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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド 二学期!★
5:7th 2007/01/23(火) 21:37 それは、幼稚な対抗心だったのかもしれない。 中学三年になってしばらく後、私は姉に引っ張られて帰宅部に入った。黙認されてはいるものの、学園の課外活動、通称「放課後乱世倶楽部」への参加は基本的に高校生になってからである。例え蒼天会長が参加を望んだとしても、高校生に達しない者ならば、本人の同意がなければ参加を強制する事は出来ない。 だから、これは私が望んだ事だ。同じく中学三年から、帰宅部総帥に請われて参加した姉への、ほんの些細な反抗心。 決定的に違うのは。姉は請われて、私は半ば姉に請う形でそうしたという事だ。 そうまでしてやろうとした事が何なのかに、私は長く気付けなかった。 ―――今なら解る。あれはきっと、弱い私の精一杯の強がりだったのだと。 〜〜比翼の翼、連理の枝〜〜 漢中アスレチックへと至る道に秋風が奔る。 7月に端を発した漢中周辺での蒼天会と帰宅部連合間の緊張は、夏をまたいで9月に至ってついに爆発。アスレチックを包囲せんとする帰宅部に対し、蒼天会漢中方面最高責任者・夏侯淵は縦横に良く守り、事態は加熱の一途を辿りつつあった。 両者の全面対決へと発展しつつある中で、彼女はそこに居た。 諸葛喬と云う人物を客観的に評するならば、十中八九の人は「捻くれ者」と言うだろう。 事実、彼女の言動は素直とは銀河系とアンドロメダ星雲くらいの距離があるし、歯に衣着せぬ物言いは、彼女の姉がの一人が言うには、「ジョーズも裸足で逃げ出す」ほどのものと認識されている。 だが、その裏に純粋で真っ直ぐな心と、病弱である事のコンプレックスが有ることを知る者は少ない。 体が弱いが故に彼女は他人と等しくあろうとし、その方向の最初の一歩を踏み外した。彼女は強がりと本当の強さを履き違えたのだ。 以来、胸中の違和を虚勢と言葉の毒で覆い隠しつつ、人に疎まれながら彼女は生きてきた。 そして、これからもそうあるだろうと、そう思っていた。 ―――私には姉が居る。 いつだって能天気で、おっちょこちょいで、早とちり。 周囲を否応無く巻き込んで、迷惑をかけて、謝って。 妹のはずの私より、ずっと子供っぽくて。 それでも、4人居る姉の中で、一番彼女に憧れた。 いつだって能天気で、おっちょこちょいで、早とちり。―――それは、私が失ってしまった心。 周囲を否応無く巻き込んで、迷惑をかけて、謝って。―――それは、私が出来ない行為。 妹のはずの私より、ずっと子供っぽくて。―――それは、私が塗り潰した純粋。 私と一緒に生まれた彼女は、私の持たないもの全てを持っている。 だから私は彼女が大嫌いで、―――同時にこれ以上ないくらい愛していた。 二律背反の心が体を狂わせる。狂った体が心を捻じ曲がらせる。 当然だ。だって私の心は、とうの昔から欠けていたのだから。 その日、彼女は体の不調を自覚していた。 普通の人にとっては取るに足りぬ程の不調。しかし、彼女にとっては決して無視できぬ事である。 公には病弱であるとしか言っていないが、彼女はもう一つ、確たる疾患を隠している。 心房中隔欠損症。心臓の壁に穴があり、動脈血に静脈血が混じってしまう疾患である。 彼女の場合は軽度であるためそこまで深刻ではないが、それでも少し過激な運動をすれば、体はあっという間に酸欠に陥り、最悪の場合チアノーゼから死に至るだろう。 そのため彼女は自らに過度の運動を禁じているし、病弱だからと言う理由で、それも通ってきた。 しかし、今は帰宅部の命運を賭けた一大決戦の渦中にある。