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☆熱帯夜を吹っ飛ばせ! 納涼中華市祭!☆
35:海月 亮 2005/08/09(火) 23:21 諸葛亮という珍客が去って程なく、彼女は仕舞いこんでいた、家族に内緒で仕立てたばかりの浴衣を引っ張り出し、それを身につけた。時間は午後七時を少し廻っている。これから来るバスに乗っていけば、会場に着くのは七時半と言ったところだろう。 祭は十時までだが、それより少し前に会場を離れれば問題ない。 「よし…!」 彼女は姿見の前に立ち、瓶のふたを開ける。 一体どんな材料を使っているのかは知らないことに不安を覚えたが、予想していたような妙な匂いもない。虞翻は意を決し、その小瓶の中身を一気に口の中に流し込んだ。 味など感じる暇もなかったが、意外にすんなり入っていったのでたいした味もなかったかもしれない。一瞬、身体が浮くような感覚がして…次の瞬間。 「わぁ…」 姿見の前にいたのは、つややかな黒髪で、はしばみ色の瞳を持つ少女だった。彼女は自分のトレードマークとも言える髪と瞳の色だけを変えたのだが、それだけでもこうも変わるものかと、彼女は素直に感動した。 (これなら、絶対に私とは解らない…) 喜びに浸っている間もなく、彼女はバスの時間が近づいていることに気づいた。セミロングの髪をアップに結い上げると、財布や小物を入れた巾着を手に、こんな日のために買っておいた下駄を履き、彼女は近所のバスターミナルへと急いだ。 「待って〜、待ってくださぁぁい!」 バスのドアが閉じ、今まさに走り出そうかと言う刹那にそんな声が聞こえてきた。その方向をちらとみると、ひとりの少女が駆けて来るのが見えた。見かねた虞翻は運転手さんに声をかけた。 「あの、すいません…ちょっと待ってあげてください」 「ああ、いいよ」 年配の運転手さんは、苦笑して手元のスイッチに手を伸ばす。 「っはぁ〜間に合ったぜこんちくしょう…」 「も…もうっ! 慣れない服なんて着ようとするからそうなるんだよっ…義封の馬鹿っ!」 (何ですと?) ぎょっとしてそちらを向き、よく目を凝らすとそれは確かに知った顔だった。結っていただろう髪を乱れさせ、折角着付けた浴衣もかろうじて“着ている”状態のふたりは陸遜と朱然のふたりだった。 「そいじゃ、そろそろ出すよお嬢さん方。連れはもういいのかい?」 「あ…い、いえ大丈夫です、ありがとうございますっ…わ!」 肩で荒い息をしていた陸遜、運転手さんの一言にお礼を言おうとして慌てて立とうとした拍子に着物の裾をふんずけてこけそうになった。虞翻はとっさにそれを抱きとめた。 「っと…大丈夫?」 「え…あ、大丈夫です…すいません」 その時、バスを動かし始めた運転手さんが更に言った。 「お嬢ちゃんたち、その姉さんにもお礼言っとけよぉ。その姉さんが何も言わなきゃ、出すとこだったんだからねぇ」 「そうだったんですか…助かりました」 「恩にきります」 再びお辞儀する陸遜と朱然。どうやら、声を聞いても虞翻の正体には気がついていない様子だった。 「ううん、当然よ。あなたたちもお祭に行くの?」 「ええ。部…いえ、友達と待ち合わせで」 「つっても、置いてきぼり食っちゃって。もう合流無理そうだから…そうだ、ここであったのも何かの縁、お姉さんご一緒しませんか?」 あっけらかんと笑う朱然に、陸遜は嗜めるように肘で小突く。 虞翻は一瞬迷った。考えてみれば自分ひとりで行ったところで連れの当てなどない。変身している以上、妹たちに会った所でどうしてみようもないし…それに、向こうが自分の正体に気づいていないなら、気兼ねなく話すことも出来よう。 「いいの?」 「ええ、勿論。いいだろ伯言、お姉さんもいいって言ってるぞ」 「もう…強引なんだから。すいません、ご迷惑でないんですか?」 「わけありで、特に待ち合わせもなくってね。折角だから、連れは多いほうが楽しいわ」 「なら問題ないやな。あ、あたしは蒼天学園二年の朱然、字は義封。で、こっちが…」 「同じく二年の陸遜、字は伯言です」 名乗る段になって、虞翻は一瞬言葉に詰まった。流石に本名でも同姓同名で誤魔化しきれるものではない。彼女はふと、脳裏に浮かんだ有名小説の主人公の名前を思い出していた。 「私は…夏っていうの」 案の定、本の虫の陸遜が「あの小説の主人公と同じなんですね」と返してきた。もう虞翻も苦笑するしかなかった。
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