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22:第二章Part2 2007/03/01(木) 01:40 「ホントさ〜。テストで点数稼ぐのは得意かもしれませんけどぉ〜。だからって調子付いてこっち(荊州校区のことだよ。決まってんじゃん)まで来るなっていうんですよね〜。ホントに、私たちの週末を返せ!(ため息)」 「袁紹先輩には勝ちましたけど、アレは許攸先輩が裏切ったからで、アンタの手柄じゃないでしょって思いません? 絶対違いますよね〜」 「あんなのは周りに強い人が大勢いるから(夏候惇とか曹仁とか張遼とか徐晃とかetc)凄い人に見えるだけ。お付きの夏候惇がいなけりゃ、た・だ・の・小娘に過ぎないのよ。ただのね(冷笑)」 「でもでもぉっ、その手の掛かる小娘を世話する夏候惇先輩が格好良いんですよね〜。はぁぁ♪(赤面)」 始まった途端、某校区某地域に展開する某警戒班の会話は文句の掃き溜めと化していた。誰に対しての文句かは言うまでもない。(一部例外がいるようだが) 特に“週末を返せ!”の部分は全員の共感を呼び込み、同調した者たちが勢いのまま暴走の気配を見せ始めている。 その勢いに辟易しつつも結局は話を合わせる班長。もう相手が来る可能性など考えておらず、相手が来ない以上は本来の任務に気を払うこともない。そうこうしている間も、時計の針は二時の位置へ近づいている。 「ホント、週末が台無しだわ。連中が来なかったらどうしようかしら。」 班長はそう言って、週末の予定など何も考えていなかったことに気付いた。そして、気付いたことを後悔した。それもこれも境界の向こうにいるあの連中、正確には連中の一番上に立つ赤毛の小娘のせいである。せっかく赤い髪を持っているのだから、カ○ダの島にでも引っ越せばいいのに。 班長の逆恨み的思考が世界的に愛読されている童話へと脱線している間も、時計の針は動きを止めず二時ジャストを目前にしていた。 「本当、来るなら来るで早くして欲しいんだけど―――」 そして、時計の針が二時を指し――― 「―――全然予定が立たないじゃない。」 ―――戦闘開始を告げる大声が、昼下がりの静寂を打ち破ったのだった。 「戦闘団A(アントン)敵拠点を制圧。損害軽微との報告です!」 「戦闘団C(ツェーザル)敵部隊を圧倒中。抵抗微弱との連絡です!」 曹操らが陣取る南征軍の本営に、前線からの報告が次々と飛び込んでいる。今のところ味方が苦戦しているとの報告は入っていない。予定通りだ。 (どうやら、三度目の嵐が吹き荒れそうだね) 特に躓いた様子の伺えない戦況報告を聞いて、曹操は嵐の訪れを確信した。 曹操が過去に巻き起こした嵐は二回。一度目は反董卓連合の結成の折、二度目は官渡決戦の逆転勝利の折。どちらも蒼天学園を震撼させる衝撃を、全校に放ったものだった。 そして今日、曹操は荊州校区の即日降伏という形で三度目の嵐を巻き起こし、全校を揺さぶるつもりでいる。だからこそこの作戦に「高潮」という名前を与えたのだ。 激しい嵐はうねりを作り出し、うねりは高まりながら長湖の南岸へと拡がってゆく。そして学園全体へと拡がってゆく。全てのものを揺さぶりながら―――。そのような光景を、曹操は何度もイメージしていた。 そうしている間も、彼女の目の前では幕僚たちが前線からの報告に応対している。味方優勢の状況にあっても、彼女らの態度には何の変化も無かった。報告を伝える伝令たちに「分かった」と軽く返事をする程度である。当然だ。彼女らはこれまで無数の修羅場を経験してきたのだから。 (この程度の小競り合いを制したくらいで、誰が浮かれるものか) そう言いたげな雰囲気が、沈黙に包まれた本営を満たしている。 「前線の警備隊はあらかた片付いたらしい。