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☆熱帯夜を吹っ飛ばせ! 納涼中華市祭!☆
36:海月 亮2005/08/09(火) 23:21AAS
それから二十分足らずバスに揺られていたが、その先々でも少女たちを拾っていき、終点の常山神社に着く頃にはバスは満員御礼状態。そのあいだも虞翻はその正体に気づくべくもないふたり(というか、八割は朱然)の質問攻めにあっていた。
気分の乗ってきたらしい虞翻も、自然と言葉が弾むようになっていた。自分は今日しかこの地に居れないだとか、ここを去る想い出に祭を見に行くつもりだったとか…そんなこじ付けにも余念がなかった。このあたりは、流石に浮かれているようでもやはり虞翻は虞翻だったと言うべきか。
「よ〜し、到着〜♪」
バスの中できちっと服装を整えた朱然、陸遜に続いて、虞翻もその場に降り立つ。終バスは十時過ぎに一本あるので、その前のバスで帰れば問題なかろう…と虞翻は考えていた。
「まだ花火までだいぶ間があるよね。どうする? 民謡流しにでも参加しとく?」
どうやら朱然の頭の中には「それでも孫権たちと合流すべく悪あがきする」という選択肢は完全にないらしい。恐らく、偶然に鉢合わせれば僥倖、くらいの感覚でしかないのだろう。向こうから彼女たちに連絡を取った気配がないところをみると、多分元歎あたりに占いで探させるか、偶然に鉢合わせというシチュエーションを期待してわざと放っているのだろう…虞翻は、そう考えていた。
「そうねぇ…放送かけて呼び出してもらうのもなんだし…たまには私たちだけで別行動、偶然鉢合わせてラッキー、って言うのもいいかもね」
どうやら陸遜も同じ考えのようである。こういうアバウトなところをとやかく言うものも居るが、そういうのも長湖部ならではのものでる。そして虞翻もそういうものが嫌いではなかった。
「夏さんもいいよね?」
「え? あ…ええ」
一瞬、自分が偽名を使っていることを忘れて答えに詰まったが、虞翻はぼーっとしていたふりをして誤魔化した。
その時、境内のほうから祭囃子の音楽が聞こえてくる。
「あ、もう始まった。ふたりとも、早く早くっ」
矢のように飛び出した朱然に、一拍おいて陸遜が慌てて叫んだ。
「ちょ…そんなに急いだって一曲めはもう…」
「ほら、あたしたちも行こ」
「わ…夏さんまで…もうっ」
虞翻は陸遜の肩をぽんと叩いて、その後に続いて駆け出した。
振り返ったときに観た陸遜の膨れっ面が可笑しくて、虞翻は笑みを隠すことが出来なかった。
一方、そのころ。
「こら世龍に世方、無駄なもん買ってんじゃない! 帰りのバス代なんて立て替えてやんないよっ!」
黒のノースリーブに白のチノパンといういでたちの虞レは、目の前の人混みからたこ焼きを手に飛び出してきたふたりの妹を咎めた。着ているのが橙の振袖と緋の振袖、そして髪型がショートカットとツインテールという違いはあったが顔立ちは瓜二つのこのふたり、虞レとは四ツ歳の離れた虞聳、虞キの双子姉妹である。
「え〜!? これは仲翔お姉ちゃんの分だよ〜」
「あたしたちふたりで出し合ったから大丈夫だよ〜」
その双子は一様に膨れっ面になり、声を揃えて反論する。
「お馬鹿。もう帰るんならまだしも、どうせそのつもりないんでしょ? 帰り際に買えば余計な荷物を増やさなくていいって思わないの?」
「「うぐ…」」
この正論の一撃であっさりと口を噤む双子。その殊勝な行為は褒めてやるべきだが、まだまだ考えが足りないようだ。虞レは苦笑し「やれやれ」と頭を振って、
「まぁ買っちゃったモノは仕方ないわ。包んでもらって袋に入れてもらいなさい。そうすれば落とさなくてすむかもしれないわ」
と助け舟を出してやった。
「…うん」
「わかったぁ…」
悄気てつまらなそうにしていた双子だが、気を取り直して先刻の人混みの中へまぎれていった。そのとき。
「姉さ〜ん、世洪姉さん大変だよっ!」
駆けて来たのはセミロングに白のワンピースを身につけた少女。虞レの年子の妹、虞忠である。
末妹の虞譚がトイレに行くと言い出したので、それに付き添っていたのだ。それが血相変えて戻ってきたものだから、虞レは瞬時のうちに何が起きたか、その七割方察していた。
「思奥が…思奥が居なくなっちゃったんだよ〜!」
うわ、やっぱりか…と彼女は頭を抱えてしまった。
こんな時、自分の頭の回転がもう少しばかり遅ければ良かったのに…と、どうでもいいことを後悔する虞レだった。
「トイレからあの娘出てきたのは観たんだけど…あの娘あたしに気づかないで人混みのほう行っちゃって…どうしよう姉さ〜ん」
「落ち着きなさい世方、とにかく、祭の本営探してみよう? それで放送かけてもらうなり探してもらうなりするしかないわ…」
涙目でおろおろするばかりの妹を宥め、戻ってきた双子姉妹への説明もそこそこに、虞レは妹三人を引き連れて境内のほうへと向かっていった。
「ありゃ…あの娘、迷子なんかな?」
「え、何処に?」
人混みに何か目ざとく見つけたらしい朱然の呟きに、陸遜もそちらに目をやった。
「何処にいるのよ? 見間違いじゃないの?」
「あ、疑ってるわね…こっちだよこっち」
「ちょ…ちょっと」
朱然はそう言って陸遜の浴衣の袖を引っ張った。抗議の言葉も聞いてるんだか聞いていないんだか。虞翻もその後に続く。
「ね、どうしたのお嬢ちゃん。お家の人とはぐれちゃった?」
朱然の声に混じって、しゃくりあげる少女の嗚咽がかすかに聞こえた。人混みから顔を覗かせ、少女の顔を見た瞬間に虞翻は絶句した。
(思奥! あ…あの娘たちあれほど目を離すなって言ったのに〜!)
虞一族の特徴的なプラチナブロンドに、やや紺を帯びた黒の瞳。そこにいたのは虞翻とは十も歳の離れた末妹の虞譚であった。
「まいったなぁ…なんかとんでもない厄介事背負い込んだって感じ?」
「見つけたのは義封でしょ、もうっ。それに見つけた以上、放っておけないじゃない」
「う〜ん…」
両の目からぼろぼろと大粒の涙をこぼし、泣きじゃくる少女への対応に困惑する朱然と陸遜。
火のついたように泣き出した妹の姿に、虞翻も眼前の妹の不憫さに同情するやら、こんな事態を巻き起こした会場のどこかにいるだろう不甲斐無い妹たちへの怒りやらで泣きたい気分だった。当然ながら、現在変身中の長姉が目の前にいるだろうなんてことに、虞譚が気づいている様子もなさそうだ。
「仕方ないなぁ…ここはひとつ、祭の本営まで連れて行ったほうがいいと思うわ」
「あ…そうよ、夏さんの言うとおりよ。それがいいわ」
「え〜、今行ってきたばかりなのに〜? ぐずぐずしてるといい席取られる〜」
朱然の無責任な一言に、虞翻は正体を隠していることを忘れ、思わずその頭に拳骨の一発でも見舞ってやりたい気分になった。
「呆れた…見つけた以上責任とんなさいよ」
「へーへー、解りましたよ〜だ」
陸遜がそう嗜めると、仕方ないなぁ、と言わんばかりの表情で朱然もそれに従った。
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