病弱と言う事になっている彼女にも、公平に任務は回ってくる。 今彼女がいる此処も、抗争中の漢中アスレチック近辺。とはいえ、後方にある補給路だ。前線に立って縦横無尽に駆け回るより、遥かに運動量は少ない。任務をここに回してくれた上役の温情には、素直に感謝している。 それでも、うまくいかない時はある。 不意の出来事だった。 道の両脇、色付いた落葉樹の陰と茂みの中から現れた伏兵。 最初に一撃を受けた班は、態勢はおろか、呼吸を整える暇も無く打ち崩された。 「敵襲ーーーーッ!!!」 一班が壊滅し、矛先が次の班に向かうのと同時、我に返った誰かが絶叫する。だが、本来の狙いとは裏腹に、警告は混乱の引金となって響いた。 周囲がドミノ倒しのようにパニックに陥る中にあって、諸葛喬は冷静だった。 元々余り動く事が出来ない体であるためか、彼女は狼狽して走り出したりする事は無い。加えて、敵の補給路を狙うのは戦略の基本だ。その危険性には気付いていたものの、彼女はこの部隊の指揮に口を挟める程の地位には無い。精々が自分の班の頼りない班長の代わりに、10人程度の班員を指揮する程度が関の山だ。 兎に角、碌に戦力を持たない補給隊が生き残る術は、群れる事である。敵伏兵の数は多くは無い。まとまった数さえ揃えば防御も容易になり、異変を知った味方との合流まで、時間を稼げるはずだ。 一番近い大き目の集団までは50メートルほど。この程度なら行ける。そう確信し、 「全員、あの集団に合流するわ。走りなさい!」 駆け出した。最初の一歩に方向を定めてしまえば、後は自分より皆の方が身体能力で勝る。自然、自分が殿になるだろうが構わない。言いだしっぺがこの程度のリスクを負わねば、こんな年下で、しかも嫌われ者の言う事を信じ、従ってくれた皆に申し訳が立たないでは無いか――― 右手に竹刀を持ち、後ろを警戒しながら走る。距離の半ばを過ぎた辺りで、異変を覚える。緊張感も手伝ってか、何時もより疲労が激しい。それを自覚した刹那、急に胸が締め付けられた。 発作か、と苦痛に身を屈める。その上方、一瞬前まで体があった空間を、エアガンの弾が通過した。胸が痛まなければ、直撃だっただろう。 その幸運もつかの間、今度は竹刀を持った人影が迫る。身に降りかかろうとする危険を察し、痛みに混濁する意識で、疲労に屈しようとする体を強引に立て直す。苦痛に耐えながら、それでも意思と視線を真っ直ぐ相手に向ける。 勝ち目が無いのは明白である。それでも、この意思だけは曲げたくなかった。 振り下ろされる竹刀を、竹刀をかざして受けた。重い。このままでは耐え切る事は出来ないだろう。ならば、流せば良い。 息を吐いて、体から力を抜く。相手の力の方向をずらし、同時に自分の力は相手に向かわせる。初めての試みだったが、切羽詰った状況と、痛みによって極限まで研ぎ澄まされた精神がそれを可能にした。 行った、と確信した瞬間、更なる激痛が彼女を襲う。 こんな時に、と内心毒づくも、体は意識によるコントロールを完全に拒む。 為す術の無い彼女の体に、相手の竹刀が、無常にも振り下ろされた――― 失望と諦観が人を殺す。 闇色に塗り潰され、深遠へと落下していく意識の中で、彼女は。 比翼の翼、連理の枝 前編「欠落、剥落、墜落」 了
6:7th 2007/01/23(火) 21:47 あろうことかシリアスですよ奥さん……! ご無沙汰しておりました。7thです。 今回のSSは、元々SSのリハビリ兼旭祭用だったものの成れの果てで御座います。しかも未完品。 まぁどう考えても旭祭向けではないのでこちらに投下させていただきました。 取り敢えず旭祭イコール創作推進期間、ということで一つ。 続きは近いうちに、といいたいところですが、何分最近忙しいですので、かなり間が空くかもしれません。 続きが読みたいという奇特な方は、気長に待っていただけると嬉しいです。 しかしシリアスって難しい。自分の芸風に合わないのかもしれません。