もう文謙や儁艾は動きだすだろうな」 本営内の全員を代表するかのように、曹操の傍らの夏候惇が口を開いた。 「全力で突っ込めば一時間も掛からない。日が沈むまでには決着が付くね。でも―――」 全ては曹操らの期待した通りに進展している。 特に時間の余裕が厳しくなるのを承知の上で、敢えて攻撃時刻をズラしたのはした。何のひねりも無い正面攻撃だが、警戒のピークを午前中に持って来ていた敵にとっては奇襲同然の攻撃となったのである。 いま、本営の正面で戦っているのは于禁率いる「鷲部隊」だ。 歩兵中心の「鷲部隊」が第一波となり突破口を確保。後ろに控える第二波の「雷部隊」、第三波の「剣部隊」が間髪入れずに荊州校区へ雪崩込む。突入した二個強襲部隊は襄陽目指して突っ走り、同棟を制圧。劉N以下、荊州校区の要人たちを確保する。 これが「高潮作戦」第一段階の概要だ。 「―――でも、大事なのは劉Nたちを逃がさないこと。失敗したら、元も子もない」 全員に確認を促すかのように曹操が口を開く。もちろん、全員が百も承知だ。 「あははぁ〜〜〜♪ ご心配には及びません〜〜〜♪ もちろん〜万が一が無いとは言い切れませんが〜〜〜♪ 劉Nらは〜会長のような迅速さを持ち合わせておりませんのでぇ〜〜〜♪ まず襄陽からぁ〜逃げ出せはしないでしょうねぇ〜〜〜♪」 参謀の荀攸が口を開く。彼女の口振りからして、本当に彼女は確信しているのだろうと曹操は思った。本気なったときの彼女は、内に秘めた鋭さを前面に出してくる。その彼女が普段と変わらぬ様子でいるのであれば、まだ緊急の措置などを下す必要はないということだ。 「うん。あの連中が動かない、っていうのは同感だけどね。」 「同感だけど、他に何か気になるコトがあると?」 曹操の言葉に隣の夏候惇が口を挟んでくる。この場でこんな突っ込みを入れられるのは、古株の彼女くらいだろう。そんな彼女の疑問に曹操が答える。 「・・・劉備たちのコト」 「あの連中か・・・確かに厄介なのは何人かいるが、大した戦力は持ってないぞ? 普通に勝てるだろ。汝南の時のように」 しばらく前の勝ち戦を引き合いに出して、夏候惇は曹操の懸念を否定した。特に大きな兵力を持っていない劉備に、さほどの抵抗が出来るとは彼女には思えなかった。 「分かってる。戦えば普通に勝つだろうけど、何だかんだでアイツは要注意だし荊州校区の連中に結構気に入られてるみたい。その辺はどう思う、賈詡?」 突然話を振られた賈詡だったが「そうですね・・・」という具合に、何ら動揺せず話を進め始める。 「そうですね・・・確かに劉備に同調する者も多いようですが、襄陽近辺の部隊は反劉備の蔡瑁一派が掌握しています。実働戦力を持たない以上、表立った行動は取れません。例えば、劉備を荊州校区会長に迎えるといったような。劉備がその気になれば話は別ですが、彼女の性格からして可能性は低いでしょうね」 どこから仕入れたのかは知らないが、荊州校区内の動静を参考にした判断だ。情報参謀の面目躍如ではあるが、話を振られるのを待っていたのでは?と曹操が(そして周囲も)思うほど、彼女の言葉には澱みが無かった。 待たれていた(待たれてたね。間違いなく! 話を振ったのは私だけど、澄ました顔して!)ことへの不快感と、賈詡への賛辞を同時に喉の奥へと押し込めて、曹操は話を続けた。 「同感。劉備は荊州を奪ったりしない。アイツはそういう奴だから」 そう、劉備は散々世話になった荊州を奪うような真似はしないだろう。徐州の時も消極的だった彼女だ。それに――― 「―――それに、アイツに荊州を奪う余裕を与えるなんて、そんなつもりは全然無いんだよねぇ」 それまでの口調から一変した、トーンの下がった別人のような声。幕僚たちの視線が集中するのを感じて、笑い出しそうになるのを曹操は何とか抑え込んだ。らしくもない。場数を踏んでる筈のみんなが、この程度の事で動揺するなんて。 (ねえ劉備、私から逃げられると思ってる?) 楽しげにギラついた眼を細めながら、曹操は心の中で問いかけた。
