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☆熱帯夜を吹っ飛ばせ! 納涼中華市祭!☆
51:海月 亮 2005/08/17(水) 00:12 「おらおら、気張って泳げ〜! 正明と承淵が赤壁島廻ってきたぞ〜!」 ビーチから、沖合いの赤壁島の中間くらいの地点に、泳ぐ少女たちの一団がある。その傍らで、ボートをこぎながら檄を飛ばす暗紫髪のショートカットがひとり。今年卒業を控えながら、水泳部長として後輩の育成に余念がない凌統である。 水泳部は毎年この時期になると、長湖部夏合宿とは無関係にほぼ毎日、揚州校区ビーチから赤壁島までの片道3キロを往復する遠泳を行うようになる。無論、学園都市全体で始まる祭の開始日であったとしてもそれは変わらない。 単純計算では6キロの遠泳だが、実際は赤壁島を周回して来るので7キロ強泳ぐことになる。全国に誇る強豪はこのようにして育て上げられるのだが、このハードさゆえに途中で音をあげ、夏の間に部を去るものも決して少なくない。 とはいえ、この年はいまだ脱落者を発生させていなかった。その鍵を握っているだろう二人が、少女たちとすれ違っていった。 僅かに先頭にたつ栗色髪の少女、それに追随する狐色髪の少女。 それぞれ高等部に入って間もない一年生、来年に高等部編入を控えた中学三年生である。水泳部に在籍する少女たちの中でも、その平均年齢からみればずっと下の少女たちである。そのふたりに対する負けん気が、プラスの方向に働いている所以である。とはいえ、それでも他の少女たちとそのふたりの差はかなりのものであった。 「う〜ん…やっぱり二週目となると、あのふたりにはついていけないもんかなぁ」 「ま、あのふたりが異常なのよ、ぶっちゃけた話」 そのふたりを追ってきたらしい一隻のボート。そこに、ポニーテールの少女がひとり乗っている。 「遅かったじゃない、文珪」 「遅いも何も、あのふたりが早すぎるんだ。ボートでついて行くのも精一杯だよまったく」 凌統のボートに自分のボートを横付けすると、その少女…潘璋はボートに仰向けでひっくり返った。 「情けないわねぇ…去年まで部下だった承淵に対してあんたがそんな体たらくじゃ」 「それでもいいよぅ〜、あたしも〜疲れたぁ〜」 呆れ顔の凌統に、ボートにひっくり返ってしまう潘璋。 水泳部の少女たちも、普段滅多に見られない潘璋の情けない姿に、野次馬根性むき出しで遠巻きに眺めている。 「あ、こらあんたたち、止まってないでさっさと泳ぐ! さもないと、完泳のジュースとスイカ、やらないよ!?」 凌統の一言に、慌ててコースに戻る少女たち。その後を、数隻のボートが追いかけていく。 「ったく。あんたもあんたよ文珪。普段のあんたの態度もどうかと思うけど、そんなんじゃ示しつかないわよ?」 「へいへい、解りましたよ〜…って何やってるのよ公績」 ふてくされた様にむっくり起き上がる潘璋。みれば凌統、ボートの艫綱を潘璋のボートに括り付けている。 「あたしも泳いでくる。これ、岸につけといてくれる? 礼ははずむわよ?」 「別にいいけどぉ」 その返答を聞いたか聞かずか、パーカーを脱ぎ捨てて水着だけになり、湖中へ消えた。 その姿を見送ると、やれやれと言わんばかりの表情で肩を竦め…やがてビーチに向けてボートを漕ぎ出した。
52:海月 亮 2005/08/17(水) 00:13 「者ども、準備はいいかぁ!?」 「おー!」 「よーし、総員突撃ぃー! あたしに続けー!」 先頭、跳ね髪の少女がビニール製のイルカともシャチとも取れぬモノを小脇に抱えて湖面へ駆け出すと、そのあとに少女たちがときの声をあげて追随していく。皆、或いは浮き輪を装備し、また或いはビニール製のビーチボールを抱え、次々に沖へ向かって泳いでいった。 先頭切った少女は水色の地に白抜き水玉模様のワンピース、それの真後ろにいた三つ編みの少女は「PARQUIT☆CIRCLE」という白抜き文字が胸元に入っている橙のハイネックワンピースだったが、あとの少女は揃いも揃ってスクール水着だった。 