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★しょーとれんじすと〜り〜スレッド 二学期!★
10:冷霊2007/01/24(水) 10:48
白い吐息
「ちっ……クソッ!」
冷苞は壁に拳を叩きつけた。
何度も、何度も。
ここはフ水門、益州校区の中心たる成都棟へ向かうには、避けて通れない要所である。
劉循の守るラク棟に続くその門を守っていたのは冷苞、そしてトウ賢であった。
そして今、フ水にいるのは彼女一人である。
魏延と黄忠の夜襲に対し、二人は善戦空しく劉備軍に捕らわれた。
だが、トウ賢はその際に怪我を負い、脱出不可能。
結局、冷苞は一人で逃げてきたのだ。
トウ賢を一人、敵陣において。
冷苞の口から白い吐息が漏れる。
「……お前の力、借りるぜ……」
冷苞はグッと拳を握り締めた。
その手の中には丁寧に描かれた図面が握り締められていた。
ガラリと扉が開けられた。
「トウ賢、調子はどう?」
聞こえてきたのは懐かしい声。
だけど聞きたくなかった声。
彼女は扉に背を向け、窓の外を見る。
「ここでは診療は出来ないけど、ホウ統の話だと折れてるかもしれないそうよ」
コツリコツリと一歩ずつ近付いてくる。
椅子の擦れる音。
「まだ高校にもなってないのに引退するつもり?あんた、ここに何しに来たのよ」
突き刺さる言葉。
だけど答えるべき言葉は持っていない。
「あの子じゃもうダメなのはわかってるでしょ?益州校区には新しい風が必要なのよ」
ぎゅ……。
孟達の言葉に思わず拳を握り締める。
「今ならまだ間に合うわよ。従姉妹なんだし、劉備さんにはあたしから話をつけたげるから……」
「ねぇ」
トウ賢の声が孟達の声を遮った。
「達姉、一つ聞いていい?」
「……どうぞ」
「達姉は今、楽しいかい?」
「は?」
予想外の問いに空気が止まる。
そしてその沈黙は孟達の笑い声によって破られた。
「あははははっ!楽しいかどうかなんてどうでもいいじゃない」
孟達が一つ溜息を着く。
「いい?楽しい学園生活ってのは皆の平等の上に成り立つものなの。そして能力のある者が正しい評価をされることこそ平等……それが出来るのは劉備さんだけ。間違ってる?」
孟達が自信有り気に言い放つ。
だが、トウ賢からの反応はない。
「もういい……わかったわ。劉備さんにあんたの意思、伝えてくるわ」
「その必要はねーよ」
去ろうとしたその背中にトウ賢の声が聞こえた。
「この戦いの結果次第って伝えといて。以上」
「……わかったわ。伝えとく」
がらりと扉が閉まる。
誰もいない部屋でトウ賢が一人呟く。
「劉備を止めるのはあたしじゃ無理だ……けど……」
ぎゅっと毛布を握り締める。
「……皆の想いだけはゼッテー忘れねーから」
噛み締めた唇からはいつの間にか血が滲んでいた。
「やっぱ寒ぃな……上着くれぇ持ってきときゃ良かった……」
冷苞は白い吐息で指先を暖めた。
本来なら暖房機器のおかげでフ水門周辺は暖かいはずである。
元々、寒くなり易いこの辺りは生徒の要望もあって暖房機器が多く設置されている。
「前準備はばっちりっつーことか……」
夜を迎えた学園内でも寒いということは電気系統は死んでいるということである。
おそらく、トウ賢が前以てやっておいてくれたのだろう。
電気系統の知識なら益州校区でトウ賢の右に出る者はなかなかいない。
そして冷苞が向かっているのはフ水門管理棟の屋上に設置された非常用の貯水槽。
ここを壊せばフ水門は水浸し、一晩もしない内に氷に閉ざされる。
氷を溶かさない限り、劉備軍は進むことも出来ず、やがて退路を絶たれて自滅する。
元は巨大なスケートリンクを作る為に皆で考えていた方法だ。
「オレが必ず成功させてやる……時間をかせぎゃあいいんだ……益州の連中が一枚岩になれるだけの……」
まるで呪文のように呟きながら一段ずつ階段を上っていく。
付き従う者は誰もいない。
だが、悪い考えが思い浮かぶ。
もし、貯水槽のことをホウ統が知っていたとしたら。
もし、電気系統の死んでいる原因を調べてられていたとしたら。
「今更、“もし”を考えても仕方ねぇよな……」
屋上へと続く階段を上り終え、扉の前に立つ。
ノブを握るとキンと冷たい。
扉は大した抵抗もなく、あっさりと開いた。
「やっと来たね、待ち草臥れたよ」
冷苞に聞き覚えのある声が投げかけられる。
「昨日の借り、返させてもらいにきたわ」
そこにいたのは黄忠と魏延。
「考え直す気は……って聞くだけ野暮だろうね」
「オレは器用じゃないからね、アンタらみてぇにさ」
冷苞が僅かに口の端を緩め、魏延に視線を向ける。
「そっちの猪には昨日勝ったからどうとでもなる」
「ちょ、猪って何よ!」
魏延が食って掛かろうとするが黄忠がそれを制止する。
「でもよ……」
冷苞が視線を黄忠へと移した。
「オバサン、アンタとはまだ正面からやり合ってねぇだろ」
「……いいよ、かかって来な」
黄忠が得物を水平に構える。
笑みを浮かべる冷苞の口の端から白い吐息が漏れた。
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