23:第二章Part3 2007/03/01(木) 01:40 「掃除するのは後でいい、道を塞ぐものは全部押し出せっ!」 許昌と襄陽を結ぶ幹線道路。大勢が動き回るその背後から、大きな怒号が響き渡った。 普段は生徒の往来が活発な通りも流石にこの日は警備要員以外は姿を見せず、人気の無い通りは頑丈なバリケードに塞がれている。 「ったく・・・まともなやる気も見せないくせにきっちり仕事して・・・」 半ば片付けられてはいるが、未だに道を塞いでいるバリケードを見て「鷲部隊」を預かる于禁がぼやいた。 「鷲部隊」の戦いぶりは“強襲部隊”の名に恥じないものだった。彼女らの果敢な突撃によって、校区境界部の敵はあっという間に一掃されたのである。 しかし、本当に大変なのはここからであった。呆気なく壊走した敵たちも、校区を守る気を見せないといけないと思ったのだろうか。道路上に組み上げられたバリケードはなかなか手強い。解体・撤去に予想外の手間が掛かっている。 こうなると手間が惜しい。于禁自らも作業に加わり、降伏した敵警備班の者も加えて道路の片付けに邁進していた。とにかく時間が無いため、邪魔な障害物はそのまま路肩に山積みにされ、通行路の啓開に全員が大車輪のごとく駆けずり回ったのだった。 その努力の甲斐あって、何とか後続部隊の通行路は確保されつつある。背後で作業の様子を見守っていた楽進が出撃可能と見切りを付けて、于禁の傍へと駆け寄ってきた。 「大体片付いたね。私らは行くよ于禁」 「ああ、後始末はお任せ願うとして・・・時間はどう? 15分のロスになったけど」 「心配要らない。距離が長い方が挽回できる余地も大きくなるから。一気に突っ込んでやるよ!」 「ならいいね。武運を祈る!」 自分の部隊に駆け戻りつつ「ああ!」と于禁に返事をし、楽進は進撃の合図を後ろに送った。 直後、周囲の大気が震撼する。 指揮官の命令を待っていたかのように、アイドリングの轟音が周囲の空気を揺るがしたのだ。その様は、艦載機の発艦を待つ空母の飛行甲板さながらだ。 (良い音だ) 壮観な光景に満足感を覚えた楽進だったが、いつまでも止まっているわけにはいかない。その思いを一瞬で振り払うと指揮官の任務に立ち戻った。 「雷部隊、出撃―っ!」 力強い号令と共に、強襲部隊の第二陣が襄陽目指して動き出す。 「前の連中が動いたか。私らも突っ込むぞ!」 前方の「雷部隊」が動き出したのを見て取って、張[合β]の「剣部隊」も前進を開始した。 「程Gさん、しっかり掴まってな! お客様に怪我させるつもりも無いけどな!」 張[合β]が操る車両のサイドカーには、参謀役の程Gが同乗していた。お客が乗っている以上、一人でバイクを乗り回すときのようにはいかない。かと言って、安全運転で走るつもりも無い張[合β]だった。都合のいい言葉だが、要は「事故らないように飛ばしまくる」ということだ。 もちろん程Gも分かっている。彼女の胸中を知っての上で返事を返した。 「お任せしますよ、過激な馬車屋さん!」 予期せぬ返答に面食らった張[合β]だったが、立ち直るのは早かった。「私は馬車屋か!余裕だねぇ!」と言いつつアクセル全開。お任せ願えるのであれば、遠慮は無用というものだ。 「それではお客様、出発致します!」 後続車両が付いてくる気配を感じつつ、張[合β]は車両を加速させる。道の両脇に押しのけられた障害物が後方へ過ぎ去ると、眼前に荊州学院の広大な敷地が広がった。 (飛ばすには絶好だ! 大いに結構。この張儁艾の腕(テク)を披露してやるか!) 『関羽や夏候淵さんには敵わないけどな』と付け足して、張[合β]は「剣部隊」をトップスピートで突っ込ませた。