「あんたたちー、あんまり沖のほうまでいっちゃダメだからねー!」 浜にひとり取り残された格好になった陸遜が呼びかけるが、聞いているのかいないのか。 そこへ荷を置いてきたらしい敢沢も合流する。苦学生の彼女ではあったが、着ているのはそれなりに値の張りそうなデニム地のセパレート。彼女はどうやら水着にもそれなりにお金を使うらしい。 「しかしまぁ…あれだけスク水だらけだと学校の授業で来てるみたいだな」 と溜息交じりに言う。 「私も正直な話、徳潤さんがそんな水着持ってるなんて意外でしたけど」 「折角の一張羅だからな、着れる時に着ておいてやらにゃあ。あんたもモノはいいんだから、たまにはお洒落に気を使ってもいいんじゃないか?」 陸遜の皮肉を鮮やかに皮肉で返す敢沢。 「あはは…でも私、どうも着慣れた服じゃないと落ち着かなくて」 「気持ちは解るがね。まぁ、着れる内に着ておくと言うなら、それなんかその典型かもしれないしな」 なんとも女子高生らしからぬ物言いではあるが、敢沢のそれはバイト環境で培われたものであることは想像に難くない。あくまで軽口に過ぎず、どこぞの諸葛亮のような趣味人的な発想ではないし、敢沢自身もそのような考え方は持ち合わせていない。 「それに考えてみれば、うちの制服ってどの学校のと比べても割高なんだよなぁ…そう考えると、多寡がスク水でも着ないのは何か勿体無い気がするなぁ…」 難しい顔をして考え込む敢沢。やはり、最終的にはどこかで苦学生の顔が出てきてしまうらしい。 「まぁ、そんなこと考えてもしょうがないですよ。 それより、バイトの時間は大丈夫なの?」 「夜からだから四時くらいまで余裕だな」 「え…今日の夜に?」 その答えに小首を傾げる陸遜。やっぱり、苦学生の彼女には祭を楽しむ余裕もないだろうか…ということに思い至ったようだ。 「…じゃ、折角だから今のうちに遊んどきましょう、ね?」 手をとって子供のようにはしゃぐ緑髪の少女の笑顔に、敢沢はふと、今年の年明けに起こった出来事を思い出していた。 長湖部と帰宅部連合の全面戦争。 甘寧や韓当を始めとした百戦錬磨の大将ですら成す術ないその危難の矢面に、自分がこの少女を引きずり出したことを、敢沢は未だにそれが正しかったかどうなのか考える時があった。 結果的にその行為は長湖部を救うことになったのだが…そのために嘆き悲しんだ少女がいたことを知っていたから。 だが、彼女は思う。 今こうして、この少女が笑顔で居れるのだから、それならそれでいいじゃないか…と。 「ああ、いくか」 敢沢は陸遜の手に惹かれるまま、水際で遊ぶ少女たちの一団に駆け込んでいった。
53:海月 亮 2005/08/17(水) 00:14 「何やってんのよあんたたち」 祭観覧の準備と言うことで、まだ四時前のこの時間に引き上げにかかっていた陸一家と敢沢。その道中、先頭きって駆けていった数名が何かをもの欲しそうに眺めているのを見て、陸遜は聞きとがめた。 「いいなぁ〜」 「あたしたちも食べたいなぁ…」 陸遜の幼い妹たちはそれを意に介している風がない。 その視線の先には浜辺の休憩所、その中でわいわい言いながら手にとっているものしか目に入っていないらしい。 「ありゃあ水泳部の連中だな。朝から居たみたいだけど奴らも引き上げかな」 「みたいね…ほらあんたたち、こんなところで道草喰ってないで、とっとと帰るわよっ」 そしてとりあえず手前にいた、最年少の妹たち四人の水着を引っ張ってその場から引き剥がそうとする陸遜。だが、必然的に抗議の声があがる。 「嫌っ! あたしたちもスイカ〜!」 「うち帰ったってどうせそんなもんねぇんだし、少しぐらいご馳走になったっていいだろ〜?」 年長組のひとりで跳ね髪の少女−陸凱がそのうち、中央にいた陸機、陸雲の双子を奪い返してしまった。 「馬鹿言わないの! 