★しょーとれんじすと〜り〜スレッド 二学期!★
29:彩鳳2007/03/07(水) 22:18
 襄陽棟。荊州学院校区でも最大の規模を誇り、同校区の生徒会室が置かれた巨大キャンパス。言うまでも無く荊州校区の中枢となる棟である。
 その巨大キャンパスに、普段とは勝手の違う異様な空気が漂っている。
 現地より北の校区外縁部、あるいはさらに北の司隷校区や豫州校区ではお馴染みの、しかし荊州校区では久しぶりの殺伐とした空気。
 戦いの気配だ。
 その原因は言うまでもない。校区北方に迫りつつある曹操の脅威である。
 そして先刻、連合会の大部隊が境界を突破したとの連絡が入り、襄陽棟の大会議室に校区を預かる主な者たちが集まることになった。しかし、その後の続報が全く入らず状況が把握出来ずにいた。このため室内の空気は暗く沈んでおり、明るい話題など全くなかった。
「確認しますが、皆さんは校区の降伏に賛成なのですね?」
 重苦しい空気の中、荊州校区の新生徒会長・劉Nが口を開いた。目の前には蔡瑁、蒯良、蒯越、張允、王粲ら、姉であり前会長の劉表が、妹の補佐役に残した幹部たちが座している。その中の一人である蒯越が言う。
「真に残念ですが、降伏は止むを得ないかと思います。全員の意見は一致しております」
 神妙な表情、神妙な声で降伏を勧める蒯越だったが、劉Nは釈然としないものを感じていた。
 確かに戦力差は大きいが、引退した姉は校区の安定の為に尽力してきたのだ。学園統一の好機を逸したとの声もあるが、荊州校区を大事に思っていることは誰もが知っているはずではないか。平和を愛した姉が守り続けていたこの校区を、僅か一日で手放してしまうというのか。
 何より不愉快なのは、それをよりにもよって姉と共に校区を支えてきた者たちが口に出していることだ。その点を劉Nは訴えるが、幹部たちの考えは変わらない。
 蒯越に続いて校区の実戦部隊を預かる蔡瑁が、軍事的な観点を持ち出しての説得を開始する。
「会長・・・前会長が積み上げてきた実績を、ひいてはこの荊州校区をお守りしようとするその姿勢は真に立派なものです。ですが、荊州校区全体の戦力を集めても曹操の擁する兵力には敵いません。増してや―――」
 そこで、言葉を遮り劉Nが口を挟んだ。
「ええ、分かりますよ。―――増してや、荊州校区は南に長湖部という難敵を抱えています。戦力の集中は望むべくもなく、どのように戦っても敗北は必至。それでは我々に、そして荊州校区に対する処罰が過酷になるだけ。そう言いたいのでしょう? 蔡瑁さん」
「その通りです。何の益も無い戦いに、何の意味がありましょう? 今なら間に合います。会長、どうぞご英断を!」
 何度も繰り返された会話。何の進展も無いやり取り。
 表情に出さないように注意しているが、劉Nの苛立ちは高まっていた。この幹部たちは、なぜこうも悠然としていられるのか? こうしている間にも連合会の者たちは襄陽へ近づいているというのに。自分よりもずっと経験を積んでいるはずの彼女たちに、切迫した状況が理解できないはずが無いというのに。
 そこまで考えたところで、劉Nの頭の中で閃いたことがあった。
(この人たち、時間稼ぎを・・・!)
 劉Nは理解した。この上級生たちの間で、曹操への降伏は以前からの既定方針だったに違いない。このまま何の進展も無い議論を続けて、連合会の軍勢が襄陽に達するまで時間を稼いでしまう。そうなれば目の前に敵がいるという事実がある以上、降伏以外に残された道はない・・・!