7:韓芳 2007/01/24(水) 00:53 夢幻泡影 その少女は、平和に暮らせるはずだった。 あの日、あの時までは――― 「嘘じゃないわ。間違いない。」 「そこまで言うなら試してみるが、無駄だと思うぞ。」 「いいからお願い。」 ここはとある道場。ある少女の父親が代々受け継いできた場所である。 そこに、その少女と両親、親類達が集まっている。 「一応スポンジで出来ているから怪我はしないけど、ちょっと痛いかもしれないんだ。ごめんな。」 「うん・・・わかった。」 「じゃあ、いくぞ。」 そう言って父親はスポンジの剣を構え、少女の前に立った。 「無理に決まってる。」 「ああそうじゃ。手を抜いているとはいえ、まだ4つの子に避けられるはずが無い。」 誰もがそう思った。 手で顔を隠しつつも、指の間から覗いている人も居る。 父親は若干加減しつつ、剣を振り下ろした。 バン、と道場に鳴り響いた音。 誰もが少女の心配をした。だが・・・ 「おっ、おい・・・嘘だろ・・・」 「まさか・・・」 「ね。言ったとおりでしょ。」 その少女は、父親の剣を見事にかわし、平然と立っていた。 「これは凄い・・・!もっとやってみてくれ!」 「あっ、ああ。」 父親は次々に剣を繰り出したが、少女はすべてかわしていた。 「これは・・・!」 「おい!この子は10年に1人の逸材だぞ!」 「明日からでも剣術を習わせるべきじゃ!」 「いや、剣術だけじゃなくほかの武術もだ!」 周りの大人は活気づいていた。 ただ少女のみ、この後の状況を把握できずに呆然と立ち尽くしていた。 それからと言うもの、毎日さまざまな道場へ通い、その力を十二分に発揮していった。 だが、 「もう嫌だよ!みんなと一緒に遊びたいよ!」 「駄目だ。今日は稽古の日だろ。」 「そんなの毎日じゃん!お母さんも何か言ってよー!」 「・・・」 「ほら、行くぞ。」 「何で何も言ってくれないの!?」 「静かにしろ!いい加減あきらめなさい。」 いつもこうだった。 その少女は遊ぶ暇も無く、毎日道場へ通わされていた。 少女の意見など通りもしなかった。 ただ、母親が何も言わないのがいつも気がかりだった。 そして、少女が中学1年生になったある日――― 少女は、すでに10個近くの武術を極め、もはや最強と言っても良い強さを持っていた。 ただ、その代償として感情をほとんど表には出さなくなっていた。 そんな時、母親がその少女を呼び出した。 「どうか致しましたか?」 「・・・そのしゃべり方はもうやめなさい。」 「あなたがそうするよう教えたのでしょう。」 部屋の中に夕日が差し込み、日が暮れようとしているのが良く分かった。 「そんなあなた、もう見てられない。耐えられない。あなたは私を許すことは無いかもしれないけれど、それでもいい。ここから逃げましょう!」 「えっ・・・?母上・・・?」 「嘘なんかじゃない。この数年、あなたと暮らすためにお金を貯めておいたのよ。さあ、2人でここから逃げ出しましょう。2人で暮らしましょう。」 母親は優しい顔と声で言った。 少女はしばらく呆然としていたが、ふと我に返ると涙目でこう言った。 「やっと・・・やっと自由に・・・!母上・・・!お母さん!」 ようやく掴んだ自由。もう、こんなつらい生活続けなくていい。これからは2人で生きていこう、そう思った。が。 「やはりか・・・。こっそり金を貯めていると思ったら、そういうことか。」 見ると、部屋の入り口に父親と親類数人が立っていた。皆、手には武器を持っている。 「!!お父さん・・・。」 「師匠と呼べ。