大体あれは水泳部の差し入れで持ち込まれているモノよ。あんたたちの分があるわけないじゃない!」 傍らにいた陸抗に捕らえた妹たちをあてがい、走り去ろうとした陸凱の首根っこを捕まえる陸遜。 「聞いてみりゃ解るもんか! 大体伯姉だってスイカ大好きのクセして…見た途端に口元、涎垂れてるじゃん!」 「え、嘘ッ!?」 陸遜は慌てて口元に手をあてがうが…それで束縛から脱した陸凱は双子を抱え、まっしぐらに休憩所に向けて駆けていった。 「へっ、嘘に決まってるだろ〜♪」 「…っ…こらあー!」 そして真っ赤な顔をしてそれを追っかけていく陸遜。残された年少組の陸晏、陸景のふたりもそれに続く。 しばらく呆然と眺めていた敢沢も、 「あたしたちも行って見るか、幼節、敬宗?」 「そうですねぇ…」 「いこいこ、もしおこぼれに預かれても、早く行かないとなくなるかもしれないし」 陸抗の返答に苦笑しながらも、残された少女たちを促してその後に続いた。 そしてそれから数刻。 「すいません先輩、私たちまで厄介になって…」 水泳部の面々に混じって、陸遜率いる陸一家の少女たちが、スイカを貪っていた。 陸凱が幼い陸遜の妹たちを扇動して、水泳部長の凌統とマネージャーの吾粲に食い下がった結果である。末妹の陸機、陸雲に何かしら仕込んで、水泳部のお姉さま方の気を引くなどと、この親戚の娘の抜け目なさはかなりのものらしい。 「気にすんなって。余るくらい用意してたから丁度いいくらいだしな」 「そういうこと。折角だから、あんたも喰っときなよ」 陸遜にとっては同窓の友である吾粲に一切れ宛がわれると、遠慮していた素振りだった彼女も反射的に食いついてしまった。遊びつかれて水気と甘味を欲していた身体は正直なものである。 「そういや、今日から祭だけど、伯言たちは行くの?」 「うん。妹たちは妹たちで行くみたいだから、私は部長たちと行くつもり」 「あたしはその会場で子山とバイトだ」 吾粲の質問に対する敢沢の答えに、合点のいった様子の陸遜。 「あ、じゃあ夜のバイトってそれ?」 「ああ。結構いい金になるみたいだし、祭の雰囲気も楽しめて一石二鳥だ」 「あ〜、それってなかなかいいかもしれないなぁ…」 自他ともに認めるケチ(当人は「倹約家」と言って憚らないが)の潘璋もそれに食いついてきた。 「文珪さんもやってみます?」 「う〜ん…ちょっと考えとく」 考え込んだ風を装う潘璋に、凌統が 「やめとけやめとけ、怠け者のあんたじゃ番台の留守番無理だ」 と皮肉を投げ込んできた。 「うわ、何か酷いこと言われた〜」 決して広くない休憩所は、少女たちの笑い声で一杯になった。 −そして、舞台は夜の祭会場へと移る−
54:海月 亮 2005/08/17(水) 00:24 しまった、うぷしたはいいけど、早くも誤字発見。 ×聞いてみりゃ→○聞いてみなきゃ 陸凱の台詞です。お手数ですが、読み替えお願いしますm(__)m 実は祭り企画の話を目にしたとき、真っ先に思い浮かんだ夏の長湖です。 単に水着に萌えたかっただけとです。ただ、それだけとです…_| ̄|○ 仲翔姉さんの話とリンクさせようかと思いましたが、無駄に長くなりそうな悪寒がしたのでやめました。 >孔明の弟子 いやいや、むしろ私が弟弟子ですよ^^A ヤツの弟子といえば、馬謖とか楊儀とかあまり話題に上らないなぁ…最近。
55:雑号将軍 2005/08/17(水) 13:06 海月様、二本目お疲れ様です!僕は…あははは、一本でなにとぞ御慈悲を・・・・・・。いやもうクラブの原稿で死にかけ寸前です…。 と、まあ身の上話はこの辺にいたしまして、今回の作品、陸凱ってこのころからこんなキャラだったんですね(よく考えるとこのときの陸凱っていくつくらいなんだ?)。僕はかなり年下に考えちゃってまして、ちっちゃい時から陸凱ってこうだったんだなあ。とか感動していたのですが、よく考えると丁奉と同学年くらいだから…あわわわわ、中三じゃないか! >奴の弟子談義(私事) たしかに最近表立ってませんね。私事になるんですが、別冊宝島が出たときはひどかったですよ。友だちと孔明と孔明の弟子(孔明の人材眼)について談義していたら、意見が真っ二つに割れてしまって、ケンカ寸前でしたよ…。
