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☆熱帯夜を吹っ飛ばせ! 納涼中華市祭!☆
40:海月 亮 2005/08/09(火) 23:24 虞翻が目を覚ました時、そこは見慣れない部屋だった。 「え…!?」 慌てて跳ねるように飛び起きる。差し込んできた光に、彼女は既に夜が明けたという事実を信じきれず、一瞬「ここがあの世というヤツか?」と思ったが…見覚えのある少女がそこにいたことに気づき、その考えを即座に否定した。 「あ、気がつかれたんですね! 大丈夫ですか?」 「う…うん。ここは…」 「私の実家…ああ、申し遅れましたが私、この常山神社の神主の娘で…」 「…知ってる。こうして話すのは初めてだけど…帰宅部連合の趙子龍を知らない人間はこの学園にいないでしょうね」 「光栄ですわ」 そのお世辞とも皮肉とも取れない言葉に、趙雲は穏かに微笑んで返した。 まだ意識ははっきりしないところもあったが、虞翻はとりあえずここが彼岸の世界でないことだけは理解した。もしこのとき趙雲が巫女衣装を着ていたらもしかしたらあの世だと思ったかもしれないが、白ブラウスに紺の巻きスカートという、どうみても私服といういでたちなのでここはやはりあの世ではないのだろう…というような根拠のない理論が脳裏をよぎるあたり、虞翻の意識はまだ本調子ではないようだ。 「いったい…私はどうしちゃったのかしら…?」 「私も又聞きの話になるのですが…お祭りの終わりごろになってあなたの妹さんが本営に飛び込んできて…何でも、あなたが用水路のほうへ落ちそうになったのを助けたとのことですが…気を失っているようでしたので、こちらにお連れした次第です」 「そう…」 それで自分の身に何が起きたか、彼女は概ね理解した。やはりあの意識の狭間で聞いたのは、確かに妹…恐らくは虞レか虞忠の声だったに違いないだろう。 しかし、そこでひとつ引っかかるところがあった。即ち彼女が意識を失う間際、彼女の変身が解けていたのか否かだ。 「それで、あの子達は…?」 「一応、気を失っていらっしゃるというか、眠られていたというか…とにかく、あなたが無事だということはお伝えしたんですけど…一番下の妹さんが、あなたの側にいたいと言うことでこちらにお泊り頂いたんです」 「そうだったの…ごめんんさいね、なんだかご迷惑かけたみたいで」 「いえ、うちの家族も賑やかなのが好きなくちですし…立場上、来客も多い家ですから」 「かくいう私も、こちらに一泊させていただいたのですがね」 そこには何時の間にか、諸葛亮の姿があった。黒無地のシャツに短めのデニムスカートという意外にノーマルな取り合わせに、流石に暑いのか腕まくりした白衣を身につけている。 「先に言わせて頂きますが…やはり心配になって後をつけさせていただきました。如何な薬でも体質によって効果や副作用の出方が異なることもありますゆえ…」 「…てか、私ぜんっぜん気がつかなかったけど…」 「気が付かれたら尾行の意味がありますまい?」 そりゃそうだけど、と心でツッコむ虞翻。文句をいいたいのも山々だが、言ったところで効果がないことは解りきっているし、体力の無駄だと思ったのでやめておいた。 「長湖部の皆さんがいらした様なので、あなたがここにいることをお伝えしようと思ってたんですけど…孔明さんから事情をお聞きしましてね。実はその薬、私も二月に使わせていただいたものですから」 余談だが、帰宅部連合の関羽と趙雲はバレンタインデーにおける最大の被害者といって良い。今年は長湖部とのいざこざで関羽が既に一線を退いていたため、“羽厨”が“雲厨”と化して趙雲を襲撃したのだ。幸か不幸か、バレンタインデーの週には騒乱の決着もつき、例年以上の大騒動になっていた。 趙雲はこの日一日、諸葛亮の被写体になるという条件と引き換えに変身薬を開発してもらい、事無きを得たのであった。