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☆熱帯夜を吹っ飛ばせ! 納涼中華市祭!☆
34:海月 亮 2005/08/09(火) 23:20 「じゃあ姉さん、悪いけど後、よろしくね」 「ええ、気をつけてね。世方たちも世洪の言うこと良く聞いて、あと、思奥はまだ小さいんだから、目を離さないようにね」 「は〜い」 思い思いの浴衣を着込んだ妹たちが、その門から嵐のように飛び出していくのを見送って、虞翻は己の現在の境遇を思って溜息を吐かずに居られなかった。 確かに今の彼女は大学受験生である。しかも、家業の診療所を継ぐつもりで居た彼女の目指すは医学部一本。秀才で鳴らした彼女にとっても、何の受験対策もなしに合格できるようなものではないし、彼女自身もそれは良く解っている。 しかし実のところ、彼女は現在のレベルをキープできるなら、最難関といわれた第一志望校にも合格確実の太鼓判を押されるほどの成績を修めていた。この日はたまたま同窓会か何かで両親も不在だが、そもそも高校最期の夏祭りを楽しむ息抜きの時間を取ったところで、誰も異を挟むものは居ないし、何より彼女はその普段の風評に反して祭が大好きだときている。 そんな彼女が敢えて留守番に甘んじている理由、それは… (もし私なんかに出会ったら、みんなきっといい気はしないわよ…ね) 彼女は心の中で、そうひとりごちた。 −真夏の夜のシンデレラ− 色々理由あって、彼女は夏休みこそ会稽地区の実家に居るのだが、現在は交州学区に籍を置いている。 事務経理に一流の才覚を有し、博学の彼女だったが、皮肉屋で正しいと思ったことは他人の心情を顧慮することなく主張して憚らないその性格が災いして、長湖部の幹部会から追われて左遷させられていた。 もっともこれは表向きのことであって、彼女が長湖部の危難を救うために敢えてそのつらい立場にたった結果ではあるのだが、それでもそのきっかけとなった部の懇親会での行動により、彼女のことを快く思わないものも多いだろう。色々有って「他人の感情を考慮する」ことに、過剰なまでに神経を使うようになった彼女は、なるべくならそういう機会を減らすべく努めていた。 (こんな祭の日に、みんな家でじっとなんてしてるわけないしね…折角楽しんでいるところに、私の顔見たら興ざめするだろうし) そう自分に言い聞かせてみるも、やっぱり本音はその真逆。祭の中心地である常山神社からは数キロ離れているから、祭囃子やらなにやらが聞こえてこないことが唯一の心の救いではあったが、どうもそちらに気が行ってしまい、参考書を開いてみたところで集中できないでいた。 そして無意識に、彼女は呟いていた。 「はぁ……やっぱり行ってみたいなぁ…」 「ふふ、その願い、叶えて差し上げても宜しいですぞ?」 「え!?あ…うわっ!」 不意にそんな声が聞こえて、彼女は驚いて思わずのけぞり、その勢いで椅子から滑り落ちた。 「っつ…だ、誰っ?」 「こっちこっち」 コンコンと窓を叩く音。その音につられてそちらのほうを観ると、庭木のあたりに生首が…彼女に何ともいえないイイ笑みを向ける…。 「っきゃあああああああああああああああああああああああああああ〜!」 祭のせいで人気のなくなった会稽地区の静寂は、彼女の悲鳴に切り裂かれた。 虞翻はいまだ怒りの冷めやらぬ表情で、その闖入者−諸葛亮を睨めつけている。 「そんな怖い顔をなさらないでください。ほんの冗談ではないですか」 目の前の少女は少し困ったような…いや、大げさに困ったような仕草で悪びれもせずそう言った。横に居る付き添いと思しき少女も「うんうん」と相槌を打つ。 「…大いに心臓に悪いわ。寿命が十二年ほど縮まったわよ」 「それはいけない。寿命を延ばす良い呪いを知っておりますのでお教えいたしても宜しいですよ?」 そう言いながら白衣のポケットから何かを取り出そうとする諸葛亮。 「いらん。てか何しにきたのよアンタは。私も子瑜も受験勉強で忙しい身なんだから、せめて邪魔にならないように祭にでも逝ってなさいよ」 宛がわれた麦茶を一口啜り、その皮肉も何処吹く風。 「そこです先輩。あなたこそ本当は祭りに行きたくて行きたくてしょうがないはず。総ての志望校合格率がA判定というあなたであれば、息抜き程度に祭を見に行く事くらいで誰も文句のつけようがないでしょう。それが留守番役に甘んじているところ、何か理由ありと思われますが…」 一息に、かつ淀みない言葉で己の本心をずばり言い当てられ、虞翻は呆気に取られた。何で自分の模試の結果を知っているのかだとか、どうして今自分が留守番をしていることを知っているのかだとか、色々突っ込んでやりたいところが多すぎて巧く言葉にならない。 「まぁ色々気になるところがあることはお察ししますが、細かいことですので。そんなことより、誰にもあなただと解られずに祭を楽しむ方法をお持ちしたのですが…どうです、お試しになりませんか?」 「…何よ、その方法って」 相手の態度にもうツッコむことをあきらめ、その要点だけ聞いてやってさっさとお帰り願うほうが良い…虞翻はそう思った。 その一言にしたり顔の諸葛亮、白衣の内ポケットから小さな瓶を取り出した。 中には何かの液体が入っている。そっけない無地の小瓶が、なんともいえない怪しさをかえって強調している。 「…………………何よ、これ」 「私が最近開発した変身薬の完成品で、古来より“化ける”と言われるモノのエキスを凝縮して合成したモノです。あ、当然これ内服薬ですんでそこんとこヨロシク」 「いらんわ! 誰がそんな危ないもの飲むのよ!」 「じゃあ、私が」 「え?」 言うが早いか、諸葛亮はそのふたを開け、その一滴を飲み下す。次の瞬間、その身体が光に包まれた。 「あ…」 驚きを隠せない虞翻の目の前で、光は徐々に人の形を取り戻す。 そして諸葛亮だった人物は、なんと孫権の姿に変わっているのだ。 「どうです? 信じていただけましたかな?」 口調こそ諸葛亮のものだが、外見と声は孫権だった。 そして更に爆音ひとつ鳴り、煙の中から元の諸葛亮が姿を見せる。 「一滴程度ならまぁこのくらいですかね。このひと瓶あれば、大体三時間弱もつでしょう。どうですか先輩、あなた以外の人物に化ければ、あなたは気兼ねなくお祭に行けるのでは?」 呆然と事の成り行きを見守っていた虞翻だったが、 「それって…知っている人でなくても化けられるの?」 「勿論。飲むときにイメージしたものに化けますから、人間でないものにも化けることが出来ますし、見た目の一部だけを変えることも可能です」 「解った…お願い、それを譲って。あとで必ずお礼するから」 そう言って、その手を取った。諸葛亮は頭を振って、 「いえ、礼などいりません。その代わりと言っては何ですが、後日写真を取らせて頂きたいのだが」 「そのくらいならお安い御用だわ」 その申し出に、虞翻は二つ返事で返した。
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