56:北畠蒼陽 2005/08/17(水) 18:58 [nworo@hotmail.com] >海月 亮様 わっほう、お疲れ様です。 とりあえずシンデレラ話との結合は脳内でしておきますね。 水着いいですよなぁ、水着は……今年はもういろいろぐだぐだでそれどこじゃなかったですよとほほ…… プールいきてぇー! とか海月様のバイトに羨望の眼差しを送ってみます(笑 >弟子とかいろいろ 諸葛亮は馬謖の欠点を見抜くことができずに劉備は見抜いた=諸葛亮に見る目がない とか変な公式ができちゃってますが劉備の人物鑑定眼が異常なだけで諸葛亮がとりわけどう、ってことはないかと思われます。 諸葛亮&馬謖の話はぐっこ様本家HPでのぐっこ様小説でなんか私としては満たされてしまったので(劉禅が勅命を出せば馬謖に再起の機会を与えることができたし諸葛亮もそれを待っていた〜、あたりのくだりですな)えぇ、もう……馬謖はほんと経験をつめばいい将軍になったんじゃないかなぁ、と。 楊儀は……ごめんなさい。ほんとに好きになれません、あのひとは……
57:海月 亮 2005/08/17(水) 23:02 >結合 書き始めの頃本気で考えてますた(´A`) 「無駄に長くなりすぎた(その悪寒がした)」 「書いてみようとしたはいいけど脈絡がなさ過ぎて話が解らなくなった」 「実は単品でその話を書いたほうがいいような錯覚がした」 以上の理由にて削除しますた&別に「蒼梧の空の下から」の補完話を書く予定でつ。 ………本気か俺(‖´Д`) あと室内プールは泳がないでいるのは地獄ですよ…マジで小籠包の感覚ですわ(;´Д`) >ちうがくせい ついでに言えば陸抗もこの話の時点では中三ですね。 でも、本当の歴史ではこの頃(二二六)陸抗は生まれていない罠w >馬謖は斬るかどうか でも劉備だったとしても、多分馬謖を助ける命を出したかどうか。 それに馬謖と楊儀のインパクト強すぎて、蒋エンや姜維を見出したのも諸葛亮先生だってのも忘れられ気味のような気が… ついでに言えば海月も楊儀はダメです。 海月の中では郭図、十常侍と並ぶワーストのトップランカーですからw
58:雑号将軍 2005/08/17(水) 23:34 >チュウガクセイ やや、やはり中三だったのですね!?そうですよね。いや、ね、個人的に小学六年生の生意気な陸凱を勝手に妄想してたので…。でも中三でよかったですよ。小六であんな生意気だとちょっと・・・・・・ですからね。 >弟子さんたち 馬謖…劉備は面倒見がいい人なんでおそらく助ける勅命を出したかと。でもインテリ嫌いなイメージもあるしなあ。たしかにそうですよね。蒋エンはすばらしい政治家でしたし、董厥、樊建もなかなかですよね。 楊儀はごめんなさい。僕、好き嫌い以前にこいつに興味がありませんでした…。
59:★教授 2005/08/18(木) 22:00 ◆In the Moonlight -FRIENDSHIP SIDE-◆ 「ストレス性の胃潰瘍ですな。よくこんなになるまで放っておいたものじゃ」 カルテを眺めながら初老の医師は顔を顰める。その横では劉備と諸葛亮の帰宅部2トップが険しい顔をして医師の二の句を待っていた。 しかし、医師の口から出た言葉は二人を冷たく突き放す内容だった。 「主等の期待しておる答えはない。彼女には暫くの入院、療養が必要なのだ」 「そんな…何とかなりまへんのか?」 「バカモン。吐血するまで体を酷使していた者をまだ使おうと言うのか、お主」 「………」 「ともかく、今は安静にして心のケアが大事じゃ。分かったなら、もう下がりなさい」 劉備は言い返せなかった、というよりも言葉が浮かばなかった。有能故に重要な任や問題には必ずと言っていい程法正を用いてきた。