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☆熱帯夜を吹っ飛ばせ! 納涼中華市祭!☆
38:海月 亮2005/08/09(火) 23:23
「ふたりとも、そろそろ休憩に入ってくれやぁ」
「ど〜も〜」
「じゃあ頼みます〜」
祭り会場の一角、テント張りの大きな休憩所の軒先で焼き鳥をひっくり返す少女たちは、その数本を手前の皿へ盛り付けると、やってきた初老の男性に後事を託して引っ込んだ。
青い半被に豆絞りという格好で、バイトに勤しむのは歩隲と敢沢の長湖部苦学生コンビであった。
「いやぁ、覚悟はしてたけどやっぱ重労働だわこりゃ」
「文句いうなって。祭りも楽しんでお金も入るんだから、上出来だよ」
敢沢は汗をぬぐいながら、裏手に設置されている従業員用の薬缶から注いだ麦茶を一口に飲み干す。
「そういえばさ、結局部長たちって何処いったんだろ?」
「わかんね。もう花火始まったんだし、どっかで集ってみてんじゃないの?」
興味ない、といった感じの敢沢。
「それもそうか。それよりさ、さっきトイレ行ったときに伯言たち見かけたんだけどさ」
「じゃあ部長もいたんじゃないの?」
「ううん。それがね、ひとりは義封だと思うんだけど、もうひとりがね…ちょっと此の辺じゃ見かけない感じの娘だったんだ」
「親戚かなんかじゃないのか? 陸家にしろ朱家にしろ、あの一族蘇州地区にはゴマンといるからなぁ」
「いや…違うと思う。黒髪に緑がかった眼だったから、あの血筋じゃないと思う」
「よくそんな細かいところまで…」
呆れたように呟く敢沢。それを他所に、歩隲はしきりに首をひねっていた。
「でもさ、なんかあの顔、どっかで見たような気がするんだけどね〜」
「気のせい、もしくは他人の空似ってヤツでしょ? あ、ほら花火上がった」
敢沢の指差した先で、三連発の花火が上がった。
「ああ…績がそういえば言ってたな。虞姉妹って五人姉妹か六人姉妹だったっけ?」
「六人よ、確か。親戚やら何やらで親しくしている娘を入れると実質十二人って…そういえばうちも幼節や親戚の娘が仲翔先輩の妹さんと仲良かったから聴いたことあったわ」
うんうんと頷く朱然に相槌を打つ陸遜。
「しっかし、ここまでちっこくなると仲翔先輩の妹って言われても、やっぱりピンとこないわね…」
「…なんだかその人、随分曰くありげな人みたいね」
それまで沈黙を保っていた虞翻が、ようやく会話に割り込めるタイミングをつかんで口を開いた。
「曰く…確かにそうかもな。口の悪さだけなら学園屈指って感じで」
「そんな大げさな…確かに、皮肉屋ではあったけど」
「あのなぁ伯言、お前春先に散々こき下ろされていて頭にきてないの?」
朱然の軽口に、虞翻の顔色が変わった。
彼女が言っているのは、虞翻が交州学区に左遷させられたときのことを言っているのだろうことは間違いなさそうだ。あの日、虞翻は孫権や張昭と示し合わせての狂言とはいえど、陸遜に対して散々に罵声を浴びせてしまった記憶がある。「いちマネージャー風情が、一時の幸運で成り上がって、周瑜の後継者を気取っているだけじゃないか」と。
芝居とはいえ、自分もその才覚を認めた少女を心無い言葉で貶めた罪の意識に、虞翻は未だ苛まれていた。
「う〜ん…でも、公紀も言ってたんだけど、あの人は理由もなくあんなこというような人じゃないような気もするの。きっと何か深いわけがあったのよ」
「うわ、お人よしがいる〜。そんな取り繕ったこというのはみっともないよ伯言?」
「…おねえちゃんたち…仲翔お姉ちゃんのこと、嫌いなの…?」
みると、怒っているとも悲しんでるとも取れる複雑な顔をして、目の端に涙を溜め込んだ虞譚が三人をじっと眺めている。
「い、いや嫌いとかじゃなくってさ…うんっと、なんっつったらいいのかな…なんか近寄りがたいっていうか」
慌てて取り繕おうとする朱然だが、これは却って逆効果だったらしい。
大声で泣き喚きはしなかったものの、ぼろぼろと涙を落としながら俯いてしまった。流石の朱然もばつが悪いと見えて「困ったなぁ
」と頭を掻いている。
後輩たちの本音で相当ダメージも大きかったが、泣き出した妹の姿が虞翻に更なる追い討ちをかけた。こうなったら収まりがつかない。思うより先に、彼女は妹を抱き寄せていた。
「夏…さん?」
怪訝そうな陸遜の声がする。
「私…この娘の気持ちが良く解る…私もね、しばらく前に…あなたたちの言う先輩のように、友達と大喧嘩したの」
「え…」
「私も本当は離れたくなかった…でも私、未練を残したくないからわざと心にもないことを言って…もしかしたら、私がそんな馬鹿なことをしたばかりに、この娘みたいに私のことを考えてくれている友達が辛い思いをしてるかもしれないって…そこまで考えていなかったから…」
正体を明かさないための方便ではあったが、言葉に託した気持ちは紛れもない本心からの言葉だった。
「…大丈夫ですよ。私だって先輩がどういう気持ちであんなことを言ったか、なんとなくだけど解っていましたから…きっと、夏さんのお友達だって、きっと解っているはずです…」
「あたしだってあの人嫌いじゃないよ。あの口の悪ささえどうにかなれば、もっといろんなこと話してみたかったし」
後輩ふたりがそう、慰めてくれた。腕の中で泣いていたはずの虞譚も、それが本当の姉と知らずに頭を撫でてくれた。
「……ありがとう」
虞翻はそれだけでも心が少し軽くなった気がしたが、それと共に、自分が仮初の姿で彼女たちの気持ちを玩んでいるのではないかという罪悪感も覚えていた。
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