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★☆蒼天航路スレッド☆★
673:japan 2003/11/14(金) 22:07 魏諷アタッタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!! 後から思えば、魏諷は鍾ヨウの部下→鍾ヨウは荀攸のベストフレンド→荀攸の葬儀に魏諷列席と 三段論法(?)で登場していたのでした。 >曹節、天真爛漫という言葉がぴったりくる様な愛らしい少女です。曹操という >共通の話題があるので、夫婦仲は至って良好。 ふと思ったのですが、「節操」という言葉があるように「節」と「操」は意味が近しい文字ですよね。 ある意味、帝にとって曹節=曹操という存在の象徴ではなかったのでしょうか。 曹操の血を引き、曹操と同じ意味の名を持ち、曹操のことだけを語る少女を傍らに置くことによって 曹操の唱えた「天そのものである帝=己自身」を確認しているのではないかと。 >…ところで、やっぱゴンタ先生は『きらめく群像』参考にしてますよねえ。 >伏皇后の過去の密書のくだりとか。 それ、私も思いました! 皇后の髪を引っ張る華キンタソを意地でも出さない辺りが特にw もしも最終巻に参考文献一覧が載ったら、きっと『きらめく群像』か『三国志縦横譚』が 載っていることでしょう。 ち(ryはどうでしょう…ある意味、唯才主義に対する反動勢力の筆頭格ですから… 登場叶ったとしても、あまりいい役どころは与えられなさそうな悪寒。 引き立て役にされたり、貶められる為だけに登場するのなら、 いっそこのまま最後までいなかったことにしてくれた方が…などと弱気になってみたり(´・ω・`)
674:★ぐっこ 2003/11/14(金) 23:24 やっと読めたぞ( ゚Д゚)ゴルァ! japanさま正解おめっ! なるほど、ああいうキャラか〜。案外ページを割くつもりなのね、ゴンタ先生。 んで衝撃の新キャラのわりに、さわやかにスルーされがちな曹皇后陛下。 うーん。献様との仲が存外良好なのは微笑ましい限り…。 色んな諍いはあるにしても、劉協は曹操の弟子ということで、人の形をした天、って 存在を何度も再認識してるわけですね…。 節・操! なるほど!気づきませなんだ! こうしてみると、鴛鴦夫婦である事も偶然 ではないみたい(^_^;) 劉曄たんもカコイイ!荀揩粭、攸に代わって、この種の直言が出来る立場にたった わけですわな。とうとう曹操陣営も世代交代…。武将連中でいうと、まもなくアボンな夏侯淵。 陳羣も、しつこく出ませんな。むしろ先に陳泰が司馬懿あたりと一緒に登場して、「父上」役 で一瞬だけ登場みたいな。
675:★玉川雄一 2003/11/14(金) 23:36 >魏諷への道 Σ( ̄□ ̄;)!! そういった論理的な解法が成立するとでしたか… 私なんざ「休載中の巻末予告に名前が出ていたから」程度の根拠もない想像でしたが(^^ゞ >ち(ry なるほど、立場の問題もあるのですね。 それでも、「故のない反動主義の象徴としてだけの扱い」は されないんじゃないだろうかと弱々しくも希望を繋いでみたり(^_^;)
676:japan 2003/11/15(土) 00:00 >んで衝撃の新キャラのわりに、さわやかにスルーされがちな曹皇后陛下。 >うーん。献様との仲が存外良好なのは微笑ましい限り…。 あの娘が数年後、曹丕の使者に向かって 「ひどいわお兄ちゃま! 節、ぜっったい璽綬は渡さないもん!」 などと涙ながらに訴えるかと思うと…(;´Д`)ハァハァ 孫夏といい、蒼天の妹キャラは中々萌えですな。 その一方で、ヒソーリと消されてしまった伏皇后…・゚・(ノД`)・゚・ 彼女の最期は甄氏のそれと似通っているのは偶然でしょうか? <伏皇后> 魏王(曹操)が娘を後宮に入れる ↓ 帝(劉協)が娘を寵愛 ↓ 帝の愛を失った皇后あぼーん <甄皇后> 陳留王(劉協)が娘を後宮に入れる ↓ 帝(曹丕)が娘を寵愛 ↓ 帝の愛を失った皇后あぼーん これも因果応報なのでしょうか…… >むしろ先に陳泰が司馬懿あたりと一緒に登場して、「父上」役で一瞬だけ登場みたいな。 もしそれが実現したら、私の中で蒼天は終身名誉殿堂入り決定ですw >「故のない反動主義の象徴としてだけの扱い」は >されないんじゃないだろうかと弱々しくも希望を繋いでみたり(^_^;) そうですね、希望を捨てちゃだめです。。。 現に、一度はこのまま消m(ryかと思われていた蒼天も連載再開した訳ですし。
677:左平(仮名) 2003/11/16(日) 00:49 そういえば、ですが。 曹操の養祖父といえば、かの大長秋・曹騰(字は季興)ですが、 その父の名は曹節(字は元偉)!! 義理とはいえ、曽祖父の名と同じ名を娘につけるとは! これって、避諱に引っかかるのでは? 周の武王と鄭の子国は、先祖−子孫の関係で、ともに姓名は「姫発」ですが、 この二人は五百年近くも離れていますし、子国は周王室から分かれた鄭国の そのまた公子ですから、まぁありなのかなと。しかし、こちらは百年も経つかどうか。 曹操ともあろう人が、そんな事を知らないはずもないし。 なぜ?
678:★ぐっこ 2003/11/17(月) 00:09 >>676 おお。これまた気づかぬ図式があったわけで! 因果応報という言葉は本当のようで…。 あ、そういえば曹節たんは、曹丕に反発して献帝かばったんですねえ… >>677 Σ( ̄□ ̄;)!! ホントだ!言われてみれば諱かぶってますねえ…。 女児だったらいい、みたいな決まりでもあったのか、そもそも節って名前が 間違ってるのか…
679:むじん 2003/11/17(月) 01:52 集解に…(^^
680:★ぐっこ 2003/11/18(火) 01:15 Σ(゚Д゚;) 詳細を! 集解欲しいよ。
681:むじん 2003/11/18(火) 20:58 それでは参ります。 集解に梁章鉅の説が載せられてまして、彼によると 『芸文類聚』所載の『続漢書』では曹騰の父を「曹萌」と作っているらしく、 字形が似ているので間違ったのではないかと言ってます。 続いて周寿昌説。曹操は兵法書を著して『接要』と名付けているが、 もともと『節要』という名前だったのを諱を避けて改名したと、後世の人々は言う。 しかしそれは間違いだろう、と周寿昌は言ってます。 まあ、そのあたりが妥当なところじゃないでしょうか。 【中華文化網】の司馬彪『続漢書』の周天游輯注にも記載があります。 『太平御覧』でも「萌」になっているそうです。 http://www.chinapage.com/big5/history/8han2.htm
682:★ぐっこ 2003/11/20(木) 01:15 むじんさま多謝! ほんとだ…! むしろ皇后の名前の方が萌だった方が祭りの可能性大ですが、 それはともかく、なるほどー! そっちの可能性の方が高いわけですか〜! うーん。勉強になった! 1000へぇー!
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