これからもそのつもりでいたのだから。しかし、病室でベッドに横たわる法正の苦しげな寝顔を見て、言い返せる事など出来ようはずもない。 己の甘えがまさかこんな形で現れるとは思ってもいなかった。他人を思いやれる劉備が犯した大きなミスだった。初めて人の心を思いやれなかった、法正の体調の変化に気付いてやれなかった…。診察室を出た劉備は唇を強く噛み、拳を固く握り締める。 「総代、気に病む事はないです。一人で背負おうとするのが貴方の悪い癖なのですよ」 「いやに冷静やん…。でもな、説教なら後にしてくれんか…って」 後ろから語りかける諸葛亮に向き直る劉備。そこにあったのはいつもの涼しげで思考を読みきれない不適な眼差しではなく、白羽扇で顔を隠して肩を不規則に震わせる諸葛亮の姿だった。 「アンタ、まさか…泣…」 「愚問ですぞ、総代。一番冷静にならねばならない者が感情的になる訳はありますまい」 気を付けて聞かなければ分からない僅かな違い、劉備はそれに気付いた。掠れてトーンが落ちた声、明らかに涙の混ざった感情を篭められた暖かいものに。彼女もまた法正同様、身も心も自分達の為に削っている事に改めて気付いた。そして、彼女にしか出来ないであろう残酷な現実にも。 しかし、覚悟は出来た。自分達の悲願の為、そして志半ばで倒れた者達に報いる為にそれを諸葛亮に頼む事に迷いはなかった 「孔明。行くで、私らが祭を愉しむのは来年以降や。ホウ統と法正の穴は…アンタに埋めてもらうしかない!」 「…お任せを。我が志に偽りはありませぬ、例えどのような辛苦が待ち受けているとしても必ずや期待に添えて見せましょう」 二人は互いの顔を見る事無く、踵を返して病院を後にした。新たな決意を胸に―― 「………」 法正が倒れて3日目の夜。彼女は個室の窓から外をぼんやりと眺めていた。 あれから帰宅部の重鎮や彼女を慕う一般生徒達が見舞いに来てくれた。しかし、その中に孟達、張松の姿は無かった。所在の知れぬ張松ならともかく、孟達には法正が倒れた事が伝わっているはず。なのに、一度も姿を見せる事はおろか、電話伝言といった類もなかった。 「もう…あの頃には戻れないんだね…」 そう呟く法正の顔は日増しに痩せていた。唯の3日で人はこれ程痩せられるものだろうかと思うくらいに。 食欲は一番最初に無くなった。固形物が喉を通らなくなったのを皮切りに流動食、飲料水と口に入れるのが億劫になっていった。そして目を閉じれば浮かぶ過去が悪夢を呼び寝不足にも苛まれるようになった。これでは治る物も治らない。今は外している点滴でかろうじて保っていると言っても過言ではない状態なのだ。 「………きっと着る事はもうないんだろうな」 ベッドの傍らの椅子に几帳面に畳まれた浴衣があった。この浴衣を見る度に法正の胸にはもう友と分かち合う事の出来ない、楽しかった時が蘇る。それがまた辛さを増す要因ともなっていた。その事には法正も気付いている。でも、すぐには片付けるつもりはなかった。せめて祭の期間だけでも傍に置いておきたかった、今だけでもあの頃の思い出に浸っていたかったから――と 不意に病室のドアがゆっくりと開かれる。法正は担当医か看護婦でも来たのかなと思い、そちらを見遣る――が、違った。 そこにいたのはぼさぼさの赤い髪を安物の髪留めで結った最近になって見慣れた自分の天敵に等しい存在、簡雍だった。 「孝直、大丈夫?」 「憲和………って、今面会時間じゃない…よね?」 「大変だったけど私の忍び足は一級品だからね」 事も無げに言い放つ簡雍に思わず頬の筋肉が緩む法正。何時以来だろう、こうやって自然に笑わなくなったのは――そう思った時には既に法正の顔は難しくなっていた。 「…で、何の用なのよ?」 「いやいや、孝直は入院してたから花火見てないでしょ?」 「………まぁね。憲和は見てないってわけじゃないんでしょう?」 「見てたよ。いやぁ、あれは大きかった」 「そう…私は複雑な気分だったから入院してなくても…」 そこで言葉を切ると俯き暗く沈んだ表情を浮かべる。