24:彩鳳 2007/03/01(木) 01:53 ◎作者補足 投稿してから言うのもなんですが、勢いに任せて暴走した感が多々ありますね。 特に張[合β]の率いる「剣部隊」について。Kampferは元々(戦士・剣闘士)といった意味合いで使われます。 本来ドイツ語の「剣」は“Schwert”です。 ケンプファー=剣部隊というのは作者の趣味なので、あまり突っ込まないで下さると助かります。 ちなみにこの強襲劇、私のイメージしているのは1943年の「クルスク大戦車戦」だったりします。(滝汗) ↓ドイツの戦時ニュースですが、果たして参考になるでしょうか。 http://www.youtube.com/watch?v=E17qu-f6LfU (服装から見て、クルスク戦の第2SS装甲軍団・・・だと思います。)
25:海月 亮 2007/03/01(木) 22:37 ようやくここ最近の投稿作全部読みきってやったぞコノヤロー!!( ゚д゚ )ww 結局なんだかんだいって何も書いていない大嘘吐きの海月です( ´・ω・`) うーんポップンのネット対戦にかまけている間に随分とにぎやかになってた。うーむ。おい俺は取り残されたのか? >7th様 7th様の作品で諸葛喬というとどうしても最初に浮かんでしまうのが、一昨年の旭日祭作品なんですよ。 あれと読み比べると諸葛喬ってツンデレだったんだなぁーとかしみじみ思いましたw 結末はどうなるか見当はつけども、それでもこのあとどうなるかwktkするのも人情と言うもの…。 >韓芳様 (*゜∀゜)o彡°呂布!呂布!!ww 呂布はある作品のイメージでやたら無口なイメージがあるんですが、こういう過去が呂布のそうした面を作り出してる一要因とか補完するとぴったり符合するような。 そしてこういうヘヴィな内容のお話は何気に好物です本当にあr(ry >冷霊様 冷苞キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!! やーこれ見ちゃうともう横光三国志二度と読めなくなりますね><w 搆ォもですが、なんというか…こういうのを「粋」っつーんでしょうね、まさしく。 >彩鳳様 蒼天航路の劉備の言葉を借りれば「ぶっちぎりの曹操ってやつを味わってやろうじゃねぇか」ってトコですかね。 なんだかんだいって、曹操の南征は追う曹操、追われる劉備、迎え撃つ孫呉陣営と見せ所のカタマリですし。 堅実に己の職務に忠実に動く参謀&主将の皆様方の生き生きとした姿が眼に浮かぶかのようですな…。 「Kampfer」っつーと、ガンダム(ポケットの中の戦争)に登場した同名のMSの解説にも、確かに「剣闘士」で紹介されてたような。 まぁでも些細なことだと思いますよ。かくいう私めも言葉の小難しいところはかなり適当に解釈してますし(ぉ
26:韓芳 2007/03/02(金) 23:50 高潮作戦カッコイイw しかし、実際の戦闘をイメージするとは…凄いですね… これから劉備と孫権がどう絡んでくるか楽しみです。 ドイツ語どころか英語もろくに分からない私には、「Kampfer」は語れない(語ることが無い)です… orz
27:雑号将軍 2007/03/07(水) 21:58 彩鳳様、お見事です。 武将、1人1人の特徴が出ててすごいかっこよかったです。 これから武官たちがどのように暴れてくれるかが楽しみですね。 楽進の活躍がみたーい!そう言えば、張遼ってこの戦いに従軍してましたっけ? 演義にはいましたよね。たしか赤壁で黄蓋を射たのが彼(彼女)だった気がするので。 「Kampfer」は海月様と同じくガンダムからの印象が強いですね。