・・・お仕置きが必要だな。」 「あなた、待って!話を聞いて!」 「問答無用だ。下手に逃げ出そうとすれば、お前といえども・・・斬る。」 そう言った父親の目は、冷たく憎悪がにじみ出ていた。 「さあ、こっちにおいで。稽古の時間だ。」 そう言って、父親は少女の腕をつかむ。 「あ・・・」 「だめよ!言っちゃ駄目!」 「邪魔をするな!」 父親はとっさに手にしていた剣を振りぬいた。 「あっ・・・」 薄暗い部屋に赤い雨が降った。 「し、しまった!おい、誰か!救急車を!」 「あ・・・ごめんね・・・ごめ・・ね・・・」 「お母さん!だめ、しっかりして!!」 だが傷は深く、出血の量も多い。誰の目に見ても死を感じずにはいられなかった。 「私が・・・あの時あんなことを・・・言わなければ、こんな・・・」 「もういい!お願い、しゃべらないで・・・!」 父親も親類も、母親から目を背けていた。 「ごめんね・・・ごめ・・・ほ・・・」 「お母さん・・・?・・・お母さん!」 だが、返事は無かった。 「・・・すまない・・・」 「・・・一緒に暮らすって・・・言ったのに・・・!」 その少女の目に、涙が光っていた。もう、何年ぶりだろうか。 「悪気は無かったんだ。許してくれ・・・」 少女が変わった。
8:韓芳 2007/01/24(水) 00:54 『じ・・・者・・し・・・』 心の奥底から声が聞こえてくる。不思議と心地がいい。 「・・・さない。」 「!おっ、落ち着け!」 部屋の空気が変わった。 さっきまでとは違い、刺々しく背筋に寒気を覚えるような感じだ。 その手には木刀が握られていた。 「母さんを・・・よくも!」 『邪・・者は・・・してやる』 そうだ。私は戦うために居るんだ。そう、思えるような声。 もう、何も考えられない―― 「落ち着け!」 「そうだ!これでは、今までの修行の甲斐が無い。」 それらの声は、少女には届かなかった。 「木刀を捨てろ!でないと私はお前も―――」 「うるさい!・・・みんな・・・みんな・・・」 『邪魔者は殺してやる!』 「殺してやる!」 少女は父親へと突っ込んだ。 「くっっ!仕方ない!」 父親は一気に剣を振りぬいた。持っている力をすべて込めて。 だが次の瞬間、父親の体は宙を舞い、そのまま意識を失って倒れこんだ。 何が起こったか何をしたか、誰にも分からなかった。 「なっ、何と言うことを・・・」 「うっっ、うわぁぁ!けっ、警察を呼べー!」 「逃げろー!!」 「逃がさない!・・・全員殺す!」 この一件後、少女は一時的に少年院に入れられたのち、遠い親類の家に預けられることになった。 だが、ほとんどの家で「このような子は預かれない」と言われ、たらいまわしにされることが多く、ほとんど野宿に近い日々をすごしていた。 そうしているうちに1年が過ぎた――― 「ふぅ。・・・もう少しやっておくか。」 少女は夜の公園で剣の素振りを行っていた。 親類の家に居ても、色々悪口を言われるだけで、体を休めることが出来ないからである。 そこへ、数人の男女が公園へやってきた。 「ちょっと!やめなさい!」 「なんだと!5人もやりやがったくせに!」 「それはそっちがふっかけてきたからでしょ!」 「んだと!?」 見ると、1人の女性に5・6人の男が集っている。 その女性は、遠くからだが少しかわいく見えた。 「・・・まあ、軽い運動にはなるか。」 そう言うと、その少女はもめている集団の方へと歩いていった―― 「もう。離しなさいよ!」 「けっ。お前にはこれからたっぷりし返ししてやるぜ。」 「覚悟しろよ。」 「くっ・・・。」 もうだめだ・・・そう思った次の瞬間。1人の男が倒れていた。 「なっ、何?てめえ誰だ!」 「さあ・・・な。」 「野郎!」 集団の一人が殴りかかっていった。