簡雍は法正の意を知ってか知らずか言葉を続けた。 「まあまあ、そこで憲和ちゃんがいいモノ持ってきたわけよ」 持参のリュックを背中から下ろすと徐に手を突っ込む。そして引き出された手には、市販されてる花火セットが握られていた。法正の頭にイヤな光景が一瞬で浮かぶ。 「ま、まさか…ここでするつもりじゃ…」 「そのまさか」 「び、病人に鞭打つの…ね」 法正は観念した様に目を閉じる。だが、それはすぐに簡雍のでこぴんで止める事になった。 「何すんのよ…もう」 「部屋でするわけないっしょ。屋上行こ、いい風吹いてるし…狭い部屋に閉じこもってばっかりじゃ湿っちゃうよ」 「………」 簡雍の言葉にはっと我に返る事が出来た法正。何故、自分はこんなにマイナス思考になっていたんだろう、と。 「憲和、肩借りられる?」 「お安い御用だね」 おぼつかない足取りではあるが、法正は簡雍に肩を借りて一歩ずつ歩み始めた。陰はもう背中には見えなかった――
60:★教授 2005/08/18(木) 22:00 「わぁ…」 「気持ちいい風だろ? 月も綺麗だし」 扉を開いたその先にあった光景に感嘆の声が漏れる法正。夜とは云え日中の暑さが残る、しかしそれを風が和らげてくれているおかげで暑いという感覚ではなく暖かいという感覚が得られた。照明は病院の赤十字もあったが、それ以上に月明かりが眩しかった。無機質な人工物の腕にありながら、いつもの風景が何処と無く幻想的な世界に見えた。 「準備するからちょっと待っててねー」 そんな中で簡雍は常設されていると知っているのかバケツをあっさりと見つけると、水場もこれまたあっさりと見つけて水を入れている。法正は『何だかなー』と思いながらちょっと現実に帰って来ざるを得なかった。 そして二人は花火を前にして相談する。取り敢えず音の出る物、打ち上げ系を避けるという事で纏まったのだが…その二つの条件を満たしているのは線香花火だけだった。 「ま…仕方ないか。一応ここ病院だし…」 「そうね…」 二人は大きな溜息を一回吐くと、線香花火に火を着ける。程なくしてパチパチと火花を散らしながら光のシャワーを地面に降り注ぎ始めた。小さく儚い光を魅入られたように見つめる法正にある思いが過ぎる。 『この線香花火は私自身なんだ』 弱く小さく儚いその姿に自分を重ねていた。やがて細くなり、落ちていき、消える――自分もそうなのだから、と。 二本目の線香花火に火を着けてぼんやりと寂しげな瞳でそれを見つめていると、不意に簡雍が口を開いた。 「今年は見れなかったけど、来年は一緒に花火見ようよ」 「……来年?」 どくんと法正の心臓が跳ね上がる。こんな約束…いつかもした記憶があった。あの約束は果たされる事無く反故になってしまった。もうあんな思いをするのは堪えられない、悪いけど断らなければ…と思った、が口から突いて出た言葉は違った。 「いいよ。来年は浴衣着て祭を楽しんで一緒に花火を見よう」 何故、こんな事を言ってしまったんだろう。微塵も思ってなかったのにどうして――去来する疑問の中、法正は認めたくない事実に気付く。ふと目の前の簡雍を見ると、彼女は得意気に笑みながら小指を立てていた。 「約束だよ、ゆびきり」 屈託の無い簡雍の笑顔が法正には眩しく見えた。でも…この子ならもう一度信じてみるのもいいかもしれない、理由なんか思い当たらないけど――そう思った時にはもう既に法正は指を絡ませていた。絡む指を解くと簡雍は自分の頭に手を動かすと、法正の手にそれを握らせる。 「よーし、ゆびきった! 約束だからね、破れないようにこれを持っておくように」 「え、これ…うわ…」 簡雍が手渡したもの、それは花型の髪留だった。手櫛で髪を均すと柔らかい夜風に流れる赤い髪に法正が感嘆の声を漏らすと同時にこの髪留の意味を悟る。簡雍のこの髪留はいつでも彼女の髪に添えられていた、大事にしているのか大切な誰かからの贈り物なのかは知らない。