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☆熱帯夜を吹っ飛ばせ! 納涼中華市祭!☆
30:北畠蒼陽 2005/08/09(火) 20:58 [nworo@hotmail.com] 王基がなにも言わずに立ち上がりふらふらと部屋の出口に歩きだす。 「……みずぎとってくる」 ふらふらふら。 「ありゃ死んだな」 その後姿を見ながら王昶が呟いた。 死にはしないと思う。 …… …… …… 「……生き返ったかも」 プールまでの道のりで干からびていた王基は水の中でようやく息を吹き返した。 ハイネックタイプのワンピースで赤い花柄がちょっとオシャレな雰囲気である。 「いや、いんだけどさ……帰り、大丈夫?」 それを運んだ王昶がげんなりしながら呟く。 白いハーフトップに下半身はネイビーブルーのカーゴパンツ。あと日差しを避けるためにサングラスをかけている。 「……それよりあれ」 「うわ、すげぇ」 王基が指差し、王昶が唖然とする。 「あ、あんまり見ないでよ」 諸葛誕は銀のビキニだった。 プールサイドのパラソルの下で王昶と諸葛誕はぼ〜っとしていた。王昶はジンジャーエールで諸葛誕はメロンソーダ。 ちなみに王基は浮き輪に乗っかったまま流れるプールに流されている。それなりに楽しそうだ。 「いやー、それ女同士3人でプールに来るような水着じゃないって……別にいいんだけどさぁ」 「い、いいじゃない、そんなこと!」 恥ずかしがる諸葛誕。 恥ずかしいなら着なければいいのに。 それを流れるプールの中か狩人のような目で見ていた王基は一言呟く。 「……男ね」 呟いたんだけど流れるプールなのでそのまま流されていった。 「あー、いってらっしゃーい」 王昶が手を振ると王基がはるか向こうでぷかぷか浮かびながら手を振り替えした。平和である。 「で、男なん?」 「な、ち、違うわよ! そ、そんなわけないじゃない!」 諸葛誕、顔真っ赤。 「あやし〜い」 「あ、あや! あやや! 怪しくなんかないわよ!」 あやや、ってなんだ。 「で、公休」 「はぁはぁ……なによ?」 興奮する諸葛誕をどうどう、と宥めるように王昶が声をかける。 「で、その男ってかっこいい? その人の友達のかっこいい男、私に紹介してちょ」 「ちッがーうッ! っていってるでしょーッ!」 諸葛誕が絶叫した。 世界はまだまだ平和である。 「……♪」 王基はまだ流されていた。 世界はまだまだ平和である。 …… …… …… 「……遊んだ」 「あんた、流されてただけじゃん」 王昶が王基にツッコみ、諸葛誕は苦笑する。 夕闇が差し迫ったプール。 今日は夏祭りで夜遅くまでプールも開放されている。 「もう、そろそろ、かな」 諸葛誕の言葉に2人は空を見上げる。 この夕闇の空を彩るのは…… 花火が上がった。
31:北畠蒼陽 2005/08/09(火) 21:03 [nworo@hotmail.com] うふふぅ、3行省略されてしまいましたよ(ノ_・。 諸葛誕はないすばでぃ希望! 個人的には白いハーフトップすき〜。 あと壊王基が自分の中で雑君保プのイラストみたいな目が異様に大きいような……あー、王基、もうダメだ。 ……このペースで祭り参加して大丈夫なのか、自分? ほんとに? ほんと? じゃあそれー。
32:★教授 2005/08/09(火) 22:56 ◆In the Moonlight -REGRET SIDE-◆ 「中々似合うでしょ」 「へぇ…意外と似合うもんだね」 「漢升さんも決まってますよ」 法正と黄忠はお互いの浴衣を褒め合う。最も法正は禁止ワードの類を避けて会話しているので若干の間が空いているのだが。 その横では趙雲が厳顔の浴衣を着付けしている。慣れた手付きで帯を腰に巻きつけて結ぶ匠の手腕の前に浴衣は型崩れする事なく厳顔の引き締まった体に纏われた。白地に桔梗柄の浴衣は精悍な厳顔にとてもよく映えている。 「え、もう終わったのか?」 あっという間に終わった着付けに自分の体を見回す厳顔ににこりと微笑みかける趙雲。ちなみに法正と黄忠の着付けも彼女が手掛けた。赤地に紫陽花柄の浴衣が法正、ベージュ地に笹柄のモダン風味溢れる浴衣が黄忠である。 「ごめんね、助けてもらっちゃった上に着付けまでしてもらって」 法正、黄忠、厳顔の三人がぺこりと趙雲に頭を下げる。当の彼女は慌てて『大した事してませんから』と狼狽していた。褒められるのはあまり慣れてないのだろうか。 趙雲の着付け開始から遡る事30分前―― 「何だ、これ…えと、これをこうして…」 「何か違うよーな…イタタっ! キツイキツイ!」 「わ、悪い。法正、その着付け解説は本当に合ってるのか?」 厳顔は帯に悪戦苦闘しながら困った顔をしながら解説書を見つめる法正に尋ねる。 「合ってる…はずだけど、聞いた事ないような言葉もちらほら…」 「しっかりしてよ……って、これは無いでしょ」 「取り敢えずそれでキープしておこう」 「チョウチョ結びなんかしたら帯に皺寄るじゃない!」 「うっさいな、それなら自分でやりな!」 イライラの限界に達している姐さん方、遂に口喧嘩が勃発した。このままでは格闘に発展するのは時間の問題だ。この口喧嘩の声量に法正のイライラも臨界点を突破する。 