が、次の瞬間には男は3メートルほど吹き飛ばされ、気を失っていた。 「こいつ・・・強い!」 「・・・なんだ、弱すぎるな。面倒だから全員で来なよ。」 「くそっ!言われなくとも行ってやるぜ!」 「助けてくれてありがとうね。」 「・・・別に。」 再び静まり返った公園のベンチで、助けた女性の迎えが来るのを待っていた。 「あなた強いのね。まあ、私が本気を出せばあんなやつら10秒でやっちゃうけどね。それで、あなた名前は?」 「私・・・は・・・」 「あ、そうだ。私はね、て――」 遠くで車クラクションの音が聞こえた。 「あら?もう迎えが来たみたい。」 「あ・・・ああ・・・そうだな。」 「もう、無口なんだから!・・・そうだ!今度遊びにおいでよ。今日のお礼するからさ。」 「え・・・えっと・・・」 「ねえ、いいでしょ?」 その女性はじっと少女を見つめている。 これほど間近で人に見られたのはいつ振りだろうか。 少し恥ずかしくなってきた。 「じゃ、じゃあ・・・よろしくたのむ・・・」 「決まりね!じゃあ、またね!」 「ああ、また・・・」 そうしてその女性は帰っていった。 ある少女に満面の笑みを残して――― 「・・・様。り・・様!」 「う・・・ん?」 「起きてください、呂布様!」 「ん?どうした陳宮?」 そこはいつもの棟長室だった。 昼間とはいえ、1月の下丕は結構肌寒い。 「どうしたじゃなくて。『今日は祭りだ!』って言って騒いでたのはあなたでしょう?」 「ああ、そうか。・・・夢を見ていたのか。」 「夢、ですか?」 「ふっ・・・結局可愛かったのは印象だけだったなぁ〜。」 「へ?誰が?」 「なんでもない!じゃあ行くか、陳宮!」 「え、ちょっと!何をする気なんですか?」 あわてる陳宮をよそに呂布は、 「武芸大会に決まっているだろう!」 そう笑顔で答えた。 その後、ある少女は助けた女性の元で暮らしていたという。 大きな戦乱に巻き込まれるとは露ほども知らずに。 これは、ある少女の物語――
9:韓芳 2007/01/24(水) 00:58 便乗して私も(ぉぃ 実は、これでも祭り期間に書いてみたんです。 ええ、雰囲気ぶち壊しですごめんなさいm(_ _)m とりあえず、祭りとは別の休みの日ってことで・・・(汗 >7th様 お疲れ様です〜。 いや、いいと思いますよ、お世辞じゃなくて。 『ジョーズが素足で逃げ出す』に、ちょっとウケましたw 次回作、ゆっくり待たせていただきます。
10:冷霊 2007/01/24(水) 10:48 白い吐息 「ちっ……クソッ!」 冷苞は壁に拳を叩きつけた。 何度も、何度も。 ここはフ水門、益州校区の中心たる成都棟へ向かうには、避けて通れない要所である。 劉循の守るラク棟に続くその門を守っていたのは冷苞、そしてトウ賢であった。 そして今、フ水にいるのは彼女一人である。 魏延と黄忠の夜襲に対し、二人は善戦空しく劉備軍に捕らわれた。 だが、トウ賢はその際に怪我を負い、脱出不可能。 結局、冷苞は一人で逃げてきたのだ。 トウ賢を一人、敵陣において。 冷苞の口から白い吐息が漏れる。 「……お前の力、借りるぜ……」 冷苞はグッと拳を握り締めた。 その手の中には丁寧に描かれた図面が握り締められていた。 ガラリと扉が開けられた。 「トウ賢、調子はどう?」 聞こえてきたのは懐かしい声。 だけど聞きたくなかった声。 彼女は扉に背を向け、窓の外を見る。 「ここでは診療は出来ないけど、ホウ統の話だと折れてるかもしれないそうよ」 コツリコツリと一歩ずつ近付いてくる。 椅子の擦れる音。 「まだ高校にもなってないのに引退するつもり?あんた、ここに何しに来たのよ」 突き刺さる言葉。 だけど答えるべき言葉は持っていない。 「あの子じゃもうダメなのはわかってるでしょ?