☆熱帯夜を吹っ飛ばせ! 納涼中華市祭!☆
60:★教授2005/08/18(木) 22:00
「わぁ…」
「気持ちいい風だろ? 月も綺麗だし」
 扉を開いたその先にあった光景に感嘆の声が漏れる法正。夜とは云え日中の暑さが残る、しかしそれを風が和らげてくれているおかげで暑いという感覚ではなく暖かいという感覚が得られた。照明は病院の赤十字もあったが、それ以上に月明かりが眩しかった。無機質な人工物の腕にありながら、いつもの風景が何処と無く幻想的な世界に見えた。
「準備するからちょっと待っててねー」
 そんな中で簡雍は常設されていると知っているのかバケツをあっさりと見つけると、水場もこれまたあっさりと見つけて水を入れている。法正は『何だかなー』と思いながらちょっと現実に帰って来ざるを得なかった。
 そして二人は花火を前にして相談する。取り敢えず音の出る物、打ち上げ系を避けるという事で纏まったのだが…その二つの条件を満たしているのは線香花火だけだった。
「ま…仕方ないか。一応ここ病院だし…」
「そうね…」
 二人は大きな溜息を一回吐くと、線香花火に火を着ける。程なくしてパチパチと火花を散らしながら光のシャワーを地面に降り注ぎ始めた。小さく儚い光を魅入られたように見つめる法正にある思いが過ぎる。

『この線香花火は私自身なんだ』

 弱く小さく儚いその姿に自分を重ねていた。やがて細くなり、落ちていき、消える――自分もそうなのだから、と。
 二本目の線香花火に火を着けてぼんやりと寂しげな瞳でそれを見つめていると、不意に簡雍が口を開いた。
「今年は見れなかったけど、来年は一緒に花火見ようよ」
「……来年?」
 どくんと法正の心臓が跳ね上がる。こんな約束…いつかもした記憶があった。あの約束は果たされる事無く反故になってしまった。もうあんな思いをするのは堪えられない、悪いけど断らなければ…と思った、が口から突いて出た言葉は違った。
「いいよ。来年は浴衣着て祭を楽しんで一緒に花火を見よう」
 何故、こんな事を言ってしまったんだろう。微塵も思ってなかったのにどうして――去来する疑問の中、法正は認めたくない事実に気付く。ふと目の前の簡雍を見ると、彼女は得意気に笑みながら小指を立てていた。
「約束だよ、ゆびきり」
 屈託の無い簡雍の笑顔が法正には眩しく見えた。でも…この子ならもう一度信じてみるのもいいかもしれない、理由なんか思い当たらないけど――そう思った時にはもう既に法正は指を絡ませていた。絡む指を解くと簡雍は自分の頭に手を動かすと、法正の手にそれを握らせる。
「よーし、ゆびきった! 約束だからね、破れないようにこれを持っておくように」
「え、これ…うわ…」
 簡雍が手渡したもの、それは花型の髪留だった。手櫛で髪を均すと柔らかい夜風に流れる赤い髪に法正が感嘆の声を漏らすと同時にこの髪留の意味を悟る。簡雍のこの髪留はいつでも彼女の髪に添えられていた、大事にしているのか大切な誰かからの贈り物なのかは知らない。でも、どんな時でも常に簡雍と共にあった髪留を自分に預けた、それは自分を信用してくれているという事に他ならない。胸が一杯になる、万感の想いが法正の頬を伝い落ちた。
「へへー…来年それ返しに来てね、待ってるからさ」
「………うん、分かった。これは…預かっておくだけだからね! 絶対、返すから!」
 一人は太陽の様な暖かい笑顔で、そしてもう一人は月の様な静かな笑顔で…堅く握手を交わした――

 そして不意に屋上のドアが開いた――



「…で、病室からいなくなった孝直を探してた医者の一個師団に見つかって小一時間ほど説教されて帰ったってワケよ」
 そう言いながら簡雍は林檎飴を舐めながら隣を歩くホウ統を見る。
「ふぅん。先輩ってば、意外と友愛主義なんだな…知らんかった」
「意外は余計。んな可愛くない事ばっか言ってると焼きソバ奢らないよ」
「元々可愛くないし、別に奢って貰って喜ぶ程貧窮してない」
「好意って言葉を知らないのかなぁ、アンタわ」
 溜息を吐いて露店の立ち並ぶ参道を歩く簡雍にしたり顔のホウ統。大雑把な性格同士だったから妙にウマが合った二人。簡雍が学園を卒業してからも先輩後輩の垣根を越えて友達としてよく会っていたのだ。
「おっしゃ、林檎飴制覇。綿飴、金魚すくい…後は射的だな!」
「元気な事。若い子はいいねぇ…私はそろそろ姐さん達をネタに笑えないようなトシになりつつあるのに」
 ラムネを飲みながら毒づく簡雍。それを意に介さずにホウ統が尋ねる。
「…で、法正先輩に連絡付いたワケ? 卒業してから一度も会ってないんでしょ」
「うーん…それがさっぱり。でも、今日ここにいると思うんだけど」
「甘いな、先輩。連絡も寄越さず無しの礫で来ると思うかね?」
「いーんだよ、私は私だし孝直には孝直の人生なんだから。来る来ないじゃないんだ」
 簡雍は自分の髪を撫でながら答えると、ホウ統も口を閉ざして一度だけ頷いた。
 昨年の夏、法正に自分の髪留を渡してから簡雍は一度も髪を結っていない。理由を聞かれても『別に』としか答えずにカメラを構える彼女に深入りしようと思う勇者はいなかった。理由は自分達だけが知っていればそれでいい、簡雍はそう考えていた。幼馴染の劉備と同じくらいに大切な存在になっていたから、彼女にとって不利になりそうな事は言いたくなかったのだ。
「でも…ホントはやっぱり会いたいよ」
 夜空を潤んだ瞳で見上げ、ぽつりと呟く簡雍。
「心中察するわ…先輩」
 二人は何か気まずい雰囲気を感じて黙ったまま参道を歩いていた、が…沈黙を破ったのはホウ統の素っ頓狂な『あ』という一言だった。
「どしたの?」
 簡雍はホウ統の珍しい驚声に顔を上げて尋ねる。ホウ統はちょっと唖然としていたが、ぽむと手を叩くと突然踵を返した。
「ごめーん、先輩! 私はちょっくら用事思い出しましたわ、また明日会いましょ! しーゆー!」
「あ、コラ! 用事って何だ、おーい!」
 瞬く間に参道を駆けていったホウ統に簡雍も溜息を吐くしかなかった。
「全く…私一人で祭を楽しめってか? 寂しい先輩への思いやりがここまで欠如していようとはねぇ…」
「一人? 憲和は私との約束忘れちゃったワケ?」
「忘れるワケないだろー。忘れられるワケな…い?」
 後ろから話しかけられた声に自然と相槌を返していた自分に気付く簡雍。懐かしい、忘れる事の出来ない声…簡雍は振り返り、そこにいるであろう友達に声を掛けた。

『約束、憶えてくれてたんだ』

 そして、彼女もまた手に握る髪留を差し出しながら言葉を紡ぎ出した。

『約束、果たす事が出来たよ』

 二人の声は濡れて霞んでいた。それは互いの想いが如実に表れている事でもあった。


 ――二人の上を一輪の華が夜空に咲き誇った

 ――それは約束の証である髪留にも似ていた

 ――これからも続く二人の友情、決して壊れる事も離れる事もないだろう――

END
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