「あーーっ! もうっ! 痴話喧嘩なら他所でやれーっ!」 「痴話喧嘩って何だ! アンタこそ憲和とヨロシクやってろ!」 「憲和は…関係ないっての!」 「今の間は何? あーやーしー」 「あ、怪しくない! 何さ、無駄にトシ食えばいいってもんじゃないわよ!」 「何をーっ!」 …で、ぎゃーぎゃーと三人が喚く修羅場の傍を偶然通りかかった趙雲が冷静に場を処理したという訳である。御三方も冷静になって何度も互いに頭を下げ合う様子は貴重な光景だったとか。 趙雲も『準備がありますから』と去って、若干日が傾いた頃。窓際でぼんやりと雲の流れを見ていた黄忠と厳顔に浴衣のまま机にかじりついている法正の姿があった。 厳顔は何となしに柱時計に目を向けると、眠そうな眼に光が灯る。 「えーと、今17時前だから丁度いい時間だと思うわけで」 「そうね…じゃ、行こうか」 姐さん方は巾着を手に取ると、忙しく筆を動かす法正に向き直る。 「それじゃ、私らは先に行ってるよー」 「んー。いってらっしゃーい」 書類から目を離さず空いた手を振りながら二人を送る法正、事務仕事が多いのは祭の日も変わらないようだった。ドアの開閉音が耳に届いた後、法正は筆を置いて大きく息を吐き出した。 「浴衣まで着ちゃったけど…私、一人なんだよね…」 ぼんやりと照明を見つめる法正。友人だった張松はもう学園にいない、そして孟達も傍らにはいない。いつか約束した『また三人で花火を見る』という言葉はもう現実にならない事は法正自身よく分かっていた。 寂しい気はする。でも、現状に満ち足りてる自分もいる。これでは、もう三人で一緒にいたあの頃は楽しかったと胸を張って言う事が出来ない。 「私は…これでいいのかな…」 誰とも無くぽつりと呟く。帰宅部を導く為に奔走した張松は階級章を奪われた上に惨めに学園を追い出されると法正達には行方も知らされなかった。孟達も当時に比べると登用される事が多くなったが現実問題で不遇と呼んでもいいかもしれない。 だが、法正は違った。新体制になってからというものずっと重要視され、漢中アスレチック戦を勝利に導き、あの夏候淵を飛ばす鬼才までも発揮した。今や帰宅部連合に無くてはならない存在になっていた。しかし、それは余りにも対照的な自分と友人達との境遇を厭が応にも考えさせられる事になった。彼女もまた目には見えない心をすり減らしてきたのだ。 法正はもう一度深い溜息を吐くと、浴衣の袖で目元を拭う。一人になると実際幅よりも広く感じられる会議室に苦笑する。 「これが私の望んだ物だったのかな…」 書きかけの書類を封筒に差し込むと持参の鞄に詰め込む。…と、鈍い痛みが法正の腹部を内側から襲う。 「う…けほっ!」 突然の衝撃に思わず蹲り、咳き込む。口の中に広がる赤錆びた鉄の味に口元を押さえていた手を見る。そこには―― 「うそ…」 自身の唾液に混ざっておぞましい程に赤い血が付着していた。驚く間も無く襲い来る鈍痛、そして心の衝撃に法正は意識を失った―― 後編へ!
33:★教授 2005/08/09(火) 22:58 REGRET=悔恨 予定外の雑務の為、感想は明日以降…本当に申し訳ないです o... r2 後編は最終日前日くらいになりそうな予感… or2=3
34:海月 亮 2005/08/09(火) 23:20 「じゃあ姉さん、悪いけど後、よろしくね」 「ええ、気をつけてね。世方たちも世洪の言うこと良く聞いて、あと、思奥はまだ小さいんだから、目を離さないようにね」 「は〜い」 思い思いの浴衣を着込んだ妹たちが、その門から嵐のように飛び出していくのを見送って、虞翻は己の現在の境遇を思って溜息を吐かずに居られなかった。 確かに今の彼女は大学受験生である。しかも、家業の診療所を継ぐつもりで居た彼女の目指すは医学部一本。秀才で鳴らした彼女にとっても、何の受験対策もなしに合格できるようなものではないし、彼女自身もそれは良く解っている。 しかし実のところ、彼女は現在のレベルをキープできるなら、最難関といわれた第一志望校にも合格確実の太鼓判を押されるほどの成績を修めていた。この日はたまたま同窓会か何かで両親も不在だが、そもそも高校最期の夏祭りを楽しむ息抜きの時間を取ったところで、誰も異を挟むものは居ないし、何より彼女はその普段の風評に反して祭が大好きだときている。 そんな彼女が敢えて留守番に甘んじている理由、それは… (もし私なんかに出会ったら、みんなきっといい気はしないわよ…ね) 彼女は心の中で、そうひとりごちた。 −真夏の夜のシンデレラ− 色々理由あって、彼女は夏休みこそ会稽地区の実家に居るのだが、現在は交州学区に籍を置いている。 事務経理に一流の才覚を有し、博学の彼女だったが、皮肉屋で正しいと思ったことは他人の心情を顧慮することなく主張して憚らないその性格が災いして、長湖部の幹部会から追われて左遷させられていた。 もっともこれは表向きのことであって、彼女が長湖部の危難を救うために敢えてそのつらい立場にたった結果ではあるのだが、それでもそのきっかけとなった部の懇親会での行動により、彼女のことを快く思わないものも多いだろう。色々有って「他人の感情を考慮する」ことに、過剰なまでに神経を使うようになった彼女は、なるべくならそういう機会を減らすべく努めていた。 (こんな祭の日に、みんな家でじっとなんてしてるわけないしね…折角楽しんでいるところに、私の顔見たら興ざめするだろうし) そう自分に言い聞かせてみるも、やっぱり本音はその真逆。祭の中心地である常山神社からは数キロ離れているから、祭囃子やらなにやらが聞こえてこないことが唯一の心の救いではあったが、どうもそちらに気が行ってしまい、参考書を開いてみたところで集中できないでいた。 そして無意識に、彼女は呟いていた。 「はぁ……やっぱり行ってみたいなぁ…」 「ふふ、その願い、叶えて差し上げても宜しいですぞ?」 「え!?あ…うわっ!」 不意にそんな声が聞こえて、彼女は驚いて思わずのけぞり、その勢いで椅子から滑り落ちた。 「っつ…だ、誰っ?」 「こっちこっち」 コンコンと窓を叩く音。その音につられてそちらのほうを観ると、庭木のあたりに生首が…彼女に何ともいえないイイ笑みを向ける…。 「っきゃあああああああああああああああああああああああああああ〜!」 祭のせいで人気のなくなった会稽地区の静寂は、彼女の悲鳴に切り裂かれた。 虞翻はいまだ怒りの冷めやらぬ表情で、その闖入者−諸葛亮を睨めつけている。 「そんな怖い顔をなさらないでください。ほんの冗談ではないですか」 目の前の少女は少し困ったような…いや、大げさに困ったような仕草で悪びれもせずそう言った。横に居る付き添いと思しき少女も「うんうん」と相槌を打つ。 「…大いに心臓に悪いわ。寿命が十二年ほど縮まったわよ」 「それはいけない。寿命を延ばす良い呪いを知っておりますのでお教えいたしても宜しいですよ?」 そう言いながら白衣のポケットから何かを取り出そうとする諸葛亮。 「いらん。てか何しにきたのよアンタは。私も子瑜も受験勉強で忙しい身なんだから、せめて邪魔にならないように祭にでも逝ってなさいよ」 宛がわれた麦茶を一口啜り、その皮肉も何処吹く風。 「そこです先輩。あなたこそ本当は祭りに行きたくて行きたくてしょうがないはず。総ての志望校合格率がA判定というあなたであれば、息抜き程度に祭を見に行く事くらいで誰も文句のつけようがないでしょう。それが留守番役に甘んじているところ、何か理由ありと思われますが…」 一息に、かつ淀みない言葉で己の本心をずばり言い当てられ、虞翻は呆気に取られた。何で自分の模試の結果を知っているのかだとか、どうして今自分が留守番をしていることを知っているのかだとか、色々突っ込んでやりたいところが多すぎて巧く言葉にならない。 「まぁ色々気になるところがあることはお察ししますが、細かいことですので。そんなことより、誰にもあなただと解られずに祭を楽しむ方法をお持ちしたのですが…どうです、お試しになりませんか?」 「…何よ、その方法って」 相手の態度にもうツッコむことをあきらめ、その要点だけ聞いてやってさっさとお帰り願うほうが良い…虞翻はそう思った。 その一言にしたり顔の諸葛亮、白衣の内ポケットから小さな瓶を取り出した。 中には何かの液体が入っている。そっけない無地の小瓶が、なんともいえない怪しさをかえって強調している。 「…………………何よ、これ」 「私が最近開発した変身薬の完成品で、古来より“化ける”と言われるモノのエキスを凝縮して合成したモノです。あ、当然これ内服薬ですんでそこんとこヨロシク」 「いらんわ! 誰がそんな危ないもの飲むのよ!」 「じゃあ、私が」 「え?」 言うが早いか、諸葛亮はそのふたを開け、その一滴を飲み下す。次の瞬間、その身体が光に包まれた。 「あ…」 驚きを隠せない虞翻の目の前で、光は徐々に人の形を取り戻す。 そして諸葛亮だった人物は、なんと孫権の姿に変わっているのだ。 「どうです? 信じていただけましたかな?」 口調こそ諸葛亮のものだが、外見と声は孫権だった。 そして更に爆音ひとつ鳴り、煙の中から元の諸葛亮が姿を見せる。 「一滴程度ならまぁこのくらいですかね。このひと瓶あれば、大体三時間弱もつでしょう。どうですか先輩、あなた以外の人物に化ければ、あなたは気兼ねなくお祭に行けるのでは?」 呆然と事の成り行きを見守っていた虞翻だったが、 「それって…知っている人でなくても化けられるの?」 「勿論。飲むときにイメージしたものに化けますから、人間でないものにも化けることが出来ますし、見た目の一部だけを変えることも可能です」 「解った…お願い、それを譲って。あとで必ずお礼するから」 そう言って、その手を取った。諸葛亮は頭を振って、 「いえ、礼などいりません。その代わりと言っては何ですが、後日写真を取らせて頂きたいのだが」 「そのくらいならお安い御用だわ」 その申し出に、虞翻は二つ返事で返した。