益州校区には新しい風が必要なのよ」 ぎゅ……。 孟達の言葉に思わず拳を握り締める。 「今ならまだ間に合うわよ。従姉妹なんだし、劉備さんにはあたしから話をつけたげるから……」 「ねぇ」 トウ賢の声が孟達の声を遮った。 「達姉、一つ聞いていい?」 「……どうぞ」 「達姉は今、楽しいかい?」 「は?」 予想外の問いに空気が止まる。 そしてその沈黙は孟達の笑い声によって破られた。 「あははははっ!楽しいかどうかなんてどうでもいいじゃない」 孟達が一つ溜息を着く。 「いい?楽しい学園生活ってのは皆の平等の上に成り立つものなの。そして能力のある者が正しい評価をされることこそ平等……それが出来るのは劉備さんだけ。間違ってる?」 孟達が自信有り気に言い放つ。 だが、トウ賢からの反応はない。 「もういい……わかったわ。劉備さんにあんたの意思、伝えてくるわ」 「その必要はねーよ」 去ろうとしたその背中にトウ賢の声が聞こえた。 「この戦いの結果次第って伝えといて。以上」 「……わかったわ。伝えとく」 がらりと扉が閉まる。 誰もいない部屋でトウ賢が一人呟く。 「劉備を止めるのはあたしじゃ無理だ……けど……」 ぎゅっと毛布を握り締める。 「……皆の想いだけはゼッテー忘れねーから」 噛み締めた唇からはいつの間にか血が滲んでいた。 「やっぱ寒ぃな……上着くれぇ持ってきときゃ良かった……」 冷苞は白い吐息で指先を暖めた。 本来なら暖房機器のおかげでフ水門周辺は暖かいはずである。 元々、寒くなり易いこの辺りは生徒の要望もあって暖房機器が多く設置されている。 「前準備はばっちりっつーことか……」 夜を迎えた学園内でも寒いということは電気系統は死んでいるということである。 おそらく、トウ賢が前以てやっておいてくれたのだろう。 電気系統の知識なら益州校区でトウ賢の右に出る者はなかなかいない。 そして冷苞が向かっているのはフ水門管理棟の屋上に設置された非常用の貯水槽。 ここを壊せばフ水門は水浸し、一晩もしない内に氷に閉ざされる。 氷を溶かさない限り、劉備軍は進むことも出来ず、やがて退路を絶たれて自滅する。 元は巨大なスケートリンクを作る為に皆で考えていた方法だ。 「オレが必ず成功させてやる……時間をかせぎゃあいいんだ……益州の連中が一枚岩になれるだけの……」 まるで呪文のように呟きながら一段ずつ階段を上っていく。 付き従う者は誰もいない。 だが、悪い考えが思い浮かぶ。 もし、貯水槽のことをホウ統が知っていたとしたら。 もし、電気系統の死んでいる原因を調べてられていたとしたら。 「今更、“もし”を考えても仕方ねぇよな……」 屋上へと続く階段を上り終え、扉の前に立つ。 ノブを握るとキンと冷たい。 扉は大した抵抗もなく、あっさりと開いた。 「やっと来たね、待ち草臥れたよ」 冷苞に聞き覚えのある声が投げかけられる。 「昨日の借り、返させてもらいにきたわ」 そこにいたのは黄忠と魏延。 「考え直す気は……って聞くだけ野暮だろうね」 「オレは器用じゃないからね、アンタらみてぇにさ」 冷苞が僅かに口の端を緩め、魏延に視線を向ける。 「そっちの猪には昨日勝ったからどうとでもなる」 「ちょ、猪って何よ!」 魏延が食って掛かろうとするが黄忠がそれを制止する。 「でもよ……」 冷苞が視線を黄忠へと移した。 「オバサン、アンタとはまだ正面からやり合ってねぇだろ」 「……いいよ、かかって来な」 黄忠が得物を水平に構える。 笑みを浮かべる冷苞の口の端から白い吐息が漏れた。
