりと趙雲に頭を下げる。当の彼女は慌てて『大した事してませんから』と狼狽していた。褒められるのはあまり慣れてないのだろうか。
趙雲の着付け開始から遡る事30分前――
「何だ、これ…えと、これをこうして…」
「何か違うよーな…イタタっ! キツイキツイ!」
「わ、悪い。法正、その着付け解説は本当に合ってるのか?」
厳顔は帯に悪戦苦闘しながら困った顔をしながら解説書を見つめる法正に尋ねる。
「合ってる…はずだけど、聞いた事ないような言葉もちらほら…」
「しっかりしてよ……って、これは無いでしょ」
「取り敢えずそれでキープしておこう」
「チョウチョ結びなんかしたら帯に皺寄るじゃない!」
「うっさいな、それなら自分でやりな!」
イライラの限界に達している姐さん方、遂に口喧嘩が勃発した。このままでは格闘に発展するのは時間の問題だ。この口喧嘩の声量に法正のイライラも臨界点を突破する。
「あーーっ! もうっ! 痴話喧嘩なら他所でやれーっ!」
「痴話喧嘩って何だ! アンタこそ憲和とヨロシクやってろ!」
「憲和は…関係ないっての!」
「今の間は何? あーやーしー」
「あ、怪しくない! 何さ、無駄にトシ食えばいいってもんじゃないわよ!」
「何をーっ!」
…で、ぎゃーぎゃーと三人が喚く修羅場の傍を偶然通りかかった趙雲が冷静に場を処理したという訳である。御三方も冷静になって何度も互いに頭を下げ合う様子は貴重な光景だったとか。
趙雲も『準備がありますから』と去って、若干日が傾いた頃。窓際でぼんやりと雲の流れを見ていた黄忠と厳顔に浴衣のまま机にかじりついている法正の姿があった。
厳顔は何となしに柱時計に目を向けると、眠そうな眼に光が灯る。
「えーと、今17時前だから丁度いい時間だと思うわけで」
「そうね…じゃ、行こうか」
姐さん方は巾着を手に取ると、忙しく筆を動かす法正に向き直る。
「それじゃ、私らは先に行ってるよー」
「んー。いってらっしゃーい」
書類から目を離さず空いた手を振りながら二人を送る法正、事務仕事が多いのは祭の日も変わらないようだった。ドアの開閉音が耳に届いた後、法正は筆を置いて大きく息を吐き出した。
「浴衣まで着ちゃったけど…私、一人なんだよね…」
ぼんやりと照明を見つめる法正。友人だった張松はもう学園にいない、そして孟達も傍らにはいない。いつか約束した『また三人で花火を見る』という言葉はもう現実にならない事は法正自身よく分かっていた。
寂しい気はする。でも、現状に満ち足りてる自分もいる。これでは、もう三人で一緒にいたあの頃は楽しかったと胸を張って言う事が出来ない。
「私は…これでいいのかな…」
誰とも無くぽつりと呟く。帰宅部を導く為に奔走した張松は階級章を奪われた上に惨めに学園を追い出されると法正達には行方も知らされなかった。孟達も当時に比べると登用される事が多くなったが現実問題で不遇と呼んでもいいかもしれない。
だが、法正は違った。新体制になってからというものずっと重要視され、漢中アスレチック戦を勝利に導き、あの夏候淵を飛ばす鬼才までも発揮した。今や帰宅部連合に無くてはならない存在になっていた。しかし、それは余りにも対照的な自分と友人達との境遇を厭が応にも考えさせられる事になった。彼女もまた目には見えない心をすり減らしてきたのだ。
法正はもう一度深い溜息を吐くと、浴衣の袖で目元を拭う。一人になると実際幅よりも広く感じられる会議室に苦笑する。
「これが私の望んだ物だったのかな…」
書きかけの書類を封筒に差し込むと持参の鞄に詰め込む。…と、鈍い痛みが法正の腹部を内側から襲う。
「う…けほっ!」
突然の衝撃に思わず蹲り、咳き込む。口の中に広がる赤錆びた鉄の味に口元を押さえていた手を見る。そこには――
「うそ…」
自身の唾液に混ざっておぞましい程に赤い血が付着していた。驚く間も無く襲い来る鈍痛、そして心の衝撃に法正は意識を失った――
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