35:海月 亮 2005/08/09(火) 23:21 諸葛亮という珍客が去って程なく、彼女は仕舞いこんでいた、家族に内緒で仕立てたばかりの浴衣を引っ張り出し、それを身につけた。時間は午後七時を少し廻っている。これから来るバスに乗っていけば、会場に着くのは七時半と言ったところだろう。 祭は十時までだが、それより少し前に会場を離れれば問題ない。 「よし…!」 彼女は姿見の前に立ち、瓶のふたを開ける。 一体どんな材料を使っているのかは知らないことに不安を覚えたが、予想していたような妙な匂いもない。虞翻は意を決し、その小瓶の中身を一気に口の中に流し込んだ。 味など感じる暇もなかったが、意外にすんなり入っていったのでたいした味もなかったかもしれない。一瞬、身体が浮くような感覚がして…次の瞬間。 「わぁ…」 姿見の前にいたのは、つややかな黒髪で、はしばみ色の瞳を持つ少女だった。彼女は自分のトレードマークとも言える髪と瞳の色だけを変えたのだが、それだけでもこうも変わるものかと、彼女は素直に感動した。 (これなら、絶対に私とは解らない…) 喜びに浸っている間もなく、彼女はバスの時間が近づいていることに気づいた。セミロングの髪をアップに結い上げると、財布や小物を入れた巾着を手に、こんな日のために買っておいた下駄を履き、彼女は近所のバスターミナルへと急いだ。 「待って〜、待ってくださぁぁい!」 バスのドアが閉じ、今まさに走り出そうかと言う刹那にそんな声が聞こえてきた。その方向をちらとみると、ひとりの少女が駆けて来るのが見えた。見かねた虞翻は運転手さんに声をかけた。 「あの、すいません…ちょっと待ってあげてください」 「ああ、いいよ」 年配の運転手さんは、苦笑して手元のスイッチに手を伸ばす。 「っはぁ〜間に合ったぜこんちくしょう…」 「も…もうっ! 慣れない服なんて着ようとするからそうなるんだよっ…義封の馬鹿っ!」 (何ですと?) ぎょっとしてそちらを向き、よく目を凝らすとそれは確かに知った顔だった。結っていただろう髪を乱れさせ、折角着付けた浴衣もかろうじて“着ている”状態のふたりは陸遜と朱然のふたりだった。 「そいじゃ、そろそろ出すよお嬢さん方。連れはもういいのかい?」 「あ…い、いえ大丈夫です、ありがとうございますっ…わ!」 肩で荒い息をしていた陸遜、運転手さんの一言にお礼を言おうとして慌てて立とうとした拍子に着物の裾をふんずけてこけそうになった。虞翻はとっさにそれを抱きとめた。 「っと…大丈夫?」 「え…あ、大丈夫です…すいません」 その時、バスを動かし始めた運転手さんが更に言った。 「お嬢ちゃんたち、その姉さんにもお礼言っとけよぉ。その姉さんが何も言わなきゃ、出すとこだったんだからねぇ」 「そうだったんですか…助かりました」 「恩にきります」 再びお辞儀する陸遜と朱然。どうやら、声を聞いても虞翻の正体には気がついていない様子だった。 「ううん、当然よ。あなたたちもお祭に行くの?」 「ええ。部…いえ、友達と待ち合わせで」 「つっても、置いてきぼり食っちゃって。もう合流無理そうだから…そうだ、ここであったのも何かの縁、お姉さんご一緒しませんか?」 あっけらかんと笑う朱然に、陸遜は嗜めるように肘で小突く。 虞翻は一瞬迷った。考えてみれば自分ひとりで行ったところで連れの当てなどない。変身している以上、妹たちに会った所でどうしてみようもないし…それに、向こうが自分の正体に気づいていないなら、気兼ねなく話すことも出来よう。 「いいの?」 「ええ、勿論。いいだろ伯言、お姉さんもいいって言ってるぞ」 「もう…強引なんだから。すいません、ご迷惑でないんですか?」 「わけありで、特に待ち合わせもなくってね。折角だから、連れは多いほうが楽しいわ」 「なら問題ないやな。あ、あたしは蒼天学園二年の朱然、字は義封。で、こっちが…」 「同じく二年の陸遜、字は伯言です」 名乗る段になって、虞翻は一瞬言葉に詰まった。流石に本名でも同姓同名で誤魔化しきれるものではない。彼女はふと、脳裏に浮かんだ有名小説の主人公の名前を思い出していた。 「私は…夏っていうの」 案の定、本の虫の陸遜が「あの小説の主人公と同じなんですね」と返してきた。もう虞翻も苦笑するしかなかった。
36:海月 亮 2005/08/09(火) 23:21 それから二十分足らずバスに揺られていたが、その先々でも少女たちを拾っていき、終点の常山神社に着く頃にはバスは満員御礼状態。そのあいだも虞翻はその正体に気づくべくもないふたり(というか、八割は朱然)の質問攻めにあっていた。 気分の乗ってきたらしい虞翻も、自然と言葉が弾むようになっていた。自分は今日しかこの地に居れないだとか、ここを去る想い出に祭を見に行くつもりだったとか…そんなこじ付けにも余念がなかった。このあたりは、流石に浮かれているようでもやはり虞翻は虞翻だったと言うべきか。 「よ〜し、到着〜♪」 バスの中できちっと服装を整えた朱然、陸遜に続いて、虞翻もその場に降り立つ。終バスは十時過ぎに一本あるので、その前のバスで帰れば問題なかろう…と虞翻は考えていた。 「まだ花火までだいぶ間があるよね。どうする? 民謡流しにでも参加しとく?」 どうやら朱然の頭の中には「それでも孫権たちと合流すべく悪あがきする」という選択肢は完全にないらしい。恐らく、偶然に鉢合わせれば僥倖、くらいの感覚でしかないのだろう。向こうから彼女たちに連絡を取った気配がないところをみると、多分元歎あたりに占いで探させるか、偶然に鉢合わせというシチュエーションを期待してわざと放っているのだろう…虞翻は、そう考えていた。 「そうねぇ…放送かけて呼び出してもらうのもなんだし…たまには私たちだけで別行動、偶然鉢合わせてラッキー、って言うのもいいかもね」 どうやら陸遜も同じ考えのようである。