★しょーとれんじすと〜り〜スレッド 二学期!★
40:彩鳳2007/03/31(土) 23:16
 『王者の征途』
 
 第五章(終章) 『湖南へのうねり』
 
 太陽は西に大きく傾き、目に映る何もかもを紅く染め上げていた。眼下に広がる長湖の湖面は凪いでおり、夕日を浴びて鏡のように輝いている。その穏やかな光景は激しい嵐の訪れた地であることを忘れさせてしまう。
 襄陽棟の陥落から一日。同棟の南に位置し、長湖の西岸に建つ江陵棟の屋上には、二人の生徒の姿があった。
 江陵棟の新たな主となった曹操と、そのパートナーで生徒会執行部長の夏候惇だ。
 屋上から長湖の西岸一帯を眺めながら、曹操は一人考えに耽っている。その少し後ろに控える夏侯惇は無言のままで口を開くことはない。
 夕暮れの冷気を孕んだ夕風が、二人きりの屋上を吹き抜ける。

 その日の蒼天学園は、学内全体が異様な空気を孕んでいた。戦乱による混乱が常態化した学園にあって、極めて珍しいことであった。
 異様な空気の原因は言うまでもない。曹操の速攻による荊州校区の降伏だ。何しろ学園有数の校区が半日持たずに降伏してしまったのである。その信じ難い事実は津波のように学園中に伝わり、学園全体を揺さぶる衝撃をもたらした。
 曹操の目論見どおり『三度目の嵐』が吹き荒れたのである。

 異様な雰囲気の中、曹操は早くも江陵棟へ進駐した。襄陽の校区首脳陣がすでに降伏していたため、抵抗する者は皆無だった。
 江陵棟は、襄陽棟と共に荊州校区を代表するキャンパスだ。長湖に面しており、校舎に隣接した船着き場は校区第一の水運拠点として活況を呈している。同棟を手に押さえたことは、連合生徒会が揚州校区へ侵攻するための拠点を手に入れたことを意味する。
 だが、曹操の見せた動きはそれだけではなかった。江陵へ入るのと同時に、手元に温存していた最後の強襲部隊――張遼率いる「嵐部隊」(Sturm=強襲部隊“シュトゥルム”)――を投入し、南へ逃走する劉備を叩かせた。
 張遼は江陵と襄陽の中間点辺りで帰宅部の集団を捕捉した。「嵐部隊」は勇戦し、多大な損害を敵に与えたが張飛・趙雲・陳到らの必死の防戦により劉備を仕留めることは出来なかった。
 散々に叩かれた劉備たちは、劉Nの姉・劉Kがいる江夏棟へ落ち延びたという。
 江夏棟は、荊州校区と長湖部の抗争の地だ。相応の備えはあるだろうから、迂闊な手出しは出来ない。逃げ延びた帰宅部に、立て直しを図る時間を与えてしまうことになるだろう。
 結果的(戦術的)には、張遼の強襲劇は失敗に終わった。
(でも、戦略的な見地からすると、全てがマイナスに作用したわけじゃぁないんだよね)
 特に、劉備を中心にして敵対する抵抗勢力が一か所に集まったことを曹操は密かに喜んでいた。
 襄陽・江陵を手にしたことで「高潮作戦」の第一段階は達成された。今日以降は占領地域の安定化・治安回復を行う「高潮」の第二段階に着手する。
 このとき、抵抗勢力があちこちで活動するようでは第二段階の早期達成はおぼつかない。
 だが、危険視すべき不満分子は劉備と共に去っていった。これにより第二段階の早期達成が見込まれる。この点だけは劉備に感謝しても良いと曹操は思っていた。
 体勢を立て直した劉備たちはこの期に及んで降伏などしないだろうし、こちらも受け入れるつもりはないことは理解しているだろう。
(と、なると劉備に残された道はただ一つだけ)
 帰宅部が生き残る術は長湖部と連携する意外にあるまい。その可能性はかなり高いと曹操は見ている。
 両者が組むのは厄介だ。だが、考え方を変えて邪魔者をまとめて片付けられると思えば、これまた悪い話ではない。
 幸いなことに、荊州校区の保有する水上戦力を無傷で手に入れることが出来たのだ。
 これにより水陸両面からの作戦が可能となり、第三段階の決戦に際して行い得る作戦の幅が大きく広がる。
(そう、総合的に考えてプラス面のほうが大きいと判断して良いんだよね。あとは―――)

「孟徳、もう日が沈むぞ?」
 不意に響く夏候惇の声に、曹操の思考は断ち切られた。二人きりの屋上では、実際の声量以上に声が大きく響く。
 西の空に目をやると、彼女の言う通り半ば沈んだ太陽が最後の光を放っていた。その陽光が照明となって、益州校区の山々を黒く浮かび上がらせている。
「ごめん。もう少しだけ、いい?」
 夏候惇の沈黙を了承の意と解釈すると、曹操は長湖の湖面に視線を戻した。
 明日から数日は「高潮作戦」の第二段階に着手する。第二段階は事務仕事が中心となるため、戦闘部隊に休養を与える時間ができる。おかげで各部隊は満を持して第三段階に移ることが出来るはずだ。
(――あとは、揚州校区の態度次第)
 この時間を利用して、曹操は長湖部に決断を求めるつもりでいる。何の決断かは言うまでもない。抗戦か、それとも降伏か。果たして向こうがどう出てくるか。実に楽しみだ。
 曹操は視線を少し右に移した。その空の下には彼女が目指す揚州校区がある。
(あの空の下に『王者の征途』の終着点がある。今日は江陵までたどり着いたけど、まだまだ先は遠いね)
 東の空は暗い藍色に染まり始めており、湖岸を彩る街灯が星のように小さく見える。
 空の下に広がる長湖の湖面は白波を立てず、どこまでも穏やかに広がっていた。

                                ―『王者の征途』完―
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