★しょーとれんじすと〜り〜スレッド 二学期!★
5:7th2007/01/23(火) 21:37
それは、幼稚な対抗心だったのかもしれない。
中学三年になってしばらく後、私は姉に引っ張られて帰宅部に入った。黙認されてはいるものの、学園の課外活動、通称「放課後乱世倶楽部」への参加は基本的に高校生になってからである。例え蒼天会長が参加を望んだとしても、高校生に達しない者ならば、本人の同意がなければ参加を強制する事は出来ない。
だから、これは私が望んだ事だ。同じく中学三年から、帰宅部総帥に請われて参加した姉への、ほんの些細な反抗心。
決定的に違うのは。姉は請われて、私は半ば姉に請う形でそうしたという事だ。
そうまでしてやろうとした事が何なのかに、私は長く気付けなかった。

―――今なら解る。あれはきっと、弱い私の精一杯の強がりだったのだと。




〜〜比翼の翼、連理の枝〜〜




漢中アスレチックへと至る道に秋風が奔る。
7月に端を発した漢中周辺での蒼天会と帰宅部連合間の緊張は、夏をまたいで9月に至ってついに爆発。アスレチックを包囲せんとする帰宅部に対し、蒼天会漢中方面最高責任者・夏侯淵は縦横に良く守り、事態は加熱の一途を辿りつつあった。
両者の全面対決へと発展しつつある中で、彼女はそこに居た。

諸葛喬と云う人物を客観的に評するならば、十中八九の人は「捻くれ者」と言うだろう。
事実、彼女の言動は素直とは銀河系とアンドロメダ星雲くらいの距離があるし、歯に衣着せぬ物言いは、彼女の姉がの一人が言うには、「ジョーズも裸足で逃げ出す」ほどのものと認識されている。
だが、その裏に純粋で真っ直ぐな心と、病弱である事のコンプレックスが有ることを知る者は少ない。
体が弱いが故に彼女は他人と等しくあろうとし、その方向の最初の一歩を踏み外した。彼女は強がりと本当の強さを履き違えたのだ。
以来、胸中の違和を虚勢と言葉の毒で覆い隠しつつ、人に疎まれながら彼女は生きてきた。
そして、これからもそうあるだろうと、そう思っていた。



―――私には姉が居る。
いつだって能天気で、おっちょこちょいで、早とちり。
周囲を否応無く巻き込んで、迷惑をかけて、謝って。
妹のはずの私より、ずっと子供っぽくて。

それでも、4人居る姉の中で、一番彼女に憧れた。

いつだって能天気で、おっちょこちょいで、早とちり。―――それは、私が失ってしまった心。
周囲を否応無く巻き込んで、迷惑をかけて、謝って。―――それは、私が出来ない行為。
妹のはずの私より、ずっと子供っぽくて。―――それは、私が塗り潰した純粋。

私と一緒に生まれた彼女は、私の持たないもの全てを持っている。
だから私は彼女が大嫌いで、―――同時にこれ以上ないくらい愛していた。

二律背反の心が体を狂わせる。狂った体が心を捻じ曲がらせる。
当然だ。だって私の心は、とうの昔から欠けていたのだから。



その日、彼女は体の不調を自覚していた。
普通の人にとっては取るに足りぬ程の不調。しかし、彼女にとっては決して無視できぬ事である。
公には病弱であるとしか言っていないが、彼女はもう一つ、確たる疾患を隠している。

心房中隔欠損症。心臓の壁に穴があり、動脈血に静脈血が混じってしまう疾患である。

彼女の場合は軽度であるためそこまで深刻ではないが、それでも少し過激な運動をすれば、体はあっという間に酸欠に陥り、最悪の場合チアノーゼから死に至るだろう。
そのため彼女は自らに過度の運動を禁じているし、病弱だからと言う理由で、それも通ってきた。
しかし、今は帰宅部の命運を賭けた一大決戦の渦中にある。病弱と言う事になっている彼女にも、公平に任務は回ってくる。
今彼女がいる此処も、抗争中の漢中アスレチック近辺。とはいえ、後方にある補給路だ。前線に立って縦横無尽に駆け回るより、遥かに運動量は少ない。任務をここに回してくれた上役の温情には、素直に感謝している。

それでも、うまくいかない時はある。

不意の出来事だった。
道の両脇、色付いた落葉樹の陰と茂みの中から現れた伏兵。
最初に一撃を受けた班は、態勢はおろか、呼吸を整える暇も無く打ち崩された。
「敵襲ーーーーッ!!!」
一班が壊滅し、矛先が次の班に向かうのと同時、我に返った誰かが絶叫する。だが、本来の狙いとは裏腹に、警告は混乱の引金となって響いた。
周囲がドミノ倒しのようにパニックに陥る中にあって、諸葛喬は冷静だった。
元々余り動く事が出来ない体であるためか、彼女は狼狽して走り出したりする事は無い。加えて、敵の補給路を狙うのは戦略の基本だ。その危険性には気付いていたものの、彼女はこの部隊の指揮に口を挟める程の地位には無い。精々が自分の班の頼りない班長の代わりに、10人程度の班員を指揮する程度が関の山だ。
兎に角、碌に戦力を持たない補給隊が生き残る術は、群れる事である。敵伏兵の数は多くは無い。まとまった数さえ揃えば防御も容易になり、異変を知った味方との合流まで、時間を稼げるはずだ。
一番近い大き目の集団までは50メートルほど。この程度なら行ける。そう確信し、
「全員、あの集団に合流するわ。走りなさい!」
駆け出した。最初の一歩に方向を定めてしまえば、後は自分より皆の方が身体能力で勝る。自然、自分が殿になるだろうが構わない。言いだしっぺがこの程度のリスクを負わねば、こんな年下で、しかも嫌われ者の言う事を信じ、従ってくれた皆に申し訳が立たないでは無いか―――
右手に竹刀を持ち、後ろを警戒しながら走る。距離の半ばを過ぎた辺りで、異変を覚える。緊張感も手伝ってか、何時もより疲労が激しい。それを自覚した刹那、急に胸が締め付けられた。
発作か、と苦痛に身を屈める。その上方、一瞬前まで体があった空間を、エアガンの弾が通過した。胸が痛まなければ、直撃だっただろう。
その幸運もつかの間、今度は竹刀を持った人影が迫る。身に降りかかろうとする危険を察し、痛みに混濁する意識で、疲労に屈しようとする体を強引に立て直す。苦痛に耐えながら、それでも意思と視線を真っ直ぐ相手に向ける。
勝ち目が無いのは明白である。それでも、この意思だけは曲げたくなかった。
振り下ろされる竹刀を、竹刀をかざして受けた。重い。このままでは耐え切る事は出来ないだろう。ならば、流せば良い。
息を吐いて、体から力を抜く。相手の力の方向をずらし、同時に自分の力は相手に向かわせる。初めての試みだったが、切羽詰った状況と、痛みによって極限まで研ぎ澄まされた精神がそれを可能にした。
行った、と確信した瞬間、更なる激痛が彼女を襲う。
こんな時に、と内心毒づくも、体は意識によるコントロールを完全に拒む。
為す術の無い彼女の体に、相手の竹刀が、無常にも振り下ろされた―――



失望と諦観が人を殺す。
闇色に塗り潰され、深遠へと落下していく意識の中で、彼女は。



 比翼の翼、連理の枝  前編「欠落、剥落、墜落」 了
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