こういうアバウトなところをとやかく言うものも居るが、そういうのも長湖部ならではのものでる。そして虞翻もそういうものが嫌いではなかった。 「夏さんもいいよね?」 「え? あ…ええ」 一瞬、自分が偽名を使っていることを忘れて答えに詰まったが、虞翻はぼーっとしていたふりをして誤魔化した。 その時、境内のほうから祭囃子の音楽が聞こえてくる。 「あ、もう始まった。ふたりとも、早く早くっ」 矢のように飛び出した朱然に、一拍おいて陸遜が慌てて叫んだ。 「ちょ…そんなに急いだって一曲めはもう…」 「ほら、あたしたちも行こ」 「わ…夏さんまで…もうっ」 虞翻は陸遜の肩をぽんと叩いて、その後に続いて駆け出した。 振り返ったときに観た陸遜の膨れっ面が可笑しくて、虞翻は笑みを隠すことが出来なかった。 一方、そのころ。 「こら世龍に世方、無駄なもん買ってんじゃない! 帰りのバス代なんて立て替えてやんないよっ!」 黒のノースリーブに白のチノパンといういでたちの虞レは、目の前の人混みからたこ焼きを手に飛び出してきたふたりの妹を咎めた。着ているのが橙の振袖と緋の振袖、そして髪型がショートカットとツインテールという違いはあったが顔立ちは瓜二つのこのふたり、虞レとは四ツ歳の離れた虞聳、虞キの双子姉妹である。 「え〜!? これは仲翔お姉ちゃんの分だよ〜」 「あたしたちふたりで出し合ったから大丈夫だよ〜」 その双子は一様に膨れっ面になり、声を揃えて反論する。 「お馬鹿。もう帰るんならまだしも、どうせそのつもりないんでしょ? 帰り際に買えば余計な荷物を増やさなくていいって思わないの?」 「「うぐ…」」 この正論の一撃であっさりと口を噤む双子。その殊勝な行為は褒めてやるべきだが、まだまだ考えが足りないようだ。虞レは苦笑し「やれやれ」と頭を振って、 「まぁ買っちゃったモノは仕方ないわ。包んでもらって袋に入れてもらいなさい。そうすれば落とさなくてすむかもしれないわ」 と助け舟を出してやった。 「…うん」 「わかったぁ…」 悄気てつまらなそうにしていた双子だが、気を取り直して先刻の人混みの中へまぎれていった。そのとき。 「姉さ〜ん、世洪姉さん大変だよっ!」 駆けて来たのはセミロングに白のワンピースを身につけた少女。虞レの年子の妹、虞忠である。 末妹の虞譚がトイレに行くと言い出したので、それに付き添っていたのだ。それが血相変えて戻ってきたものだから、虞レは瞬時のうちに何が起きたか、その七割方察していた。 「思奥が…思奥が居なくなっちゃったんだよ〜!」 うわ、やっぱりか…と彼女は頭を抱えてしまった。 こんな時、自分の頭の回転がもう少しばかり遅ければ良かったのに…と、どうでもいいことを後悔する虞レだった。 「トイレからあの娘出てきたのは観たんだけど…あの娘あたしに気づかないで人混みのほう行っちゃって…どうしよう姉さ〜ん」 「落ち着きなさい世方、とにかく、祭の本営探してみよう? それで放送かけてもらうなり探してもらうなりするしかないわ…」 涙目でおろおろするばかりの妹を宥め、戻ってきた双子姉妹への説明もそこそこに、虞レは妹三人を引き連れて境内のほうへと向かっていった。 「ありゃ…あの娘、迷子なんかな?」 「え、何処に?」 人混みに何か目ざとく見つけたらしい朱然の呟きに、陸遜もそちらに目をやった。 「何処にいるのよ? 見間違いじゃないの?」 「あ、疑ってるわね…こっちだよこっち」 「ちょ…ちょっと」 朱然はそう言って陸遜の浴衣の袖を引っ張った。抗議の言葉も聞いてるんだか聞いていないんだか。虞翻もその後に続く。 「ね、どうしたのお嬢ちゃん。お家の人とはぐれちゃった?」 朱然の声に混じって、しゃくりあげる少女の嗚咽がかすかに聞こえた。人混みから顔を覗かせ、少女の顔を見た瞬間に虞翻は絶句した。 (思奥! あ…あの娘たちあれほど目を離すなって言ったのに〜!) 虞一族の特徴的なプラチナブロンドに、やや紺を帯びた黒の瞳。そこにいたのは虞翻とは十も歳の離れた末妹の虞譚であった。 「まいったなぁ…なんかとんでもない厄介事背負い込んだって感じ?」 「見つけたのは義封でしょ、もうっ。それに見つけた以上、放っておけないじゃない」 「う〜ん…」 両の目からぼろぼろと大粒の涙をこぼし、泣きじゃくる少女への対応に困惑する朱然と陸遜。 火のついたように泣き出した妹の姿に、虞翻も眼前の妹の不憫さに同情するやら、こんな事態を巻き起こした会場のどこかにいるだろう不甲斐無い妹たちへの怒りやらで泣きたい気分だった。当然ながら、現在変身中の長姉が目の前にいるだろうなんてことに、虞譚が気づいている様子もなさそうだ。 「仕方ないなぁ…ここはひとつ、祭の本営まで連れて行ったほうがいいと思うわ」 「あ…そうよ、夏さんの言うとおりよ。それがいいわ」 「え〜、今行ってきたばかりなのに〜? ぐずぐずしてるといい席取られる〜」 朱然の無責任な一言に、虞翻は正体を隠していることを忘れ、思わずその頭に拳骨の一発でも見舞ってやりたい気分になった。 「呆れた…見つけた以上責任とんなさいよ」 「へーへー、解りましたよ〜だ」 陸遜がそう嗜めると、仕方ないなぁ、と言わんばかりの表情で朱然もそれに従った。