28:彩鳳 2007/03/07(水) 22:14 『王者の征途』 第三章 『潮(うしお)満ちるとき』 連合会が巻き起こした嵐は、巨大なうねりを伴って北から南へと押し寄せている。そのうねりの先端は、怒濤の勢いをもって目指す襄陽棟を目前にしていた。 攻撃開始時と入れ替わり「雷部隊」「剣部隊」「鷲部隊」の順となった突入部隊は、ただひたむきに襄陽目指してひた走る。 襄陽への途上、数か所の検問所のような拠点はあったが問答無用で強行突破され、守備隊はバイクの大集団を道端で見送るのが任務となった。正確に言うと、大集団を見送ったのち、後続の歩兵部隊に白旗を掲げるのが任務となったのである。 本来これを迎え撃つべき荊州校区の主力部隊は、全く動きを見せなかった。一部の者は抵抗すべく迎撃命令を要請したが、上層部から命令が下ることはなかった。彼女らは襄陽近郊に展開していたが事態の急変に全く対応出来ず、最後まで傍観者であり続けることになる。 予定外の遅れを取り戻すべく突進する前衛部隊の後方には、曹操率いる南征軍の本営が設けられている。本営を取り巻く司令部直属部隊や残る諸将の部隊が南征軍の本隊を形成し、前衛部隊の突破攻撃に合わせて南への進撃を開始していた。 曹操の本隊が台風の中心だとすれば、前衛の各部隊は嵐を告げる高波である。 末期の患者さながらにまともな抵抗の見られない――もしくは制圧された――荊州校区北部を進撃する南征軍の右手には、逆光に霞んで西方の山々が連なっている。その山々の向こうには「高潮作戦」の次のターゲットとなる、益州学園校区の各校舎が存在していた。しかし、そのことに関心を向けたのは本営にいる曹操と、彼女を取り巻く参謀たちだけであった。多くの者たちには益州校区での戦闘など遠い先の話でしかなったし、そもそも眼前の戦闘から目をそらす者など居るはずがなかった。 秋の色に彩られた山々の稜線を横目に見ながら、南征軍の本隊は南下している。その前進を阻むものは何も無い。 攻勢開始から半日も保たずに、襄陽は陥落の時を迎えようとしていた。
29:彩鳳 2007/03/07(水) 22:18 襄陽棟。荊州学院校区でも最大の規模を誇り、同校区の生徒会室が置かれた巨大キャンパス。言うまでも無く荊州校区の中枢となる棟である。 その巨大キャンパスに、普段とは勝手の違う異様な空気が漂っている。 現地より北の校区外縁部、あるいはさらに北の司隷校区や豫州校区ではお馴染みの、しかし荊州校区では久しぶりの殺伐とした空気。 戦いの気配だ。 その原因は言うまでもない。校区北方に迫りつつある曹操の脅威である。 そして先刻、連合会の大部隊が境界を突破したとの連絡が入り、襄陽棟の大会議室に校区を預かる主な者たちが集まることになった。しかし、その後の続報が全く入らず状況が把握出来ずにいた。このため室内の空気は暗く沈んでおり、明るい話題など全くなかった。 「確認しますが、皆さんは校区の降伏に賛成なのですね?」 重苦しい空気の中、荊州校区の新生徒会長・劉Nが口を開いた。目の前には蔡瑁、蒯良、蒯越、張允、王粲ら、姉であり前会長の劉表が、妹の補佐役に残した幹部たちが座している。その中の一人である蒯越が言う。 「真に残念ですが、降伏は止むを得ないかと思います。全員の意見は一致しております」 神妙な表情、神妙な声で降伏を勧める蒯越だったが、劉Nは釈然としないものを感じていた。 確かに戦力差は大きいが、引退した姉は校区の安定の為に尽力してきたのだ。学園統一の好機を逸したとの声もあるが、荊州校区を大事に思っていることは誰もが知っているはずではないか。平和を愛した姉が守り続けていたこの校区を、僅か一日で手放してしまうというのか。 何より不愉快なのは、それをよりにもよって姉と共に校区を支えてきた者たちが口に出していることだ。その点を劉Nは訴えるが、幹部たちの考えは変わらない。 蒯越に続いて校区の実戦部隊を預かる蔡瑁が、軍事的な観点を持ち出しての説得を開始する。 「会長・・・前会長が積み上げてきた実績を、ひいてはこの荊州校区をお守りしようとするその姿勢は真に立派なものです。