でも、どんな時でも常に簡雍と共にあった髪留を自分に預けた、それは自分を信用してくれているという事に他ならない。胸が一杯になる、万感の想いが法正の頬を伝い落ちた。 「へへー…来年それ返しに来てね、待ってるからさ」 「………うん、分かった。これは…預かっておくだけだからね! 絶対、返すから!」 一人は太陽の様な暖かい笑顔で、そしてもう一人は月の様な静かな笑顔で…堅く握手を交わした―― そして不意に屋上のドアが開いた―― 「…で、病室からいなくなった孝直を探してた医者の一個師団に見つかって小一時間ほど説教されて帰ったってワケよ」 そう言いながら簡雍は林檎飴を舐めながら隣を歩くホウ統を見る。 「ふぅん。先輩ってば、意外と友愛主義なんだな…知らんかった」 「意外は余計。んな可愛くない事ばっか言ってると焼きソバ奢らないよ」 「元々可愛くないし、別に奢って貰って喜ぶ程貧窮してない」 「好意って言葉を知らないのかなぁ、アンタわ」 溜息を吐いて露店の立ち並ぶ参道を歩く簡雍にしたり顔のホウ統。大雑把な性格同士だったから妙にウマが合った二人。簡雍が学園を卒業してからも先輩後輩の垣根を越えて友達としてよく会っていたのだ。 「おっしゃ、林檎飴制覇。綿飴、金魚すくい…後は射的だな!」 「元気な事。若い子はいいねぇ…私はそろそろ姐さん達をネタに笑えないようなトシになりつつあるのに」 ラムネを飲みながら毒づく簡雍。それを意に介さずにホウ統が尋ねる。 「…で、法正先輩に連絡付いたワケ? 卒業してから一度も会ってないんでしょ」 「うーん…それがさっぱり。でも、今日ここにいると思うんだけど」 「甘いな、先輩。連絡も寄越さず無しの礫で来ると思うかね?」 「いーんだよ、私は私だし孝直には孝直の人生なんだから。来る来ないじゃないんだ」 簡雍は自分の髪を撫でながら答えると、ホウ統も口を閉ざして一度だけ頷いた。 昨年の夏、法正に自分の髪留を渡してから簡雍は一度も髪を結っていない。理由を聞かれても『別に』としか答えずにカメラを構える彼女に深入りしようと思う勇者はいなかった。理由は自分達だけが知っていればそれでいい、簡雍はそう考えていた。幼馴染の劉備と同じくらいに大切な存在になっていたから、彼女にとって不利になりそうな事は言いたくなかったのだ。 「でも…ホントはやっぱり会いたいよ」 夜空を潤んだ瞳で見上げ、ぽつりと呟く簡雍。 「心中察するわ…先輩」 二人は何か気まずい雰囲気を感じて黙ったまま参道を歩いていた、が…沈黙を破ったのはホウ統の素っ頓狂な『あ』という一言だった。 「どしたの?」 簡雍はホウ統の珍しい驚声に顔を上げて尋ねる。ホウ統はちょっと唖然としていたが、ぽむと手を叩くと突然踵を返した。 「ごめーん、先輩! 私はちょっくら用事思い出しましたわ、また明日会いましょ! しーゆー!」 「あ、コラ! 用事って何だ、おーい!」 瞬く間に参道を駆けていったホウ統に簡雍も溜息を吐くしかなかった。 「全く…私一人で祭を楽しめってか? 寂しい先輩への思いやりがここまで欠如していようとはねぇ…」 「一人? 憲和は私との約束忘れちゃったワケ?」 「忘れるワケないだろー。忘れられるワケな…い?」 後ろから話しかけられた声に自然と相槌を返していた自分に気付く簡雍。懐かしい、忘れる事の出来ない声…簡雍は振り返り、そこにいるであろう友達に声を掛けた。 『約束、憶えてくれてたんだ』 そして、彼女もまた手に握る髪留を差し出しながら言葉を紡ぎ出した。 『約束、果たす事が出来たよ』 二人の声は濡れて霞んでいた。それは互いの想いが如実に表れている事でもあった。 ――二人の上を一輪の華が夜空に咲き誇った ――それは約束の証である髪留にも似ていた ――これからも続く二人の友情、決して壊れる事も離れる事もないだろう―― END
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