37:海月 亮 2005/08/09(火) 23:22 「部長〜っ、こっちこっち!」 見晴らしのいい土手の一部を占拠した少女たちが、そこに姿を現した少女たちに呼びかけた。長湖部長・孫権を筆頭とした何名かの食料調達組が合流を果たし、戦利品の分配を開始した。 合宿上がりの着の身着のまま、体操着の半袖にハーフパンツといういでたちは凌統、朱桓、潘璋などの体育会系。 ばっちり浴衣を着付けているのは部長孫権を始め、顧雍、朱拠、薛綜といったお嬢軍団に、意外なところでは周泰がこの仲間に入っていた。普段流すままにしている銀髪を綺麗に結って、いざ着飾ってみればまるで別人のようであった。それで散々からかわれてしまったせいか、彼女は何時も以上に引いた位置にいる。 それでもって思い思いの私服を身につけているのは諸葛瑾、谷利、潘濬、そしてお目付け役の張昭といったあたり。諸葛瑾は白のワンピース、潘濬らも涼しげに軽装になっているのに、何故かごっそりと色々着込んでいる張昭。 「なぁ…なんであのねーさん、あんな暑苦しい格好してやがるんだ?」 ひそひそ声で隣の吾粲に耳打ちする潘璋。 「知りませんよそんなの。あたしらに対するあてつけかなんかじゃないんスか?」 「言えてる、観てるだけで暑っ苦しいわね、アレ」 うんざりした表情の歩隲に、凌統も皮肉たっぷりに相槌を打つ。朱桓もそれに続く。 「こんな蒸し暑い日に、どー観たって冬物のロングスカートに長袖の上掛けだろ? 正気の沙汰じゃないよな〜」 「それとも単に年寄りだから寒がり…げ」 「なぁんですってあんたたちぃ〜!?」 半袖パーカーにキュロットスカートという私服組の全Nがそこまで言いかけたところで、背後にものすごい形相の張昭が睨みつけるように立っていた。たちまちにして、彼女らの周りにいた無関係な少女をも巻き込んで、張昭の怒りの説教が飛ぶ。 「相変わらずねぇ、あの人も」 「連中も面白がって聞こえよがしにいうのも悪いんだけどねぇ…どっちもどっちだわありゃ」 それを離れた位置で眺める諸葛瑾と厳Sも呆れ顔である。 「そういえば、結局伯言たちには会えませんでしたね。承淵たちも何処にいったもんだか」 「ええ…元歎曰く中学生軍団は帰ったようだし、伯言たちは会場の何処かにいるってことなんだけど…」 厳Sの目配せを受け、草の上においたタロットから目を離し、なにやら呟く顧雍。 「居る事は確かだけど、人が多すぎて巧く気配がつかめない、って?」 顧雍がこくり、と頷くのを見て、肩を竦ませる厳S。 「元歎先生の占術を持ってしてもだめとなりゃ、諦めるしかないですかね?」 「だから来るのを待って、合流すればよかったのよ。どうせ急ぐことだってなかったんだし」 「そうだね…でも、いるんだったら帰り際にばったり出会うかもしれないし」 諸葛瑾の尤もらしい意見に、ちょっと残念そうな表情の孫権。 その時、一発目の花火が、轟音を伴って夜空に大輪の花を咲かせた。 そのころ、境内脇の本営に、木々の隙間から花火を眺めてる少女が四名。 言うまでもなく陸遜、朱然、そして変身中の虞翻とその妹虞譚である。結局放送を掛けようにも、虞譚は見ず知らずの娘三人はもとより、運営委員の大人たちにも警戒して口を利こうともしない。目の下を真っ赤に腫らして、不安そうに俯いているままだ。 仕方ないので迷子がいるという放送だけ掛けてもらい、心当たりのある人間が来るのを待つことになった。 「ちっくしょ〜…とんだ災難拾っちゃったな〜」 「あんたのせいだあんたの。それより、私思ったんだけどさ」 不満げの朱然だったが、陸遜が小声で、 「あの娘、よく観ると仲翔先輩に似てない?」 「ん?…あれ、そういえば」 彼女にもようやく思い至ったらしく、次の瞬間にはにんまりと笑みを浮かべる。 不意に自分の名前を呼ばれて、虞翻はどきっとした。 「そうだよ、ランプの光で解り辛かったけど…確かに、あの髪の色に髪型とか…」 「ね、そっくりだよね」 確かに虞譚の髪型は、三つ編みにこそしていないが、両サイドに垂らした髪の先をリボンで結っている。ツリ目かタレ目かの違いもあるが、確かに面影はある。 「この娘もうちょっと大きくなれば、きっと先輩みたいな美人になるのかしらね?」 「あ〜…でも見た目だけにしてもらいたいもんだな。この可愛らしいのからどぎつい言葉が飛んでくるのは遠慮願いたいトコだ」 耳をそばだてて聞いている虞翻。朱然の言うことも恐らくはほとんどの部員が思っていることだろうことは、虞翻も承知していたことだが…やはりそういう風に見られていることを改めて思い知らされ、少し胸が痛んだ。 「確かに…でも、あの人は言われるほど悪い人じゃないような気もするよ? 私はあまり付き合いはないけど、公紀がね」 「知ってるよ、あのふたりが仲いいことくらい。まぁアイツも同類のような気もするけどな」 「…………その同類と従姉妹の私はどうなんのよ」 ジト目で睨む陸遜。朱然はそれを気に止めた風もない。 「結構似たもの同士だと思うぜ? 正しいと思ったことは梃子でも曲げない真面目委員長タイプだよ、あんたも公紀も仲翔先輩もさ」 「…お姉ちゃんのこと…知ってるの?」 「「へ?」」 その時、沈黙を守っていた虞譚が、恐る恐るといった風にその会話に割り込んできた。どうやらひそひそ声で話しているつもりが、何時の間にか普段の調子で喋っていたらしい。 呆気にとられていた陸遜が、 「え…えと、じゃあ…あなた本当に仲翔先輩の…?」 と問うと、虞譚はこくりと頷いた。