ですが、荊州校区全体の戦力を集めても曹操の擁する兵力には敵いません。増してや―――」 そこで、言葉を遮り劉Nが口を挟んだ。 「ええ、分かりますよ。―――増してや、荊州校区は南に長湖部という難敵を抱えています。戦力の集中は望むべくもなく、どのように戦っても敗北は必至。それでは我々に、そして荊州校区に対する処罰が過酷になるだけ。そう言いたいのでしょう? 蔡瑁さん」 「その通りです。何の益も無い戦いに、何の意味がありましょう? 今なら間に合います。会長、どうぞご英断を!」 何度も繰り返された会話。何の進展も無いやり取り。 表情に出さないように注意しているが、劉Nの苛立ちは高まっていた。この幹部たちは、なぜこうも悠然としていられるのか? こうしている間にも連合会の者たちは襄陽へ近づいているというのに。自分よりもずっと経験を積んでいるはずの彼女たちに、切迫した状況が理解できないはずが無いというのに。 そこまで考えたところで、劉Nの頭の中で閃いたことがあった。 (この人たち、時間稼ぎを・・・!) 劉Nは理解した。この上級生たちの間で、曹操への降伏は以前からの既定方針だったに違いない。このまま何の進展も無い議論を続けて、連合会の軍勢が襄陽に達するまで時間を稼いでしまう。そうなれば目の前に敵がいるという事実がある以上、降伏以外に残された道はない・・・! 劉Nは思う。もし、姉の引退がもう少し遅ければ、この場にいたのが姉の劉表だったら、結果はどうだったろうか。目の前の幹部たちは、容易に降伏論を唱えたりしただろうか、と。 少なくとも、姉が曹操との交戦を決断していれば彼女たちは反対しなかったのではないか。たとえ降伏論を唱えるものがいたとしても、最終的には従ったのではないか。 いや、そもそも曹操は積極的に動いただろうか。動きはしなかったのではないか。 そのことに思い至ったとき、劉Nは改めて自分の無力さを思い知った。 劉Nは孤独だった。肩書上は生徒会長の立場にあるが、校区の実権は目の前の上級生たちに握られてしまっている。そのことは会長職を引き継いだ時から分かっていたが、この時ほどそれを恨めしく思ったことはなかった。先ほどから延々と続く進展のないやり取りにしてもそう、自分の言葉や気持ちが理解されていないのではない。相手にされていないのだ。考えれば考えるほど、暗鬱な気分に押しつぶされそうになる。 (確かに私には何の実績もない。でもこんなのって・・・) 彼女の言葉に耳を傾けるものは、この会議室内にはいない。 「会長、大丈夫ですか。 どこかお具合でも・・・?」 突然割り込んできた蒯良の声に、劉Nの意識が現実に引き戻された。 「いえ、大丈夫です」と何とか言い繕う。しかし、こちらの胸中を向こうは見抜いているだろう。目の前で見せ付けられる、余裕綽々の態度。これが年長者の強みというものか。 今の自分が何を言っても、恐らく受け入れられはしないだろう。そう思いつつも彼女は口を開いた。曹操たちが来ないうちに確認を取らねばならない事がある。頼りにすべき上級生たちがこの有様では、極めて不安だが。 「もし襄陽が降伏するのであれば、江夏の姉や帰宅部の劉備さんはどうするのですか? まず黙ってはいないと思いますが」 「ご心配には及びません。私どもが何もしなくとも、曹操は劉備を叩くはずです。昔は一緒に組んでいた時期もありましたが、今は天敵同士ですので―――」 蔡瑁がそこまで言ったところで「ちょっと待ってください」と劉Nは思わず言葉を遮った。期待はしていなかったが今の言葉は聞き捨てならない。“不安的中”というレベルの話ではなかった。 「―――ちょっと待って下さい? 帰宅部を・・・劉備さんたちを見捨てると言うのですか!?」 思わず声を荒げてしまい、慌てて我に帰った劉Nだったが、目の前の上級生たちは憎たらしいほどに冷静だった。 