11:冷霊 2007/01/24(水) 11:08 管理部様御苦労様です。 そして更に便乗して私も投下……一先ずお久し振りですw ネタが思いっ切り被ってしまいましたが、他に良い策が思いつかず、そのまま行ってしまいました(割腹) 後は葭萌関の攻防とかいろいろと書きたいなぁとは思っておりますが、 >7th様 おおっ、諸葛喬ですかー。 ホント、惜しい人物って早世しちゃいますよねぇ…… 続きがとても気になりますー、のんびりと待たせて頂きますですよー。 >韓芳様 人に歴史あり、ですね。 まさか彼女にそのような過去があろうとは…… そして絡まれていた女性はもしかして……? その頃のことはあまり詳しくはないので、ちと気になるところですねー。 お疲れ様でしたー。
12:韓芳 2007/01/31(水) 00:52 >冷霊様 『冷苞…』と、思わず声に出してしまいました。 冷苞かっこいい…! 見方を変えれば、やっぱりどの人も格好よく見えるものなんですね。 お疲れ様です。 本物の過去を調べたんですけど(ちょっとだけ)、全然分からなかったので自分なりに考えてみました。 てか、呂布軍団しか書いてない… 私、呂布軍団好きなんだなぁ…
13:彩鳳 2007/02/22(木) 22:24 『王者の征途』 序章『嵐の予感』 曹操率いる蒼天学園・連合生徒会の北伐部隊と烏丸高校の抗争が終結してから、およそ1週間が過ぎ、学園は間もなく10月を迎えようとしていた。 夏の余韻は完全に消え去り、秋らしい涼風が色付き始めた木の葉を揺さぶっている。 本格的な秋の訪れは、学園内に漂う張り詰めた空気を一掃させていた。 袁紹の引退を契機に曹操が河北侵攻を開始してからというもの、冀州校区・并州校区・幽州校区の各地で戦闘が連続し、学園内には緊張した空気が張り詰めたままであった。ようやく、先日になって北への攻勢が終結して学園内――特に黄河以北の地域――の空気は緊張感から開放されたのである。 混乱続きの蒼天学園に穏やかな日常生活が戻ってきたのは、夏休みも含めておよそ四ヶ月ぶりのことである。生徒たちは烏丸高校との抗争が沈静化したことを喜び、開放感あふれる日々を満喫していた。 だが、ほとんどの生徒たちは知っている。この平穏な日々が「嵐の前の静けさ」に過ぎないことを。次の嵐が、そう遠くない日に吹き荒れることを。 嵐の訪れを予感しているためか、生徒たちは秋空の下“楽しまなくちゃ損”と言わんばかりの日常生活を送っている。そのほとんどが口にこそ出さないが、心の中で願っていた。 『この穏やかな日々が、一日でも長く続いて欲しい・・・』 叶わぬ願いであることは皆が理解している。だから口には出さない。だが、それでも願わずにはいられない。混乱期の一般生徒たちが抱えた悲痛な願いである。 だが、彼女らの願いが一旦実現するのは、三国時代が終結する数年先のことである。それまで蒼天学園の生徒たちは、戦乱の続く嵐の時代を過ごすことになる。 その「嵐の時代」すなわち三国時代の始まりを告げる『赤壁島決戦』の序章、曹操の荊州校区侵攻が、間もなく始まろうとしていた・・・。
14:補足説明 2007/02/22(木) 22:24 正確に言うと、湖南地域では孫権率いる長湖部と荊州校区の間で紛争が頻発しており、学園内は完全に平和な状態ではありません。ですが、当時の孫権は揚州校区を束ねる立場に過ぎず、学園全体に与える影響力、あるいは生徒たちの注目度、といった部分で曹操に遠く及びません。 それに、江夏近辺の紛争は所詮地域レベルですので、現地の面々以外に注目する物好きもあまりいないでしょう。 (某勢力の参謀陣は違うと思いますが) さて、拙作『王者の征途』では曹操の荊州侵攻を扱います。正史準拠・・・と言えるかどうかは 相当怪しいですが、皆様がお楽しみいただけるように努力したいと思います。 次の第一部は明後日に載せる予定です。
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