38:海月 亮 2005/08/09(火) 23:23 「ふたりとも、そろそろ休憩に入ってくれやぁ」 「ど〜も〜」 「じゃあ頼みます〜」 祭り会場の一角、テント張りの大きな休憩所の軒先で焼き鳥をひっくり返す少女たちは、その数本を手前の皿へ盛り付けると、やってきた初老の男性に後事を託して引っ込んだ。 青い半被に豆絞りという格好で、バイトに勤しむのは歩隲と敢沢の長湖部苦学生コンビであった。 「いやぁ、覚悟はしてたけどやっぱ重労働だわこりゃ」 「文句いうなって。祭りも楽しんでお金も入るんだから、上出来だよ」 敢沢は汗をぬぐいながら、裏手に設置されている従業員用の薬缶から注いだ麦茶を一口に飲み干す。 「そういえばさ、結局部長たちって何処いったんだろ?」 「わかんね。もう花火始まったんだし、どっかで集ってみてんじゃないの?」 興味ない、といった感じの敢沢。 「それもそうか。それよりさ、さっきトイレ行ったときに伯言たち見かけたんだけどさ」 「じゃあ部長もいたんじゃないの?」 「ううん。それがね、ひとりは義封だと思うんだけど、もうひとりがね…ちょっと此の辺じゃ見かけない感じの娘だったんだ」 「親戚かなんかじゃないのか? 陸家にしろ朱家にしろ、あの一族蘇州地区にはゴマンといるからなぁ」 「いや…違うと思う。黒髪に緑がかった眼だったから、あの血筋じゃないと思う」 「よくそんな細かいところまで…」 呆れたように呟く敢沢。それを他所に、歩隲はしきりに首をひねっていた。 「でもさ、なんかあの顔、どっかで見たような気がするんだけどね〜」 「気のせい、もしくは他人の空似ってヤツでしょ? あ、ほら花火上がった」 敢沢の指差した先で、三連発の花火が上がった。 「ああ…績がそういえば言ってたな。虞姉妹って五人姉妹か六人姉妹だったっけ?」 「六人よ、確か。親戚やら何やらで親しくしている娘を入れると実質十二人って…そういえばうちも幼節や親戚の娘が仲翔先輩の妹さんと仲良かったから聴いたことあったわ」 うんうんと頷く朱然に相槌を打つ陸遜。 「しっかし、ここまでちっこくなると仲翔先輩の妹って言われても、やっぱりピンとこないわね…」 「…なんだかその人、随分曰くありげな人みたいね」 それまで沈黙を保っていた虞翻が、ようやく会話に割り込めるタイミングをつかんで口を開いた。 「曰く…確かにそうかもな。口の悪さだけなら学園屈指って感じで」 「そんな大げさな…確かに、皮肉屋ではあったけど」 「あのなぁ伯言、お前春先に散々こき下ろされていて頭にきてないの?」 朱然の軽口に、虞翻の顔色が変わった。 彼女が言っているのは、虞翻が交州学区に左遷させられたときのことを言っているのだろうことは間違いなさそうだ。あの日、虞翻は孫権や張昭と示し合わせての狂言とはいえど、陸遜に対して散々に罵声を浴びせてしまった記憶がある。「いちマネージャー風情が、一時の幸運で成り上がって、周瑜の後継者を気取っているだけじゃないか」と。 芝居とはいえ、自分もその才覚を認めた少女を心無い言葉で貶めた罪の意識に、虞翻は未だ苛まれていた。 「う〜ん…でも、公紀も言ってたんだけど、あの人は理由もなくあんなこというような人じゃないような気もするの。きっと何か深いわけがあったのよ」 「うわ、お人よしがいる〜。そんな取り繕ったこというのはみっともないよ伯言?」 「…おねえちゃんたち…仲翔お姉ちゃんのこと、嫌いなの…?」 みると、怒っているとも悲しんでるとも取れる複雑な顔をして、目の端に涙を溜め込んだ虞譚が三人をじっと眺めている。 「い、いや嫌いとかじゃなくってさ…うんっと、なんっつったらいいのかな…なんか近寄りがたいっていうか」 慌てて取り繕おうとする朱然だが、これは却って逆効果だったらしい。 大声で泣き喚きはしなかったものの、ぼろぼろと涙を落としながら俯いてしまった。流石の朱然もばつが悪いと見えて「困ったなぁ 」と頭を掻いている。 後輩たちの本音で相当ダメージも大きかったが、泣き出した妹の姿が虞翻に更なる追い討ちをかけた。こうなったら収まりがつかない。思うより先に、彼女は妹を抱き寄せていた。 「夏…さん?」 怪訝そうな陸遜の声がする。 「私…この娘の気持ちが良く解る…私もね、しばらく前に…あなたたちの言う先輩のように、友達と大喧嘩したの」 「え…」 「私も本当は離れたくなかった…でも私、未練を残したくないからわざと心にもないことを言って…もしかしたら、私がそんな馬鹿なことをしたばかりに、この娘みたいに私のことを考えてくれている友達が辛い思いをしてるかもしれないって…そこまで考えていなかったから…」 正体を明かさないための方便ではあったが、言葉に託した気持ちは紛れもない本心からの言葉だった。 「…大丈夫ですよ。私だって先輩がどういう気持ちであんなことを言ったか、なんとなくだけど解っていましたから…きっと、夏さんのお友達だって、きっと解っているはずです…」 「あたしだってあの人嫌いじゃないよ。あの口の悪ささえどうにかなれば、もっといろんなこと話してみたかったし」 後輩ふたりがそう、慰めてくれた。腕の中で泣いていたはずの虞譚も、それが本当の姉と知らずに頭を撫でてくれた。 「……ありがとう」 虞翻はそれだけでも心が少し軽くなった気がしたが、それと共に、自分が仮初の姿で彼女たちの気持ちを玩んでいるのではないかという罪悪感も覚えていた。