「会長、騙されてはいけません。あの劉備は油断のならない相手です。考えてみてください。今まであの女が何度主人を変えてきたことか。ですがご安心ください。あの人の良い態度で前会長に取り入ることは出来ても、私どもを騙すことは出来ません」 なんだその物言いは。危険な相手を受け入れた姉は唯のお人好しだと言いたいのか(実際思っていたのだろうが)。仕える相手も変えようとしているのは自分たちもだろうに。強い反発を覚えた劉Nだったが、その話は後だ。 「たっ・・・確かに何度も転校を繰り返してはいますが、徐州校区を曹操から守ったのはあの方たちの筈ですし、帰宅部から恩恵を受けたのは我が荊州校区もそうです。紛争の沈静化だけでなく、校区の文化活動の振興に帰宅部は大きく貢献しています。このような時こそ、我が校区を挙げて感謝の気持ちを見せるべきではないのですか!? その帰宅部を見捨てるなんて・・・」 特に帰宅部連合の面々と親しくしていたわけではないし、彼女たちが荊州校区で活動したのも長い期間は無い。だが、その短い期間の間にどれだけ荊州校区が恩恵を受けたかは承知している。それを思うと「見捨てる」という選択肢は劉Nには選択できるものではない。 しかし、上級生たちの反応は冷ややかだ。 「いけませんねぇ・・・会長。よろしいですか? 確かに帰宅部の我らが校区に対する貢献度は認めましょう。ですが、曹操から徐州を奪い、袁紹の下を離れて我が校区に流れてきたあの者たちの行いを思い出してください。確かに律儀な一面もありますが、基本的に劉備は野心家です。故に、あの者たちを信用し重用するなど断じてなりません」 「蒯良の言うとおりです。あの者たちに心を許してはなりません。あの者たちは曹操と交戦する姿勢を見せておりますが、これは幸いです。この機会に劉備一派をまとめて曹操に始末させてしまえば良いのです」 待っていましたとばかりに、劉備の批判を始める上級生たち。彼女たちからすれば、劉備たちは完全な余所者であり、邪魔者だった。
30:彩鳳 2007/03/07(水) 22:20 元々、荊州校区は文化系のサークル活動が活発な校区の一つである。同校区の生徒会役員の中でも、文官の蒯良や王粲らは荊州校区の生徒会役員としての肩書以外に、各自が所属するサークルの幹部としての肩書も併せ持っている。これらのサークルは彼女たちの支持基盤と言っていい。 これまでは荊州校区内で平和に共存しつつ、独自の勢力圏を形成していた彼女たちだったが、官渡決戦以降は状況が変わった。劉備率いる帰宅部連合会が、荊州校区に編入したのである。 帰宅部連合会の参入は、荊州校区のサークル活動に大きな波紋を投げ掛けた。 規模の面では既存のサークルと大きな差は付かないものの、周囲に与える影響力には格段の差が出たのである。 荊州校区に流れ着いた時点で、帰宅部連合と劉備の名前がある程度知れ渡っていたのに加え、文化系サークルが活発な校区だったことが劉備たちには幸いした。 言うまでもない事だが、帰宅部連合の所属サークルは多くの校区を渡り歩いている。このため既存のサークルとは毛色の違う彼女らの存在は、校区内の注目の的となったのである。これには劉備の気さくな人柄も一役買っているのだが、既存のサークルのリーダー達がこの状況を好ましく思わないのは当然と言えよう。必然的に生徒会の主要メンバー(特に文官たち)の間では、反劉備の空気が形成された。 蔡瑁一派や張允ら、荊州校区では少数派に属する体育会系サークル出身の生徒会幹部たちも、この空気に同調した。 彼女らは、文化系サークル出身者の危機感とは別に、帰宅部連合の持つ軍事力を警戒していた。人数自体は取るに足らないものの、劉備に従う関羽、張飛、趙雲らが本気になった場合これといって対抗できる人間がいなかったことも、彼女たちの警戒感を強めさせた。 