 劉Nは思う。もし、姉の引退がもう少し遅ければ、この場にいたのが姉の劉表だったら、結果はどうだったろうか。目の前の幹部たちは、容易に降伏論を唱えたりしただろうか、と。
 少なくとも、姉が曹操との交戦を決断していれば彼女たちは反対しなかったのではないか。たとえ降伏論を唱えるものがいたとしても、最終的には従ったのではないか。
 いや、そもそも曹操は積極的に動いただろうか。動きはしなかったのではないか。
 そのことに思い至ったとき、劉Nは改めて自分の無力さを思い知った。
 劉Nは孤独だった。肩書上は生徒会長の立場にあるが、校区の実権は目の前の上級生たちに握られてしまっている。そのことは会長職を引き継いだ時から分かっていたが、この時ほどそれを恨めしく思ったことはなかった。先ほどから延々と続く進展のないやり取りにしてもそう、自分の言葉や気持ちが理解されていないのではない。相手にされていないのだ。考えれば考えるほど、暗鬱な気分に押しつぶされそうになる。
(確かに私には何の実績もない。でもこんなのって・・・)
 彼女の言葉に耳を傾けるものは、この会議室内にはいない。
「会長、大丈夫ですか。 どこかお具合でも・・・?」
 突然割り込んできた蒯良の声に、劉Nの意識が現実に引き戻された。
「いえ、大丈夫です」と何とか言い繕う。しかし、こちらの胸中を向こうは見抜いているだろう。目の前で見せ付けられる、余裕綽々の態度。これが年長者の強みというものか。
 今の自分が何を言っても、恐らく受け入れられはしないだろう。そう思いつつも彼女は口を開いた。曹操たちが来ないうちに確認を取らねばならない事がある。頼りにすべき上級生たちがこの有様では、極めて不安だが。
「もし襄陽が降伏するのであれば、江夏の姉や帰宅部の劉備さんはどうするのですか? まず黙ってはいないと思いますが」
「ご心配には及びません。私どもが何もしなくとも、曹操は劉備を叩くはずです。昔は一緒に組んでいた時期もありましたが、今は天敵同士ですので―――」
 蔡瑁がそこまで言ったところで「ちょっと待ってください」と劉Nは思わず言葉を遮った。期待はしていなかったが今の言葉は聞き捨てならない。“不安的中”というレベルの話ではなかった。
「―――ちょっと待って下さい? 帰宅部を・・・劉備さんたちを見捨てると言うのですか!?」
 思わず声を荒げてしまい、慌てて我に帰った劉Nだったが、目の前の上級生たちは憎たらしいほどに冷静だった。
「会長、騙されてはいけません。あの劉備は油断のならない相手です。考えてみてください。今まであの女が何度主人を変えてきたことか。ですがご安心ください。あの人の良い態度で前会長に取り入ることは出来ても、私どもを騙すことは出来ません」
 なんだその物言いは。危険な相手を受け入れた姉は唯のお人好しだと言いたいのか(実際思っていたのだろうが)。仕える相手も変えようとしているのは自分たちもだろうに。強い反発を覚えた劉Nだったが、その話は後だ。
「たっ・・・確かに何度も転校を繰り返してはいますが、徐州校区を曹操から守ったのはあの方たちの筈ですし、帰宅部から恩恵を受けたのは我が荊州校区もそうです。紛争の沈静化だけでなく、校区の文化活動の振興に帰宅部は大きく貢献しています。このような時こそ、我が校区を挙げて感謝の気持ちを見せるべきではないのですか!? その帰宅部を見捨てるなんて・・・」
 特に帰宅部連合の面々と親しくしていたわけではないし、彼女たちが荊州校区で活動したのも長い期間は無い。だが、その短い期間の間にどれだけ荊州校区が恩恵を受けたかは承知している。それを思うと「見捨てる」という選択肢は劉Nには選択できるものではない。
 しかし、上級生たちの反応は冷ややかだ。
「いけませんねぇ・・・会長。よろしいですか? 確かに帰宅部の我らが校区に対する貢献度は認めましょう。ですが、曹操から徐州を奪い、袁紹の下を離れて我が校区に流れてきたあの者たちの行いを思い出してください。確かに律儀な一面もありますが、基本的に劉備は野心家です。故に、あの者たちを信用し重用するなど断じてなりません」
「蒯良の言うとおりです。あの者たちに心を許してはなりません。あの者たちは曹操と交戦する姿勢を見せておりますが、これは幸いです。この機会に劉備一派をまとめて曹操に始末させてしまえば良いのです」 
 待っていましたとばかりに、劉備の批判を始める上級生たち。彼女たちからすれば、劉備たちは完全な余所者であり、邪魔者だった。
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