39:海月 亮 2005/08/09(火) 23:24 「あ、やっぱり思奥だ!」 「おね〜ちゃ〜ん、思奥いたよ〜!」 天幕にとびこんできた双子の後から、半べその虞忠と慌てた様子の虞レも入ってきた。 「お姉ちゃん!」 それまで虞翻の膝の上にちょこんと腰掛けていた虞譚は、姉たちの姿を認めてぱたぱたとそちらに駆け寄る。 末妹を抱き寄せ、虞忠はその場にへたり込んでしまった。 「良かったわね、あんたたち」 「わ、伯言先輩に義封先輩! もしかして先輩たちがこの娘見つけてくださったんですか!?」 想いもがけぬ人物に出会って、虞レも目を丸くした。 「ああ、あたしが人混みからみつけてやらなかったら今ごろは人波の藻屑だ。感謝しろ娘共」 ふんぞり返ってみせる朱然に、もう苦笑するしかない虞レ。 「あはは…恩にきります。あれ、そちらの方は?」 そう言って虞翻の方に視線を送る。陸遜が簡単に、自分たちが孫権たちとの待ち合わせに間に合わなかったこと、その時、ちょっとしたピンチを救ってくれた彼女に出会い、折角だから祭観覧の同行者に誘ったこと、虞譚の面倒をみてくれたことを説明した。 「そうだったんですか…申し訳ありません、ご迷惑をおかけしました」 やはりというか、虞レも他の妹たちも、自分が彼女らの長姉であることなど気がついている風はない。 「いえ。それよりこの娘はまだちいさいんだから、ちゃんと気をつけてやらなきゃダメよ」 「はい…気をつけます…え?」 頭を上げて一瞬怪訝な表情をする虞レ。 それを読み取った虞翻も「まさか」と思ったが、 「どうかした?」 「あ…い、いえなんでもないです。先輩方も、本当にありがとうございました」 再度、深々と頭をさげる虞姉妹一同に、「気をつけてね」と残すと、虞翻たちもその場を後にした。 その際、虞翻は時計の針が既に九時半を少し回っていることに…即ち、自分が帰るためのタイムリミットが近づいていることに気がついた。 「今日は楽しかったわ。あなたたちのおかげで、この地を発つ前のいい思い出ができた…本当にありがとう」 「いいえ、お誘いしたのも私たちだから、そう言っていただければ幸いです」 「なんだか名残惜しいけど…もしまたこちらに遊びにきたときには連絡くださいな。長湖の周辺であれば、いくらでもご案内しますよ」 そう言って、朱然は自分たちの連絡先を書き込んだメモを押し付けてきた。どうやら自分が虞翻であることに、彼女たちは最後の最後まで気が付いていないようだった。 「うん…じゃあ、君たちも元気でね」 それだけ残すと、虞翻は帰路に着く人混みにまぎれた。 二人の影が見えなくなると、彼女は足早に人混みから離れようとする。 思わぬハプニングのために、彼女は予定外に時間を浪費していた。先ほどから時折視界がぶれる感覚に何度か襲われていたが、どうやらそれが時間切れが迫っていることを示すサインであるのだろう。そして、その間隔は短くなっている。 「あっ!」 やはりというか、バスも相当に混んでいる。現在時刻は十時五分前。薬を飲んだのが七時ちょっとすぎだから、その正確な時間は解らないものの、もう猶予がないことは良く解っていた。 (いけない…もしあの中で変身が解けたら、地方紙の珍事件枠確定だわ…どうしよう…!) 困惑する彼女を眩暈が襲ってきた。 虞翻は数時間前の、諸葛亮の言っていた言葉を思い出していた。 −その薬を一度に飲んでしまうと、変身が解けるときに意識を失うことがあるようです。変身が解ける直前くらいから動悸や眩暈に見舞われるでしょう。時間に余裕を持って行動されることをお勧めしますよ…− いくら薬の時間切れだからって、ここまで大げさな副作用を用意することもないだろうに…自分が選んだ結果とはいえ、それでも虞翻は諸葛亮を恨まずにはいれなかった。 まさかここまで、前後不覚になるような症状が出るとは考えていなかったのだ。ウマい話には必ず裏がある、ということを今更のように思い知らされていた。 (まだ…意識が途切れる前に…人影の少ないほうへ…) 彼女は気力を振り絞り、人の目を巧みに避けて林の奥深くへと入っていく。 まだ止まぬ祭囃子が遠く聞こえるのは、単にその場から距離を離しているだけではないのだろう。 ふらつく足で、密集する木にもたれながら更に奥へと進んでいくが…俯いていた彼女は気づかなかったが、林は途切れようとしていた。次の瞬間。 「…あ…!」 彼女の視界に飛び込んできたのは、深く沈みこんだ、夜闇で底の見えない涸れた用水路だった。気づいた時、茂みの草に足をとられて彼女は思い切りバランスを崩していた。 「姉さんっ!」 夢か現か、その意識の狭間で彼女は妹の叫び声が聞こえた気がした。 そして、虞翻の視界は暗転する…。
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