だが校区の幹部たちにとって何よりも恐るべき事は、劉備に心酔する人間が日々増加し、劉備を荊州校区の会長に、つまり劉表の後継者に推す声が高まったことであった。万が一これが実現しようものならそれまで構築してきた校区の運営体制のみならず、自分たちの「聖域」、すなわちサークル内での地位までもが失われることになると考えたのだ。 このため、彼女たちは事あるごとに劉備を校区から追い出そうと画策した。敵もさるもので中々成功しなかったが、ここにきて大きなチャンスが訪れた。曹操の南征が現実のものとなったのである。 曹操と劉備は敵同士。必ずや曹操は劉備を攻撃するだろう。結局は仕える相手が劉表の妹から曹操に代わることになるが、劉備がトップに来るよりはマシなはずだ。 なぜなら、劉備がトップに立ち、幸い校区内での地位が維持できたとしても、いずれは南下する曹操との交戦になる。そのような不安定な情勢では、特に文化系サークルの活動に悪影響が出るのは必然であった。それならば、最初から強大な力を持つ曹操に校区を守ってもらった方が都合がいい。 荊州校区は安定した状況を作る力を持つ、強力なリーダーを欲しているのだ。 劉Nの目の前では、蔡瑁が劉備の危険性を彼女に激しい恨みでもあるかのように劉Nに訴えていた。その話題が終わり、今度は話の矛先が姉の劉Kへと向けられる。 「それから劉Kさんの処遇についてですが、私どもの方で曹操に降伏されるよう説得いたします。ですので、この件については我々にお任せください」 劉Nには分かっている。この者たちは劉備同様、姉に対して手を差し伸べるつもりなど全くないのだ。「今すぐ手配します」と言うならまだしも「私たちにお任せを」? 二人を見捨てるつもりとしか考えようがないではないか。 もはや看過できない。目の前の上級生たちに苦言を呈すべく、それまで俯きがちだった顔を上げた劉Nだったが口を開くことは出来なかった。複数の視線に射すくめられた彼女の体は、動くことを許されなかったのだ。 孤独な沈黙が室内を支配する。そのとき劉Nは気が付いた。外から聞こえてくる騒音に。 そして彼女は理解した。荊州校区の終焉が訪れたことを。 嵐を告げる高波が、ついに襄陽棟まで届いたのである。
31:彩鳳 2007/03/07(水) 22:24 ◎作者後記 非常にお待たせいたしました。『王者の生徒』第三章です。 ここ数日、こちらにアクセスできなかったのですが、いったい何が・・・。 「学園三国志」で検索したら来れましたが。(←早く気づけよ) さて、第三章ですが恐るべきことに、荊州校区の要人(幹部)たちのキャラ設定を全く考えないままに書いてしまいました。 そのため作中でも彼女たちの容姿にはあまり触れていません。(滝汗) 演義では蔡瑁らの操り人形だった劉Nですが、正史では曹操との交戦も考えていたそうです。しかし、曹操が襄陽に到着したことにより降伏を余儀なくされました。 劉表の跡を継いだばかりで、立場に反してそれほど発言力も無かったのでは・・・と愚考したので、作中では気の毒な役回りになっています。 書いた後で気付いたのですが、この第三章って柴桑会議の荊州版と言えるかも知れません。 周瑜があの場にいなかったら・・・と改めて考えてしまいました。 >海月亮さま 実は某モビルスーツの件は私も意識してました。 確信犯です。(笑) ゆえに作中では「突撃大隊」“Sturmtruppe” が「強襲部隊」になっていたりします。 >韓芳様 本作は基本的に連合会サイドで書いているので、劉備と孫権は出ないと思います。ご期待に沿えず申し訳ありません。 ただ『王者の生徒』の劉備side版は、これとは別に書くかも知れません。(まだプロットを考えてないので、断言できません)
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