不幸なのはそういう伝手のなかったために例年通り逃げ回る羽目になった“益州の宝塚”張任や、曹操の謀略により学年生活最期でその標的にさらされた夏候惇であろうか。 それはさておき。 「どうでしたかな仲翔先輩、夏祭りにおけるシンデレラ体験のほどは?」 諸葛亮が、いつもどおりの意味ありげな笑みで問い掛けてきた。 その一言に、虞翻は昨夜の記憶に思いを馳せる。楽しかったこと、寂しかったこと、いろんなことが脳裏に浮かんできて、 「…なんだか、いろいろなことがありすぎて…巧く言葉にできないわ」 とだけ言うのが精一杯だった。 勧められた趙家の朝食をご馳走になって、虞姉妹は常山神社を後にした。 これから一週間の間、学園都市の各所にある神社でも祭が行われる。常山神社でも、これからの一週間祭一色だ。 「ねぇ姉さん。何であんな姿になっていたの?」 「え…?」 帰り道、小声で虞レが耳打ちしてきたその言葉に、虞翻は心臓が飛び出るのではないかというほど驚いた。 「あ…あんた、私のことが…?」 「一体何年、あんたの妹やってると思ってるのよ。余人ならいざ知らず、あたしが姉さんの声を聞き間違えると思ったら大間違いよ」 まさか。そういえば、自分が変えたいと念じたのは髪の色と瞳の色だけだった。まさか声だけで自分の正体を見破る人間がいるなどとは考えもつかなかった。 「それに思奥も、姉さんのこと、ちゃんとわかってたと思うよ? あのあとしきりに、お姉ちゃん可哀相だ、って言ってたから」 「そっか…」 軽口を叩いていた虞レが、不意に真剣な顔をして言った。 「伯言先輩たちが何言ってたか知らないけど、姉さんは姉さんが思っているほど、悪い人じゃないよ」 そんな妹の言葉に、虞翻も嬉しいやら恥ずかしいやらで、苦笑するしかなかった。 「大きなお世話。さ、お昼ごはんに間に合わなくなるから、早く帰るわよ」 青空の下、長湖へ通じる大通りを、少女たちは駆けていった。 後日談。 「う〜ん、イイですよ先輩…幼常、もう少し光を」 「こうですか師匠?」 背後に反射板を持つ少女のひとりが、その角度を微妙に調整する。 「おーけーおーけー。威公はもう少し左に…そうそうその位置」 そのファインダーの先には、なんとも釈然としない表情の虞翻がいた。 「ねぇ孔明…なんで写真一枚取るのにこんな大掛かりなことする必要があるの? それに何でスクール水着?」 祭の日から一週間後、彼女は諸葛亮の呼び出しを食って、益州学区は巴棟の室内プールにきていた。聞けば、全会一致でプールサイドで水着姿の虞翻を撮ると言う事で決定したという。全会、ということは、恐らくここに集った馬謖、楊儀、董厥、樊建、蒋エンといった面々との協議の上であろうが、そんなことはどうでもいい。 「ふむ、良い質問です先輩。かつて赤壁島で蒼天会軍と戦うに際し、あなた方と論を戦わせたことは覚えていらっしゃいましょう?」 「…論議? アレが?」 虞翻は眉間に皺を寄せていた。まぁ、虞翻に限らず、あの日論陣に参加したものにとって“アレは断じて論議ではない、アレは諸葛亮の萌え解説とやらで煙に巻かれた長湖部の厄事だ”というのが共通見解だった。無論、虞翻もその見解を違えていない。 「その時私は思ったのです…この部はこれほどまでのツンデレ眼鏡っ娘の天国と化していたのか、と。あの日以来、私は密かに簡雍先輩の協力を仰いで、秘密裏にその写真を集めていたのでありますが…」 「おいおい…」 「ですがあなたの写真のみ、どうしても納得のいくものが手に入らなかったのです…そういうわけで、こう言う機会を狙っていたのですよ…」 もう何て言ったらいいのか…虞翻は呆れるあまり偏頭痛を起こしていた。 「というわけで今日は存分に撮らせて頂きますよ? それでは一枚目、入ります」 そして、泳ぐ者の居ないプールの一角にフラッシュが光る。 結局、虞翻はその日一日を丸々潰す羽目になったが…幸いにも、夏休み明けの模試で成績が落ちたという話はない。 (終わり)
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